かくれんぼ
三題噺もどき―ひゃくろくじゅうよん。
お題:港町・毛布・かくれんぼ
ジャワジャワと、セミが鳴く。
儚く短いその命を嘆く様に。
小さな力で懸命に残そうと。
泣いている。
「っついなぁ…」
強い日差しにさらされ、だらだらと流れる汗を拭う。その手も汗をかいているから、意味があるんだか無いんだか。
白シャツを着て正解だった。これが黒とかグレーだったら、もう最悪以上のなにものでもない。今から、人に会いに行くのだから。
「……」
どうせ5分もかからないし、良いかと思っていたのがいけなかったなぁ。今期の暑さをまだ舐めていた。少し外を歩いただけでこのありさまだ。
早く家の中に入れてもらおう。
「……」
もう目の前に玄関が見えてくる。まぁ、実際は家を出た時点でその建物自体は見えていたりする。
庭に車がある事を確認し。チャイムも鳴らさずに、玄関口へと向かう。
「おばちゃーん、こんにちはー」
ガラリ、と、その扉を開き、声を掛ける。
中から、ひんやりとした空気が漂う。
その奥から、一つの声が返ってくる。
「いらっしゃーい、入っておいでぇ」
「はーい…。お邪魔します」
サンダルを脱ぎ、玄関に上がる。一応は他人の家なので、断りを入れて。
そのまま声のする方へ行く―
「―の前に…」
玄関を入ってすぐのリビング。その奥に。
仏壇が置かれている。
そこには、1人の少年の写真。
線香をあげ、手を合わせる。
「変わらないなぁ、兄ちゃんは」
―僕はずいぶん変わっちゃったよ。
そんなことを呟き。ぼーっと写真を眺める。
幼い子供の写真。笑顔が可愛らしく、はにかむようなその表情。
「今年は帰ってこれたんやね」
そうしていると、後ろから声がかかった。
この家に、今は1人で住んでいる、この家の持ち主だ。ありがたいことに、麦茶を持ってきてくれたようで。
「おばちゃん久しぶり、元気してた?」
「ええもうこの通り、」
立ち話もなんだからと、座るよう促される。お言葉に甘えて、リビングに置かれているローテーブルを挟んで、向かい合うように座る。
「……」
この家は、親戚の家でも何でもない。
港町にある、田舎の祖母の家の―お隣さんのおうちだ。
それだけ。
―でも、それだけ、とは言えないあれこれがあったりする。
「―もう、20年も経つんやねぇ…」
「そうだね」
そう。
20年前。僕がまだ、5歳の頃の話だ。
:
その日も、今日みたいに暑い夏の日だった。
港町のはずれの方にある祖父母の家に、家族全員で帰郷していた。
「……」
他の従妹も来て居なくて。もとより一人っ子だった僕は、誰とも遊べなくて、ふてくされていた。
同じ年の、同じような遊びを、同じように楽しめる人間なんてこの辺にはいなかった。
だから一人で、縁側に座り、ぼーっとしていたと思う。ボール遊びもカードゲームも、ゲーム機も何もなかったから。
1人でただぼうっとしていた。
「――ねぇ」
「わっ!!」
すると突然、声がかかったのだ。
いつの間にそこにいたのか。
座る真隣に。
1人の少年が座っていた。
同じような体格の。短く切りそろえられた、いかにも少年という感じの髪形。子供っぽいデザインの半袖に、動きやすそうな短パン。それにビーチサンダルのようなものを履いている。
少年は、あっけにとられ僕をよそに、ズイ―とその顔を近づけてきた。
―その瞳は、どこか暗くぼんやりしていて、怖かった。
「かくれんぼ、しない?」
「―かくれんぼ?」
「そう、ぼくがおにね」
―さ、かくれて。10かぞえるから。
その言葉に、なぜか酷く急かされた僕は、とっさに縁側から家の中へと戻った。
とにかく隠れようという一心で。
「はーち」
「…」
遠くに、その声が聞こえる。
僕は、一つの押し入れに隠れることにした。来客用の布団などが詰め込まれているそこには、今の時期は使われない冬用の毛布が仕舞い込まれている。ぎゅうぎゅうに詰め込まれているそこに、何とかスペースを作り、もぐりこむ。
「さーん」
「…」
「にーい」
「…」
「いーち」
「…」
「ぜろ!!」
「…」
ぐっと、口を押え、ばれないようにと、息をひそめた。
「――ぃ!!」
「――!!」
遠くから、自分の名前を叫ぶ声で目が覚めた。
どうやらいつの間にか眠ってしまって居たらしい。ぼやけた頭のまま、押し入れの扉を内側から開き、そこから這い出る。
外を見ると、いつの間にか、陽が落ちかけていた。
あの少年は、どこに行ったのだろうと、きょろきょろしていると、別の部屋から母が駆けよってきた。
「どこ行ってたの!?」
「??」
何が何やら分からぬままに、母に抱きしめられた。あとからやってきた祖父母も、どこか安心した顔をしていた。
かくれんぼをしていただけなのに、なんでそんなに怒っているんだろうと、当時は不思議で仕方なかった。
「あの子は?」
「あの子?」
こぼれた僕の言葉を、母は反芻する。
「いっしょにかくれんぼしてたのに、かえったのかな?」
「誰の事?そんな子、ここには、」
否定する母。しかし確かに、遊んだのだと、僕は言い張った。
「ぜったいいたもん!あのこがいっしょにあそぼっていってきたの!」
半ば泣き顔になりながら、必死に訴える僕に、何か思うことがあったのか、離れて見守っていた祖父が声を掛けてきた。
「――、その子は、どんなお洋服を着てた?」
「えっとね、」
それから、少年の見た目を、子供ながらに、あれこれ話した。あんな服で、こんな靴を履いていて。そういえば、かっこいい仮面ライダーがのってたんだよ、お母さんぼくもあれほしい…。
そうして語っていると、次は祖母が口を開いた。
「そうかぃ…。なら、お隣さんにいって、手をあわせにいかんとねぇ。遊んでくれてありがとうってねぇ」
:
そう言って、連れられたのが、この家だった。
「あの時はひどく驚いたもんだよ」
いきなりお隣さんが、子供連れて仏壇に手を合わさせてくれなんて来るんだもの。
「はは、そうりゃそうだよね」
「でも、遊んでくれて、あの子も喜んだろうよ」
「…かくれんぼだけだけどね、」
「それでも、さ」
おばさんは、仏壇に飾られている、少年の写真を、愛おし気に眺める。
そこには、あの時一緒に遊んだ、少年が笑っている。