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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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112. 開発目標と執政官

 エンカー村の村長、ルッツの自宅には、この日、いつになく多くの来客があった。


 まず領主であるメルフィーナ、その護衛騎士と秘書の二人に、近くで所帯を持っている息子のフリッツ。

 それから去年の秋の終わりに新しく設立されたメルト村の村長であるニドと、領主直轄の農場の管理責任者を務めているマルク、新しく執政官として入ったという男性二人の八人である。


 去年の秋の建築ラッシュの際、村長の家ということで周辺の家より大きめの家屋を建ててもらったものの、庶民の家としては立派という程度なので、これだけの人間が集まると流石に手狭に感じられる。


「領主邸に集まってもらえればよかったのだけれど、今邸内が少しゴタゴタしていて、押しかけてしまってごめんなさいねルッツ。場所を貸してもらって助かったわ」

「いえ、いえ、とんでもないことです」

「今日は新しく迎えた執政官の二人の紹介と、今後のエンカー地方の取り組みについて簡単に話そうと思うの。去年と同じように畑を耕すのは変わらないけれど、水路の工事などで外からの人も多く出入りすることになると思うから、その相談も兼ねて」

「水路、ですか」

「ええ。エンカー地方は水が豊富だから去年は何とかなったけれど、これ以上畑地を増やそうとすると、どうしても灌漑が必要になってくるわ。幸いというのもおかしいけれど、この辺りは春の終わりから夏にかけては雨が多いでしょう? 集落から離れたところでも水に困らないよう、農業用貯水池と、それをつなぐ水路を造りたいの」

「なるほど……確かに、日照りが続いて収穫量が減る年がありますな」

「安定した農業のためには、まず安定した水を確保する必要があるわ。用水池の穴自体は土魔法の魔法使いに頼めばすぐに作ってもらえるそうだから、後はコンクリートで水漏れがないよう処置をして、雨季の前に穴だけは完成させておきたいわね」

「コンクリート、というのは聞き慣れないものですが……」


 ルッツを含む他の人たちも、怪訝そうに首を傾げている。


「自然に流れている川とは違って、穴だけ掘っても土にじわじわと水が吸われてしまうから、水漏れしないように表面を処置するの。石やレンガをみっちりと敷いてもいいのだけれど、今回は急ぎだからそちらにするわ」


 コンクリートそのものは、前世でも古代と言われる時代から存在したし、この世界にもモルタルはある。

 モルタルがあるということは、セメントが存在するはずだけれど、この世界においてコンクリートを使っている建物は、メルフィーナの記憶の中にも存在しなかった。

 前世の記憶の中でも、中世から近世にかけてコンクリートは一度姿を消しているので、似たような理由があるのかもしれない。


「みんなには、農業用水用のため池があると便利な場所について教えてほしいの。現場で働いている人が一番詳しいでしょうから」


 マリーに目配せをすると、心得たようにテーブルの上に植物紙を広げてくれる。測量の技術を持つ冒険者に周辺を調べてもらい、記入してもらったエンカー地方のおおまかな地図の複製品だ。


「ここがエンカー村で、ここがメルト村。少し離れたところに農奴の集落があって、今畑地になっているのがこの範囲よ。ここから、今年は去年と同じだけの面積を開墾していこうと思います」

「人手が増えたので開墾自体は問題ないと思います。ですが、去年と同じというと、エンカー村からもメルト村からも、随分離れてしまいますね」


 ニドの言葉に頷いて、指先で地図をなぞる。指したのは、ちょうどエンカー村とメルト村とつなげば、三角形になる位置だ。


「この辺りに、新しく農村を立てようと思っているの。メルト村の人たちは去年荒地を開墾した知識があるから、出来れば農奴の半分をメルト村の近くに残して、メルト村からある程度の人数、家族単位で新しい集落に移住してもらって、指導をしてもらいたいと思っているわ。もちろん、移住先での家は今住んでいる家と同じものを用意します。空き家は私に売ってもらうか、人に貸すか、選んでもらえるようにして」


 今年は多くの人足がエンカー地方を訪れるだろうから、住む家の需要は高いだろう。

 作物が大量に取れれば、それを一時保存する場所も必要になって来る。建物そのものの需要はとても高い。


 新たに村を立てるのは、この三つの村を街道でつなぎ、移動を簡易にすることで収穫や連絡が滞らないようにしたいという意図もあった。


「メルフィーナ様の希望でしたら、行きたがる者は多いと思いますよ」

「そうだといいのだけれど。集落が分散する分、牧場もふたつに分けようと思っているの。マルクの部下で、新牧場を任せられる人はいるかしら」

「現在牧場で働いている者は全員、メルフィーナ様が立ててくださったスケジュールをこなすことは問題なくできますので、誰を推薦しても問題ないと思います。ですが、牧場を分けるとなると新しい職員が必要になるでしょうね」

「できればそちらも、今の牧場から半数程度に新牧場の設立と指導に向かってもらって、エンカー村とメルト村から希望者を新しく職員として雇用したいと思っているわ」

「そちらも希望者は多いでしょうな。特に次男三男は、今は出稼ぎで村を出るより領主様の直轄の施設で働きたいという希望が強いので」


 一次産業しかない状態では、畑地を継ぐことの出来ない次男三男は自力で畑を開墾するか、そうでなければ仕事を求めて都市部に移動する者が多い。

 けれど都市部は都市部で、幼い頃から丁稚を始めて手に職を付けている者が多く、結局冒険者といった危険な仕事や、人足の単純な労働力として使い潰されるのが後を絶たないのが現状だ。

 家があり、職があるなら、あえてそうした道を選ぶ必要もなくなるだろう。


「では、そちらもルッツとニドで希望者をまとめて、雇用するかどうかはマルクに決定を委ねようと思います」

「牧場の仕事は畑仕事とは違い、一日の仕事をスケジュール通りにこなす必要があるので、試用期間を設けるのもいいのではないかと思います。どうしても牧場の仕事が水に合わない者もおりますので」


 マルクの言葉に頷く。メルフィーナが大急ぎで作った牧場のシステムを今日までしっかり回してくれたリーダーだ、安心して任せることが出来るだろう。

 牛は乳、鶏は卵、そして豚は肉と、それぞれの出す糞は肥料として利用できる。飼料として与える牧草も、集落が分かれる以上牧場を分散させたほうが運ぶ手間が省けるというものだ。


「それから、木材の確保のために森を切り開く専門のチームも欲しいと思っているの。安定した木材の供給は、特にこれから数年はとても重要なものになるから」


 これまでは農奴が森を開墾し、畑を耕しと、役割分担のようなものは存在せず、木こりのようにそれを専門の生業にしている者もいなかった。

 去年もトウモロコシの最後の収穫が終わった秋から冬にかけて、大急ぎで木材の切り出しをしてもらったほどだ。


 木材は、切り出してからしばらく乾燥させるための時間が必要になるので、必要になる都度木を切ればいいというものではない。去年はトウモロコシの乾燥場を転用したり、必要な時期にたまたま雨が降らなかったりと運に恵まれたところが大きかったけれど、いつまでもそうはいかないだろう。


「希望してくれる人には、森の土地と一定の権利を譲渡しようと思っています。計画的に植林して、長く一族で仕事に従事してくれると助かるわね」

「植林というと、木を切った後に新しく木を植える、ということですか?」


 元農奴のリーダーとして、これまでいかに森を開墾していくかを考えてきたのだろうニドには植林というのはぴんとこないようだった。


「森は貴重な財産だし、無目的に切り開いていけばいずれ必ず枯渇するものですから。切り開いた後は有益な木材の苗を植えて、成長するよう人間が手を加えてあげる必要があるの」


 実際、無分別に森を切り開いたことで水源が枯渇して滅びた文明も存在するほどだ。エンカー地方の豊かな森と水源は非常に魅力的な資源だが、それにもたれかかった発展は早晩行き詰るだろう。


「メルフィーナ様、よろしいでしょうか」


 それまで黙っていた執政官の一人――二十代前半ほどの男性、ヘルムートが手を上げる。


「どうぞ、ヘルムート」

「公爵家より、今年は去年と同等か、可能ならばそれ以上の作物の輸出を求められています。農業用水はともかく、林業に関しては農奴たちに仕事の合間にやらせる程度でよろしいのでは」

「それでは木材が足りなくなるわ。炭の需要はこの先落ちていくはずだけれど、エンカー地方は農業ばかりしているわけにはいかないの」

「それでも、ジャガイモの枯死病が落ち着くまでは畑を耕してもらわねば困ります。このあたりは随分豊かなようですが、国全体が食糧不足にあえいでいるのですよ」


 厳しく冷たい口調に、ニドが眉を寄せ、フリッツも不快そうな色をにじませる。そもそも、とヘルムートはそれに構わず続けた。


「領民を重用するのは悪いことではありませんが、無学な平民に様々な仕事を任せるというのは、どうかと思います。最低限読み書きと計算が出来、牧場や村を運営できる代官を置く方が管理は上手くいくでしょう。数を数えることも怪しい連中に、領主直轄の事業を任せるなど、聞いたこともありません」

「ヘルムート。エンカー地方は長く彼らが開拓してきた土地よ。エンカー地方から生まれる恵みを、誰よりも享受する権利は彼らにあるわ」

「メルフィーナ様がいらっしゃるまで、寒村だった場所でしょう。全ての権利はメルフィーナ様に、ひいては公爵家にあると考えるのが当然であると私は思います」


 ちらり、とルッツやフリッツ、ニドやマルクに視線を向け、ふっ、とヘルムートは鼻を鳴らす。


「メルフィーナ様。人には生まれ持った役割というものがあります。農民は土を耕し、農奴は領主の賦役を行う。管理や土地の保有は、また別の者の仕事です」

 


職業魔法使いは魔力中毒込みの仕事になるので非常に高価です。一番需要が高いのが地魔法使いで、工事現場ではとても重宝されます。水魔法、火魔法、氷魔法の使い手は魔石に魔力を込める内職的仕事をしている人が多いです。今のところ一番需要がないのが、メルフィーナの持っている風魔法属性です。

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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです@COMIC【連載中】

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