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131.家令見習い

 司祭来訪三日目、午後から領主邸に顔を出したオーギュストから受け取った一覧に目を通す。結果、「祝福」を受けた十八名のうち、才能の項目に記入があるのは四人だった。


「今日はエミル司祭についていなくていいんですか?」

「本日は潔斎の日ということで、一日部屋から出てこないそうです。身を清めた教会の人間以外は近づいたり話しかけたりも禁止なので私も休むよう言われてしまいましたよ。まあ、体よく追い出された形ですね」


 おどけて言っているけれど、おかげでこうして報告を受けることが出来るのでメルフィーナとしては助かった。

 一覧には、ロイドの他、ロドが「演算」と「分析」のほか、メルト村の少年に「裁縫」が、エンカー村の少年に「緑の手」がそれぞれ名前の横に記されている。


「緑の手というのは珍しいですね。たしか、農作物を育てるのに向いている「才能」でしたか」

「ええ、俺も初めて見ました。農民が「祝福」を受けること自体がそれほど多くありませんけど、その中でも十八人に一人しか出なかったところをみると、かなり珍しい「才能」と言えるでしょう」

「「裁縫」が出たのも嬉しいですね。去年の冬からメルト村ではお裁縫が出来るよう、針や糸を一式村長の家に貸し出し用に支給していたので」


 農奴は他の仕事に就くことが出来ず、針や糸はそれなりの高級品なので、メルフィーナが奨励するまで一度も裁縫をしたことがない者が多かった。幸い、メルト村には商家出身で相応の教養を持つエリがいたので、彼女に裁縫道具を預け、希望者には基本的な裁縫のやり方を教えてもらえるよう頼んでおいた。


 どうやらそれが、芽を出したらしい。

 そして、元々「才能」があると目されていたロイドの名前の横には「文武」と記されていた。


「文武とは、どのような「才能」ですか? 印象では文官も武官もこなせるように見えますが」

「「文武」は武に優れ柔軟な考えが出来、文に優れながら剛健さを併せ持つ、バランスのいい「才能」ですね。血筋的に、王都のカーライル家には時々出る「才能」のはずです。確かお前の上の兄さんも持っていなかったか?」


 オーギュストに水を向けられて、セドリックはしっかりと頷く。

 騎士であり政治家でもある宮廷伯家であり、当主は王族直下の第一騎士団の団長を務めるカーライル家らしい「才能」と言えるだろう。


「それで、セドリックとも少し話したのですが、ロイドをセドリックの従士に迎え、メルフィーナ様の警護に加えるのと同時に、執政官に付いて見習いとして政治と内政を学んでもらい、ゆくゆくはメルフィーナ様の家令として取り上げてはどうでしょうか」

「家令ですか」


 使用人すら両手の指で数えるほどしかいない領主邸で、随分大仰な役職が出たと少し驚いたけれど、オーギュストはあくまで真面目な進言として告げているようだった。

 隣にいるセドリックも納得しているように、深く頷く。


「メルフィーナ様の才覚で開拓を続ければ、いずれお一人では管理しきれなくなる日が必ず、それもそう遠からず来るでしょう。元々広大な領地の経営は家令と代官を使ってするものですから、今のうちから直臣として育てるのは良い選択だと思います」

「豊かな領の領主に仕える家令は、誘惑も危険も多いものですからね。自衛できるだけの強さと誘惑に負けない忠誠心が必要になってきます。オルドランド家の家令であるルーファス様なんかはすごいですよ。もういい年ですが、暗器を使った戦闘では並みの騎士も敵いません」


 結婚式の直後にアレクシスの少し後ろに控えていた執事服の男性を思い出す。背筋はしっかりと伸びていたものの、確かに髪も髭も真っ白で、高齢のように思えた。


「家令は、領によっては広大な領地を一年中回って監査を続ける者もいるので、とにかく体力勝負の一面もありますから。出来ればオルドランド家で預かってルーファス様の下で二年ほど修行するのが最も近道なのでしょうが」

「オルドランドとエンカー地方は別の領地ですもの。家令なんて重要な仕事を任せる前提の人を預けるわけにはいかないわ」


 だからこそ、セドリックの従士であり、執政官見習いというわけだ。セドリックの所属はオルドランド騎士団ではあるものの、現在はメルフィーナの護衛騎士であり、その指導をメルフィーナはいつでも監査することが出来る。


「セドリックは大丈夫なの? 今でもほとんど一日中私の警護をしているのに、その上従士の面倒を見るなんて」


 従士とは、特定の騎士の身の回りの世話をしながら盾持ちとして従軍する騎士見習いのことだ。兵士よりも身分が上で、功を立てれば叙任騎士として取り上げられる立場の者を指す。

 兵士としては出世だけれど、ロイドが将来的に騎士ではなく家令を目指すなら、武功を立てるためというより騎士としての振る舞いや戦いのための技術をセドリックを師として学ぶことになるはずだ。

 一般的な従士よりも、セドリックの負担が大きいのではないか。


「問題ありません。今でも訓練は夜間に行っているので、それにロイドが加わるだけです」

「待って、夜に訓練しているなんて、初めて聞いたわ」

「走り込みと素振りくらいは毎日しないと、メルフィーナ様の警護だけでは体が鈍ってしまうので」

「いつ寝ているの!? いえ、交代要員もいないのに、私の配慮が足りなかったわ。これから週に二日は完全な休みに……」


 以前から薄々感じていたけれど、セドリックの労働環境はブラックなのではないだろうか。焦って思わず椅子から立ち上がると、おかしそうに笑いながらオーギュストが口を挟んできた。


「メルフィーナ様、騎士っていうのは子供の頃から訓練に慣れているので、休ませたり訓練不足にさせたりするとかえって落ち着かなくなったり、眠れなくなったりするものですよ。こいつは親戚の俺が呆れるほど真面目な奴ですが、ぶっ倒れるまで無理するほど馬鹿ではないですから、放っておいても適度に休息は取っているはずです」

「でも、夜に出歩くなんて危ないわ。日が落ちたら獣だって出るし」

「こいつをどうこう出来る獣なんてそうそういませんし、野生動物は勘がいいですからね、大抵の獣は勝てない勝負をしかけたりはしないものです」

「ロイドはそうではないでしょう!?」

「強いリーダーのいる群れに喧嘩をしかける獣はそうそういませんし、北部の魔物は奇襲が得意ですから、自分で対処出来るようにしといたほうが後々ロイドのためですよ。なあ?」

「私に次いでメルフィーナ様の護衛役となる者です。そのくらいは自分でなんとかできるだけの実力は、早急につけさせます」

「そ、そう……」


 二人とも普段はメルフィーナに対して当たりが柔らかいし、セドリックもエンカー地方に来た初期はともかく、その後は乱暴な様子を見せたことはなかったので忘れがちではあるものの、騎士とは戦闘職なのだ。

 厳しい訓練とストイックな意識無しでは成り立たない職業、いや、身分なのだろう。


「じゃあ、ロイドの意見も聞いてみましょう。現在訓練を受けている村人たちは、ゆくゆくはエンカー地方の治安を守る兵士になってもらう前提だったし、ロイドもそれを目指しているはずだもの」

「兵士になるより広く強固にエンカー地方を守る立場になるのですから、否とは言わないと思いますよ」

「本人にとっても、とても良い話ですしね。公爵家の家令は男爵や子爵といった爵位持ちの家からしかるべき教育を受けた男子が選ばれてなるのが慣例ですし、豊かな領地の家令というのは大変な権力を持つものです。最終的には俺より立場が上になることもありうるわけで」


 オルドランド家という北部の支配者の側近であるオーギュストの言葉に、メルフィーナもくすりと笑う。


「とにかく、本人の意思が一番です。でも、受けてもらえると嬉しいわ。直臣は増やさなければと思っていたし、よくお魚を持ってきてくれる、周りとも上手くやっている優しい子だもの」


 エンカー地方を盛り上げていくのに、頼りになる仲間が増えるのは、とても良いことである。


 数日後、正式にエンカー村の村長であるルッツに孫息子の仕官を打診したところ、貴族恐怖症の村長は椅子から転げ落ちた後、当の孫息子と相談しつつ了承したという報告を受けることになるが、それはまた別の話である。


このお話を書くにあたり色々中世の書籍など読みましたが、家令(執事)に対してセバスチャン、お茶を、というステレオタイプな印象しかなかったのですが、家の中の管理がメインの仕事になるのはずっと後の時代で、中世あたりだと一年のほとんどを主の領地を訪ねては帳簿を確認したり収穫の様子を見たりと大変なお仕事だったようです。

家令が滞在するとその間の滞在費をその領地が出さなければならないので、不必要な経費を使わせないために確認が済んだらすぐに次の領地の視察に出発したりと、何かと過酷なお仕事のようでした。

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