小学校に俳句の先生を呼んだら、才能ナシの先生が来た件
児童を日本の文化に触れさせるため、わが校に俳句の先生を特別講師として招待することになった。今回行うのは、児童の考えた俳句を先生に添削してもらうというもの。まるでバラエティー番組のような授業だ。
俳句は川柳と違い5・7・5の中に季語を入れなければならない。自由度が小さく、小学生に作らせるのは難しいかもしれない。
そんな不安を抱えながら迎えた授業当日。普段とは違い、教室には奇妙な緊張感が流れていた。
それはもちろん、僕の隣にいる俳句の外部講師が理由だろう。和服を着た五十代くらいの女性。今日限りお呼びした、外部教師の松尾先生だ。
松尾はある程度教室が静まったタイミングで、おもむろに口を開く。
「え〜こんにちは。今回、俳句の授業をさせて頂く松尾です。今回は皆さんが事前に提出してくれた俳句を添削していきたいと思います。今回は事前に写真を配布して、その写真をテーマに俳句を考えてもらいましたね」
言って、松尾は綺麗な桜の写真を黒板に張り付けた。そして次に、文字が大きく印刷された、縦長の3枚の紙を取り出し、それを黒板に張り付ける。3枚の紙に書いてあるのは、それぞれ5・7・5の言葉。
「これは皆様の担任の先生の俳句です。これを例にして、今回の授業を説明します」
言いつつ、松尾は僕の俳句を読み上げる。
「......なるほど、さすがは学校の先生。きれいな俳句ですね」
読み終えた松尾がそう言う。
「いえ、ありがとうございます」
「それでは例として、こちらを添削させていただきます」
言って、松尾は、貼られた紙に赤ペンで添削を書いていく。
「えーまず、桜は言われなくても咲くのは分かりきっているので、わざわざ『咲き』と書かなくて良いですね。削ります。次に季語ですが、桜が春というのは言わなくても分かりますので『春』という言葉は無駄ですね。これも消します。そして最後に、この句で伝えるべき表現は『笑顔』の部分なので、それは最後に持って来て強調すべきですね」
そして直し切ったあと改めて、松尾が僕の俳句を読んだ。
「とまあ、こうなりますね」
「......な、なるほど」
確かに添削の前後を見比べると、松尾先生の添削後の方が情景が分かりやすく良い句になっている。原型が消え去るくらいボコボコに直されたのが悲しい。
「それでは、さっそく生徒さんの俳句の添削を行いましょうね」
言って、松尾は僕の俳句を外し、5・7・5の三枚の紙をまた貼り付け、それを読む。これは事前に生徒が提出した句だ。
「なるほど。とても良いですね」
児童の作った俳句をそう褒める松尾。卒業が季語になっています、など一通りの説明をみんなに行ったのち、また添削へと移る。
「えー、まずは「や」という表現ですが、これは強調するときに使います。今回強調したいのは『涙』なので、ここでは不要です。そして桜が散るのは当たり前なので、わざわざ散ると書かなくても良いですね」
「なるほど」
僕は適当なところで相槌をうつ。
「あとは「ぽろぽろ」という表現ですが、これは誰が見ても、口から食べカスがこぼれている音にしか見えないので変えます」
「そうですか?」
「はい。今言った部分を直した句がこれです」
そう言って、松尾は添削の済んだ句を読み上げた。
なるほど、これも添削後の方が良い句になっている気がする。ぽろぽろの話がよく分からなかったが、まあ、プロが言うからそうなんだろうな。
「はい。それでは次に行きましょう」
松尾はそう言って、黒板に貼られた句を剥がしまた新しい俳句を貼り付ける。そうしてそれを読み上げた。
「なるほど......」
句を読んですぐ、松尾は難色を示すような声を上げる。
「どうかしましたか?」
「はい......。一見良い句に見えますが、この句には致命的な欠点があります......。わかりますか? 先生」
「いえ......僕にはわかりませんね」
「それはですね、この句を作ったのが男子だという点です。桜の繊細な匂いを、男が感じるわけがないんですねぇ〜」
「どんな偏見だよ」
松尾は俳句の制作者である山田君を指差す。
「山田くん。君、この句は、本当に自分で考えたの?」
「松尾先生、疑わないでください」
「山田くん、この句は全部、嘘だよね?」
「5・7・5で生徒に詰め寄らないでください」
「男子はコーラと焼き肉の匂い以外は無臭に感じる生き物だよ」
「そんなわけあるか」
とんでもない偏見を振りかざしながら、松尾は児童の俳句を添削する。添削を全て書き終えたところで、松尾は一呼吸おいて添削された俳句を読んだ。
「......肉見ってなんですか?」
「さあ?」
「さあってなんだよ」
ザワつきだした教室を尻目に、松尾は添削後の俳句を黒板から剥がし、新しい句を貼り付ける。そうしてそれを当たり前のように読み上げた。
「この句を作ったのは......ああ、リチャード君ですね。なるほど! はは、所詮は外人の句、といったところでしょうか? 笑えますね」
「なんてことを言うんだ」
この女、偏見の化け物か?
「すぐに愛がどうとか、いかにも貞操観念の低い外人らしい発想です」
「とんでもねぇなオイ」
「それでは添削します。こういうのはどうだ、リチャード。お前は日本人ではない。外人なのだから、外人らしさを出した句を読みなさい」
言って、松尾は添削後の句を読み上げる。
「聞いたことあるなこれ」
「そうですか? デジュ、デジャジュ、で、ディジュビャってやつですね」
「デジャヴって言葉、そんな噛みます?」
「おっ、口ごたえか?」
「いや急に交戦的」
「......それでは次の句です」
「切り替えの速度がエグいな」
松尾はいつのまにか黒板に貼った新しい俳句を、ことさらハキハキと読み始める。
「あれまあ。すごく知能が低そうですね。表現が稚拙過ぎる。 これはガキの作った句ですか?」
「そうだよ。子供が作った句だよ。そう言う授業なんだから」
「こんな表現を許すなんて、まったく、先生の顔がみた、なぐってみたいですね」
「見たいで止まって下さいよ」
「それでは添削です。この句は言っていることは分かりやすいので、ガキの語彙を大人の言葉にすればOKです。無様でチープなこの俳句、豊満でゴージャスな大人の俳句に変えてやりましょう」
言って、松尾が怒涛の勢いで俳句を添削する。そうしてそれを勢いよく読み上げた。
「これでいいんですか???」
「はい」
「なんか、ギャルしか読まない雑誌に書いてある言葉にしか見えないですけど」
「喝ッ!!!!!!!!!!」
松尾は耳元で叫んだ。
「あ゛っ!」
「はい、次の句を見ましょう」
「あの、松尾先生、鼓膜がイカれました」
「ギャルしか読まない雑誌の話をするな!」
「......ご、ごめんなさい......」
この女、怖すぎる。どうやら外部講師として呼ぶ人材を間違えたようだ。そんな後悔を他所に、松尾は次の俳句を黒板に貼り付け、そして読み始めた。
「ほう、なるほど......」
「......これは俳句の方にも問題ありますね」
「いえ、今日一番良い句です」
「今日一番良い句?????」
そんなわけがない。
「あえて添削するなら、『詰まらせ死にかけ』の部分が俳句というより説明文みたいになっています。少し風情が無いですね。季語の桜を強調したいので消しましょう。そして『桜』という季語を最後に持ってきます」
「『詰まらせ死にかけ』の部分は不要ですって言え」
そんな僕の小言も気にせず添削を終えた松尾は、再び俳句を読み始める。
「死んではないはずですよね??」
「でも、こちらのほうが句として良いですよ。命より句。覚えておいてください」
「俳句サイコパスか?」
授業時間の終わりも段々と迫っているなか、松尾は焦らず次の俳句を黒板に貼り付けている。張り終えると、それをまた読み始めた。
「これはダメだろ」
「あなたの生徒ですよ。他人事みたいに言わないでください」
「うっ......」
今日初めて論破された気がする。これはもう、添削とかそんな話ではないと思うが。
「それでは添削します。まずは『きしょい虫』という言い方は不適切なので変えます」
「そらそうです」
「きしょいを強調するなら『虫きしょい』の順番が正しいです」
「何の正しさだよ」
「ただきしょさをそのままきしょいと言うのは単純すぎるので『虫もぞぞ』とします。虫が動くさまを音で表現することで、風流さを感じさせましょう」
「虫もぞぞに風流さはないだろ」
「あとは虫の動きを表現するのに、蠢くという言葉を使いましょう。この字は虫という漢字を3つも使えますし、なんと「春」という季語が漢字に含まれています。ボーナスポイントが多いんですね〜」
「俳句ってそんなルールでしたっけ?」
「あと今思いつきましたが、虫という漢字より蟲という漢字のほうが3倍『虫』が出てくるので、単純計算で3倍良いですね。変えましょう」
「自分が何言ってるか分かってます?」
松尾はもはやこちらの声など届いていないらしく、気にせず添削を終え、その句を読み上げた。
「わっ、添削で良い句になりました! とはならねえよ」
いい加減本気で怒ろうとした瞬間、頭上のスピーカーから授業の終了を告げる鐘がキンコンと鳴り響いた。
「えー、それでは、今回の俳句添削の特別授業を終わりたいと思います。えー。最後にですが、私の句を紹介して、この授業の締めとしたいと思います」
そう言って、松尾は準備を始める。仮にもプロの俳人、一体どんな置き土産の俳句を読んでいくのだろう。
「あの、突然地球の写真を貼らないでもらえます?」
「うっせ〜〜〜」
松尾は白目だけになった瞳で、黒板に俳句を貼り続ける。怖っ〜〜。
「............これ、短歌じゃないですか?」
「............」
「......先生? 聞いてます?」
「............」
特別教師の松尾は、一言も発せずに教室から消えた。夢?
「......??????」
俳人というより廃人だな。僕は思った。