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157.氷の魔石と氷の公子

 一行が到着したのは、朝食を終えてすぐのことだった。


 いつもは馬車と護衛騎士か、下手をしたらアレクシス自身が騎乗して訪れることすらあるので、非常にミニマムな来訪であることが多いのだけれど、今回は公爵家の紋章の入った三頭立ての大きな馬車に、随行の馬車が四台、随行の護衛の騎士も六人と、随分大きな一団となっている。


 光沢のある白い車体に銀の装飾がされた馬車からアレクシスが降りる。ドアの前で内側に何ごとかを告げて、二人の護衛騎士に囲まれてメルフィーナと相対した。


「メルフィーナ、出迎えに感謝する」

「こちらこそ、長い道程をお疲れ様でした。ご無事の到着をお喜び申し上げます」


 きちんと貴族の礼を交わしあった後、アレクシスは珍しく、分かりやすく気まずげな表情を浮かべていた。


「オーギュストから伝わっているだろうが、突然のことですまなかった」

「いえ。公子様はご紹介いただけないのですか?」

「君の前に出せる状態ではない。先に兵士の宿舎で湯を用意させている」


 聞けば、小姓に紛れ込むために髪色を変えるのに色粉を使ったらしく、それを落としてくるのだという。


「行動力があるとは聞いていましたが、そこまで変装するとは、すごいですね」

「周囲の者も手を焼いているが、ここまでするのは流石に初めてだ」


 場所を応接室に移し、紅茶を出す。互いに一口、カップに口を付けたところでアレクシスが騎士から小箱を受け取り、テーブルの上に置いた。


「本題の前に、これを君に」


 箱を開けると、内側は銀を薄く貼った色で眩く、ビロードの布を張った箱に等間隔に石が並べられている。縦四列、横五列の計二十個の丸い石は透明で、ぱっと見は装飾の無いビー玉のようだ。


「氷室や、低温にしておきたい地下室などで使う氷の魔石だ。今回の技術提供の礼の一部として用意した」

「まあ、これだけの数を、いいのですか?」


 驚いたけれど、これは嬉しいものだった。なるほど、色こそ違えど以前見た火の魔石とよく似ている。

 入っている属性によってピンからキリまであるとはいえ、基本的に魔石は高価なものだ。これだけの数だと、総額がいくらになるか、メルフィーナにも分からない。


「ほとんどは去年の冬にサスーリカから出た魔石を浄化した後、私が魔力を込めたものだ。公爵家では手に入りやすい素材のひとつなので、気負わずに受け取ってほしい」

「そういう事でしたら、遠慮なくいただきます。お気遣いありがとうございます」


 厨房には旧式とはいえ冷蔵庫もあるけれど、容量が小さいので、以前からもっと大きなものが欲しいと思っていたところだ。

 ユリウスに相談して、それらが造れるか試してみたいとも思う。


 手に取ってみると、少しひんやりとしているけれど見た目と同じ、ガラス玉のような触感だった。大きさは、以前エンカー地方で出た魔物から採れた魔石よりも一回り大きい。


 窓から差し込む光にかざしてみれば、向こう側の景色が球体に歪んで見えるほどの透明感である。


「綺麗なものですね」


 魔物の体から出たとは思えないくらい、透き通った美しさだ。

 よく見ると、内側にキラキラとした細やかな光が見える。


 ――これが魔力なのかしら。


 魔力は肉眼では見えないとされているけれど、ダイヤモンドダストを連想する白い輝きに、じっと見入る。


「メルフィーナ」

「メルフィーナ様」


 隣と正面から声を掛けられて、はっと我に返ると、マリーもアレクシスも、思わし気な目でこちらを見ていた。


「魔石はじっと見つめない方がいい。あまり良くないこととされている」

「普通に取り扱う分には問題ありませんが、あまり直視するものではないそうですよ。だから魔石を使った道具なども、魔石が露出しないような造りになっていると聞きました」

「そうなのね……」


 確かに、何か意識を持っていかれるような、不思議な感覚があった。それは決して嫌なものではなくて、むしろ心地よさすら感じたほどだ。


 魔石を使った道具は色々とあるけれど、王都でメルフィーナが見たことがあるのは魔石のランプくらいのもので、それも中の魔石は見たことが無い。

 それらも魔石がどこに入っているのかわからない構造になっていたし、メルフィーナも開いてみようと思ったことはなかった。


「魔石の愛好家の貴族が、部屋中を魔石で満たしてそのまま狂死したという話もあるくらいだ。魔石のひとつふたつなら、あまり神経質になる必要は無いが、気を付けたほうがいい」

「知りませんでした。忠告、ありがとうございます」


 そっと魔石をビロードの上に戻し、ほう、と息を吐く。


 綺麗なものの陰にはよくないものが隠れているというのは前世の諺だけれど、この世界も中々、ただ綺麗なだけと油断は出来ないものらしかった。




     * * *


 応接室でそう長くないティータイムを終え、そろそろ圃場に出かけようかという話になり、階下に下りるとすでに準備は整っていた。

 今日はソアラソンヌから、鍛冶師と大工、珍しい仕事としては魔道具職人も連れだって来ている。


 それから、オーギュストの傍にはまだ幼い少年が立っていた。

 小姓服に身を包んでいるけれど、青灰色の髪に同色の瞳の、まぎれもなくアレクシスの血筋を感じさせる少年である。


「あちらが甥御様ですか?」

「ああ、紹介しよう。ウィリアム、こちらに」


 声を掛けられ、少年ははっとこちらを振り向くと、すぐに小走りで近づいてくる。少し離れた位置で立ち止まると、緊張した表情ながら、礼儀正しく紳士の礼を執った。


「ウィリアム、こちらがオルドランド家の当主正室、メルフィーナだ。失礼のないように振る舞いなさい」

「はい、伯父様。――初めまして、ウィリアム・フォン・オルドランドと申します。お会いできて光栄です。メルフィーナ伯母様」

「メルフィーナ・フォン・オルドランドです。こちらこそお会いできて嬉しいわ、よろしくおねがいしますね、ウィリアム様」

「私のことはどうか、ウィリアムとお呼びください。急な来訪にも拘らず、面会をお許しいただき、恐縮です」


 ――あら、まあ。


 まだ背の伸び切らない少年の、精いっぱいの背伸びした礼儀正しい態度は可愛らしかった。

 顔立ちはアレクシスによく似ているけれど、まだ頬に子供らしさが残っていて、表情にも屈託がない。


 青灰色の髪は、確かに染めなければ一目で公爵家の血筋と分かってしまうだろう。色粉は兵士の宿舎で洗い落とされたらしく、短く整えた青灰色の髪は僅かに湿っていた。


 ――可愛い。アレクシスの子供時代のスチルを見ている気分だわ。


 王都では未婚の女性たちから氷の公爵と呼ばれていたアレクシスだが、ウィリアムはさしずめ氷の公子というところだろう。


 大きな違いは、感情が表に出にくいアレクシスと比べれば、ウィリアムの表情はころころと変わるところくらいだ。


「マリー叔母様も、御無沙汰しています。久しぶりにお会い出来て嬉しいです」

「ウィリアム様、お久しぶりでございます。……私はすでに、公爵家から正式に離れた身です。どうぞ、マリーとお呼びください」

「ですが……」

「ウィリアム様、マリー様は現在、メルフィーナ様の秘書です。お仕事に差し支えることもあるかと思いますので」

「……分かった。では、私も今回はマリー様とお呼びしてもよろしいでしょうか」


 マリーはまだ少し困った顔をしているけれど、人前で叔母と呼ばれるよりはマシだと判断したらしい。


「では、そのようにお願いいたします」

「はい! あの、メルフィーナ伯母様。今日の視察は、僕もご一緒させていただいてよろしいでしょうか。邪魔にならないよう、隅に控えておりますので」

「かまいませんよ。ソアラソンヌとは違い鄙びた土地ですが、よろしければ見て回ってください」


 多少発展したとはいえ、北の大華と呼ばれるソアラソンヌと比べればまだまだ素朴な土地だ。大して面白いものもないだろうけれど、ウィリアムは目を輝かせて笑った。


「ありがとうございます! 感謝いたします!」


 もう一度、片手を伸ばしもう片手は胸に当てて紳士の礼を執ると、ウィリアムは本日同行する人たちの端に移動していった。


「……いい子のように思えるけれど」

「まっすぐな気質の方です。ただ、少し思い込みが激しくて、思い立ったら周りが見えなくなるところがありますが」


 ぽつりとつぶやくと、マリーが答えてくれる。


 その声はやはり少し困っている様子ではあるものの、ウィリアムに対する嫌悪のようなものは含まれていない気がした。


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