1.旅の始まりはありきたり?
一年中緑豊かな美しいこの国は緑の国と呼ばれている。そしてこの国には近隣の国にまで名前が知られている有名な可哀想な聖女様がいた。数年前におきた魔物の大量発生した時の戦いで右目を負傷し眼帯を着けている可哀想な聖女様。皆はこの聖女様の事を親しみを込めて隻眼聖女様と呼んでいる。
今日はその隻眼聖女様と緑の国の第3王子のシンゴニウム様との正式な婚約を国民に向けて発表される日なのです。王城のバルコニーから姿を見せて下さる予定になっていて城下まで人が溢れています。
そんなお祝いムードで賑わう城下に相応しくない、こそこそと動く怪しげな真っ黒なマントで体を覆っている人影が2つ。
「アイオラ様…。早くこの国から出た方が良いのではないですか?」
黒いフードからチラリと見える美しい濃紺色の髪に金色の瞳の美青年が前にいる人物に小声で話しかけています。
「…でも、少しだけ情報収集したいの。お願いレグルス!少しだけ時間をちょうだい」
一房だけマントから出ている光輝く白銀ストレートの長い髪と長い睫が縁取るスミレ色の不思議な輝きをした瞳をもつ美少女がレグルスと呼ぶ青年に潤んだ瞳でお願いしています。
「はぁ~、少しだけですよ」
レグルスは仕方なさそうにため息をつきながらも笑顔を見せる。何だかんだ言ってもアイオラのお願いに弱い男なのだ。
「ありがとう。すぐに終わらせるわ」
そう言うとアイオラは人で賑わう花屋の店先に向かった。そこには話し込んでいるご婦人達の姿がありました。
「本当に隻眼聖女様のお姿を見る事ができるのかしら?最近お見かけしないわよね~」
「そうだよね~。ここだけの話だけどさ、どうやらあのお二人は上手くいっていないらしいよ」
花屋のふくよかな女性店主がさらに話を続ける。
「うちの従姉妹が王城に勤めているんだけどね王子は最近、隻眼聖女様じゃない女性とよく2人きりで同じお部屋にいるらしいんだよ」
「え!?それって大変じゃない!隻眼聖女様は知っているのかしら」
花屋の前にいる多くのご婦人がたが興味深そうに頷きながらも聞き耳をたてているのがわかる。
「どうだろうね。だけど問題はまだあってさ、その新しい女性ってのが…あの噂の男爵令嬢らしいんだよ!」
花屋の店主は興奮したのか、おば様お得意の手首返し(手招きをするような動作)の速度をあげて話している。
「え!?あの噂の男爵令嬢!」
「あの噂の男爵令嬢って…どんな噂の人なんですか?」
アイオラはおば様達の会話を聞くだけでは我慢できずに口を出して割り込んでしまった。おば様達は少し驚いた様子を見せたがその後何事も無かったかのように会話を続けた。
おば様達のコミュニケーション能力の高さは万国共通なんでしょうか?
「あんた婚約者荒らしの男爵令嬢の噂を聞いたことが無いのかい?」
「婚約者荒らし…ですか?」
「そうだよ。わざわざ婚約者がいる男性に近づいて婚約破棄させてるって噂の男爵令嬢さ。何度周りが注意をしても聞かないらしよ。悪癖みたいなもんかね~」
「なるほど…。あの方そんな癖がある人だったんですね。教えて頂きありがとうございました」
話を聞いていたアイオラは花屋から離れて待っていたレグルスの元に向かいます。
「お待たせレグルス。私がどうしてこうなったのかの理由が何となくわかったからもう良いわ。出発しましょう」
待たされていたレグルスはやれやれといった感じです。
もう皆様お気づきだとは思いますが実はこのアイオラこそが噂の隻眼聖女様なんです。レグルスは聖女専属護衛騎士だった人です。今となっては2人とも"元"がつきますけどね。
因みに2人が着ている黒いマントには魔術がかけられていて周りの人には顔が認識されにくいようになっているので花屋さんにいたおば様達にも気がつかれずにすんだみたいです。マントを着ている本人達はいつも通りの姿が見えるという優れものマントなんです。これはアイオラ特製品のお気に入りです。
アイオラはそのお気に入りマントを深く被り治して大きく息を吸い込みました。
「じゃあ、やっと隣国の花の国に向かって良いんですね」
「うん!花の国に向けて出発進行よ!」
アイオラはこの少し前に婚約をしていたシンゴニウム王子から呼び出されて婚約破棄を言い渡されただけではなく国外追放まで言われたのです。確かに今までも婚約者らしい事など一つもしたことも、してもらったこともなかったのですがだからといって婚約破棄や、国外追放までされる理由がわからずモヤモヤしていたんです。その為に街で情報収集をしていたんてすね。
国外追放の理由はまだはっきりとはわかりませんが婚約破棄の理由はわかったので少しスッキリしたアイオラが出発しようとしたその時、2人の後ろで人々の大きな歓声が上がりました。
「バルコニーにお2人がが出てきたぞ!」
「あれ?でも隣にいるのは隻眼聖女様…じゃないよな。あれ誰だ?」
ザワザワとした不穏な声を抑えるようにシンゴニウム王子が手を上げながら大きな声をあげた。
「国民よ静粛に!私は今日この場をかりて皆に発表することがある!私は偽物の聖女であるアイオラとの婚約を破棄し、ここにいる聖女ペペロミアとの婚約を発表する!」
王子の横にはピッタリと体を寄せて離れないフワフワとしたピンク色の髪を風で揺らしている可愛らしい少女の姿がありました。
静まる広場。ヒソヒソと聞こえてくる話し声。
「あの隻眼聖女様が偽物?」
「私は隻眼聖女様に教会で病気を治していただいたのよ。あの方は偽物ではないはずよ」
「そうだよな。綺麗な顔に傷をおってまで我々の為に戦って下さった可哀想な聖女様が今更ニセモノだと言うのか?」
国民は王子の話しに納得がいかず戸惑いの色を隠せない様子です。
そのザワツク広場の端で驚いた表情で呟くアイオラ。
「知らなかった。私って偽物だったんだ…。だから国外追放なのね」
「はぁ?何を言ってるんですか。あのバカ王子の戯言を真に受けないでくださいよ。本物だからこそこの国に居られると困るので国外追放されたんでしょうが!さあ、あのバカ王子に見つからないうちに馬車に乗って出発しますよ」
アイオラの発言に呆れ顔のレグルス。その顔を尊敬の眼差しで見つめるアイオラ。
「凄い!レグルスって何でもわかっているんだね。そっか…私が国外追放されたのはそんな理由だったのか~。私はてっきり顔も見たくないくらいに王子に嫌われたのかと思ってたわ」
ボケた事を言うラナのマントを掴みひきずるように歩き馬車に乗り込むレグルス。
「緑の国はもう終わりかもしれないな…」
そんな国民の呟く言葉を聞きながら2人は馬車に乗り込んだ。
アイオラは馬車の窓際に座り、すぐに窓を開けた。そして身を乗り出すようにして外を見ている。
「さようなら緑の国。またいつかきっと来るね」
呟くように小さな声をだした。
見慣れた思い出のある景色を馬車の窓から目に焼き付けるように瞬きもせず見つめるアイオラ。そのアイオラの瞳に太陽の光が当たりスミレ色の瞳のはずが黄色を含んだグレー色にも見えて不思議な輝きを放っている。
この瞳にも実は秘密が隠されているのだがそれを本人が知るのはまだまだ先のお話し。
隻眼聖女の旅はまだ始まったばかり。
先は長い…はず。