2. 花の国編 レグルスの実家
緑の国から馬車に揺られて数時間、アイオラの眠気はピークを迎えていた。
今までは早朝から暗くなるまで忙しく働いていたので、こんなにゆっくりとした馬車の旅は初めてなんだよね。しかも馬車の揺れがゆりかごの揺れの様に感じて眠気が退きそうにもないよ。
「アイオラ様、花の国に到着しましたよ。起きてください」
気持ち良さそうにウトウトとしているアイオラの肩をがっしりと掴み揺らすレグルス。この男…たまに空気を読まない。いや、わざとか?
「気持ち良かったのに…」
少し腹が立ってレグルスを睨んでみたが…レグルスには効果は無さそうだ。
「はいはい。さあ、起きてください。馬車から降りますよ」
レグルスが馬車の扉を開けた途端に甘い花の薫りがアイオラを包んだ。その甘い空気を味わうように一呼吸して大きく息を吸い込んだアイオラは外の様子が気になり急いで馬車から降りた。
「うわぁ~、綺麗~!」
馬車を降りて見た景色は今まで見てきたどの景色よりも美しかった。種類も大きさも違う沢山の色とりどりの花畑が広がっている。しかも、今まで見たこともない珍しい花まである。まさに花の国に相応しい景色だなとアイオラは感動していた。
こんな絶景は前世でも見たことが無い…。
美しい花の景色を見て思い浮かべたのは前世の日本人だった記憶だった。
今は隻眼聖女として過ごしているアイオラは実は転生者だ。その事を思い出したのは聖女の認定を教会で受けた時だった。
真っ白な光に包まれた瞬間に前世の自分が映像として目の前に見えたのだ。
前世は26歳の日本人で看護師だったことや趣味は旅行と大好きな伊達○宗様グッズを集めることという筋金入りの歴女だったということを映像見て思い出した。その時に旅行で行った景色の映像もあったんだよね。懐かしいな~。
その当時は今の記憶と前世の記憶とが混濁して頭が痛くなったりしていたけど今はそんなことも無くなり懐かしむ余裕までもでてきたわ。
実はこの時の映像がきっかけで○宗様グッズを思い出し、今では自作コレクションがたまっている状態なのですが…これは周りには秘密です。
勿論、今使用している眼帯も自作品です。ブラックドラゴンの皮を使った一級品なのですが、眼帯仲間がいないので自慢できない状態なのが残念でなりません。
求む!眼帯仲間!!
心の中でガッツポーズを決めるアイオラ。
「ボーとしていたら置いていきますよ」
綺麗な花畑を見ながら前世の事等を思い出し、懐かしみ、そして気合いをいれていたアイオラを気持ち悪いものでも見るかのように冷めた感じで見ていたレグルスは歩く速度をあげています。
世話をやいてくれているのかと思えば冷たく突き放す時もあり…レグルスという人がいまいち掴めないんだよねと考えていたらレグルスの姿が見えなくなりそうな所まで先に行ってしまいました。
「待って!ここで置いていかれても困る」
アイオラは慌ててレグルスの後を追いかけた。
ここはもう隣国の花の国。見知らぬ国で迷子にはなりたくない。
しかし、この国のこの村に来たのには訳があるのです。
実はレグルスはこの花の国の出身で、今来ている村にはレグルスのお母様が住んでいるらしいのだ。
そう…今日はレグルスの実家に泊まる予定だったりするのです。
「どうしよう…レグルス緊張してきたんだけど。私よく考えたら黒いマントを着ている怪しい人に見えるんじゃない。お母様、驚かないかしら?」
アイオラは前世でも独身で彼氏無しの喪女だった。だからイケメンのレグルスと最初に会った時も相当緊張していたが、喉元過ぎればなんとやらで今はイケメンも見慣れ緊張しなくなっていたのだが、どうやら今日は違うみたいだ。
前世では可愛げがないとよく言われていたけど、私にもまだ可愛いところが残っていたのね。とアイオラはまた1人でニヤニヤとしている。その様子を見ていたレグルスが大きなため息をアイオラに聞こえるように吐き出した。
「また何か変な事を考えているようですね。私の家は別に貴族とかではなく平民の家なんですからそんなに考えなくても大丈夫ですよ。…あっ、でもアイオラ様の顔を見たら母は驚くかもしれないですね」
私の顔を見て驚くとは…どういう意味?アイオラの頭の中にハテナマークが飛ぶ。その顔を見てレグルスはやれやれといった感じで話を続けた。
「その顔は理解できてませんね。アイオラ様は自分が思っているよりも有名人だということですよ」
「あぁ、そう言うことか…」
隻眼聖女様。右目の眼帯を着けるようになってからどこに行ってもそう呼ばれるようになり、どこに行っても人に囲まれるようになった。
本当は右目の傷を自分の治癒力で綺麗に治すこともできるんだけど、実はわざと治さなかっただけなんだよね。
だって○宗様と同じ眼帯がつけられるチャンスなのよ!眼帯格好いい!格好いいは正義!前世でも眼帯コレクションするくらい好きだった。このチャンスを逃すなんて私には出来なかったんだよ~。
なんとも残念な理由だった。
それに眼帯がある方が鬱陶しい貴族様達の求婚を簡単に断る事が出来て便利だったというのもあったからね。「傷物の私は貴族様には相応しくありません」とか言って婚約をかわしていたんだけど、流石に王族からの婚約を打診された時は断ることが出来なかった。
まあ、それも今は婚約破棄されたんだけど…。
取り敢えず眼帯は今のところ外す気はないし花の国でもこの黒マントを被って生活することになりそうね。
我ながら良いものを作ったと思うわ。前世でコスプレするのに手芸や物作りにはまっていたから、その知識と技術が今は役に立っているし、転生チートみたいなものもあるしね。物作りには困らないのよ。
自画自賛を心の中でしていたアイオラはまたニヤニヤと笑いながら歩いていた。
「また気持ち悪い顔をしてますよ。家に到着したのでいつもの聖女様仕様の顔に戻してくださいね」
相変わらず冷めた物言いのレグルスに思うところはあるが、今日からレグルスの実家に暫くお世話になる予定なので怒るのを諦め、言われるまま顔を引き締めた。
レグルスは被っていた黒マントの帽子を外して青い三角屋根の花に囲まれた小さな一軒家のドアをノックした。
「母さんいる?」
家の中からバタバタと慌てて人が動く音が聞こえてくる。すぐにドアは開き、中から綺麗な青色の髪をしたスレンダーな女性が顔を出した。
「レグルス!?どうしたのこんな急に帰ってくるなんて何かあったの?」
顔だちは似ていないが、どうやらこの人がレグルスのお母様のようだ。
「ん~、まあ色々あってね。暫くこっちにいると思う。お客様も一緒なんだけど良いかな?」
レグルスの話を聞いていたお母様が後ろにいた私に気がついた。
「それを先に言いなさい。もしかして…レグルスの彼女なの?」
お母様が興味津々といった感じで私の上から下までを観察しているのがわかります。
「ち、違う違う。誤解しないで母さん。アイオラ様、マントの帽子を外して下さい」
そうだったマントの効果でお母様には私が花の国の平均的な顔だちの女性に見えているんだったと思い出して、急いでマントの帽子を外した。
「…え?」
途端にお母様の表情が変化したのがわかった。鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってこういう顔なんだろうというような驚いた表情をしている。
「…せ、隻眼聖女様!?」
レグルスのお母様はその場で座り込んでしまったかと思ったら手を合わせて私に向かって拝み始めている。
これは流石のレグルスも想定外の事だったらしく慌ててお母様を立たせようとしています。
「母さん、立って。ここで拝まない!取り敢えず中に入れて」
レグルスは人目を気にしながら私を家の中へと入れてくれ扉を閉めました。
家のドアを閉めると、今度はお母様がレグルスの腕を掴んで離しません。
「レグルス!隻眼聖女様に来ていただくのならもっと前に連絡をしてきなさい!!こんな狭い家でもてなすのは失礼でしょ!!!前から思っていましたが貴方は…」
お母様のお説教が止まらなくなっているのですが私は仲裁に入るべきなのでしょうか?
でも、レグルスもいつもと違う表情を見せながら黙ってお説教を聞いているし、それにどこか嬉しそうにも見えるからそのまま何も言わずに見守ることにしました。
そう言えば実家に帰省するのは久しぶりだとレグルスが馬車の中で言っていたな。もしかして、お説教にも懐かしさを感じている?それともレグルスは虐められて喜ぶ人なの?
ともかく…どうやら、花の国の1日目はこのまま終わりそうです。