第91話 アルケミア学園生徒会 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
地面を踏みしめて意識を集中させ、眼前から迫る炎弾を、氷塊を、風刃を、礫片を躱し、いなし、相殺し、叩き斬っていく。
属性の色彩豊かな猛攻は、一つとして同じ方向から飛来する事の無い無作為的な代物。
その物量は僅かでも精彩を欠けば即座に落命するであろう、正に魔術の檻だ。
超高密度の魔術の中に存在する一瞬の空白、僅かな間隙に額の汗を拭い、態勢を整えて再び意識を研ぎ澄ませる。
――屋根の無い闘技場Bの天気は快晴、気温は灼熱の一言に尽きる。
季節は本格的に夏へと移り変わり、ほんの少し体を動かしただけでも止めどなく汗が流れ、じとりと濡れた服が不快感を催させた。
ほんの数日前までの涼夜はどこへやら、近頃は熱帯夜ばかりで寝苦しい夜が続いていた。
そんな中で行われる実技実践の授業、夏バテや疲労の蓄積で倒れる生徒も出るのではないかという危惧の念を抱きたくもなるが、その心配は無用だ。
何故か、その理由は生半可な鍛え方をしている生徒が居ないから、という一言で済む。
Sクラス、一年の頂点たる彼ら彼女らは入学直後から続く厳し過ぎる鍛錬の甲斐あって、A以下の同年代のクラスと比べても強靭な肉体と体力を手に入れるに至っていた。
その運動量だけで言えば、王国正騎士団にも引けを取らないだろう過酷さだ。
学業と両立しながらの学生としては破格と言って相違無い辛い環境下だが、しかしそれに耐えるのがSクラスたる所以。
そも生徒達の成長に合わせて組まれたメニューであるが故に、こなせるのは当然と言えば当然ではあるのだが、それでも他から見れば驚嘆を禁じ得ない。
そんなSクラスの中でも、最強候補に挙がる生徒が只者である筈が無い。
(これは……本当に凄まじいな。これで本気でないというのだから恐ろしい)
迫る魔術の悉くを右手に握る剣一本で退け、心中で相手の術者へ称賛を表すのはヴィル・マクラーレン。
一年でもずば抜けた学力と、その年齢と細身からは想像も出来ない戦技と怪力を持ち、入学以来無敗を誇る生徒であり、秘されているがシルベスター家率いる銀翼騎士団団長の嫡子である。
美しい銀色の髪をたなびかせ、端正な顔立ち涼し気に恐ろしい精度で魔術を打ち落とし続ける姿はまるで舞を舞っているかのようで、どこか現実味が無い。
そのせいで傍からは予定調和の殺陣にも見える光景だが、その実ヴィルには殆ど余裕が無い。
四方八方からの攻撃に対する迎撃に全身全霊を投じるヴィルの瞳は瞳孔が開かれ、四肢は一度たりとも身を休める事無く動き続けている。
四方八方とはつまり、背後からの攻撃も含まれているのだが、今現在までヴィルの被弾は未だゼロ。
理由はヴィルの持つ特殊技能『第二視界領域』にある。
『第二視界領域』は魔術評価項目の一つ、有効範囲に類する力であり、その気になれば砂の山から瞬時に砂金を見つけ出す程の絶大な空間把握能力の事を指す。
その範囲は半径五メートル、ヴィルに近づけば近づく程にその精度は高まる、異能の総称であるクォントにも魔術にも属さない力。
似た力に、魔術が発展する以前は勘や第六感とも言われていたものがあるが、とても比べ物になるものではない。
限りなく異能に近いその力の前に死角は無く、最早肉体の視界に頼らずとも周囲の把握が可能となる程。
その為ヴィルは第一の視界である目による直接の視認を捨て、第二の視界に集中する事で背面からの魔術にも対応しているのだ。
(しかし迎撃するばかりでは芸が無いか。この辺りで攻勢も見せるべきかな)
恐らく、こうして躱して斬ってを繰り返していても、あと十分は被弾無しでやり切れるだろう自信がヴィルにはあった。
余裕が無いとはいえ余力が無い訳では無いし、実際継戦する事も可能だろう。
がしかし、やられっぱなしというのは、負けず嫌いな気質のヴィルからしてみれば受け入れがたい状況であるのも事実だ。
故に、ここで一歩を踏み込む。
「そこッ!」
銀の一閃。
瞬き厳禁の状況で、それこそ針に糸を通すような絶技でもって魔術の穴を掻い潜り、魔術の発生源を斬り捨てる。
体捌きと剣技によって繰り出される伸びるような一撃に、それは避ける術を持たなかった。
――はらり、両断された紙片が地面に落ちる。
それは一見何の変哲も無い紙切れに過ぎないが、紛れも無くその紙切れによって先程から魔術は放たれている。
また五枚、新たに紙が飛来する、時間的にこれが最後の魔術だ。
灰になる事を代償に三枚の紙が消え、代わりに紙があった場所から拡散する複数の光の槍が撃ち出される。
膨大な熱量を秘めた逃げ場の無い魔力の槍は、鉄の剣では文字通り太刀打ち出来ない超常の光。
おまけに魔術無しの制限を付けられている以上、まともな防御は意味を成さない。
だが例え魔術が無くとも、それに代替する対抗技術は存在する。
腰だめに構えた、市販されている安物の鉄剣が光の槍を斬り裂く、その剣技の名は『魔斬』
それは王国正騎士団を祖とする騎士流の奥義であり、効果は名が体を表す魔を斬る対魔術攻撃。
そうして切り開いた活路を駆け、既に魔力を帯び始めていた一枚を両断する。
(これで残り一枚)
次に備えようとした一瞬の隙、ヴィルの足元に最後の紙が滑り込んだ。
気を抜いていた訳では無い、無いが、警戒の穴を突いた見事な一手。
紙の存在を感知したヴィルは冷静にすぐさま飛びすさろうとして、直後身体が動かない事に気付く。
(やられた、紙は五枚でなく六枚か!)
こうして『第二視界領域』の範囲内に入って初めて気付いた事実に、ヴィルの瞼がピクリと動く。
最後の紙は二枚重ね、一枚がヴィルの動きを阻害してもう一枚で確実に仕留めに掛かる、初見殺し技だ。
身じろぎするのが精々のヴィルは眼前の紙を見ている事しか出来ず、魔術の光は膨張してやがて――。
「――――!」
轟音。
ド派手な爆発は闘技場中に光と音を撒き散らし、黒々とした煙が空に昇る。
その光景を見ていた他の生徒はギョッとした目で爆破地点を見ており、明らかに無事では済まない威力に顔を引き攣らせる者も居る程。
あの威力を間近で食らった結果など考える余地も無く――
「――ふぅ、流石に最後のは危なかったですが、何とか防ぎ切りましたよ。それにしてもあの威力は少しやり過ぎじゃないですかね、イリアナ先輩?」
「これは済まない。私としたことが避け続けられる内に熱くなってしまったようだ、謝罪しよう。しかしあの状況からヴィルが無事だったというのは、喜ぶべきか自分の不甲斐無さを恥じるべきか迷う所だね」
黒煙の中から出て来たのは、多少服を汚しつつも一切の傷を負わず平然と立つヴィル。
ヴィルを爆破した張本人であるイリアナに対し、目を細めて悪戯気に笑む様子からも無事は明らかだ。
「喜んでいいのでは?そもそも保護魔術の搭載されていない闘技場Bで、魔術防御無しの相手を撃つんです。殺傷能力の高い術式は使えない、本気を出せない状況では十分以上でしょう。あの紙による魔術の遠隔発動、原理は分かりませんが凄いですね。発動精度、威力、種類の豊富さ、どれを取っても隙が見当たりませんでしたよ」
「そこまで褒めてもらえると嬉しいよ。この結果に思わない事がないでは無いが……まあいいか。何はともあれ見事だった。この授業が始まって早々というのが良いか悪いかはさて置き、これで対魔術戦闘においてヴィルに教える事はもう何も無くなったよ。あとは実戦経験を積むだけだね」
「僕としてはまだ教わりたい事が沢山あるんですが、分かりました。後は見て盗ませてもらう事にしますよ、得意分野なので」
口の端でにやりと笑い、ヴィルは手に持ったままだった剣を鞘に納める。
今し方ヴィルが行っていたのは模擬戦ではなく、対魔術戦に特化した授業の集大成、即ち実技試験だ。
内容としてはイリアナが十分間に渡って多種多様な魔術を一方的に放ち、対してヴィルが魔術無し、剣技と体捌きのみでそれらの攻撃に対応、迎撃するというもの。
魔術の防御、打ち消し、無効化には同量とまではいかないがそれ相応の魔力を消費するのが世界の法則。
必然魔力が少ないという欠点を持つ反面、技術と肉体の優れたヴィルは可能な限り対魔術に魔力を使わない事が求められる。
その為、イリアナはここ最近の授業でヴィルに対し、魔力を必要としない対魔術手段の引き出し強化に重点を置いた指導を行ってきた。
その成果を試すのが今回の試験の目的という訳だ。
「見て盗む、か。ヴィルになら本当に見ただけでありとあらゆる技を盗られてしまいそうで怖いな。用心しておかなくては」
「冗談言ってないで授業を続けたらどうなの。あなたが仕掛けた試験なのだから何かヴィルに一言アドバイスくらいあるでしょう」
「シア、学外ならともかく学内でその態度はいただけないよ。いくら私達が親しい仲だからといって公私混同は見逃せない。今更になって権力を誇示するわけじゃないが、生徒会副会長としてね」
「本当に今更ね、先、輩」
敬意の欠片も見られないわざとらしい敬称で改めるバレンシアと、それを見て困ったように微苦笑を漏らすイリアナ。
この二人が並んでいると、特徴的な髪色や赤色の目も相まって、本物の年頃の姉妹のように見えてしまう。
ヴィルは微笑ましさを噛み殺すのに少し苦労した。
「しかしアドバイスと言われてもね、あれだけ私の魔術を華麗に避け続けたヴィルにどんな助言を送れと?魔術を使っての防御は適性によって個人差が大きいからと魔力無しでの対処を勧めはしたが……シアから見てさっきの彼に隙があったかい?」
言われたシアは暫しの回想へ。
思い起こされるのは、計り知れない研鑽の果てにある銀の演舞。
「……無い、わね」
「そうだろう?はっきり言ってヴィルは既に一人の剣士として完成している。剣技もだが、試験で見た防御力についてもそうだ。あれでまだ身体強化や魔術も使っていないというのだから恐ろしい。少なくとも魔術師である私に言える言葉は一つもないよ、申し訳ないがね」
イリアナがそこまで話し終えて、丁度授業を行っていた内の一班が早めの解散を号令した。
すると続いて他の班も次々と解散し始め、解放感から空気がやや慌ただしく揺れる。
「と、そろそろ授業も終わりか。次の授業は二日後だったかな?次回はシアとヴァルの分の試験を見るとしよう。それでは解散」
号令に従ってバレンシアとヴァルフォイルが立ち去るのに習い、ヴィルも礼をしてから続こうとするが……
「おっと忘れる所だった。ヴィル!このあと少し時間を貰っても構わないかな?」
慌てた様子で駆け寄るイリアナに呼び止められる。
心当たりが無いでは無いが、一体何用だろうか。
ヴィルはバレンシアに目配せをして、ニア達と一緒に先に行っておくように頼んでから向き直る。
「別に構いませんが、僕に何か御用ですか?」
「ああ。実は私ではなく生徒会長の方からヴィルに話があるそうなんだ。朝声を掛けるよう言われていたのをすっかり失念していて直前になってしまった、済まない」
やはり、とヴィルは思った。
時期こそ少し遅いが、あの生徒会長がヴィルに話を持ち掛ける事は予想されていた事態だ。
表と裏、呼び出しの理由はそれぞれあるだろうが、それは実際行ってみれば分かる。
「それは分かりましたけど、どうして僕なんです?彼の生徒会長様が僕なんかに声を掛ける理由が見当たらないのですが」
しかしそれはそれとして、ここで一も二も無く頷いては不審に映る可能性がある。
少し過敏に感じるかもしれないが、常にありとあらゆる可能性に備えて臨まなければ、何がきっかけでこの日常を失う羽目になるか分かったものでは無い。
ヴィルとしても、学園での毎日はそうした警戒を苦と思わない程度には、失って惜しむ価値を感じているのだから。
「いや、呼び出しの理由は内緒だからと誤魔化されてしまってね、私も知らないんだ。だから詳しい話は生徒会室で、という事になるんだが……」
イリアナの顔色を窺うような視線がヴィルに刺さる。
だが少し会話を引き延ばしたかっただけで、元よりヴィルに断る気は無い。
「……仕方ありませんね」
「いいのかい?自分でも急なお願いだったと思うんだけど」
「流石に生徒会の会長と副会長に頼まれてごめんなさいとは言えないでしょう。昼食を食べる時間が残るよう祈りながら伺いますよ」
「そうか、ありがとう。ヴェステリアには後で一言言っておくよ」
「……先輩の苦労、お察します」
あの性格を補佐しつつ、同じ生徒会で一年を過ごすなど御免被るなと考えつつ、ヴィルはイリアナに連れられて生徒会室へと向かうのだった。
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