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空白の記憶  作者: 望月夏
9/9

3

長い間放置され、すっかりと冷えてべしょりとしたホットサンドを2人で食べ終わった。

食事の間、会話など全くなかった。

間違いなく目覚めてから1番気まずい食事だった。

お父さんは無言でテキパキと片付けを始めた。

その後ろ姿がいつもより遠く感じる。

食事の途中で、何度も考えたくないことが色々と頭を巡り泣きそうになった。

むしろ泣かなかった私を褒めて欲しいぐらいだ。

お父さんからの愛情や優しさが全て嘘だとは思っていない。

それでも娘から好きだと言われてあんな今にも泣き出しそうな顔をされると、さすがに不安になる。

その上お父さんには地雷が多すぎて気付かないうちに踏み抜いてしまう。

これがまたお父さんに嫌われたかもしれないと思う原因になっている気がする。

嫌われることを怖がって近づけないのはすごく寂しい。

お父さんの心の中が全て聞こえてきたらいいのに…

そんなことを考えているとお父さんが急に振り返った。

一瞬思ったことが声に出たのかとびっくりした。

「片付けが終わったよ。まだ早いからもう少し外で過ごそうか。」

ゆっくりとシートの上に座っている私に近づき目の前に屈んだ。

その手には私の靴が握られており、どうやら履かせてくれるようだ。

足を差し出すとそっと支えて靴を履かせてくれた。

お父さんが私の背中を支え膝の裏に手を入れたと思うと、ふわりとした浮遊感と共に視界が反転した。

横抱きの状態でお父さんは歩みを進める。

凛とした顔は私に向けられることなく、正面を向いている。

「お父さん」

少しでもいいから私を見てほしくて、気がつけば用事もないのに呼んでしまった。

「うん?」

暖かな目が私を撫でた。

さっきの表情は私の見間違えや白昼夢だったのではないかと思ってしまうほど、穏やかな顔だ。

「今日は…天気がいいね」

何とか会話をしなければと探してみたものの急には出てこなかった。

そのせいで口からは当たり障りのない話題が飛び出した。

もっと他にあっただろうと心の中で頭を抱え悶える。

そんな私を知ってか知らずかお父さんはふふっと笑った。

「そうだね。僕もピクニック日和だと思っていたよ。」

これがピクニックだと言われると、正直微妙な気分になる。

元々は私の家出のはずだったからだ。

でも、お父さんが楽しそうなら何でもいい気もしてくる。

目的地へ着いたのか、お父さんが歩くのをやめて私をゆっくりと地面に立たせた。

シロツメクサが咲き乱れている地面に直接座ると、私の手を引いて膝に座るように促した。

おずおずとお父さんのあぐらをかいた足へ腰を下ろす。

「一緒に花かんむりを作りたいと思っているのだけど、どうかな?」

お父さんは目の前でさわさわと揺れるシロツメクサを指さした。

花かんむりってどうやって作るんだろう。

興味が引かれ、断る理由もない私はこくりと頷いた。

お父さんは手を伸ばして丁寧に何本かのシロツメクサを摘み取り私へと手渡してきた。

「あ、私作り方分からないよ…」

てっきりお父さんが編んで私にくれると思っていたから、びっくりして声が裏返ってしまった。

手を前に突き出しブンブンと振ってみたが、そっと手を握って動きを停められた。

「大丈夫だよ、一つずつ説明するから一緒に編んでみよう。」

にっこりと笑って手渡された花をクルクルと指で弄んでみる。

摘みたてだからか、青い草の匂いが強く香る。

不安げにお父さんを見つめるが、お父さんは嬉しそうに編み方を解説しだした。


難しそうに感じたが、意外と単純作業だった。

単純作業だと言っても、上手くできるかどうかは別の話だ。

ついさっきまで地面から生えていた瑞々しい茎は、優しく丁寧に扱わないと簡単に折れてしまう。

それに花かんむりにするなら、結構な数のシロツメクサが必要で10回程繰り返すと手が疲れてきた。

手を止めてお父さんの花かんむりをみると、慣れた手つきで半分ほど終わっていた。

「疲れたら休憩しても大丈夫だよ。時間はまだまだあるからね。」

見ていることに気づいたのか、後ろからお父さんが声をかけてきた。

もうやめにして残りはお父さんに仕上げて欲しいと思っていたのに、これでは自分で作るまでここで過ごすことになりそうだ。

「お父さんは上手だね。慣れてるの?」

「練習したんだよ。」

きっと美代に編みたいと言われて頑張ったんだろう。

私にはその記憶がないけど、お父さんが意味もなく練習するとは思えない。

「…ここのシロツメクサはね、僕が植えたんだ。」

返事をしなかった私を心配したのか、お父さんが続けて話をした。

道理でいっぱい生えていると思った。

もしかしてこの辺も整備したのかな…

「どうして?」

こんな一面に植える必要があったのだろうか。

この量が美代へと愛情の大きさのようで、もやもやしてしまう。

「大量のシロツメクサがないと練習できないからね。」

「美代がお願いしたことなの?」

お父さんの口から美代の話を聞きたくなかったはずなのに、どうしても気になってしまう。

私の口から美代の話が出たからか、お父さんは少し驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んだ。

「聞きたいかい?」

ゴクリと固唾を飲み込み、ゆっくりと頷く。

「美代がね、読んでいた本に出てきたシロツメクサを気に入っていたんだよ。でも家の庭には植えられなくて、プランターで植えたんだ。美代はシロツメクサで花かんむりを作りたくて欲しいと言っていたみたいで、少しの間拗ねていたよ。」

懐かしむように目を細めて話すお父さんの手は編むのをやめていた。

私の部屋にもシロツメクサの描かれた本が置かれていた。

美代はそれがお気に入りだったのかもしれない。

「拗ねることなんてないのに…」

わざわざお父さんが植えてくれたのに、花かんむりが作れるほどの本数がないからって機嫌を損ねるものなんだろうか。

美代はわがままがすぎる。

「…美代は、僕にだけは飾らない素直な自分を見せてくれていた。僕自身もそれがたまらなく嬉しかったんだよ。」

お父さんは美代のことになると欠点もプラスになるようだ。

少し私を否定された気分になってしまう。

「君の素直な所も、美代にヤキモチをやく君も愛らしく思っているよ。」

俯く私の頭を撫でながらお父さんは続ける。

「美代は僕と花かんむりを作り、それぞれを交換したいと考えていたんだ。自分のためというよりは、仕事で忙しい僕のために作ろうとしてたんだと思う。」

だとしたら美代はシロツメクサを植えてくれたお父さんに対して拗ねたりしないだろう。

自分のためだったからこそ、忙しいお父さんが時間を割いてくれたのに不満を抱いたんだと思う。

そうに違いないのに、お父さんの顔をみているとそんなこと言えない。

素直な美代が好きなお父さんに、こんなひねくれた私はどう写っているのか…

私も美代みたいに素直に甘えられたら違うのかな。

「そんな不安そうな顔をしなくてもいいんだよ。君がどんなに否定しようとも君は僕の娘なんだから。」

作りかけの花かんむりを自分の膝にかけて私をぎゅっと抱きしめた。

お父さんは本当にずるい。

いとも簡単に、もやもやとした私の気持ちを晴らせることが出来るなんて一種の才能だ。

諦めかけていた花かんむりを持ち直し、ゆっくりと編んでいく。

せめて美代が出来なかった花かんむりの交換を私だけの記憶にしたい。

お父さんもそれに続くかのように、自分の花かんむりを持ち編み込んでいく。



「出来た!」

お父さんが編み終わってから時間がかかったが、なんとか花かんむりを作り終えた。

所々隙間にバラつきがあるけど、初めて作ったにしてはなかなかの完成度だ。

私が編み終わるまでお父さんは口を開くことなく見守ってくれていた。

お父さんの膝から降りて立ったままの状態でお父さんと向き合った。

お父さんは腰を上げたが、膝立ちになった。

背の高さが同じぐらいになり、少し照れくさい。

お父さんはそっと手に持った綺麗な隙間のない花かんむりを私の頭へと飾った。

「君に話せないことが多いけど、今から話すことは嘘偽りなく本当のことだよ。」

真剣な顔をして私を見つめる。

不安からか興奮からか分からないけど、どくどくと心臓が脈打つのを感じる。

どんな話をされるのだろうか。

「僕は君に世界で一番幸せになって欲しいと思っているよ。君に危害を与えることも、害するような嘘をつくことも絶対に無い。これだけは信じて欲しい。」

不安そうに揺れるお父さんの目が本当だと私に訴えてくる。

私に好きだと言われて泣きそうになったのも何か訳があるのかもしれない。

「分からないことも多いし、不安には変わりないけど……お父さんが絶対に私の味方だって言うなら信じるよ。」

「もちろん、僕は絶対に君の味方だ。君が望むならなんだってしてみせるよ!」

今までに見た笑顔の中で、1番優しく心から安心できた。

手に握られた歪な花かんむりをお父さんに差し出すと、頭を下げて置きやすいようにしてくれた。

お父さんの少し硬い髪の毛の上に花かんむりをそっと置くと、自然と口角が上がってきた。

お父さんの幸せそうに笑顔に心がいっぱいになってくる。

美代がしたかったのに出来なかったことを、私とお父さんが一緒にした。

その事実が嬉しくてたまらない。

こんなにも私が醜く歪んでいることをきっとお父さんは知らない。

私にもお父さんに知られたくない秘密ができてしまった。

お父さんの大切な娘でいるために、これは絶対に隠し通さなければならない。

心の中に罪悪感が散らばっていく。

そのせいかその後はどんな話をしたのか、どんな顔をしていたのか覚えてない。

すっかりと日が暮れた山の中、星が疎らに光り虫の声が嫌に耳につく。

お父さんはリュックサックを腹側にかけて私を背中へと誘導する。

おんぶされ冷たい風が吹く中、家路へとついた。

今までに感じたことの無い疲労感で気がつけば意識を手放した。

面白いと思ってもらえたら、感想をお願いします。

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