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第95話 豹変 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 熱気に包まれていた闘技場に静寂が落ちる。

 誰もが、目の前で起こった事に理解が追い付かない。

 剣の心得が無い筈のマーガレッタが剣を持っていた事も、保護魔術の宣誓も行わず唐突に斬り掛かった事も、何故これ程に禍々しい魔剣を手にしていたのかも。

 だが、ヴィルだけは違った。

 未だ理解の及ばない点はいくつもあるが、たった一つ分かっている事があった。

 彼は知っていたのだ。

 この魔剣の恐ろしさを、その持ち主がどういう存在となるのかを。


(危なかった。ギリギリだった。あともう少しでも遅れていれば……)


 あの時あの瞬間、マーガレッタは間違い無くニアを殺すつもりだった。

 ほんの一欠けらの手心も無く、純粋な漆黒の殺意が向けられていたのをヴィルは感知していた。

 もし少しでもヴィルの判断が遅れていれば、手遅れの状況になっていただろう。

 それ程までに、()の魔剣の能力は恐ろしい。


(――来たか)


 思考していた最中、今しがた魔剣によって斬り付けられた左腕の傷が灼熱を発し、同時に得体の知れない魔力が傷口から体内へと侵蝕してきた。

 痛みを伴って這ってくるそれは呪い、マーガレッタが握る魔剣の能力の内の一つだ。

 常人ならばうずくまってしまいそうになる激痛に対し眉を顰める程度に留め、ヴィルは今も浸食を続ける左腕に意識を集中させる。

 蛇や茨を連想させる呪いに、イメージするは雲散霧消。

 普段向けられる魔術に対してやっているように、魔術を用いてエネルギーを分解するだけだ。

 呪いや呪術と呼ばれる代物達は、括りで言えばただの魔術の一種に過ぎない。

 呪いは固定形を取らない靄のようなものではなく、それぞれ魔力が特定の形を与えられた術式なのだ。

 それは、如何に魔剣による呪いと言えども同じ事。

 ヴィルのエネルギー操作が発動し、呪いを構成する魔力が微弱な振動や電流、光へと変換されていく。

 薄く発光するその様は治癒の光にも似通っていたが、その原理からして別物。

 治癒魔術の利きが悪い体質のヴィルはしかし、自身の魔術を用いた分解によって数瞬の内に左腕に巣食っていた呪いを完全除去する事に成功した。

 怪我が治った訳では無いが、これでひとまず呪いは退けられた。

 しかしそこで気を抜く事は許されない。

 すぐに次が来る。


「ニア下がって!」


 静寂を破るマーガレッタの刺突に剣を合わせ、続く連撃にも同じく剣を合わせて凌いでいく。

 剣ダコすら無い綺麗な手から放たれる剣撃は途轍もなく重く、とてもではないが以前の魔術師マーガレッタが振るう剣とは思えないものだ。

 別に反撃の隙も無いという程ではないのだが、一度事情を察してしまえば下手に傷つける事も叶わない。

 かと言って安易に無力化出来るような相手でも無し、一種の膠着状態と言える。

 ――感情が抜け落ちたかのような冷めた顔の彼女は、一体何を思って剣を振っているのだろうか。

 と、そこに――


「何をやっている!」


 剣の応酬が五合を過ぎた辺りでグラシエルが魔術を放ち、ヴィルとマーガレッタの間に爆炎が生じる。

 それはヴィルごと巻き込む範囲であったが、回避を見越してのものだったのだろう。

 ヴィルはグラシエルの意図に応えるように飛び退りニアの傍に立つが、同じく距離を取ったマーガレッタの攻撃はまだ終わっていなかった。

 ――頭上に強大な魔術の兆候。


「ニア!」


 突然の事だったにも拘らず、ニアは咄嗟の判断で上方に魔力障壁を展開するが、それでは不十分だ。

 ヴィルは尻もちをついた体勢のままのニアに覆い被さるように動いて、自身の背中に魔力障壁の上位互換である、エネルギー操作魔術によって成形した魔力装甲と、マーガレッタが得意とする属性の電気・魔力分解力場を展開、来たる落雷へと備える。

 昏き閃光が、落ちた。


「ぐ――――」


 凄まじい衝撃が二人を襲う。

 展開していた力場と魔力装甲は落雷の殆どを防いだものの、相殺し切れなかった分のダメージでヴィルの意識が一瞬飛びかけた。

 だが視界が暗くなっていくのを歯を食いしばってなんとか耐え、背中の痛みを意識の外に追い出しながら、腕の中のニアの安否を確かめる。

 幸い、魔力装甲が上手く機能していたらしく怪我はしていないようだ。


(良かった……)


 ニアに被害が及ばないようにという点を重視した甲斐があったものだと、ヴィルは深く胸を撫で下ろす。

 マーガレッタの方はグラシエルが魔術を使ったお陰か、我に返った多数の教師に囲まれ闘技場から出て行く所だった。

 意外な事にマーガレッタに抵抗の意思は無いようで、大人しく教師の誘導に従っている。

 最後に見えた横顔は相も変わらず表情が無く、怒りや憎しみ、諦観の感情すらも見当たらないままだった。


「ヴィル!ニア!」


 声のした方を見れば、ヴィルがしたように観客席から飛び降りて走ってくるバレンシア達の姿。

 皆一様に心配そうな表情を浮かべていて、その大袈裟な反応にふっと笑みがこぼれる。

 ヴィルは上体を起こし、駆け寄ってくるクラスメイト達に手を挙げる。


「ヴィル、あなた無事なの?その……背中が焼け焦げてるのだけど……」


 痛々しいものを見る目で問うバレンシアが見たのは、制服が黒く焦げて剥き出しになった火傷だった。


「ああ、見た目程酷い怪我じゃないから治癒すればすぐだよ。強いて言うならまた制服を駄目にしちゃった事の方が辛いかな」


「軽口が叩けるなら大丈夫そうね。アンナ、ヴィルの治療をしてあげて。ニアは大丈夫なのよね?」


 聞かれたニアは座ったままぶるぶると頭を振り、ニコッと笑みを形作る。


「うん、ヴィルが守ってくれたからね。全然平気」


「てかアイツはなんなワケ?ニアにいきなり斬り掛かってさ。ヴィルがいなかったら大ケガどころの騒ぎじゃなかったでしょ。頭がどうかしてんじゃないの」


「ちょ、ちょっとクレア、それは言い過ぎだよ。あたしはこうして無事だったんだし、マーガレッタさんにも何かあったんじゃないかな?あんまし気にしてないしさ」


 友人として当たり前の反応を見せるクレアに対し、多少なりとも事情を知るニアが窘めにかかる。

 だが当然と言うべきか、事情を知らない立場から見ればニアの反応は納得いくものではなく、憤るザックが珍しく何の抵抗も無くクレアに同調する。


「いやいや、あれは流石に許しちゃいかんだろ。あの魔剣は見るからにヤバかったし、それに加えて宣誓前の不意打ちだろ?反則もいい所じゃねーか」


「そっそ、いくらニアとヴィルがお人好しだからってアレはかばっちゃダメだって。少なくともアタシは絶対許さないしね」


「……うん、ありがと」


 事情はどうあれ、心配してくれる友人達にやや複雑そうな微笑を見せるニアを横目に、


「――――」


 アンナから治療を受けるヴィルは、ただ一人観客席に留まり呆然と闘技場の出口を向いているフェリシスを見ていた。


 ―――――


「この度はマーガレッタ様がお二人に大変なご迷惑を掛けてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」


 見惚れるほどに美しい青髪が宙を舞い、上から下へと滝のように流れ落ちる。

 もしもフェリシスの髪が巻き毛でなくサラサラの長髪だったならば、そんな光景を見る事が出来ていただろう。

 それ程までに勢いのある謝罪だった。

 謝罪を受けた側であるヴィルもニアも、突然の事態に目を丸くしている。

 それもその筈、マーガレッタの騒動により模擬戦の授業が中断された直後、彼女の異変について聞き取りをするべくフェリシスを呼び出したのだが、人気の無い場所に来てすぐこれだ。

 マーガレッタの行動に対して責任感の強いフェリシスなら、確かに何か一言くらいあるだろうと予想はしていたが、想像以上に重く受け止めていたらしい。

 そのまま頭を上げる気配の無いフェリシスに、ニアが慌てた様子で声を掛ける。


「ちょっと頭上げて!別にフェリシスが悪い訳じゃないんだし、マーガレッタさんに非があるとも思ってないから……」


「それでも!一歩間違えれば取り返しのつかない事になっていたかもしれないのです。マーガレッタ様の罪は私の罪、どうお詫びをすればいいのか」


「ひとまずその件は置いておこう。今僕達が話すべきはマーガレッタ様についての筈だよ。もしも謝りたいと言うなら、それはマーガレッタ様と一緒にすべき事だとも思うしね」


「……そう、ですね。事態が解決した暁には、必ず」


 ヴィルの言葉にフェリシスはようやく頭を上げ、まだ暗い表情ではあるが取り敢えずは納得してくれたようだ。

 不承不承ながら頷き、フェリシスが二人の話を聞く体勢に入る。

 さて何から聞こうかと、考えるヴィルが訪ねるより早く、ニアが思いついた疑問をフェリシスに問う。


「まず最初に聞きたいんだけど……あの魔剣に心当たりって、ある?」


「いいえ。私の家でもアルドリスク邸でもあのようなものを見かけた事はありませんし、禍々しい気配にも覚えがありません。あんなもの、もしも身近にあれば空気で分かります」


「そうだよね。やっぱりどこか大きな組織が後ろについてるのかも。あれだけの強力な魔剣を用意するってなると相当な財力と権力がいるだろうし」


「私はそれよりも、何故マーガレッタ様がヴィルさんと渡り合える程の剣の腕を手に入れたのかが気になりますね。一体どうやってこの短期間で……」


「え?マーガレッタさんって剣使えなかったの?あたしはてっきり貴族の教養ってやつで習ってるものかと」


「いえ、そのような事はありません。マーガレッタ様はこれまで魔術一本でしたし、隠れて鍛練していたという事も無かったかと。その点は常にマーガレッタ様のお傍に居た私が保証します」


 左胸、制服に浮かぶアルケミア学園の紋章に手を当て断言するフェリシスは自信に満ちており、幼少からの付き合いから来る確かな自負があった。

 その彼女が言うには、マーガレッタは剣を使った戦闘は出来ない。

 しかしそうなると、いよいよもってマーガレッタの豹変は謎めいてくる。

 如何なる手段をもって魔剣を手に入れたのか、如何ような手練手管でもって剣の腕を鍛えたのか。

 その答えの半分は、ここまで聞き手に回っていたヴィルが知っていた。


「魔剣の出所については分からないけど、どうやってマーガレッタ様があれだけの剣技を身につけたのかは説明できるよ」


「それは本当ですか?一体どのような……」


「あれもまた魔剣の能力なんだよ。正式名称は呪剣バルスラグといって、能力は大きく分けて二つ」


 人差し指と中指、右手の指を二本立てて、ヴィルは身体強化や魔術強化といった聖剣魔剣の基礎能力を除いた、バルスラグの特殊能力を解説する。

 ヴィルが魔剣の能力を知る理由、それは銀翼騎士団(シルバーナイツ)が以前行った任務、彼が『騎士シルバー』として参加していた時の事。

 悪徳貴族との繋がりが噂される組織と相対した際、敵方にバルスラグの使い手が居たのだ。

 その時の戦闘で、ヴィルはバルスラグの能力を実際に目にした。


「一つは攻撃した対象に強力な呪いを掛けるというものだね。その効果は侵蝕。呪いは激しい痛みと共に傷口から体内に侵入して、徐々に体の自由を奪っていく。そして侵蝕の呪いは徐々に心臓まで魔の手を伸ばして、やがて死に至る。遅効性だとはいえ中々厄介な能力だよ」


 魔剣の呪いの解除には一定以上の適性を持つ治癒術師でないと解呪出来ない上に、術師の技量次第な面も少なくなく、侵蝕の深度によっては解呪が間に合わない事もある。

 その当時ヴィルが斬り付けられた際には、エネルギー操作魔術によって呪いを分解出来たが、これは非常に特殊なケースだ。

 通常ならば呪いを受けた時点で継戦は絶望的、となれば短期決戦で挑まざるを得ないのだが、そこで更に厄介なのがバルスラグの二つ目の能力。


「もう一つがマーガレッタ様が急激に剣を使えるようになった理由、技能の蓄積なんだ」


「技能の、蓄積……?」


「簡単に説明するとそうだね、例えば僕がバルスラグを使った後にニアが魔剣を握ったとしよう。するとニアは、魔剣の能力で僕が扱えた剣技の一部を同じように使う事が出来るようになるんだ。勿論剣技の全てという訳では無いらしいけど、あの時のマーガレッタ様を見ればこの能力の恐ろしさは分かるよね」


 身体能力と魔術の威力が底上げされる上使える筈の無い剣技を使えるようになり、更には傷つけられた箇所に呪いが付与されるというのだから、その凶悪さは語るまでも無い。

 ヴィルの話を聞いた二人が絶句するが、無理も無いだろう。

 元から超一流の魔術を使う魔術師に、更に一流の剣が加わるのだ、これが厄介でなくて何だと言うのか。

 あれは生まれ持った才能も、血反吐を吐いて積み重ねた努力も否定し貶める、この世に存在してはならぬものだ。

 しかし、


(僕はそれよりも……)


 バルスラグを持った相手を倒す、実を言えばこの一点だけに限定すればそう難しい事では無いのだ。

 マーガレッタは魔剣の使い手として前回の使い手よりも強く、その分だけ相応の苦戦を強いられる事にはなるだろうが、勝利自体は現在の戦力だけで十分可能とヴィルは見ている。

 問題はその前、何故マーガレッタがあの魔剣を手にしているのかだ。

 前述の戦い、ヴィルは以前シルバーとしてバルスラグの使い手と対峙し、討伐する事に成功している。

 その際、押収したバルスラグは法で定められた王国指定危険物として、その品の危険度を表す五段階評価中五の評価を受けて厳重に保管されていた筈なのだ。

 それが今や外に流出し、マーガレッタの手に渡ってしまっている。

 マーガレッタの裏に居るのは、一体誰なのか。

 その何者かはいかなる手段でもって魔剣を手に入れる事が出来たのか。

 そして未だ残る新人戦代表の二人の決裂。

 ヴィル、マーガレッタ、フェリシス、ヴァルフォイル、バレンシア。

 五人を取り巻く問題が何一つ解決しないままに、新人戦当日は当たり前に訪れる。


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