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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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20.新しい料理

「食堂は狭いので、みんなは中庭で食べてくれる? 騎士様たちは中へどうぞ」

「俺達も外でも大丈夫ですよ? ピクニックにはいい天気ですし」

「どうせ出される料理の作り方も知りたいんでしょう? 何度も説明するより実際見てもらったほうが手っ取り早いでしょう。毒見役なんてこの屋敷には置いていないしね」

「さすがメルフィーナ様、話が早いですね!」


 調子のいいことばかり言うオーギュストだけれど、彼が見るべきものを見て知るべきことを探っているのは、見ていれば分かる。本人も隠す気はないのだろう。


「マリー、エリと準備を始めてくれる? エリは野菜を刻んでもらって、マリーは肉をお願い」

「かしこまりました」

「はい、メルフィーナ様」


 エリは農奴の村で知り合った、顔に大きな傷痕のある女性だ。元々生まれは農奴ではなく、小さいが商家の出だったらしい。

 読み書きが出来てこまやかな家の管理にも慣れているので、メイドとして雇うことになった。女手の少ない領主館で今は貴重な働き手の一人になっている。


 人足の中でも料理の才能を見せた最年少のエドとともに、毎日屋敷内の食事を賄ってくれているだけあって、二人とも手際がいい。マリーが下処理した鶏の肉を丁寧に焼いている間、エリは良く洗った野菜を細切りにしていく。


 メルフィーナは皮づくりを担当することにする。腕をまくり、乾燥させたトウモロコシを石臼で挽いた粉に水、少量の塩、オリーブオイルを足して練っていく。

 最初はぼそぼそとしているけれど、力を入れて練っているうちにひとまとまりになり、表面も滑らかになっていく。それを八等分にしてさらに丸め、濡らして絞った布を掛けてしばらく休ませる。


「手際いいですねー」

「見ているだけなのも退屈でしょうから、あなたもやってみる?」

「いいんですか?」

「私たちはこれをあと二回くらい繰り返せば昼食には十分だけれど、騎士は沢山食べるでしょうし。粉を練るから、手を洗ってきてちょうだい」


 オーギュストはそそくさと水の魔石を使った水道で手を洗う。ちゃんと石鹸も使うようマリーに指導されていた。


「これ、南部で売っている石鹸とは違いますよね?」

「――黙秘します」

「ええ……そう言われると気になるじゃないですか」

「手を洗い終えたら、早く戻って下さい。メルフィーナ様をお待たせしないで」


 頼りになる秘書に微笑みながらボウルに分量のトウモロコシ粉と塩と水を入れていると、じっとこちらを見るアレクシスの視線に気が付く。


「どうかしましたか?」

「いや……。我々の前で調理してもいいのかと思っていた」


 料理の配合と技術はその料理人の独自の財産であり、弟子の前でも下ごしらえだけで基幹技術は別室で一人で仕上げる料理人もいるくらい、技術を秘匿するのはこの世界、この時代では当たり前のことだった。


 なにしろ貴族の屋敷に勤める料理人は白いパンが焼けることが最低条件になっているくらいなのだ。誰でも出来るようになってしまうと、その優位性は失墜してしまう。


「ここまでは誰がやっても真似するのは簡単ですし、この平焼きのパンはそれこそ家庭料理として広がってくれないと困るものなので」


 トウモロコシは家畜の飼料というのは、平民にも根強い感覚だ。では全くトウモロコシが食べられていないのかというと、そんなことも無い。

 焼いて塩を水に溶かして塗ったものは時々食べられていると聞くし、牛乳とともに柔らかくなるまで煮て裏ごししたものにクリームを混ぜたコーンスープなどは、むしろ高級料理に数えられる。


 忌避感をなくすには、元々の形を隠してしまえばいい。シンプルだが効果的な方法だ。


「メルフィーナ様、この黄色い粉がトウモロコシの粉ですか?」

「ええ、収穫後に風通しのいい所で外側の皮を剥いた状態で二週間ほど干した後、粒を外して臼で挽いたものよ」

「いい匂いっすよねー。一度だけコーンスープ飲んだことありますけど、まんまあれの匂いがします」

「トウモロコシの匂いだからね。これを水と塩と少量の植物油を入れて良く練っていくわ」


 オーギュストは器用な性質らしく、危なげなく粉をひとまとめにして練っているので、その間にプレス機を用意する。


「メルフィーナ様、それは?」

「平焼きパン用のプレス機よ。麺棒で伸ばしたり、上に板を載せて体重をかけても出来るけど、たくさん作るならこちらの方が手軽なの」


 上下に鉄製の丸い面がきれいに重なるように取り付けられていて、テコの原理でプレスするためのハンドルが付いている。ラッドたちに領都に必要な物資の買い物に行ってもらう際、鍛冶屋に発注して作ってもらったものだ。


「さっき丸めた生地を、ここに置いて、こう、プレスする。すると平たい生地が完成」

「簡単ですね。小分けにした生地をしばらく置くことにも理由が?」

「粉と水分が馴染んで、焼いた時に口当たりがよくなるの。やらなくても食べられないわけではないけど、割れたりヒビが入ったりするから、ちゃんと寝かせた方が美味しくなるわ」


 八個の生地をすべてプレスして並べたところでマリーに手渡す。魔石コンロに大きなフライパンを熱し、油を引かずに次々と焼いていく。


「焼き時間は少し表面に焼き色が付くくらい。あまり焼くと固くなってしまうし、生焼けだと香ばしさが出にくいから、ほどほどのあたりで火からあげます」


 今年は鶏小屋を大量に増やしてもらったので、今のエンカー村では鶏肉が安価で手に入る。鶏舎を所有している者は肉屋で卸してもらったり、鶏肉を売ったりするわけだけれど、これはエンカー村村長のルッツの息子が、今日のお昼にどうぞと持ってきてくれたものだ。


 肉は塩とニンニクを揉みこみ、唐辛子をまぶした後に胡椒の匂いのする月兎の葉で包み、しばらく寝かせてあった。程よく塩気が染み込み、月兎の葉で余分な水気が抜かれ胡椒の風味もついている。


 それをフライパンで皮目から焼いて、パリパリになったものをやや厚めにスライスする。

 焼き上がった生地に野菜と肉を挟めば、前世でいうところの基本のタコスの出来上がりだ。


「パンに比べたらすぐ出来るし、簡単ですね。でも腹に溜まりそうだ」

「まだまだここからよ。マリー、ソースを」

「はい」


 追加で赤いソースの上に白いソースをかけて、これで本当に完成だ。マリーがタコスをふたつ載せた皿を、テーブルに着いたままのアレクシスともう一人の騎士に運ぶ。


「マリー、久しぶりだな。息災か?」

「お久しぶりです公爵様。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。おかげさまで元気でやっております」


 二人は慇懃に言葉を交わし合い、マリーはすぐに厨房に戻ってくる。この二人は異母の兄と妹のはずだけれど、よそよそしいやり取りだった。


「メルフィーナ様、俺もプレスっていうの、やってみていいですか?」

「どうぞ。そのあと自分で焼いてみる?」

「やりたいです!」


 元気よく答えたオーギュストに笑いながら、指を絶対に挟まないよう気を付けてと注意をする。オーギュストはかなり器用らしく、ほぼ均一に分けた生地を次々と平たくしていく手際も見事なものだ。


「初めてなのに上手いものね。もしかして料理の経験があったりする?」

「まさか、俺は生粋の騎士家出身ですよ。でも、料理って楽しいものですねえ。俺が引退したらメルフィーナ様のところで雇ってもらえませんか?」

「それなら、領都でエンカー地方直営の飲食店でも開いてくれたら助かるわ。勿論出資はするから」

「どうせなら綺麗な女主人の下でこき使われたいなぁ……イテッ!」


 後ろに控えていたセドリックにスネを蹴られたらしい。対極な騎士ふたりにクスクスと笑っていると、テーブルのあたりからざわざわとざわめきが伝わってきた。


「これは……美味いな」

「ええ、トウモロコシを原料としているので味に期待はしていませんでしたが、白いパンより風味がありますし、こちらの方が好きという者も出てきそうですな」

「手づかみで食べなければならないのは貴族向きではないだろうが、庶民には受け入れやすいだろう」

「それに、これは腹にたまります。粉から直接調理するのでカビの心配も少ないでしょうし、食べる前に火を通せばいいのも簡易で、衛生的ですよ。軍の糧食としても向いているやもしれません」


 アレクシスと騎士は難しい顔で何やら言い合っているけれど、その間も食事の手は止めなかった。マリーがすかさず作り置きの野菜とゆで卵に蒸し鶏を挟んでソースをかけたものを出したけれど、そちらもあっという間になくなった。


「なるほど、具を変えれば様々なバリエーションが得られそうだ。……あなたがここまでの作り方を容易く公開した理由も分かった。この料理を美食足らしめているのは、このソースだな?」


 少し弾んでいた声が一気に冷えて。それにふっと笑う。


「もちろん、ソースなしでも美味しいですよ。肉に強めに塩をつけてもいいですし、お城の料理人なら他に色々とソースのレシピも知っているでしょうし」

「だが、トウモロコシの平パンに、この辛みと酸味の強いソースがよく合うのは確かだ。刺激がこの白いソースで中和されているのもいい」

「ねっ、エールに合いそうでしょう?」


 なぜかすっかり料理をする側に交じっているオーギュストが調子よく言うと、アレクシスはそれを黙殺し、メルフィーナに視線を向ける。


「夫人、トウモロコシと平パン、それからソースの製法を買い受けたい」

「ありがたい申し出ですが、この辺りは新しく開墾したばかりの土地、農民や農奴にも少し無理をして働いてもらっている状態です。それなりに金額の交渉はさせていただきますが、それでもよろしいですか」

「君の希望を聞こう」


「では、トウモロコシ一袋につき麦一袋と同額でお願いします」

 ぶっ、と隣でオーギュストが噴いた音が響く。調理をしているマリーとエリ、アレクシスとその隣の騎士も、絶句していた。


 次もメルフィーナのターンです


 麦とトウモロコシを同じ値段にするのは

 銅貨で銀貨を買うような感じです。

 暴利も暴利です。


 白いソースはマヨネーズ、赤いソースはケチャップですが、エンカー地方では良い植物油の原料がないので、結構なお金をかけて購入した植物油で作られていて、庶民向けではない価格帯です。


 石鹸も植物油脂が大量に手に入らないので獣脂から作られていて、あまり良い香りではありません。メルフィーナやマリーの分は良い石鹸を手に入れることも出来ますが、領民に手洗いの習慣を根付かせたい思いで作られたものです。

 菜種油を、とも思ったのですが、エンカー地方はまだまだ人口が少なく、新しい産業を起こすのも中々難しいようです。飢饉が収束したら、ヒマワリを植えるようになるかもしれません。

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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです@COMIC【連載中】

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