第94話 豹変 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
レイドヴィルがヴェステリアからの生徒会入りの打診を断ってすぐ、生徒会室にて行われていた密談は解散の流れになっていった。
呼び出した理由である久し振りに顔を合わせて話す、生徒会入りを打診するを達成し、今後レイドヴィルを手伝いという形で召喚出来る以上、ここで長々と時間を取る必要も無くなった為だ。
レイドヴィルは自分に出された空のカップをソーサーごと手に取り、ヴェステリアのものと一緒にキッチンへと持って行く。
この学園の生徒会室とは二部屋の事を指しており、一つはさっきまで話していた他所でも見られる生徒会室、もう一部屋がキッチンや風呂や仮眠室がセットになった休憩室という構成となっている。
特別扱いが過ぎるようにも感じられるかもしれないが、生徒会の仕事の過酷さを知れば誰もが認めざるを得なくなるだろう。
もてなしの例として手早く洗い、エネルギー操作魔術で乾かし、また部屋に戻って元の棚へと戻す。
「ありがとうございます。それにしてもあなたの魔術は便利ですね。如何に普通の魔術性能が極端に落ちるエクストラとはいえ、エネルギー操作との併用で大抵の魔術は代替出来ますし、エネルギー操作の方がやりやすい事やそれでしか出来ないものも多い。羨ましい限りです」
「前にも何度か言いましたが、それ程楽な代物でも無いですよ。術式の変数部分が多すぎて常時計算地獄で、使いこなすまでに何年掛かったか。僕に封印の枷が無ければもっと時間が必要だったでしょうね」
「強い力には強い代償ですか。持たざる者から見れば贅沢な悩みではありますね」
聞かなかった事にして薄く笑うヴェステリアに、もう何度目かの質問を受けたレイドヴィルは呆れ顔だ。
レイドヴィルにも相応の苦労がある事は理解しているのだが、それはそれとして軽々と使っている所を見せられては羨んでしまうのも無理は無い。
ヴェステリアはそういえばと誤魔化す言葉を重ね、
「聞けば新人戦には出場するようですね。先程他の生徒の学生生活を歪めたくないと言っていたばかりですが、やはり戦いには手を抜けないと。これも彼女の教えですか。救われて拾った命であるとはいえ、律儀なものです」
「それは当然でしょう。人にとって最も大切な物を貰ったんです、これで意思に背いては合わせる顔が無くなります。というか、随分と棘のある物言いですね」
先程の舌戦とは異なり、今回の台詞には明らかにヴェステリア自身の不満が込められていた。
旧友の言葉の裏に隠された感情を読み取れないレイドヴィルではない。
「それはそうでしょう。あなた、クラスメイトのクラーラさんを助ける際に相当な無茶をしましたね?気取らせないようにはしていたもののニアちゃんが心を痛めていたと、一人の騎士の方が仰っていたとアルシリーナに聞きましたよ」
「それはまた、遠回りで迂遠な人伝ですね」
そう茶化した途端、ヴェステリアの目がすっと咎めるように細められる。
というのも、ヴェステリアはレイドヴィルの専属であるニアの事を甚く気に入っており、もし何かあれば私の傍に来なさいとまで言って、王族の身でありながらニアをちゃん付けで呼ぶ程気にかけているのだ。
ニアとヴェステリアが初めて会ったのはレイドヴィルと出会った少し後だが、それからは会う度にあのメイドの子は大事にしなさいとしつこく言い含めてきて、レイドヴィルも少々辟易していた。
言われるまでも無い事ではあるが、少し過保護が過ぎるのだ。
「一応言っておきますがあの時はそうせざるを得ない理由があったんです。ニア本人にも説明しましたが……」
「異論は認めません。とにかく、今後はもっと自分の安全を気遣うように、以上です」
「ちょっ……!」
自分の意見を言いきった途端ヴェステリアは執務机へと戻り、机の裏にある遮音結界の魔術具を操作して結界を切ってしまった。
結界を消されてしまえばレイドヴィルも一人の平民生徒ヴィルに戻らざるを得ず、それ以上の弁明もしようがない。
恨めし気な溜息を吐きつつ、後方の扉から入って来た男子生徒に気を配る。
どうやら彼は生徒会室でまだやる事があるらしく、二人で会話をしていた最中も扉の外で待機していたようだ。
「会長、彼との話はもう?」
「ええ、終わりましたよ。残念ながら生徒会に入って頂く事は出来ませんでしたが、仕事の協力は取り付けましたから。これからは遠慮無く業務を割り振ってあげて下さい。どうやら結構な戦力になるそうですので」
そう言って満足げに微笑むヴェステリアにやってくれたなという視線を送りつつ、目だけで先の舌戦の延長をしていると、男子生徒が信じられないものを見るような目でヴィルを見てきた。
ひょろっとした体躯に理知的ながら神経質そうな顔、生徒会という場所の雰囲気にあった生徒だ。
胸の当たりを見れば学年を表すネクタイは黄色、ヴィルの一つ上である二年の生徒だという事を示している。
「生徒会に入らない……?君はまさか会長のお話を断ったというのか?」
「光栄なお話であるとは思いますが、自分は自分でこの学園で他にやりたい事がありますから。それでは友人を待たせていますので、これで」
歩き出したヴィルは返事を待たず失礼しましたと扉を閉め、生徒会室を後にする。
明らかに面倒な展開になる話を続けて、これ以上昼ご飯を食べられる時間を削られては堪らない。
隔てられた扉の向こうでは、何事かヴェステリアに抗議する声が立ち去るまで聞こえていた。
―――――――――――――――――――――――
時は実技実践の授業中、一年Sクラスでは新人戦を前にした特別授業の成果を確かめる模擬戦が行われていた。
新人戦メンバーは自らが戦う事で学んだ内容を思う存分試し、また他の生徒同士の戦いを見る事で新たな発想や戦術に繋げられる有意義な授業だ。
模擬戦は既に三試合を終え、戦いの空気に当てられた生徒達は皆高揚した気分でクラスメイトと感想を言い合っている。
それはヴィル達も例外ではなく、闘技場Cの観客席で固まって座り、先の戦いについて振り返っていた。
「いや~さっきのクラーラの聖剣はヤバかったな!とんでもねぇ魔力がズバーンとよ!めちゃくちゃアツかったぜ!!」
「そうね。彼女は特別授業というよりその少し前くらいから伸びていた印象だったけれど、この機会で更に成長してきたわね。侮れないわ」
「あの魔術を切ってた技、アタシの槍でもできないかしら。ね、ヴィルはアレできるわよね」
「何故断定形なんだい?まあ出来るけど」
「やっぱできんじゃない。今度教えなさいよ」
興奮冷めやらぬ様子で熱く語るザックに冷静なバレンシア、クレアはクラーラが披露していた『魔斬』を気に入ったようで、ヴィルに指導を催促している。
確かに、迫り来る無数の魔術の群れに対し、足を止める事無く颯爽と突っ込み、次々と斬り捨てていく様は非常に華があった。
完全な無表情とはまた違うが、表情一つ変えず剣士が苦手とする筈の魔術に立ち向かう姿に憧れる気持ちは、ヴィルにも分からなくはない。
あの技は少々魔力の流し方に癖があるのだが、一応槍でも再現可能であるし、天性のセンスを持つクレアなら出来るだろうと、ヴィルが折れる形で約束は結ばれた。
と、ヴィルの左隣から制服の袖がくいくいと引かれる。
「どうしたんだい、アンナ。何か気になる事でも?」
「クラーラさんはどうして新人戦の代表選手から外れたんでしょう。確か選出方法は、以前の決定戦で勝った生徒の内からグラシエル先生が戦闘スタイルや生徒間の相性を加味して選ぶ、でしたよね?わたしはてっきりクラーラさんが選ばれると思っていたので意外で。ヴィルくんはどう思いますか?」
そう疑問を呈するのは、目の覚めるような鮮やかな水色の髪に、少し自信の無さ気な表情を浮かべる少女。
この学園内どころか、この国でも一二を争う治癒魔術の適性を持つクラスメイトのアンナ・フォン・シャバネールだ。
彼女は過去のトラウマをきっかけに攻撃魔術を発動できなくなっていたのだが、学外演習の最中に起きた誘拐事件をきっかけに一部を克服、今では基礎の攻撃魔術を使えるまでに順調な回復を見せていた。
だがそれはそれとして、未だ対人で魔術を撃つ事が出来る状態ではなく、また撃てたとしても攻撃面に適性が無い事もあって、今回のような一対一の模擬戦授業ではこうして観戦のみの参加となっているのだ。
ちなみに、以前ヴィルがアンナを呼び捨てにする代わりにアンナも同じようヴィルを呼び捨てにする、という約束を交わしていたのだが、ヴィルと話す度にどもるようになってしまい、見かねたヴィルがこちらは呼び捨てのままでいくから自由に呼んで良いと妥協した過去があったりする。
そんなアンナの疑問についてだが、ヴィルは既に明確な回答を用意していた。
「確かにクラーラは強いよ。純粋な剣技なら同年代で見ても敵無し、どころか上級生でも相手になる人はそう居ないだろうしね。このクラスなら間違い無く一番の剣の腕の持ち主だと思うよ」
次の模擬戦がこの場に居ないニアと、何かと因縁のあるマーガレッタの組み合わせだという内容のアナウンスを聞きつつ、でもとヴィルは続ける。
「こと魔術においてはそうはいかない。クラーラは良くも悪くも剣士の典型だからね。さっきの『魔斬』という切り札があるとはいえ、流石にあれ一本では厳しい相手も出てくるだろうし、そもそもあれは連発できる程簡単な技じゃないんだ。本人の才能ありきで成り立ってはいるけど、それにも限界はある。先生はその点を踏まえて選手から外したんじゃないかな。新人戦は三対三のチーム戦だから、ある程度自力で防御する必要が出てくるからね」
アンナはヴィルの説明に納得がいったらしく、しきりに頷いていた。
ヴィルも直接グラシエルに聞いた訳では無いが、こう想像するのが妥当だろう。
これがもっと大人数の団体戦ならばまた話は違ってくるのだが、少人数では個々人での遠近対処が求められる場面も多く、また結界を張ったり出来るような防御役に人数を割く事も不可能。
敢えての判断で変則的な編成を取る手段も無くは無いが、このアルケミア程人材に恵まれた学園ならば正攻法で十分というもの。
無理して冒険をする必要も無いのだ。
「いずれ団体戦の時期になれば治癒術師としてアンナも駆り出される事になるだろうし、今の内に体力を付けておかないとね」
「う……。な、なるべく善処してがんばります……」
お世辞にも運動神経が良いとは言えないアンナがずんと沈んだ表情をしているのに苦笑しつつ、ヴィルは闘技場中央の方に目を向ける。
視線の先ではニアとマーガレッタが向かい合わせで立ち合い、今から保護魔術の宣誓という場面だった。
それは一見何の変哲も無い、今まで通りの模擬戦前かのように見えた。
実際誰も何も言わず、戦いが始まるのを今まで通りに待っている。
だが、
(何だ、この違和感……。何か、何かが絶対におかしい。けど、一体何が)
或いはヴィルだけが、ほんの些細な違和感を嗅ぎ取っていた。
それは、視界に映る光景の中に確かに存在する決定的に違う何か。
だがその肝心の何かが分からない。
ただ漠然とした不安だけがヴィルの心中に渦巻き、言い表しようの無い焦燥感を駆り立てていた。
観客席――異常無し、違和感の中心はここではない。
舞台中央――異常無し、違和感には近づけたが闘技場それ自体に何かがある訳では無い。
ニア――異常無し、深呼吸をしつつ意識を研ぎ澄ませる彼女に関わる事ならば、ヴィルはすぐさま看破できる自信がある。
この長年の付き合いは、それだけの重みを持つに相応しい信頼を生んでいた。
マーガレッタ――異常無し、やや落ち着き過ぎているきらいはあるが、これといって明確な違和感というものは……
(……っ!見つけた、違和感の正体!)
それは用心深く注視しなければ気付かないような、あまりにも自然に配置された違和感だった。
まるで十年以上そうであったかのように、それは堂々と紛れ込んで在った。
違和感が無さすぎる事それ自体が、ヴィルの感じ取った違和感の正体であったのだ。
「それでは双方宣誓の準備を。……マーガレッタさん?」
教師に声を掛けられてもなお、マーガレッタは微動だにしない。
ヴィルだけが感じ取っていた違和感が、闘技場全体に伝播していく。
その瞬間、
「ヴィルくん!?」
唖然とした声を出したアンナを置き去りに、腰に着けた鞘から剣を引き抜いたヴィルは全速力でニアとマーガレッタの下へと疾走した。
些細な違和感は、気付いてしまえば絶対的な嫌な予感へと転化し、ぞわりと首筋を撫ぜる。
通路を横切り、数多の席を飛び越え、客席最後の地面に足を掛けるヴィルは遂にそれの正体を見た。
――それは黒よりもなお黒い、漆黒すら霞む邪悪な暗黒色。
鞘から解き放たれたその刀身は、見た者の身の毛をよだたせる程に禍々しく、いっそあからさまに禁忌を感じさせる代物であった。
――呪いの魔剣、それをそう呼ぶ事に一切の躊躇を覚えない。
「え?」
ニアは反応しつつも対処出来ない。
行動が遅れた代償と言わんばかりに、魔剣の一刀がニアの眼前に迫る。
剣の軌道は左の鎖骨から入る袈裟斬り、歴戦を感じさせる一撃は、細く華奢な少女の身体を両断して余りある威力。
見ている事しかできないクラスメイトと教師陣から悲鳴じみた声が上がり、全員が血に塗れた惨劇を幻視した、次の瞬間だった。
轟音――――。
凄まじい質量の物体同士が撃ち合わされたような低音が闘技場に響き、衝撃にたたらを踏んだニアが尻もちをつく。
そこから遅れて血飛沫。
ゆっくりと、状況を把握し切れないニアが顔を上げる。
その視線の先では――
「――――ッッ!」
「―――――――」
剣一本では受け止め切れずに、左腕も魔剣に合わせて血を流しつつもニアを庇ったヴィルと、冷酷に澄ました表情で呪いの魔剣を握るマーガレッタが対峙していた。
誤字、感想等ありましたらお気軽にどうぞ。
また評価ボタンを押していただけると筆者の励みになります。
皆様の清き一票をどうかよろしくお願いします。