正直ランドセル
君と出会ったのは地元を出て大学に入学し、全てが初めての事ばかりだった春。
仲良くなった友人は親戚が経営している学習塾でバイトをしていて、自分もそこで働く事になった時だった。
「ただいま!」
元気な声と一緒にドアの向こう側からのぞいた笑顔。ちらりと見えた赤いランドセル。
経営者の娘で友人の従妹だと紹介された君はとにかくパワフルで、アクティブ。
控室でおやつをさっと食べ終えるとさくっと宿題を終わらせて遊びに行く。
かと思えばいつの間にか戻ってきて、夕飯を高速で食べ終え洗い物まですませ、神妙な顔をしながら解答とにらめっこしつつテストの丸つけを手伝っていたりする。
俺はそんな君と過ごす時間が増えるたびに距離も近くなった。
俺は君を有名人のモノマネで笑わせたり、変な味のお菓子を渡して反応を試したり、バイトのあいまに勉強を教えたり、お一人様一つのセール品が複数欲しくて車の助手席に乗せて買い物につきあわせたり。
俺からしたら友人の従妹で、経営者の娘で、塾の教え子に近いような存在。
可愛くて面白くて見ていて飽きなくて、いっしょにいるとなんだかほのぼのして、ただそれだけだったのに。
君は俺を好きになってしまって、告白してくれた。
だけど俺の中の君はどうしても恋愛対象にならなくて、それでも友人やバイト先といった関係性を壊したくなかったが故に、君が苦手だと言った缶コーヒーを渡して
「これがおいしいって思えるようになったら考えてみるよ。」
なんて曖昧な言い方で君の本気を濁した。
あれから何年も経って、君は背も高くなった、髪も伸びた、仕草も落ち着いてきた。
それでも、俺のそばにいる時の君は無邪気で素直なまま、まっすぐに俺を慕う。
その瞳が純粋すぎて、何一つ隠す事ができそうにない姿に、赤いランドセルが重なる。
中学生、高校生になっても、初めて出会った時に背負っていたランドセルが重なる。
「ちゃんと釣り合うような、大人になるから。」
そう言って渋い顔をしながら苦い缶コーヒーに口をつける君は子どものままなのに。
俺の悪ふざけやずるさをやさしさだなんて言ってしまうのは君だけ。
あの日ランドセルを背負って俺に微笑んだ君のまま。
だから。
「ごめん。好きな人がいるんだ。」
俺のその一言。
9年間ありがとう。
缶コーヒーを全部飲めるようになったと笑う君が初めて大人に見えた今、ランドセルはもう、君と重ならない。
それでも君とは違う誰かを好きになった俺。