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30. 閑話 あるエルフの話


 まさかこんな事になるなんて想像もしていなかった。


 久しぶりに会った姉の忘れ形見は成長して姉を思い出させる青年に成長していた。この姿を姉もきっと見たかっただろうな。


 我々エルフは人間に比べて長生きできる一族だ。それなのに姉はここにいない…。運命とは分からないものだとつくづく思ってしまう。


 あれは何年…いや、何十年前になるのか。姉は森で一人の人間を拾ってきた。連れてきたのではなく拾ってきたと言うのが正解だろう。


 人間は傷だらけで意識も無く森で倒れている所をたまたま国の外に出ていた姉が見つけて拾ってきたのだ。


 そう…偶然なんだ。


 本来なら精霊の国の人間は滅多な事では国から外に出ることはない。しかしあの日は私の妻が熱をだしてしまい下げるためには人間の国にしかない薬草を必要としていた。もちろん、私が取りに行くと言ったのだが姉が「貴方は側にいてあげなさい。私が取りに行くわ」と言ってすぐに出ていってしまったんだ。


 あの時に私が行っていれば運命は変わっていたんだろうかと今でも考える時がある。


 あの人間を森で拾ってきた事で姉の…いや、私達家族の運命は変わってしまった。


 数日間苦しんでいた人間は何とか意識を取り戻して生死の淵から生還した。姉はその人間が意識がない時から元気になって歩けるようになるまで献身的に介護をしていた。


 そうなると相手に情がわくのは当たり前だろうな。しかも人間はとても綺麗な男だった。我々エルフの一族だと言われても不思議がないくらいの綺麗な人間なんて珍しいと周りも驚いていたくらいだ。


 異性同士が一つの部屋で長い時間を過ごすのは良くないと周りから言われて、妻が元気になれば私がその男の介護をすると言っていたのだが…結局妻より先に男が元気になっていた。もちろんその間は姉が男を見ていたので結局長い時間を二人で過ごさせてしまったのだ。


 気がついた時には二人は誰の目からみても惹かれあっているのが分かるくらいの仲になっていたのだが、なぜか男も姉も告白するような事はしないまま月日だけが過ぎていった。


 私は我慢できず男に言った。


「お前はもしかして外に妻や子供がいるのか?姉の事は遊びなのか?」


 男は慌てた様子で反論してきた。


「いや、違う!決してそんな事はない。私は独身だし彼女の事を…その…」


 顔を真っ赤にして俯いた男は嘘を言っているようには見えなかったし姉の事を好いているのは見てわかった。


「じゃあなぜ姉に告白しないのだ?」


 さっきまで真っ赤だった顔から色が消えて悲しそうな顔になる。


「私と一緒にいると彼女を不幸にする。私は彼女に幸せになってほしい」


 それは悲しそうな顔で言うことなのか?と不思議に思いながらもそれ以上は何も聞くことはできなかった。なぜなら最初の男のケガの状態を思い出していたからだ。


 あの時男は剣で切られた跡が無数にあり、この男は危険な環境にいるのかもしれないと思ったからだ。確かにあんな状態になる危険な環境に姉を行かせたくないなとどこかで納得したのかもしれない。


 しかし私の姉は大人しいタイプではなかった事をこの後思い知った。


「私、あの人と一緒にこの国を出る事にした」


 姉の中ではもう決定していた。家族がなんと言おうと姉は聞き入れなかった。しかも最後に…。


「だって私のお腹にはあの人の子供がいるのよ」


 この言葉を聞いて皆黙ってしまった。子供が出来にくいエルフにとっては子供の誕生は何よりも嬉しい出来事だ。一族あげて子供のサポートをするくらいだからな。だが…それは同族ならばだ。


「ハーフエルフのこの子はこの国では歓迎されないわよね…。だから私はこの子を外で育てるわ」


 人間とのハーフはこの国では歓迎されない。それは能力が格段に落ちるからだ。獣人や精霊とのハーフは高い能力を持って生まれてくるのでこの国でも普通に暮らしていけるが人間とのハーフはこの国で暮らすのは難しいというのがあるからだ。


「いつの間にそんな関係になったんだ?」


 怒りを抑えながら聞くのが大変だった。アイツ…姉の事を聞いた時に幸せになってほしいとか言ってたよな?あれは嘘だったのか!?


「私があの人に何度断られても告白して、それでもダメだから媚薬を飲ませて今に至るのよね…。てへっ…。まさかその時にこの子を授かるなんて…運命よね」


 何がてへっ…だ!やりすぎだろ!しかも何度も告白していたなんて全然知らなかったぞ。しかも出来にくい子供がその時の一度だけで!?


 いろいろと信じられなかった。


 本当に運命なのか?とも思った。


 我々が悩んでいる間にこの国から姉達は姿を消した。


 置き手紙だけを残してある日突然居なくなったのだ。手紙には謝罪と感謝の言葉が沢山書かれていた。もう納得するしかなかった。


 それから月日がたち姉達の噂が消えた頃、姉が幼い子供と人間の若い女性を連れて国に突然帰って来た。


 姉の姿を見て驚いた。たった数年会っていなかっただけなのに痩せ細り人相が変わってしまっていたからだ。


「お願いがあって帰って来たの。暫くの間だけで良いから私達をかくまってほしいの」


 理由を聞いて更に驚いた。あの人間の男は実は星の国の中で権力がある人間で争いに巻き込まれているらしい。結局は、争いが落ち着くまでここにいることになったのだが…。


 姉と二人きりなった時に本当の理由を聞かされた。


「息子に強力な呪いがかけられている。それを解呪するためにはエルフの禁忌を使うしかないと思い帰って来たのよ」


 エルフの禁忌…自分の命を使い相手の呪いをとく、もしくは寿命を伸ばすというものだ。私は反対したが姉は「もうやっているから止めてもムダよ」とさらりと言ったので驚いた。痩せ細っている原因はそれだったのか!


「だけどこの禁忌をやってもこの呪いは解けない…。だから私が亡くなった後、あの子達を安全な国まで送ってやってほしいの。お願い!」


 こんなに涙を流す姉を見たのは最初で最後となった。


 あんな姿を見て断れるほど家族の情が薄くはない。それに妻も数年前に亡くしこの国に絶対に居なければならない理由も無くなっていた私は姉の願いを聞くことにした。


 その数日後、姉は安心したかのように息を引き取った。


 あれから花の国まで行き生活が落ち着いたのを見届けてまた姉と妻が眠るこの国に帰って来たのだが…。


 まさか私の口からレグルスにこの話をすることになるなんてな…。


 これもまた運命なのか…。


 


 


 







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