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177.二人の子供と冬の過ごし方

 アレクシスと合流し、他愛ない会話を交わした後ユリウスと別れ、セレーネとウィリアムと合流し、子供たちの歌や村人の余興を楽しんでいるうちに太陽が傾き始め、収穫祭はつつがなく終了した。


 北部の秋の日は短く、この世界では暗くなる前に家に戻り夕食を済ませて寝床に入るのが当たり前の習慣である。今日は誰もが屋台で膨れた腹を抱えて帰宅し、遊び疲れてすぐに眠ってしまうだろう。


「ラッドもクリフも、折角のお祭りなのに働かせてしまってごめんなさいね。ちゃんとお祭りを回ることは出来た?」

「はい、きちんと休憩を頂きました。それに、知っている顔があったほうがみんな安心すると思いますから」


 領主になった初期からメルフィーナの使いでエンカー村やメルト村の前身である農奴の集落に頻繁に足を運んでくれていたラッドやクリフ、エドは、村の大半の人と顔見知りだ。気さくで人当たりのいい彼らがいてくれれば、確かに安心できるだろう。


 彼らの優しさに口元をほころばせつつ、屋台が店じまいするのを眺めながら、ほんの少し、寂しい気持ちになる。


「お祭りの後って、楽しかった分、なんだか寂しい気持ちになってしまうわね」

「風も冷たくなってきましたし、領主邸に戻りましょう。ロマーナから買ったワインと蜂蜜で、ホットワインを作るというのはいかがですか」

「素敵だわ」


 マリーとそんな会話をしながら馬車に乗る。少年二人ははしゃぎ過ぎたためかすぐに船を漕ぎ出していた。


「去年のお祭りも楽しかったですが、今年は、本当に特別な日になりました」


 マリーは優し気に無防備な寝顔を見せるウィリアムを眺めながら、ぽつりと言う。その横顔は穏やかで、出会った頃の表情が動かず必要なこと以外は喋ろうとしなかった彼女とは、まるで別人のようだ。


 けれど、もう、メルフィーナの知っているマリーはこちらのマリーだった。


「メルフィーナ様、ユリウス様を、お引き留めしなくてよろしいのですか?」


 ユリウスと会話をしている時は、言葉を挟まず黙っていてくれたけれど、思うところが無かったわけではないのだろう。

 ユリウスがエンカー地方に来たばかりの頃、マリーは彼の不用意な言葉に傷つけられたはずだ。いつも冷静な彼女が取り乱すのを見ていられず、メルフィーナがさりげなく部屋から退出するように促したほどだった。


 エンカー地方に有用なメルフィーナの客に対して、マリーが表立った感情を見せたことはこれまで一度も無かった。


 これまでのユリウスの振る舞いや村の人たちとの関係、マリー自身の変化もあって、ユリウスを疎ましく思う気持ちを昇華出来たのかもしれない。


「……出来ないわ。事情があるの」

「象牙の塔の、魔法使いですものね。余計なことを言いました」

「ううん、ユリウス様に、ずっとここにいて欲しいと思っているのは私も同じだもの」


 彼は雇われの錬金術師として過分なほどの働きをしてくれたし、ユリウスが来てくれたことで、メルフィーナの知識にあった様々な分野の新技術が実現した。

 今後、代わりの錬金術師や魔法使いを雇うことがあっても、ユリウスのように子供が無邪気に楽しみながら次々と発案を実現していくような状況は望めないだろう。


 ――本当に、初対面の時はとんでもない人が来てしまったと思ったのに。


 すう、すうとウィリアムともたれ合う形で寝息を立てているセレーネを見ながら、彼は、いつここを去るのだろうと思う。


 この冬の間はいてくれるなら、たくさん時間を共にしよう。彼の作った本を読んで、新しい話を聞かせて、編み物をしたり新しい料理を作ったり、穏やかで楽しい時間を過ごしたい。


 今のメルフィーナがゲームのメルフィーナのように憎しみや怒りに満たされずに済んだのは、前世の自分がすでに大人として理不尽を受け入れられる自我を持っていたこともあるけれど、確かに愛されて育った存在だったと思い出したからということも大きい。


 人が生きていく中で、幸福な子供の時間は、きっとその後の人生を支えてくれる。


 セレーネは銀髪に白い肌で、ウィリアムはオルドランド家らしい青灰色の髪と同じくらい白い肌をしている。

 セレーネはおっとりとしていて理性的であり、ウィリアムは活動的でやや暴走する気質で、性格は全然似ていないのに、こうして並んで眠っていると、北国の王族と高位貴族ということもあってか、どことなく雰囲気も近いものがあった。


「……こうして見ると、セレーネとウィリアム様は、本当の兄弟のようね」

「今日一日で随分睦まじくなりましたね。子供というのは、垣根の低いものなのでしょう」

「公爵家は、冬の間はアレクシスたちは遠征だし、ウィリアム様はまだ騎士見習いにもなっていないのよね? 次期公爵としての教育もあると思うけれど、冬の間は領主邸に来ていただくことは出来ないかしら」


 メルフィーナ自身、このくらいの年頃には淑女教育が始まっていた。男の子の教育については詳しくないけれど、対外的にメルフィーナとウィリアムは政敵になる可能性がある関係性だ。


 すでに次期公爵としてのカリキュラムが組まれているならば、それを邪魔するのは控えるべきだろう。


「良いと思います。今の公爵家は他の北部貴族から預かっている家族もいませんし、一時期より随分寂しい雰囲気なので、お兄様に提案してみましょう」


 マリーはあっさりと言うと、少し悪戯っぽく微笑んだ。


「外野はなにかとうるさいかもしれませんが、エンカー地方まで来て、メルフィーナ様に面と向かって何かを言う事はないでしょうし。お兄様が承知していればそれで済むことです」


 どんな噂が立ったとしても、公爵夫人として社交を行っていないメルフィーナの耳に届くことはないだろう。


「じゃあ、アレクシスに聞いてみましょうか。少しお酒も出しながら」


 アレクシスはお酒が好きだが、あまり強くはない。というより、この世界にこれまで強いアルコール飲料というものが存在しなかったので、度数の高いお酒を飲み慣れている者などほとんどいないはずだ。


 いつものワインやエールのつもりで呑めば、あっという間に酩酊することになる。


 小声で話し合い、くすくすと笑い合いながら、何だか悪だくみでもしているような気分になってくる。


「ロドとレナも領主邸に住むようになったら、きっとにぎやかになるわね」

「はい。冬の間、沢山親睦を深めてもらいましょう。子供達にはきっと、そういう時間が必要だと思います」


 マリーがメルフィーナと似たようなことを思っていたのが少し嬉しくて、ほんの少し、悲しい。


 それは得られなかった者に、より痛烈に理解出来る感情だろうから。


「大人にも必要よ。冬の間は時間もあるでしょうし、たくさん仲良くしましょうね、マリー」

「そうですね……お姉様」


 より潜めた声で囁き合いながら、幸せだなと、ふと思う。


 去年の今頃は自分の未来も分からないのに領主として多くの人たちの暮らしを支える立場に自覚が出始めて、今よりずっと肩に力が入っていた。


 今は、公爵家の後援と協力関係により安心して領地を富ませることが出来るようになったことと、まだ多少ぎこちないけれどアレクシス、マリー、ウィリアムと家族として振る舞う機会が増えたことで、随分気持ちが楽になった気がする。


 その関係が居心地がいいと感じるたびに、少しの後ろめたさもあった。

 いつかこれも、メルフィーナ自身が解決しなければならない問題なのだろう。


「メルフィーナ様?」

「……大好きよ、マリー。私の妹になってくれて、ありがとう」


 マリーは虚を衝かれたように目を見開いた後、ふい、と視線を逸らした。


「それは、そんなのは、私の言う言葉ですよ」


 その白い頬も耳も、真っ赤に染まっている。

 いつもマリーのてらいのない親愛に照れさせられているのはこちらの方なので、たまにはこういうのもいいだろう。


「その前に冬支度を済ませてしまわないとね。今年も生ハムやフランクフルトを仕込んで、他にも色々とやってみたいことがあるの」

「楽しみです」


 悲しみの数ばかりを数えるのではなく、今ここにある幸せを大切にしたい。


 この先、何度胸を竦ませる別れが来たとしても、その思い出が、きっと未来の自分を支えてくれるだろう。


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― 新着の感想 ―
最愛の愛犬を先日亡くしたばかりの私に非常に刺さったエピソードでした。 唐突に悲しみが溢れても、たくさんの楽しい思い出が支えてくれるんですよね。 これからも続きを楽しみにしています。
[一言] セレーネにはこの冬もメルフィーナと一緒にいさせて上げたい。病気は治っていないから帰国はしないんだろうけど。
[一言] これから来るお別れと冬の間の騒がしく楽しくなる予感、そしてメルフィーナさまとマリーが本当に尊くてかわいくて一生一緒に仲良し姉妹しててくれ~!と祈ってしまいます
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