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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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115.視察と馬車の会話

 食堂に入ると、ふんわりとしたシチューのいい香りが漂っていた。

 すでに仕事が始まっている使用人たちを除いて、現在領主邸に滞在しているメンバーのほとんどが揃っている。


 春がきて、領主としての仕事が忙しくなり日中は中々自由な時間が取れなくなったメルフィーナにとって、朝食の時間は皆の顔が見られる貴重な機会だ。定位置の椅子に腰を下ろすと、すぐにエドがまだ湯気が出ているシチューと全粒粉を混ぜたパン、サラダに、温かいコーン茶を並べてくれた。


「メルフィーナ様、馬車の用意が済んだので、いつでも出られます」

「ありがとうラッド。朝食を終えたらすぐに出るから、門の前に待機させておいて」

「姉様、今日はお出かけですか?」

「メルト村に視察に行くの。村を分けたばかりだし、暖かくなってきたから害虫が出てしまっているらしくて、その対策を考えるのも兼ねてね」


 農作物を育てていれば、どうしてもついてまわるのが病害虫の問題である。作物自体が強健な品種の登場には、まだまだ時間がかかる。出来るだけ畝を密集させず風通しを良くしたり、発生源になる雑草が密集しないよう小まめに除草したり、見つけ次第捕殺するという手段が取られているけれど、一度大発生を許せば全体の収穫量に影響が出るのはあっという間だ。


「北部は寒冷なので、南部や東部ほど病害虫の被害も深刻というわけではないけれど、やっぱりある程度の被害は出てしまうのよね」

「病害虫って、どうやって対策するんですか?」


「病気は虫が媒介することが多いので、一番確実なのは捕殺……見つけ次第人力で潰していく方法ね。後は油を撒くという方法もあるのだけれど、薬草園のように単体で高額な作物ならともかく、大規模な圃場になると経費が掛かりすぎるわ。あとは、薄めたビネガーを撒くという手もあるのだけれど」

「やっぱりお金がかかりますよね」

「そうね。一度現地を見て、被害の状況を確認してから考えるわ」

「僕もご一緒してもいいですか?」


 セレーネが僅かに身を乗り出す。セレーネはセレーネで護衛を連れてフェリーチェと共に開発が進むエンカー地方を見て回っているようだけれど、最近はあまり時間が取れなかったので、少し退屈していたのかもしれない。


「構わないわ」

「レディ、僕も行きたいです」


 それまで目が覚め切らないというようにぼんやりとスプーンを動かしていたユリウスが、ようやく頭が回って来た様子で手を挙げる。


「ユリウス様もですか?」

「ええ、久しぶりに大分意識がはっきりしていますし、いい天気ですから。太陽を浴びるついでにお供させてください」


 馬車は四人乗りだし、セドリックは移動中は騎乗なので、特に問題はないだろう。


「あ、じゃああちらで食べられるよう、軽食を用意しましょうか?」

「ありがとうエド。メルト村で屋台がいくつか動き出しているはずだから、その試食も兼ねてくるから大丈夫よ」

「では、夕飯は腕によりをかけますね!」


 年が明けて、少し背が伸びたエドが明るい笑顔で言うのに微笑んで頷く。栄養状態が良くなったということもあるのだろう、去年はセレーネと同い年で、幼げに見えるセレーネと体格もほとんど変わらなかったのに、年が明けてからはどんどん引き離していた。


 朝食を終えて身支度を整え、馬車に乗る。メルフィーナとマリー、セレーネはともかく、かなり背の高いユリウスは屋根付きの馬車だと少々窮屈そうな様子だった。

 車窓の向こうでは広がる圃場に交じって、朝の仕事に向かう人足たちが列をなして歩いている。こちらに気づいて帽子を脱いで頭を下げる彼らに手を振り、ほう、と息を吐いた。


「馬車の改良もしたいと思っているうちに、どんどん時間が過ぎていくわね」

「四頭立ての馬車にするとかですか?」

「いえ、もう少し乗り心地が良くて、乗っている人に負担の少ない機構を考えているの」


 この時代の馬車にはサスペンション……振動を和らげるための板バネがまだ開発されていない。車輪も鉄で補強を入れた硬い木製で、地面のおうとつは、ダイレクトに車体に響く作りになっている。


「馬車とは、こういうものかと思っていました。ずっと乗っているとお尻が痛くなりますし、体調が悪いと気持ち悪くなることも多いので、負担が減るのは嬉しいですね」

「レディ、よければどのような機構を考えているか、教えてもらえますか?」


 マリーがさっ、と植物紙と木炭を細く削って糸を巻いて作った鉛筆を差し出してくれる。本当に細かいところに気の利く有能な秘書である。


「少しずつ長さの違う鉄の板を、このように曲げて、四か所で輪で止めます。これを車軸の上に通して馬車本体は板バネの上に懸架する形にします。そうすると、車輪の振動のたびにこの板バネがクッションの役割をして、振動が和らぐ、というのが基本的な考え方です」

「なるほど、車軸と馬車を一体で考えるのではなく、その間に衝撃を吸収するものを挟むというわけですね」

「ええ、でも実用までいくつも試作をしたり、強度の計算が必要になったりするので、それなりに時間がかかるものになるはずです。鍛冶工房も今は建材や道具を造るのにフル稼働ですし、実現は大分先ですね」


 春になってからこちら、冬の間にあれもこれもしておけばよかったと思うけれど、後の祭りである。今年の冬の楽しみに取っておくしかないだろう。


「しかし、乗り心地がいい馬車が出来るなら、すぐにでも欲しいところですね。発想は画期的ですが、構造としては難しいものではありませんし、領都の工房に発注してもよいのではないですか?」

「一度出回れば、あっという間に真似できてしまう構造だものね。それでもいいけれど……」


 板バネの作り自体は、一目瞭然なのでお披露目が済みその有用性が認められれば、すぐさま模倣品が出るのは目に見えている。

 特許という概念がない世界だ、それも仕方の無いことだ。


「メルフィーナ様、模倣品が出るにしても、開発者の名前まで他に譲ることはありません。試作や計算が必要ということは、模倣されるまでにもそれなりに時間はかかるのではないですか?」


 マリーの言葉に頷くと、秘書はそれでしたら、としっかりとした口調で告げる。


「エンカー地方にこんな便利な馬車が出来て、北部に広まっているらしいという形にするのが良いと思います。有能な領主の治める土地だという印象は、大事ですから」

「僕もそう思いますよ、レディ。若かったり女性だったり、急に領主が跡を継いだ領地というのは、しょうもない人たちに軽く見られがちですから。若い女性だが有能な領主に、怖い後ろ盾と有能な執政官がついているという印象にして、ようやくつり合いが取れるというところでしょう」


 これまでエンカー地方は特に目立つこともない開拓民が住む土地で、去年少しだけトウモロコシの輸出で名前が知られるようになった程度だけれど、更に圃場を広げ様々な特産品を打ち出していけば、いやでも目立つ土地になるだろう。


 その時、治めているのがまだ成人して間もない女性の領主であれば、よからぬ思惑を持った者が近づいてくるだろうことは、メルフィーナにも理解できる。

 執政官二人が周囲に厳しい様子を印象付けるように振る舞うのも、それを警戒してのことだと再三告げられていた。


「そうね、出来るだけ強くて計算高い領主として振る舞うよう、私も気を付けるわ」

「ごめんなさい姉様、僕が余計なことを」


 しゅんと肩を落とすセレーネの背中を、とんとん、と手のひらで叩く。


「夏までには難しいかもしれないけれど、収穫が落ち着いたら工房に相談してみましょう。秋のピクニックには、新しい馬車で行けるかもしれないわ」

「! はい!」


 去年のピクニックの記憶は、メルフィーナにとっても楽しいものだった。一年後、負担の少ない馬車でまた湖のほとりでのんびりとした一日を過ごすのは、想像するだけで気持ちが華やぐものだ。


「いいですね、僕も是非、連れて行ってください」

「ええ、勿論。秋のモルトル湖は本当にきれいですよ。サンドイッチにたくさんの料理に、その頃にはホットワインも作れるようになっているといいですね」


 去年は収穫が出来なかったけれど、今年は少しくらいは、ワイン用のブドウが採れるかもしれない。


 忙しい日々を過ごしているけれど、こんな風に、遊ぶ約束をすると頑張ろうと思えるものだ。

 石でも踏んだのか、がたん、と揺れた馬車に一同は驚いて、それからくすくす、と誰ともなく笑い合うことになった。


さりげなく鉛筆も仲間入りしています。

サスペンション付きの馬車の開発は、中世に転生したら一度はやりたいことのひとつです。

のりもの博物館なども、改めて見に行きたい今日この頃です。


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