表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/575

104. 北部の昔話3

 マリーとオーギュスト、二人の視点は違っても、言いたいことはなんとなく理解できた。


 それと同時に、自分があまりにも北部の事情に対して無知であるのだということも、よくわかった。


 事情が南部や王都とは違い過ぎるし、エンカー地方で錬金術師を必要とする状況が来なかったら、もしかしたらずっとそんな機会はなかったのかもしれない。


 少なくとも、ゲームの中のメルフィーナは、知ることがないままだったのではないだろうか。


 ――これじゃあ、すれ違えと言われているようなものだわ。


 もし、ゲームのメルフィーナが北部の事情を知った上で輿入れしてきていたら、どうしただろう。


 少なくとも、ゲームのシナリオほどに荒れることはなかったのではないだろうか。


 北部の事情は、この世界の人間の体質の組み合わせのようなもので、メルフィーナ個人の努力でどうこうなる問題ではない。


 メルフィーナには駄目で魔力を浄化できるマリアならばよいというのも、それぞれが持ち合わせた能力の問題であるならば、納得できないこともない。


 ゲームの中のメルフィーナも、事情を知っていればままならなさに悔しい思いをする反面、命を懸けて政略結婚の歯車にならずに済んだことに安堵すらしたかもしれない。

 数度の取引で、アレクシスが決してケチな人間でないことは分かっている。マリアに嫌がらせをせず、離婚を受け入れる代わりに慰謝料を要求すれば、きっちりと払ってくれた可能性の方が高い気がする。

 メルフィーナはそれを手に、他国でも東部や西部でも、実家とも婚家とも関係ない遠い場所で新しい生活を始めることも出来たかもしれない。


 それらすべて、来ることの無かった未来の話だ。


「……メリージェーン様というのは、すごい方だったのね」


 一度魔力過多症の苦しみの片鱗を味わっただけで、あれが何カ月にも及ぶ妊娠をする覚悟など、メルフィーナには到底持つことは出来そうもない。


「そうですね。すごい方でしたよ」


 オーギュストはしみじみという口調で、頷く。


「オルドランド家の子を一人産むだけでも、ほとんどの女性にとっては命懸けです。それにも拘らず、十六で輿入れされてから二人のお子様をお産みになられたのがメリージェーン様です。流石に正確な数は知りませんが、閣下とクリストフ様の間にも、何人も生まれることの出来なかったお子様がいたと思います」


『魔力が多すぎて育たなかったり、そもそも生まれてこれなかったりした子供というのは珍しくありませんし――』


 そう、それも確かに、ユリウスから聞いた言葉だ。


「でも、オルドランドの血筋には魔力に耐性があるのでしょう?」

「子供はともかく、母体がもたないのです」


 それに返事をしたのは、マリーだった。


「妊娠を継続できないほど心も体も衰弱し、その結果、子供が流れてしまうことも少なくありません。たった一度でもご自分の命に関わるような難産をメリージェーン様は幾度も繰り返し、そうしてアレクシス様とクリストフ様をお産みになられました」

「それは、その……前公爵様のご意向も含まれていたのかしら」


 家臣や平民から妻を迎えることも多い北部ならばなおさら、夫が多くの子を望むならば、妻の立場で拒むのは難しかったのではないだろうか。


 その可能性を考えてしまうほど、魔力過多は辛いものだった。

 けれどその問いに、マリーとオーギュストは視線を交わし合い、ゆるく首を横に振った。


「メリージェーン様は、多くの男子を産むことこそ女に出来る北部の戦いだと公言される方でした。本当に、公人としてはこれ以上ないほど立派でしたよ。そして、マーガレット様は、そんなメリージェーン様に育てられた方でした」


 どうやら「メリージェーンの人となり」が、ここにつながるらしい。


「マーガレット様は、元々オルドランド家直臣の一人娘でしてね。父君が魔物討伐の折に亡くなり、お母上も早世されていたので、幼い頃から公爵家に引き取られて、その後公爵様の婚約者になった方です」


 オーギュストが言うには、オルドランド家が魔物との戦いで亡くなった直臣の妻子を引き取るのは、珍しいことではないらしい。

 生活の世話や、跡取りが幼いうちは家の管理といった細々とした面倒も見るのだという。


 そうした保険があるからこそ、当主や次期当主といった重要な立ち位置の騎士たちも憂いなく前線で戦うことが出来るということらしい。


「冬は、男性は戦いで家を空けてしまうので、公爵様とクリストフ様、そしてマーガレット様は、実の兄妹のように過ごしていましたよ。……俺から見ても仲のいい兄妹のような関係でしたが、閣下が成人してからは、メリージェーン様はすぐにでもマーガレット様と子供を作るようにと、折に触れて命じるようになりました。成人したら、オルドランド家の務めとして、魔物の討伐に参加しなければならないので、その関係もあったんでしょうね」


 主人を失った家族の後援をするのは大切なことだし、素晴らしい話でもあるのだろう。

 けれどさすがに、そのなりゆきにはメルフィーナも疑問を感じずにはいられなかった。


 アレクシスが成人していたなら、結婚だって出来たはずだ。北部では私生児や婚外子でも相続権を持つことが出来ると聞いたばかりだけれど、積極的に慣例を無視する必要もないだろう。


「マーガレット様は、クリストフ様よりひとつ上のお年でしたので、正式な結婚は数年待たねばなりませんでしたから」


 重たげに告げられたマリーの言葉に、返す言葉が見当たらない。

 当時クリストフが十三歳だったというなら、ウィリアムを産んだ時、マーガレットは十四歳だったことになる。


 魔力過多症の問題以前に、若すぎる出産だ。衰弱も、産褥熱が下がらなかったのも、母親の体が完成する前だったからの可能性がある。


 すぐにでも跡取りが欲しいならば、婚約者はアレクシスと同い年か、年上の女性でもよかったはずだ。ただでさえリスクが高い出産になるならば、ようやく背が伸び切ったような年頃の少女をあてがうより、少しは安全な可能性は高い。


「メリージェーン様がそうして生きてきた方だから、というのはかなり大きい理由だと思います。それでもお二人しか産み落とすことが出来なかったと。もっと若ければ、何とかなったかもしれないのにと、よく嘆いていらっしゃいましたから」

「……騎士のあなたの耳に、それが入るくらい大っぴらに話していたの?」

「きっと、それが、心が壊れるということなんでしょうね」


 オーギュストの言葉に、ぞっとする。

 マリーを見ていればよくわかるけれど、北部は男性も女性も、感情を抑える傾向がある。

 前公爵夫人、メリージェーンが本来どういう人間だったかは、メルフィーナには分からない。

 けれど北部で最も高貴な女性の、もっと子供を産みたかったなどという言葉を男性であるオーギュストが「言っていた」と表現したことに、戦慄を抑えられなかった。


「アレクシス様は昔から頑固で人の話を聞かないところがありましたから、メリージェーン様の言葉に頷くことはありませんでした。反面、弟君であるクリストフ様は共感性が高く、望まれれば強く拒むのが苦手な方でした。主家の女主人に不敬であると分かっていますが、クリストフ様にメリージェーン様の毒は強すぎた、ということだと思います」


 そこにどのような成り行きがあったのかまでは、オーギュストもマリーも詳細を口にはしなかった。

 けれど結果として、子供を作るよう強く求められていたマーガレットとアレクシスの弟であるクリストフの間に、現オルドランド後継ウィリアムが生まれることになった。


「マーガレット様がアレクシス様のご婚約者として内定されたあとは、クリストフ様はマーガレット様のことを、お姉様と呼んでいました」

「そうなのね……」


 メルフィーナも内包する魔力は決して多い方ではない。

 錬金術を試そうとして自室で失神するほど、ささやかな量だ。

 そしてセレーネは、自身の成長に影響を及ぼすほどの大きな魔力を持っている。


 それだけ条件が揃えば、アレクシスが自分とセレーネの関係を見て弟とかつての婚約者を重ねても、無理のない状況だったのだろう。


「弟君も、お亡くなりになられたと聞いたけれど……」

「はい、成人し騎士の叙任を受けた最初の冬の征伐で儚くなられました。翌年、後を追うようにメリージェーン様が身まかられています」


 そしてさらにその数年後、前公爵も亡くなって、アレクシスはたった独り、プルイーナを討伐できる人間としてオルドランド家を継いだというわけだ。


 なんだか、思ったよりもずっと複雑で、重たい話を聞いてしまった。

 どっと疲れを感じて、メルフィーナはソファに背中を深く預ける。

 天井を仰ぐと、なんだか無性に、高い高い空の上にいるのかもしれない「誰か」に強い怒りが湧いてきた。


 悪態をつくわけにもいかなくて、代わりに深い深いため息が漏れる。


「め、メルフィーナ様?」

「ごめんなさい、はしたなかったわね。……なんだか、どうして、こんなに、ままならないのかしらって思ってしまって」


 北部の事情がこれまで聞いてきたものの通りならば、前公爵夫人、メリージェーンの考えも、おそらく間違いではなかったのだろう。


 マーガレットやクリストフの人となりを、メルフィーナは知らない。もっと他に道は無かったのかと思ってしまうのも、その過程に関わらなかった部外者の無責任な感情なのだろう。


 アレクシスのことを人の心の機微に鈍感だと感じることは多かったけれど、逆に、あれほど鈍感だからこんな重圧を背負ってそれでもやっていけていると考えることも出来るのかもしれない。


 メルフィーナの、両親から愛されなかった傷やコンプレックスがなければ、結婚式の後あんなことを言い出したアレクシスにきちんと理由を説明するように食って掛かることも出来たのだろうか。


 結婚は契約なのだから、納得いく説明をするように求めれば、アレクシスも重たい口を開いたかもしれない。


 色々な思考が頭の中をぐるぐると渦巻いて、少し気持ちが悪い。目を閉じて、膝の上でぎゅっ、と手を握り締める。


「……色々と、思う事はあるけれど、聞けて良かったわ。話してくれてありがとう、マリー、オーギュスト」

「いえ……もっと早く、お話しすればよかったです」

「仕方ないわよ。何かきっかけが無いと、こんな話、中々出来ないわ」


 メルフィーナの傍には常にセドリックが護衛としている。マリーの立場では、メルフィーナだけならばともかく、他の誰かが同席している場で切り出しにくい話でもあったはずだ。


 ――なんだか、疲れたわ。


 前世の記憶を取り戻してから、この世界のどうしようもなさに打ちのめされるたびに、無力さと疲労感を覚えることは時々あった。

 北部のことも、アレクシスの過去も、知ったところでメルフィーナにどうこうできるものではない。


 それでも、何も知らずにアレクシスをただ無神経な男だと思っているよりは、少しはマシだ。


 彼が未来で幸せを掴む日が来たとしたら、少なくとも、話を聞く前よりは、祝福することができる気がした。


あけましておめでとうございます。


今回はすごく書いたり消したりしました。

マリーの言い草に対してオーギュストにも反論はありますが、多分オーギュストは性格上言い返したりはしないだろうなあとか、マリーもオーギュストも視点としては親世代を見ていた子供世代なので、多分見えてないところもたくさんあるんだろうなとか。

マリーの母親についても結構書いたのですが、そちらはアレクシスにはほとんど関係ないのでざっくり消しました。いつか機会があったら書けたらいいなと思います。


それぞれのキャラクターの性格とか目線を色々考えるとすごく書きづらくて、改めてお話を書くのは難しいものだなと思いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版

i1016378



コミカライズ

i1016394


捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです@COMIC【連載中】

i924606



i1016419
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ