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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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167.王都からの手紙

 規則正しいノックが響き、テオドールが執務室のドアを開けると、ロイドが丁寧に一礼して入室してきた。


「メルフィーナ様、お手紙が届いています」

「ありがとうロイド」


 木製の盆の上には十通ほどの封筒が載っていて、マリーが受け取り、机まで運んでくれる。

 外部から領主邸に届く手紙も、ここしばらくで随分増えてきた。エンカー地方が本格的に開発の手が大きくなってきたこともあり、各地の貴族から手紙が届く。


 最も多いのは北部の貴族からで、技術移転の依頼である。これはオルドランド家を通すようにと返事をすれば済むので比較的気が楽だ。

 あちこちの貴族といちいち会っている時間は取れないし、アレクシスからも代理に立つことの了承は受けている。


「あ、これはマリー宛ね。弟さんからだわ」


 羊皮紙を折って封蝋された手紙を手渡すと、マリーはふわっと表情を明るくした後、すぐに思わし気な顔をした。

 それに、後ろめたい気持ちになってしまう。弟に手紙を送ろうと言い合ったのに、メルフィーナに一度も返事が来ていないのが気がかりなのだろう。


「気にしないで。弟は年の半分を南部の領地で暮らしているし、次期領主の教育も始まっているだろうから、仕方がないわ」


 手紙を大切そうに手で包みながら、少ししょんぼりとして見えるマリーに微笑む。

 ルドルフとの関係は決して悪いものではなかった。貴族の姉弟としてはむしろとても仲が良いくらいだっただろう。


 だから、彼が嫁いだ姉と関わりを絶ちたくて返事を送ってこないとはメルフィーナも思っていない。

「あら、これはユリウス様宛だわ。珍しいわね」

 宛先はエンカー地方の領主の館、になっているけれど、名前の欄はユリウスになっていた。


 領主邸でメルフィーナとマリー宛以外に手紙が届いたのはこれが初めてで、何気なく差出名を確認して、ぎくりと体を強張らせる。


 キャロライン・フォン・エスターライヒ。

 家名までは初めて知ったけれど、ユリウスの関係者で思い当たる「キャロライン」といえば、たった一人しかいない。


 ――ユリウスルートの悪役令嬢、キャロライン。


 ゲームの中のキャロラインはユリウスの婚約者であり、非常に嫉妬深い性格で、ヒロインに対して手ひどい嫌がらせをするキャラクターだった。


 メルフィーナが教養や礼儀作法の未熟さを嫌味やあてこすりで攻撃をするなら、キャロラインは微笑みながらドレスを引き裂き、紅茶に死なない程度の毒を注ぎ入れるタイプである。


 どちらも非常に陰湿な悪役として描かれていたけれど、キャロラインの攻撃性はメルフィーナのそれとは毛色の違う、大変極端でかつ致命的なものが多かった。


「メルフィーナ様?」

「ん? どうしたのマリー」

「いえ、何か考え込んでいる様子でしたので。……手紙はメルト村に転送しておきますか?」

「いえ。ちょうどユリウス様に相談したい案件もあるから、直接持っていくわ。明日の午後に時間を空けてくれる?」

「はい。……休憩に紅茶を淹れましょうか?」

「そうね、お願いするわ」

「では、すぐに用意いたします」


 何かしらを察して、気分を変えるためにそう申し出てくれたのだろう。マリーの優しさにほっと息を漏らし、手にした手紙を盆に戻す。

 ゲーム本編で、マリアの教育係に指名されたメルフィーナと違い、キャロラインの出番はそう多いものではなかった。


 マリアのクローゼットに忍び込み、毒蜘蛛を放ったり、攻略対象から贈られた花がいっせいに枯れたりするシーンでキャロラインの特徴的なカールのきいた髪型の影が画面の端に映るというような表現で描かれることが多く、台詞やスチルなどはあまり出てこなかった。


 ユリウスルートでマリアの命を狙い、ユリウスの不興を買って彼の手により正気を奪われて、生涯幽閉される。それがキャロラインの末路だ。


 その顛末を知っていることと、実際享楽的で思いついたらすぐに実行し、人の気持ちの機微に全く頓着する様子を見せなかったため、ユリウスと知り合った当初、メルフィーナは彼をとても警戒していた。


 ――今のユリウスを見ていると、そんなことをするとは思えないけれど。


 相変わらず眠っている時間は長い様子だけれど、ニドの家での居候生活を楽しんでいて、赤ん坊のサラの面倒もよく見ているという。メルト村の住人たちとの関係も、良好なようだ。

 ゲームの中の皮肉気でどこか退廃的な笑みではなく、レナにつられて明るく笑っているユリウスに、彼はそんなことはしないと信じたい。


 ――今のユリウスを見ていると、そんな未来は、悲しすぎるわ。


 太陽の下で笑い、日々を楽しんでいるユリウスが王都に戻ってゲームの彼のように振る舞い、エキセントリックな魔法使いとしてマリアを翻弄し、婚約者を手に掛ける。


 決してそうなって欲しくない。

 強くそう思った。



   * * *


 テオドールのエスコートで馬車を降りると、メルフィーナの馬車に気づいていた子供たちがわっと近づいてくる。


「メルフィーナ様! いらっしゃい!」

「今日はどうしたんですか?」


 顔色が良く元気な子供たちに微笑む。子供が元気な様子を見ると、こちらまで嬉しい気持ちになってしまう。


「お仕事のお話をしに来たのよ。みんな、元気?」

「うん、元気!」

「メルフィーナ様、すぐ帰っちゃうの?」

「今日はあまりいられないけれど、秋になったら時間が出来ると思うわ。ごめんなさいね」


 メルフィーナに問いかけた子供の背中を、隣の少し年長の子供が軽く叩く。


「夏の間はメルフィーナ様、忙しいってとーちゃんたちが言ってただろ!」

「だってえ」

「秋になったらまたお祭りをするから、そのときゆっくりお話ししましょう」

「はい!」


 いい子の返事をして、子供たちはぺこりと一礼すると自然と散っていった。


「みんな元気で可愛いわね」

「本当に」


 いつの間にか、ちゃっかりマリーに花を渡した子供がいたらしく、青い花を嬉し気に眺めたあと、マリーは上着の胸のポケットにそれを挿した。


 今日は手紙を渡すのがメインの用なので先触れを出さなかったので、急な来訪にエリを驚かせてしまった。どうやらニドは畑に出ているらしく、ユリウスの所在を尋ねると、裏庭にいるはずだと告げられる。


「先触れを出してくださったら、おもてなしの用意をしましたのに」

「サラの面倒を見るのに、エリも忙しいでしょう? 今日は本当に少し寄っただけだから、気を遣わないで」


 そう言った先から、家の中で赤ん坊の泣き声が響き出す。


「大丈夫だから、行ってあげて。赤ちゃんには母親が沢山触れてあげたほうがいいわ」


 軽く手を振ってエリと別れ、裏庭に回ると井戸の傍でユリウスとレナが屈みこんで何かをしているところだった。幼いレナはともかく、かなり身長の高いユリウスがそうしていると、すこし窮屈そうである。


「こんにちは、何をしているの?」

「! メル様! いらっしゃい、いつ来たの?」

「たった今よ」

「レディ! 今レナと風の魔石の利用法について話をしていたんです。歯車のついた風車に取り付けて複数の歯車を経由して大きな動力にするという話なのですが、色々な利用法が考えられてすごく面白いんです!」

「あのね、歯車をひとつ経由したら回る大きさを変えることができるの。風車の歯車が直径十メートルとして、一回転の間に四回回る歯車を挟ませるとするでしょ?」

「現在の風車は杵を上下させて臼の上に落としたり、回る速度で石臼を回したりという単純な仕事のみですが、歯車を挟むことによって複数の仕事をこなすことができるようになり効率が飛躍的に上がります」

「それでね、それでね!」

「待って、落ち着いて二人とも。すごく魅力的な話をしているのは伝わったから、お手紙にして送ってちょうだい。きちんと企画されていたら、開発と実験のための予算をつけるから」


 ユリウスとレナは顔を見合わせて、手のひらを合わせる。おそらくハイタッチ的なものなのだろうけれど、成人男性の中でもかなり大きなユリウスとレナでは手のサイズが違い過ぎて、音も立たなかった。


「私、紙とペン取って来る!」


 そう言うと、レナは返事も待たずに一目散に走り出した。


「レナ、ユリウス様に似てきましたね……」


 ぽつりと言ったマリーの言葉にメルフィーナも複雑な気持ちで頷く。

 レナは元々非常に元気がよく、好奇心の強い少女だった。メルト村でメルフィーナのしていることに、真っ先に質問をしてきたのが彼女だ。


 だから、今のレナがユリウスの影響でああなっているとばかりは言い切れないけれど、これくらいの年の子供にとって、周りからの影響は大きいだろう。


「レディ、風の魔石は安いので、出来れば先にある程度の数が欲しいです。あと、実験風車も作りたいのでレディの圃場の端にひとつ作る許可を頂けませんか? 魔石の中ではかなり安価な部類ですけれど、魔石自体がまあまあの価値があるものなのでその辺りに作れないでしょうし、途中で壊されて実験が中断したらレナが悲しむと思うので」

「ええ、構いません。城館の敷地にいい場所を選定しておきます。それから、ユリウス様、レナが戻る前に、これを」


 なんとなく、キャロラインの話をレナの前でしたくなくて、懐から取り出した手紙をユリウスに手渡す。


 不思議そうな様子だったものの、手紙を受け取って裏を返し、ユリウスはそれまでの楽し気な表情をすん、と消して、中身を検めることもせず、腰から提げているポケットの中にねじ込んだ。


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