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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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119.錬金術師の滞在依頼

 今後の害虫駆除の打ち合わせと視察を終えると、中天に昇っていた太陽はやや傾き始めていた。

 冬に比べれば日が長くなってきたことを実感するけれど、まだ太陽が空に長居するには季節が浅い。街灯など存在しないこの世界では、日が落ちれば辺りはあっという間に真っ暗だ。


 どうしても仕方の無いときは魔石のランプで道筋だけ照らしながら馬車を進ませることもあるけれど、基本的に人が活動できるのは、太陽が出ている時間帯だけである。


「そろそろお暇するわね。今日は実りある話が出来てよかったわ」

「こちらこそ、対策を講じていただきありがとうございます。実験区の経過に関してはエリにまとめてもらい、提出いたします」


「エリは本当に有能ね。サラの育児の手が離れたら、また領主邸に戻って欲しいくらい」

「領主邸で働くのは楽しいと、あの頃は毎日のように聞かされていましたので、喜ぶでしょう。もしメルフィーナ様の気が変わらなければ、お願いします」


「結果をまとめる分の報酬は出しますし、これからもメルト村であったことの報告はエリに書面にして届けてもらうのがいいかもしれないわ。私がもっと小まめに足を運べればいいのだけれど、今はとにかく忙しくて」

「メルフィーナ様はとてもお忙しいと、エリも言っていました。お手を煩わせないよう、我々も尽力していきます」


 こうして会話をしていると、ニドも出会った時と比べて随分丁寧な言葉を話すようになった。メルフィーナと関わる上で、エリに学んだのだろうし、ニドがエリを大事にしていることが伝わってくる。


「では、戻りましょうか。そういえば、ユリウス様は戻ってこなかったのね」


 ニドの家から出て周囲を見てみるもののユリウスと、共にいるはずのレナの姿は見当たらなかった。

 レナはともかく、ユリウスは農民と比べると頭一つほども背が高く、青い髪はとても目立つ。視界に入る場所にいれば気が付かないことはないだろう。


「少し市場まで歩きましょうか」


 セレーネに声を掛けると、嬉しそうに頷かれる。途中から村の防壁やその管理に関する話が続き、退屈だったのではないかと思ったけれど、セレーネにはなかなか興味深い話だったようだ。


「姉様、壁を利用した果樹の栽培について、もう少し詳しく知りたいです」

「あれは防壁を利用した副産物のようなものだから、実際に植えるのはもっと先になるけれど、領主邸で実験的に行うつもりだから、そうしたら近くで観察するといいわ」


「ルクセンはエンカー地方より寒いので、青果はとても貴重なんです。ルクセンでも同じことができれば、新しい産業を興すことができるかもしれません」

「ルクセンは鉱山と船乗りが多いのよね。壁を使ったフルーツの栽培に向いているカラント類は、船乗りの病にも効果が高いから……」


 カラント類の中でも黒スグリ、いわゆるカシスはお酒にも向いた材料だ。実験栽培で黒スグリを植えてみて、上手く収穫できれば蒸留酒に漬けてカシスリキュールもどきを作れるだろうか。


 話し合いの間大人しくしていたセレーネも、外に出て話をしていると子供らしく活き活きとした様子を見せる。市場まで出ると、昼食時よりぐっと人が減って、路上販売をしていた人たちも随分引き上げていた。


 その中に目当ての長身の錬金術師と、その隣にいる少女を見つける。圃場で別れてから数時間が過ぎているけれど、二人とも遠目から見てもまだ話し足りない様子で盛り上がっていた。


「ユリウス様。ここにいらしたんですね」

「レディ! あれ、もうお仕事は終わりですか?」

「ええ、先ほど済みました。レナ、お昼は食べた?」

「うん! ユリウスお兄ちゃんが屋台で買ってくれました!」


 元気のいい返事にレナの頭を撫でる。


「そろそろお暇しましょう。風の魔法について、ユリウス様にご相談したいことが――」

「レディ、僕、この村にもう少しいたいです!」


 言葉を遮るようにやや身を乗り出して迫られて、一瞬後、ユリウスの背後に回ったセドリックが両肩を掴み、後ろにぐい、と引き離す。


「落ち着け。……この村に滞在してどうするんだ」

「もっとレナとおしゃべりがしたい」


 セドリックがここまで苦虫を噛み潰すような表情をするのを見るのは、久しぶりな気がする。

 メルフィーナがエンカー地方に来たばかりの頃は、もう少し控えめではあったものの、似たような顔を見るのは日常茶飯事だった。

 何だか懐かしいなとしみじみと思いながら、ユリウスの突飛な申し出に眉を落とす。


「もう少しいたいと言っても、今日はもう日が落ちますわ。明日、また改めて来るというのはいかがですか」

「いえ、この村にしばらく滞在したいという意味です、レディ」

「ですが、ここにはユリウス様が寝泊まりできるような屋敷はありません」

「凍死しない程度の囲いがあればどこでも寝ることは出来ます。そういうの、慣れているので」


 おかしなことに慣れを主張されても、ユリウスは貴族の一人だ。メルト村に貴族が滞在できる設備がないのは明らかだった。


「お願いしますレディ。錬金術師の仕事なら書面で回してくれればすぐにお返事します。時々領主邸にも戻ります。僕、まだここにいたいんです」

「おい、それ以上メルフィーナ様に近づくな」


 しっかりと肩を掴んでいるセドリックの拘束に阻まれながら、じりじりとこちらに身を乗り出してくるユリウスに、流石にメルフィーナも気おされてくる。

 さすがに見かねたのか、マリーがさりげなくメルフィーナとユリウスの間に体を挟んだくらいだ。


「ユリウス様……」


 ユリウスは子供のように無邪気で爛漫な振る舞いをする反面、自分のしたいことに対して手段を選ばないところがある。メルフィーナとセドリックの言葉にはある程度耳を貸してくれるけれど、その二人を振り切る形で願っているということは、お願いの形をとっていても、引く気は全くないのだろう。


 ユリウスが領主邸に来たばかりの頃、深夜にメルフィーナの寝室に忍び込むという離れ業を演じたことを思い出す。

 この調子のユリウスを無理に領主邸に連れ帰っても、夜中にこっそり抜け出してメルト村に向かうはずだ。


「いいのではないでしょうか、姉様」

「セレーネ?」

「先ほどのお話し合いで、長屋にはまだ少し余裕があると言っていました。今いる人たちに頼んで一部屋空けてもらって、そこをユリウス様の寝床にしてもらえばいいと思います」


「でも、長屋って平民の一家族が最低限暮らしていける程度の広さと設備なのよ。それは、火鉢はあるし、凍死はしないかもしれないけど、それだけだわ」

「それでいいです!」


「ユリウス様、貴族の方が寝泊まりして、もし何かあったら、長屋の住人全員に咎めが行くこともあるんです」

「寝ている僕に狼藉者が近づいても、寝ぼけた僕に八つ裂きにされるだけですよ。何の問題もありません」


 あっさりと返す言葉に額を手のひらで覆う。問題大ありだ。メルト村最初の事故物件が誕生しかねない。


「ううん……」

「メルフィーナ様、あのう、差し出がましいようですが、もしよろしければ、うちで寝泊まりしていただいても構いませんが」


 見かねたように声を掛けてくれたニドに、メルフィーナはへにゃりと眉を下げた。


「ニドのおうちは子供が三人もいるし、ニドだって村長のお仕事で忙しいでしょう。その上居候なんて」

「うちは村長の家ということで部屋を三つも造ってもらいましたが、私とエリと赤ん坊は同じ部屋で寝ていますし、ロドとレナは子供部屋で同室で、もう一間はエールや食料を置くのに使っています。そちらを納屋に移動すれば、一部屋作れますし」


 ちらり、とユリウスに視線を向けた後、ニドはほとほと困ったように肩を落とした。


「このような目立つ方を長屋に住まわせるというのは、村長の立場として、その」

「いえ、分かるわ。ごめんなさいね、悩ませてしまって」


 つややかな長い髪にすらりとした長身、身に着けているものの質の良さから、誰がどう見てもユリウスは貴族である。

 その貴族になにかが起き、その現場が農民の最低限の住まいであり、人足も多く利用する長屋だったなど、村全体の評判に関わりかねない。


 何かが起きるにしても、村長の家だったというほうが、まだ面目が保てるというものだろう。


「……ユリウス様。ニドの家に滞在するなら家長のニドに、最低限従ってもらうことになりますが、それは構いませんか?」

「勿論ですレディ!」


「レナと話したいからと夜更かししたり、夜中に台所でつまみ食いをしたり、赤ちゃんが泣いて眠りが妨げられても怒ったりしてはいけないのですよ?」

「夜更かしは子供の体にはよくないですし、僕、どんなに騒がしくてもよく寝られる体質なんです。つまみ食いは……しないように気を付けます」


 途中でやっぱり領主邸に戻るというのを期待しながら、子供に言い聞かせるような注意をいくつもしたけれど、ユリウスは面倒がることなく全部受け入れた。よっぽど今日一日が、彼の好奇心を満足させるものだったのだろう。


「錬金術のお仕事がある時は、領主邸に戻ってもらうことになります。それでも構いませんね?」

「はい、レディ!」


 よほどここに残れることが嬉しいらしく、ユリウスは輝くような笑顔で言った。

 ニドにせめて新しい藁で寝床を作ってあげてほしいことと、ユリウスは一度寝たら一日に何時間も起きていないけれど、体質なので気にしないこと、滞在費の支払いについては遠慮なく計算するようエリに伝えて欲しいことを告げ、結局来た時より一人欠けて馬車に乗り込むことになった。

 レナと並んで馬車に手を振るユリウスは、心から嬉しそうだった。


「まさか、ユリウス様があんなにメルト村を気に入るとは思わなかったわ」

「メルト村というか、あの少女をお気に召したのではないですか?」

「レナは賢くていい子だから、それは分かるのだけれど」


 思えば、突然現れてよく分からないことを始めたメルフィーナに屈託なく声を掛けてくれたのは、ロドであり、レナだった。

 ほんの一年前のことなのに、なんだかとても懐かしい気持ちになってしまう。


 レナがもう何歳か大きいか、エリが赤ちゃんを産んだばかりでなければ、領主邸にしばらく来てもらうことも出来たと思うけれど、こればかりは仕方がないだろう。


「マリー、数日おきにユリウス様の様子を見るのに人を手配してくれる?」

「はい。今はメルト村とエンカー村は人の行き来も多いので、数日おきといわず様子はすぐに伝わると思います」


 その言葉に少しほっとして、車窓の外を眺める。

 多少の不安はあるけれど、ユリウスはメルフィーナとはまた違った意味で身分についてこだわりはない。


 美味しいものは大好きだけれど、不味いものに文句を言う性格でもなさそうだ。少なくとも平均的な貴族よりは、メルト村で滞在することに問題は発生しにくいだろう。


 ――あれほど強い興味と執着を示すのは、ちょっと怖い気もするけれど。


 エンカー地方に来てから数か月、ユリウスは変わったところはあるけれど、決して邪悪な人ではなかった。

 ゲームの中のユリウスのしたことを思い出し、ほんの少し不安が頭をもたげるけれど、メルフィーナ自身が見てきた彼を信じたい。


「姉様、そんなに心配しなくても、きっと大丈夫ですよ。ユリウス様は楽しいことが大好きなだけです。きっと毎日面白いことを見つけて笑っていると思います」

「……そうね。きっとそうだわ」


 そちらのほうが、ずっと、自分の知っているユリウスらしい。


「案外馴染みすぎて、メルト村に永住すると言い出しかねませんね」

「さすがにそんなことはないと思うけれど」


 ――ないわよね?


 笑いあった後、ほんの一瞬、さすがにそれはちょっと困るなと思うメルフィーナだった。


次回、久しぶりに公爵様が来ます

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