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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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170.試食会と与えられたチャンス

 ひとしきり話が終わった後、コルクは工房に見本として預ける分を残し、ロイドのカバンに仕舞われた。


「折角集まってもらったから、工房の懇親会も兼ねて、こちらの瓶詰の試食をしましょう」


 メルフィーナがそう告げると、マリーはさっとテーブルの上に布を敷き、提げていた籠からいくつかの瓶詰と、薄切りにカットされたパンを取り出す。


「パンに乗せて食べると美味しいものにしたから、是非試してみて。あ、エールにもすごく合うと思うわ」

「工房から卸せるエールを取ってきます!」

「おい! ジョッキも人数分、忘れるなよ!」


 エール工房の職人が走り出す背中に掛かった声に、どっと笑い声が響く。


「実際に瓶を開けてみて。最初は結構コツがいると思うわ」

「この蝋は、蝋燭のものとは違うようですが、封蝋用ですか?」

「今回は封蝋の蝋を使ったけれど、本格的に瓶詰の生産が始まったら蜜蝋を使った専用の蝋を開発したいと思っているわ。実際に口には入らないにせよ、その方が安全だから」

「蜜蝋ですか。価格が随分跳ね上がりませんか?」

「当面は貴族相手の商品になるでしょうし、何事も大量に作れば単価は下がるものだから、そこも試行錯誤する必要があるわね」


 養蜂の技術が確立されていないこの世界では、蜂蜜は森から偶然得ることが出来る非常に貴重なものだ。蜂蜜から造る蜂蜜酒などは、貴族にとっても特別な楽しみである。


 養蜂については以前から視野に入れていたけれど、エンカー地方の人口の少なさと食料の増産、時間の掛かる特産品の開発を優先して手が付けられていない分野だった。

 城館のどこかで、養蜂をするのも悪くないだろう。


 瓶と蝋が接している部分にナイフを入れて、蝋を切り取る。コルクは空気圧を利用してしっかりと嵌められていて簡単には取れないようになっているので、こちらもナイフを入れて、てこの原理を使って開封する。


「思ったより、かなりしっかりと嵌まっているな」

「二週間前の食べ物か……オイル漬けはともかく、こちらの茶色のものはなんだ?」


 残った職人たちがわいわいと瓶の中身について話をしているうちに、エールの樽とジョッキを抱えた職人が戻って来る。全員分のジョッキが行き渡り、メルフィーナがまずは、中身が物議を醸していた茶色のペーストの入った瓶を取り上げた。


「これは、鶏のレバーのパテです。鶏のレバーをニンニクやバターで調理した後、滑らかになるまで練ったものです」


 一時期はセレーネの貧血改善によく作っていたけれど、今年に入ってからはセレーネの体調が安定して良くなったことと、セレーネ自身の食欲が出てきたことから、作る頻度が下がっていたものだ。


 薄切りのパンに鶏レバーのパテを載せて食べる。あらかじめ「鑑定」で確認は済んでいたけれど、雑菌は繁殖しておらず、問題なく美味しい。


「うん、美味しいわ。エールがすごく合うし、みんなもどうぞ」


 メルフィーナが笑って言うと、職人たちも次々と手を伸ばす。


「塩気が利いていてうまいな! エールが水みたいに消えちまう!」

「いや、エール自体が素晴らしく美味いじゃないか。エール工房の、また腕を上げたんじゃないか?」

「毎日試行錯誤の繰り返しだからな。今日は一番出来のいい樽を持ってきた」

「かーっ、こんなに美味かったら、いくら作っても城館の内側で飲み切っちまうじゃないか」


 職人は気難しい者が多いというし、これまでメルフィーナが出会った職人たちも多かれ少なかれ、無口であったり不愛想であったりする者が多かったけれど、ガラス工房とエール工房の職人たちは、どちらかというと体育会系のノリに近いようで、つまみを片手にエールをぐいぐいと飲み干している。


 一口食べれば、何週間も前に作った料理への忌避感も払拭されたようで、次々と瓶詰が開封されていった。


「レナ、レバーや肉類はちょっと癖が強いから、これを試してみて。メルト村で貰ったベリーで作ったジャムよ」


 背が低く、テーブルの上に視線も届かない少女にジャムを塗ったパンを手渡すと、レナはぱくりとそれを口にして、瞳をぱっと輝かせた。


「! メル様! これすごく甘い!」

「クリームチーズを塗って、その上に載せても美味しいわ。ロドもどうぞ」

「いやあ、領主邸の甘味は久しぶりですね! メルト村の暮らしは快適ですが、これだけはどうも寂しくて」


 ユリウスはパンの上にこんもりとジャムを載せて一口で頬張り、幸せそうに笑っている。


「日持ちするということは、この状態で王都までも運べるということですよね。これは、貴族は欲しがる者が多いと思いますよ」

「これは私がひとつひとつ作りましたが、安定した供給が可能になるのはまだ先でしょうね。沢山作ればそれだけ封入に失敗した製品が出来る可能性も高くなりますし、その辺りも今後の課題です」


 瓶詰の食品は職人たちに有用性を可視化するために作ったもので、実際に製品化するのはワインやエール、ウイスキーといった、元々が腐りにくい内容物がメインになるだろう。


 それでも、こうして瓶詰にすることで中々手に入らない食品が手元に届く可能性が上がるのはいいことだ。


「エルバンで造れるなら、魚介のオイル漬けを食べたいわ。湖や川で捕れる魚も美味しいけれど、時々海の幸が食べたくなるの」


 王都はフランチェスカ王国の中でも中央に位置するため、メルフィーナの体で海の幸を食べたことは一度もない。

 それでも前世の記憶で恋しくなるのだから、不思議なものだ。


「ここにある瓶詰も、オリーブオイルで漬けたものが多いようですが、それにも何か理由があるのですか?」


 角切りにしたチーズを香草とともにオリーブオイルに漬けたものを楽しみながら、ヘルムートに尋ねられる。


「基本的に、空気と触れさせないのが長持ちさせるコツなの。オイルに沈めておけばその分品質が安定するし、オリーブオイル自体も他の油と比べて変質しにくいから」

「いずれはボトルコンディション……瓶の中で二次発酵させるエールも造りたいわね。樽だけで発酵させたエールとはまた違う味が楽しめるのよ」


 エール職人たちはその言葉にぽかんとした後、凛々しい表情になる。


「壺でも樽でもない、瓶で発酵させるエールですか……是非とも挑戦してみたいです」

「よう、ガラス工房の、早くしゅわしゅわに耐える瓶を開発してくれ、頼んだぞ」

「へっ、そんなエール、絶対飲みたいに決まっているだろう。すぐに作ってやるから、そっちこそ腕を磨いて待っていろ」


 職人たちは背中をたたき合い、ジョッキを傾け、瓶詰を口にして、またエールを注いでいる。


 新たな保存食へ、まず製作する人々が偏見を持たずに取り組んでもらえればと思っていたけれど、どうやら思ったよりも懇親会は上手く行ったようだった。




* * *


 盛り上がりが最高潮に達したあたりで、領主邸に戻ると告げて工房を後にした。


「あの瓶詰は、色々な利用法が考えられますね。単純に食料の保存が出来るというのも大きいですが、これまで保存食というとどうしても塩漬けの肉やチーズになりがちでしたが、野菜をペーストしたものも可能になるなら、体調の管理にも役に立ちそうです」

「あのレバーのペースト、非常に美味でした。内臓は臭みがあってあまり美味なものという印象はありませんでしたが、あれは滑らかで、多少クセはありましたが、それも不思議と嫌なものではなく」


 ヘルムートが瓶詰の利用価値について滔々と語るのに、ギュンターはうっとりと味について語ってくれる。

 彼らも多忙を極めているはずだ。気に入ったのなら、今度パテの瓶詰を作って感謝の気持ちとして届けるのもいいかもしれない。


「メルフィーナ様!」


 そんなことを考えながら領主邸に向かって歩いていると、名前を呼ばれて振り返る。工房を抜け出してきたロドが、小走りに追って来るところだった。


「ロド、どうしたの?」


 メルフィーナの前で足を止めたロドは、深々と頭を下げた。


「あの、今回、ありがとうございます! オレ、絶対うまくやります!」


 ロドがこんな風に改まって言うのに驚いて、それからしみじみと思う。

 エドがそうであったように、まだ成人前とはいえ、ロドもどんどん成長している。きっと、素敵な大人になるだろう。


「私は、ロドなら出来ると思ってお願いした側よ。受けてくれたことにお礼を言うのは、私の方だわ」

「俺は平民だし、本当はこんな仕事させてもらえるはずじゃなかったでしょう?」

「平民かどうかなんて関係ないわ。それを言ったら、あの工房の職人たちは全員平民で、貴族の出身はユリウス様だけよ?」

「でも……」

「ロド君。それ以上は口にするのはやめておくといい」


 まだ何か言いたげなロドの言葉を、やんわりと、ギュンターが遮る。


 強面で何かと強権じみた言葉を使うヘルムートと違い、ギュンターは見た目も言葉も温和そのものだけれど、不思議と気おされるような雰囲気がある。ロドも、ぐっと唇を引き締めて顎を引いた。


「素直と謙虚は美徳だが、執政官に一番大事なのは、それらしく建前を整えることだからね。今から覚えておいて損はないよ」

「子供に人聞きの悪いことを教えるな」

「おや、私より君の得意分野だろう?」

「黙っていろ」


 ヘルムートがむっつりと言うと、ギュンターはそれを茶化すように言う。


 この二人は始終この調子で、どことなくオーギュストとセドリックを思わせるやり取りだけれど、あの二人と違って非常に仲がいいのは横で見ていても伝わってくる。実際、二人そろっていると阿吽の呼吸に感心することもしばしばだ。


「ロド君、君はまだ若い。実績を重ねて、あれがメルフィーナ様の懐刀だと誰からも言われるようになるといい。そのために、与えられたチャンスは逃がしてはいけないよ」

「……っ、はい! 俺、頑張ります!」


 背筋を伸ばして、もう一度礼をすると、ロドは来た時と同じように工房まで走って戻っていった。


「いやあ、若いっていいねえ、眩しくてならないよ」

「年寄りじみたことを」

「そろそろ髭でもたくわえて貫録を出そうかと思っているけれど、どうかな?」

「うさん臭さが増すだけだ、やめておけ」


 領主邸まで戻る道すがら、長年組んできたという二人の執政官がやり合うのを眺めて、思わず笑ってしまう。


「私たちも、あんな感じになっていくかしら?」

「メルフィーナ様におひげは似合わないと思います」

「そうじゃないわよ、もう!」

「ふふっ」


 マリーとクスクスと笑い合っていると、ヘルムートとギュンターの「仲がいいですね」という声がハモって、領主邸までの道すがら、明るい笑い声が続くことになった。


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