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124.武闘会の終わり

 騎士たちの剣技は、型を披露するものだった。

 甲冑を脱ぎ、騎士服の上から急所を革鎧で包むスタイルに変わっている。利き手に長剣を持ち、反対の手にオルドランド家の紋章が入った金属製の盾を固定しているので、重量としては甲冑をまとっている時とさほど変わらないだろう。


「盾は従士が持つものと聞いていましたが、剣技では騎士が装備するんですね」

「儀礼的な場で騎士が盾を持つことはほとんどないが、皮革の籠手では大型の獣や魔物の牙は貫通するから、実戦では盾は必要不可欠だ。それもあって、こうして剣技を見せる時は、盾を装備することの方が多い」

「その点、閣下は大剣だけで突っ込んでいきますから、こちらも毎回ひやひやするんですよ」

「オーギュスト」


 低く名前を呼ばれ、護衛騎士は苦笑を滲ませて肩を竦める。後ろに立っているので彼の主からは見えなかったはずだが、アレクシスはまるで見透かしているように、ふん、と鼻を鳴らした。

 主従の様子にふふ、と思わず笑うと、二人そろって視線を向けられてしまう。


「以前誰かが、公爵様は背中にも目がついていると言っているのを聞いたことを思い出しました」

「ああ、それは間違いないですね。俺なんかは、いつも閣下の後ろに立つときは緊張していますので」

「ふふ、背中に目が無くても、オーギュストが後ろにいれば、きっと安心だわ。私も、マリーとセドリックが傍にいてくれるだけで、すごく安心するもの」

「……君は、人が良すぎるな」


 剣技は足運びから全て共通の型があるらしく、騎士の三人は同じ動きで構え、突き、払い、両断の動きを演じている。全く同じ動きのように見えても、明らかにセドリックの振るう剣は鋭く、じっと見ているとまるで自分が彼の振るう剣に斬り伏せられるようなプレッシャーを感じるほどだった。


「他の二人と比べて速いとか、動きが違っているわけでもないのに、すごいですね」


 荒事には全く無縁で育ったメルフィーナの目から見ても、その技量の違いは明らかだ。アレクシスの言う、セドリックの剣に神が宿るという言葉の意味がよく分かる。

 観客たちもあれほど騒がしかったのがしんと静まり返り、息を呑んで騎士たちの剣技を注視している。

 彼らの動きは、相応の重量があるだろう盾の重さすら感じさせない。時に軽やかで、時に鋭く、そして荘厳さを感じさせるものだった。


 三人が同時に動きを止め、そして一礼したところで、わっ、と歓声が上がる。メルフィーナもつい詰めていた息を、深く吐いた。

 磨き上げた技術は鑑賞に値することが、よく理解できた。


 騎士たちが下がって再び小休止を挟み、次に会場に現れたのは兵士たちである。オルドランド家から派遣されている兵士二十人と、エンカー地方から募って訓練を受けている七人が革鎧を身に着け整列し、騎士と同じように貴賓席に向かって一礼した。


 兵士は下が十五から年長者は三十代まで年齢層が幅広く、体の厚みや背の高さもまちまちだった。従軍歴の長い者を中心に整列しているので、おおむね列の端に向かうほど若くて体も出来上がっていない印象である。


 騎士の技量を見た後では兵士たちの演習は見劣りしてしまうのではないだろうかと僅かに思ったけれど、技量が高いレベルで拮抗している騎士たちよりむしろ差が大きく出る大人数での演習の方が応援や激励のしがいがあるようで、会場の熱気は衰えることはなかった。


 特にエンカー地方から訓練に参加している兵士が弓を引くときは、名前を呼んで応援する家族や友人の声が大きく響く。弓の演武が終わった後は槍を持った型の披露に移り、こちらもおおむね好評だった。


「この分だと、武闘会が終わったあとは兵士見習いに志願する者が増えるかもしれないわね」

「特に男の子は騎士に憧れるものでしょうし、将来はエンカー地方の騎士を志す子供たちも増えると思います」


 マリーと小声で囁き合いながら、槍を振るう兵士たちの生真面目な横顔を眺める。


「あの若い兵士は、エンカー地方からの訓練者か?」


 隣に座るアレクシスに声を掛けられ、視線をそちらに向ける。

 兵士の中でもひと際若く、体が出来上がっていない青年のことだろう。


「あれは、ロイドですね。エンカー村の村長の、孫にあたる子です」


 兵士見習いの最年少で、祖父のルッツによく似ていて人当たりが柔らかく、時々領主邸に川や湖で捕れた魚を差し入れにきてくれる青年である。

 便乗した他の兵士や村人からの差し入れの追加を断れなかったと、恐縮しながら食べ物を抱えて領主邸を訪ねてくることが多く、兵士より文官に向いているのではないかと時々心配になることもある程だった。


「多分彼、なんらかの「才能」を持っていますよね」

「ああ、かなり有望だろうな。まだ若いが、槍に振り回されていない。弓も扱い慣れていないようだが、的に向かって弓を絞る目がよかった」


 オーギュストが呟き、アレクシスは頷く。


「彼がいくつか分かるか?」

「見習いの最年少は十五歳なので、今年十六になるはずです」

「なら、早めに祝福を受けさせたほうがいいだろう。人にもよるが、「才能」はそれくらいの年齢で消失することが多い」

「ソアラソンヌに戻ったら、司祭の派遣だけでも急いでもらった方がいいですね」


 アレクシスとオーギュスト、二人がそこまで言うのなら、相当に恵まれた「才能」を持っているのだろう。


 これまで騎士たちの宿舎に慰労に向かったことは何度もあるし、兵士たちの訓練を見る機会もあったけれど、ロイドに飛び抜けたものがあると思ったことはなかった。

 ルッツの孫ということで身元はしっかりしているのだから、兵士の訓練が辛いならばいずれは領主邸で文官の見習いになってもらうのはどうだろうかとさえ思っていたほどだ。


「……私では、気づいてあげられませんでした」


 あやうく有望な「才能」を潰すところだったのだろうかと思っていると、オーギュストがそれを振り払うように明るい口調で告げる。


「これはむしろローランドとジグムントが気づいて、メルフィーナ様に進言しなければならないところですから」

「兵士見習いの訓練は、兵士たちに任せている部分が大きかったんだろう。だが、兵士たちを率いるのは騎士の役割だ」


 その声にひやりとしたものを感じて、メルフィーナは慌ててアレクシスに顔を向ける。


「ローランドもジグムントも、セルレイネ様の警護やエンカー地方の見回りなどで忙しくしていましたし、そもそも見習いの訓練の参加も急なことだったので、どうか二人を咎めないでください」


 アレクシスは、特に政治家としては苛烈な部分があるというのも、時々耳に挟む話だ。

 二人の騎士は、メルフィーナの目から見ても非常に真摯にエンカー地方を守ってくれていた。そもそも多忙に働く中で、二人でほぼ三十人近い人間を隅々まで見るというのも難しいはずだ。


「今日はエンカー地方に駐留してくれている彼らを労うための武闘会ですもの。日頃の努力を称賛してあげてください」

「……今後は気を付けるよう、告げるにとどめよう」


 その言葉にほっとすると、こちらを見ているオーギュストの視線に気が付く。目が合うと、どういう理由だか、にっこりと笑われた。


「オーギュスト」


 ひんやりとした声で名前を呼ばれたオーギュストは、肩を竦め、先ほどとは違う少し苦い笑みを浮かべてみせた。


「……公爵様は本当に、背中に目がついているんですよ」

「確かに、そうみたいね」


 軽く笑ったことで一瞬張り詰めた空気はほぐれ、なんとなく、よい雰囲気に変わってくれたようだった。






  * * *


 兵士たちの模擬戦が終わり、武闘会も終了の空気が流れ始める。


 兵士たちの中から特に優秀だった者をアレクシスと騎士三人が選出し、優秀者に選ばれたのはオルドランドから派遣されている二十代半ばほどの兵士だった。

 背が高く、鍛え抜かれた体躯は他の兵士たちと並んでもひと際目立つ。力も強く、模造刀を使用した模擬戦で体の軽い兵士などは剣を合わせた途端吹き飛ぶ一面もあったほどだ。


「粗削りだが、膂力もありいい兵士だ。こちらにいるうちに従士に引き上げれば、周囲の士気も高まるだろう」

「ローランドには現在従士がいませんから、彼に任せるといいでしょう。体力があるので盾持ちとしても有能だと思いますよ」


 優秀者が決まり、アレクシスが直々に労いの言葉を掛ける。他の兵士たちも感極まったような表情で、北部において、アレクシスがどれほど兵士たちに敬愛されているのかよく分かる。


「私からも、褒賞を用意しました。騎士たちにはそれぞれ領主邸のエールを二樽と、優秀者にはエール一樽に、こちらを授与します」


 ラッドとクリフに運んでもらった大きな木のトレイに布を掛けたものを運び入れる。マリーが布を払うと、黄色み掛かった円柱型のチーズが顔を出す。直径が三十センチほどもある大きさで、重量は約五キロとたっぷりとした量だ。


「エンカー地方で初めて作られたチーズです。熟成は少し浅いけれど、これくらいが癖がなくて美味しい頃合いよ。パンにもエールにも合うので、楽しんでください」


 兵士たちが歓声を上げ、優秀者の兵士の背中を思い思いに叩いている。その様子に微笑んで、メルフィーナは告げた。


「参加された皆さんも、本当にお疲れ様でした。今夜十分に飲んで楽しめるだけのエールを後ほど宿舎に送るので、今夜は思う存分楽しんでください」

「メルフィーナ様!」

「ありがとうございます、領主様!」


 兵士たちはみな明るい笑顔を浮かべていた。


 一冬、セレーネとエンカー地方を守ってくれた彼らへの労いは、どうやら成功したようだ。それが嬉しくてメルフィーナも始終笑顔だった。


 なお、喧騒が去った後、あのチーズについて詳しく聞かせて欲しいとアレクシスに言われたのは、別の話である。


男の子の祝福=教会

女の子の祝福=神殿

で行われています。


領主邸の地下で作られていた熟成チーズの初お目見えです。

アレクシスはすぐに領都に戻りますが、メルフィーナからエールを買って持ち帰るついでにチーズもいいお値段で購入したことと思います。

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