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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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116.害虫対策と散布機

虫が出てきます。苦手な方はご注意ください。

 メルト村を通り抜け、圃場まで延びた農道を進み、馬車が止まる。ひらりとセレーネが馬車から降りて、差し出してきた手に微笑みを浮かべながらエスコートしてもらい道に降りると、作業中だったニドたちがこちらに向かってくるのが見えた。


「メルフィーナ様、御足労いただきありがとうございます」

「みんなもお疲れ様です。メルト村、また建物が増えて活気が増していましたね」

「ええ、人足用の木賃宿もそろそろ完成します。市場はここしばらく、毎日誰かしら店を開けるようになりました」

「そちらの話も後でゆっくり聞かせてちょうだい。ひとまず、害虫の発生状況について聞かせてもらえるかしら」


 ニドの説明では、現在豆を植えている森側の圃場から発生が始まり、少しずつ周辺の圃場に広がりつつあるのだという。粒虫という名の小さな虫で、一度発生すると爆発的に増え、一番発生の早かった圃場では豆の褐斑が始まっているので、手の空いた者や子供たちが都度捕殺を行っているのだと告げる。


「メルフィーナ様からお預かりしている畑でこんなことになってしまい、申し訳なく……」

「いえ、病害虫は誰の責任というわけではありません。早く報告してくれて助かったわ。実際に被害に遭っている圃場を見せてもらえる?」


 マリーがさらさらとメモを取る音が止まる。


「マリーは、虫が苦手なら待っていても大丈夫よ?」

「……いえ、お供します」


 マリーが表情を変えることはなかったけれど、ほんの少し、返事に間があった。


「じゃあ、私が観察した結果や考えられる対策を言葉にするから、それを引き続きメモに取ってもらえる? あとから別の対策を思いつくかもしれないし」

「お任せください」


 しっかりと頷くのに微笑んで、少し離れたところで屈んでいるセレーネを呼ぶ。


「姉様、あの溝はなんですか?」

「用水路を掘っているところね。いずれ水が流れて、川から小さな魚も遡上してきたりするようになるわ」


 水を流すようになったら、事故が起きないようしっかりと注意喚起する必要があるだろう。雨や霧で視界が悪いときは、馬車の脱輪などが起きれば致命的なことになりかねない。


 実際に用水が可能になれば、農民の負担は減り、その分他の作業に手が回るようになるだろう。

 ニドに案内されて問題の圃場に向かうと、なるほど、他の区画に比べて明らかに葉が茶色掛かりはじめていて、全体的な生長も悪いのが一目で分かる。


 豆の葉を裏返してみると、緑の粒状の虫が密集して張り付いていて、流石に少し息を呑んだ。

 王都育ちのメルフィーナは、基本的に虫にそれほど馴染みがない。前世の「私」は室内に出るタイプの不快害虫以外は比較的平気な方だが、やはりあまり、気持ちのいいものではなかった。


 触りたくないなあと思いながらそっと虫の塊に触れて「鑑定」を行う。

 見た目もそっくりだが、やはり前世でいうところのアブラムシの仲間らしい。「鑑定」を終えるとすぐに指を離す。手を洗いたいところだが、この辺りに水源になるものはまだ存在しない。


「メルフィーナ様、これを」

「……ありがとう、マリー。洗って返したほうがいい?」

「いえ、お気遣いなく」


 差し出されたハンカチをありがたく受け取り、丁寧に指先をぬぐう。


「まず、この辺り一帯にミルクを水で五倍から十倍に薄めたものを散布してもらえる? それを当面、四日おきに三回行って、様子を見て欲しいの」

「ミルクというのは、その、牛の乳のミルクでよいのでしょうか」

「ええ、そのミルクです。ミルクが固まるとパリパリになるでしょう? ミルクを吹きかけられると、そのせいで気門……虫が呼吸するための鼻や口が塞がって、窒息するの」


 アブラムシは一度発生すれば、爆発的に増える。生まれたばかりの虫が成熟するまで数日から十日、定期的な散布で根絶させる必要がある。


「ミルクはすぐ届けてもらえるよう、農場には私の名前で連絡しておきます。圃場別に濃度を変えて一番効果的な濃度を割り出すことと、散布に関してはすぐに散布機を作ってもらうので……ああ、でも鍛冶場は今、忙しいのかしら」

 霧吹き自体はさほど複雑な機構というわけではないけれど、一から作るとなるとそれなりに手間だろう。ユリウスに相談してみようと振り返ったけれど、肝心の錬金術師の姿が見当たらない。


「セドリック、ユリウス様はどこかしら」

「何か面白いものを見つけてふらふらとどこかに行ってしまったようですね……。ニド、人をやって探してもらえるか? 青い髪で背が高い男だ」

「は、はい! すぐに」

「一定の方向に強い風が起こせれば、広範囲の噴霧も簡単なのだけれど……」


 メルフィーナは風魔法を持っているけれど、魔力が弱く魔法として発動させることは出来ない。強い魔力があればこんなときに便利だったのかもしれないと思う。


「それでしたら、風魔法使いを雇われてはいかがでしょうか。領都のギルドか、公爵家に使いを出せば、すぐに派遣してもらえると思いますよ」

「そんなにすぐ手が空いているものかしら?」


「地や水の職業魔法使いと違って風の魔法使いというのは需要がないのです。せいぜい風が吹かない時に風車に風送りするのにたまに雇われるくらいで」

「風車が回せるほどの力が出るのね……」


 考えてみれば、領主邸の堀も見るたびに掘り進められている。地の魔法使いがあれほどの力があるのだから、同程度の魔力を持った風の魔法使いがいれば、その程度のことは出来るのかもしれない。


「ユリウスは風属性も持っていますが……」

「ユリウス様は、錬金術師としてお迎えしてる方だから、技術面で相談させてもらえればいいわ。散布機があれば他にも色々と利用法があることだし、そちらの製作も進めて行きましょう」


 そう答えると、セドリックはやや安堵したような表情を浮かべた。いくら大きな魔力と複数の属性を持っているとはいえ、日常生活すら大半を睡眠に充てているユリウスに、魔法を使わせたいとは思わない。


「マリー、ギルドに風魔法使いの派遣の依頼をお願い。できれば夏の終わりか秋までの契約で」

「領主邸に戻ったら、すぐに使いを出します」

「ニド、鍛冶工房に人をやって、ロイとカールに明日の昼、領主邸に来てもらえるように伝言をお願いできるかしら」

「若いのをすぐにやります」

「あ、オレがひとっ走り行ってくるよ!」


 ニドの息子、ロドが手を上げ、すぐに走っていってしまう。お礼を言う間もなくあっという間に小さくなっていく少年の影に、メルフィーナも驚いた。


「ロドったら、すごく足が速いのね」

「冬の間たらふく食って、仕事の合間に遊んで夜はあったかく眠っていたからでしょうね。背も随分伸びたんですよ」

「そうなのね。それはとても、よかったわ」

「僕も風属性を持っていれば、お役に立てたのに」


 拗ねたように呟くセレーネに苦笑して、その背中を軽くとんとん、と叩く。


「私なんか、風属性があるのに魔法を発動できないのよ、セレーネ」

「姉様は、魔法がなくても対策が立てられるではないですか」

「そう、魔法で出来ることは、大抵、手間と時間を掛ければ誰にでも出来るのよ。知識の持つ力は、貴族も庶民も農奴も関係ないの。だから、そのやり方を知っている方がずっと大事だと私は思うわ」

「――覚えておきます、姉様!」


 しっかりと言うセレーネに目を細めてニドに向き合う。


「とりあえず噴霧器か魔法使いが来てくれるまでは、ミルクの効果があるか実験も兼ねて、刷毛で塗る方法を試してみましょうか」

「はい、すぐにかき集めます」

「今日の分くらいでしたら、ミルクも村で手に入ると思います」

「では、そちらのミルクは私が買い上げるので、あとで使用分を請求してちょうだい」

「いえ、メルフィーナ様にそのようなことは……」


 戸惑うニドに、メルフィーナはにっこりと笑う。


「ここは私が預けた畑でしょう?」


 預かった畑に病害虫が発生し、叱責を恐れて報告が遅れたり、費用がかさんだりすることを忌避して対策が進まない方が、全体としての被害はずっと大きい。

 そういう意味では、領主所有の圃場で最初の害虫駆除が出来るのは、幸運と言えるだろう。


 ここで効果が得られれば、彼らが所有する畑で同じ問題が起きた時、試すハードルはぐっと下がるはずだ。


「何事も風通しがいい方が、悪いことを遠ざけるものよ」


書いてる本人は虫に関してはメルフィーナと同じくらいの感覚なのですが、友人は文字を見るだけで無理……という人も結構多いので、一応注意書きしました。

―追記―

牛乳散布の濃度を変更しました。


以下、読まなくても大丈夫なメルフィーナの公爵夫人の予算の話です。

メルフィーナの公爵夫人としての予算ですが、公爵家の王都のタウンハウスに準備してありました。

作中で少し触れましたが、ゲームの中のメルフィーナは王都で暮らしていて「パーティと名のつくものにはほとんど全部参加して、毎回贅沢なドレスを作ってはそれを見せびらかすみたいに出向いて」いたので、ゲームの知識のあるメルフィーナは夫人としての予算は王都の執事が管理しているだろうと察していましたが、今の時間軸の自分には必要のないものだったので放っておきました。

他方、この世界は非常に情報の伝達にも個人の移動にも時間がかかるので、王都のタウンハウスではメルフィーナが中々来ないことも、途中の街で休み休み移動しているのだろうと考えていました。

公爵家は冬の魔物討伐が終わった直後の結婚式の準備で非常に多忙続きで、春以降は内政に忙しくしていたので多くの行き違いが発生していたという流れです。

現在はメルフィーナが必要ないと直接アレクシスに告げたので、公爵家の中で予備の予算として積み立てされています。いつか使われる日が来るのかどうか……。


メインストーリーにあまり関係ない部分であり、もう作中で書くことはないと思いますが、気になっている方がいらっしゃるようなので蛇足させていただきました。

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