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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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114.水運調査

 午後を回って、アンナが来客を告げる。手元の書類はあと少しというところで、きりのいいところまで仕上げたかったけれど、こちらから時間を指定しての来訪だ。後ろ髪を引かれる思いでメルフィーナはペンを置いた。


「また仕事が後に押すようになっていますね」

「今はやることが多いから、仕方がないわ」


 執務室の窓の外からは朝から晩まで工事の音が響いているけれど、それももう気にならなくなってきた。廊下の窓から外を覗けば、水濠――今は水を入れていないので空堀だが――は先日見たときより明らかに進んでいる。


「地魔法って本当にすごいのね。見るたびにお堀が伸びてるわ」

「今はどの仕事も雇い先が減っているので、数人が交代で張り切って働いてくれているみたいですね。リカルドから、正門のデザインについて時間のある時に話をしたいと申し出がありました」


 堀が完成すれば橋を架け、正門を造ることになる。ただの扉でもいいけれど、それらしい意匠が施してあったほうが優美さも増すというものだろう。


「実家の紋章を使うわけにはいかないし、公爵家の紋章を勝手に使うのもどうかと思うし、そちらも急いで決めないとね」

「エンカー地方の地方紋を作ってもいいのでしょうけれど、その場合紋章官を招致して他の地方紋と被らないように決める必要があります」

「何をするにも時間が足りないわね……」


 マリーと喋りながら応接室に向かうと、部屋の前ではすでに執政官のギュンターが待っていた。両手には書類を抱えていて、準備は万端整えたという様子である。


「ギュンター、少し遅れたかしら」

「いえ、私も今着いたところです。お疲れ様です、メルフィーナ様」

「中で待っていてもよかったのに」

「執政官は、領主の後ろで面倒くさそうなやつだと思われる顔をするのも仕事のうちですので」


 威圧的な雰囲気を放つヘルムートに対して、気さくに笑うギュンターに言葉通りの面倒な印象はないけれど、これで現場に立てば弁舌と癇性な態度でいくらでも「面倒そう」な雰囲気を出せるから、さすが政治の専門家というところだろう。


「執政官って演技の能力も必要なものなのかしら」

「同輩との出世レースは生き馬の目を抜くとも言われていますからね。それくらいの器用さがなければ務まらないのかもしれません」


 軽く会話を交わしたあと一度口を閉じ、ドアを開けると、面会予約を取っていた二人が慌てて立ち上がる。二十代中盤から後半の、革鎧を身に着けた青年二人がほとんど同時に頭を下げた。


「冒険者ギルドから派遣されて参りました、カークと申します!」

「同じくヨハンです」


 頷いて、向かいの席に腰を下ろす。秘書であるマリーは隣に、ギュンターははす向かいの席に腰を下ろし、セドリックはメルフィーナの後ろについた。


「エンカー地方領主のメルフィーナ・フォン・オルドランドです。メルフィーナと呼んで下さい。お二人とも、どうぞ座って」


 ソアラソンヌから派遣されてきた冒険者の二人は、恐縮したように腰を下ろす。


「ヨハンは、去年測量の手伝いにも来てくれた方よね?」

「覚えていてくださったとは、恐縮です。あの折はお世話になりました」

「地質の調査や土地の隆起、植生についても細かく報告してくれたから、とても助かったわ。こちらこそ、丁寧なお仕事をありがとう。今回のお仕事も安心して任せられそうで、とても助かります」

「いえ、今年も頑張らせていただきます」


 領主の覚えもめでたいとなれば、冒険者から専任の調査官への抜擢の可能性もあるので、声を掛けることは冒険者のやる気に直結するというのは、ヘルムートの助言だったけれど、去年トウモロコシ畑を開墾するにあたり、冒険者の測量チームが良い仕事をしてくれたのは確かだった。


 冒険者は純粋な戦闘職である傭兵とはまた違い、あらゆる技能を身に付けある程度規模が大きく専門的な仕事も任せられる職業集団である。財宝を目当てに遺跡の探索や新規鉱山の発掘を行うトレジャーハンターの一面もあれば、魔物を倒して魔石を収集する戦闘職を専門にしている者もいる。


 その行動力と知識から、探掘や、やや危険を伴う専門的な仕事の依頼を為政者から受けるケースも少なくない。


「今回お願いしたいのは、オルレー川から荷物を載せて船に乗って、ラクレー運河に出て、終点のエルバンで荷物を下ろし、新しい荷物を仕入れて戻って来る、というものよ」

 オルレー川はモルトル湖の支流のひとつであり、ある程度の幅と水量のある河である。

 下流でラクレー運河と呼ばれる大河川に合流していて、ラクレー運河はすでに水運に利用されているので、ラクレー運河に出てさえしまえばそこからの行き来はある程度ノウハウが完成しているはずだ。


「エンカー地方からエルバンにかけての水運の調査ですね」

「ええ、測量の上では問題なく行き来できることになっているけれど、実際にやってみないと分からないことも多いはずだから」

「舟はどの程度のサイズですか?」

「帆を立てられ二人で取り廻せる小型サイズで、積載量は四百キロ、上流からは麦やエール樽といった重い物を載せて、戻って来る時は布や食料品、小間物といった加工品を載せて戻ることを想定しているわ」

「戻りの際、馬での牽引が必要かどうか、流れが急で遡りにくい地点があるかどうかなどの調査も兼ねています」


 ギュンターの補足に、メルフィーナも頷く。


「転覆してしまったら元も子もないので、初回は最大積載量の七割程度で調査をお願いしたいの。どうかしら」

「……万が一、荷物を沈めてしまった場合の罰則についてお聞かせいただけますか?」

「今回は調査運行ですので、舟も積み荷も全て領主様の私物となります。厳として失わないように」

「ギュンター、そんな風に言うものではないわ。――ごめんなさいね、カーク、ヨハン。今回は試験用に舟も新造したものだし、どちらも転覆してしまっても、あなたたちが無事に戻ってきて報告してくれるのが重要よ。決して失敗の罪を問わないことを、領主の名で約束します」

「領主様、冒険者はギルド経由で雇っているので、失敗には罰則があってしかるべきです」

「二人が水運ギルドからの派遣で、乗り慣れた舟を利用してのことならそうかもしれないけれど、今回はあくまで行き来できるか、問題になる地点はないか、新しい舟の性能はどうかの調査ですから。試掘で金が出なくても鉱夫を罰したりしないのと同じことよ」


 宥めるようにギュンターに告げて、改めて向かいに座る冒険者二人に視線を向ける。


「エンカー地方はこれまで、国の北端ということで物の流入はあっても輸出することを考えた作りではなかったの。街道も細くて整備も甘くて、去年は荷馬車で大変な行列ができたりしたわ。収穫期までにある程度舟で他の地方に荷物を運べるようになって、他の地方から加工品を輸入できるめどが立てば、とても助かるの」


 すでに水運が可能であると証明されていれば、輸出入で利益を狙った商人たちの参入はあっという間だろう。

 そこから数年単位の水運権を競売にかけ、輸出入に課税すれば領のよい収益になる。


「収穫期までまだ時間があるとはいえ、それなりに急ぎの仕事になるわ。報酬は前もって提示した通りで、二度目はもう少し大きな舟を立てて一度目の調査員である二人に陣頭指揮を執ってもらうつもり。どうかしら?」

「私はやらせていただきます」

「私も、是非承らせてください」


 力強い二人の言葉に微笑んで、頷く。


「水の事故は恐ろしいものですから、冷静に、最後は報告を持ち帰ることだけを考えて調査をお願いします。途中で日数が掛かったり、馬での牽引が必要だったりする場合と予算については、秘書が書類をまとめてあるので」


 マリーがすっと差し出した植物紙の見積もりに、二人はまず紙に物珍しげに触れ、それから内容に目を通す。


「必要な経費の最大はこの数字で、足が出たら自腹になりますが、逆に余った分は報酬に上乗せになります」

「これでしたら問題ありません。もし途中、雨に降られたり何かのトラブルで係留が必要になったりした場合の日数の加算については――」

「積み荷は樽に密閉されているのである程度雨には強いですが、帰りの加工食品を考えると最大で七日ほどですね。増水による行き来の中断の場合はどうしようもないので、その時は安全を第一に――」


 冒険者二人とマリーが質疑応答をしているのを眺めながらほっとしていると、ギュンターの視線を感じる。


「ギュンター、新しい舟の増産についてなのだけれど」

「すでに必要な木材の切り出しと乾燥は手はずを整えています。このテストが終わる頃には、二隻目が完成し、新しい船大工も到着しているでしょう」

「執政官が有能だと助かるわ」

「大工というのは頑固で旧来のやり方を変えたがらない者も少なくないので、この試験運行が上手く行くことを祈っていますよ。メルフィーナ様の名誉が懸かっているといっても過言ではありませんから」

「私の名誉より、エンカー地方の今後の発展のほうがずっと大事よ。……本当に、上手くいくことを祈っているわ」


 二人の冒険者は一瞬息を呑むと、互いを見合って、しっかりと頷く。


「雨季までまだ間がありますし、きっと成功させてみせます」

「二人とも泳ぎは得意ですし、最悪、人力で引っ張ってでも戻りますので!」


 力強く告げる二人にギュンターは満足したようにうなずく。


「円滑な物流は商業の要。これはエンカー地方の命運を懸けた試験です。二回目の運行も成功した場合、二人がよければしばらく水運ギルドの相談役に推薦してもいいかもしれませんね」


 飴と鞭の使い方の上手い執政官の言葉に、カークとヨハンもさらにやる気を出してくれた様子だった。


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