第87話 従者の苦悩 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
それは授業と授業の間にある休憩時間、特別授業終わりに交わされた会話だった。
「そうか。結局皆はくじ引きじゃなくて事前に割り当てられた班になったんだ」
「そそ。当たり前だけど仮にくじ引きで決めたとして、自分と合ってない戦い方の人に教わってもあんまり意味ないもんね」
確かにとヴィルはニアに頷く。
特別授業を受けた一行は着替えを済ませ、次の魔術具基礎の授業の為に移動しつつ、特別授業の感想について言い合っていた。
ちなみに魔術具基礎とは魔術具の歴史や、制作に伴う基礎知識を学ぶ授業であり実際に作る訳では無い。
その分野は二年の魔術具制作の授業で行われる為、本授業は大変不評な授業として有名だ。
勿論この基礎を学んでいなければ魔術具を制作出来ないのだが、それはそれとして退屈なのである。
「そうやって得意分野を伸ばしてくれるのはありがたいんだけどよ、俺達肉体派の班はめちゃくちゃハードだったぜ。先輩と打ち合いして、手が空いてる間は走り込み。そんで番が回ってきたら打ち合いして、また走り込み。マジきつかった……」
「アタシも右に同じく。この間の登山もあって結構体力ついてたと思ったんだけど、持久力と瞬発力は別物だって思い知ったわ……」
心なしか砂っぽいザックとクレアは疲労困憊といった様子で、いつもの元気が嘘のように気力に欠けている。
ヴィルも授業中、視界の端にひたすら走る一団の存在を確認していたが、確かにあれは堪えただろう。
よくもまあ食後にも拘らず中身を戻さずに済んだものだ。
「あたしの方は普段通りの魔術の授業に近かったかなー。けどやっぱ生徒数が少ないからかなぁ、先輩がすっごい丁寧に教えてくれて、効率的な魔力運用とか最小限の力で魔術を迎撃する方法とか勉強になったよ。教え方も上手かったし」
「わたしの所も面白かったよ。先輩も凄く強かった」
特別授業はニアはクラーラといった面子からも好評で、それは一年三年のSクラスを問わず概ね同じであり、これでヴィル以降の学年でも新人戦前には同じ授業が行われる事になる筈だ。
企画を立案したグラシエルがそこまで想定していたかは不明だが、今頃彼の教師も満足げにしている事だろう。
来年には自分達が教える側に回るのかとヴィルが考えていると、クレアがふとした疑問を口にする。
「そういや生徒会長サマは今日休み?授業の中で見なかったけど、平民如きと触れ合えるものですかっ!みたいな感じなワケ?」
「何を言ってるんだクレア。ヴェステリア生徒会長はAクラスだから特別授業に来る訳無いじゃないか。いくら家格が高くても学園のルールというものがあるからね」
呆れたようなヴィルの発言に、疑問を口にしたクレアとザックがギョッとした顔をした。
その二人の反応に、ヴィルは何かおかしな事でも言ったかと首を傾げるが、
「ウッソ!生徒会長ってSクラスじゃなかったの!?めっちゃ意外なんだけど」
「俺も副会長が居たからてっきりSクラスだとばかり……なんか理由があったりすんのか?」
「理由があるも何も、この学園は実力主義だよ?実力が伴っていなければ勿論Sクラスには選ばれない。確かに王族と言えば戦力としても優れたイメージはあるし、実際にそうした傾向はある。けれど王族も、所詮はと言うと語弊があるかもしれないけど血が重要視されるだけのただの人間だからね、強さの個人差は当然あるよ」
二人の疑問に納得したように答え、それを受けた二人も納得したように頷く。
ヴィルの言う通り、アルケミア学園生徒会長であるヴェステリア・ゼレス・レオハート・フォン・アルケミアは、王族でありながら最高位クラスではなく一つ下、Aクラスに所属している。
これが普通の学園ならばまた違ったかもしれないが、クラス階級制という珍しい制度を採用している本学園ではこれが正当な評価だ。
王族という地位と生まれ持ったカリスマ、それに加えて本人の努力によって培われた学力が評価され、Sクラスのイリアナを抑えて生徒会長の座に就いているが、戦闘面では及ばない。
アルケミア学園はそれで通用する程、人材は薄くない。
「はえ~、そっかそうよね。生徒会長=最強ってワケじゃないものねぇ」
「優秀ではあると思うんだけどね。闇以外の全適性がある魔術師なんてそうお目にかかれるものじゃないし」
「相変わらずヴィルは詳しいなあ。そういう情報はどっから仕入れてくるんだよ、盗み聞きか?」
「人聞きの悪い……まああまり強く否定は出来ないけど、人の話を偶然聞いたり友人に聞いたり、あとは――」
「あたしが教えたりね」
ふふんと胸を張るニアは自慢げに誇らしげに、ヴィルの嘘に話を合わせにいく。
まさか幼い頃から自分とヴェステリアを含む王族とは交友があって、それで魔術適性についても知ったのだとは言える筈も無い。
その為に吐いた嘘だったが、Sクラス以外の交友関係が広いニアがそうした情報収集に役立っているというのは紛れも無い事実だ。
こう言っては何だが、ヴィルの苦手としている数少ない分野の一つとして、コミュニケーションというものがある。
幼少より同年代と話す機会に恵まれなかったヴィルにとって、見知らぬ人に話しかけに行くというのは未だハードルの高い行動として認識されている。
これが貴族のパーティーや社交界などであれば、そういう場と割り切ってある程度上辺だけの社交辞令的やり取りで乗り切れる筈なのだが、学園ではそうはいかない。
その点、社交性に富んだニアが情報収集の役割を担ってくれているのは、ヴィルにとって非常にありがたい事だった。
「ああ、ニアが絡んでたんだ。それなら納得だわ」
「交友関係が広いのはいいが、友達との付き合いは大変じゃないか?ほら、遊び行ったり話したりとか色々あるだろ?」
「確かに予定は一杯一杯だけど、あたしは楽しいし不満はないかな。昨日も今日も明日も放課後の予定があって大忙しだよ~」
「マジか……俺がニアなら参っちまうな。俺は今くらいの範囲で十分だぜ」
「アタシも。元々群れるのは好きじゃないスタンスだし。あ、でも今の感じは心地良くて好きだから勘違いしないでよ。上辺だけの浅い関係を続けてられないだけだから」
「バッサリ言うなぁ。けどその浅い関係が何かの助けになる事もあるんだし、捨てたものじゃないよ。ごちゃごちゃしないように距離感は見極めないとだけどね」
ニアの言う通り、学園での交友関係は在学中も卒業後も大きな力を持つ。
特にアルケミア学園はAクラス以下にも貴族の子女が多く在学しており、各クラスで必ず一人はお目に掛かれる程だ。
その内半分は階級の低い下級貴族であったり、学園卒業後政略結婚の道具として扱われるような将来性の乏しい者達だが、中には上級貴族や嫁ぎ先に恵まれる者もいる。
そうした生徒とコネを持っておく事は、平民貴族を問わず強力な武器となる。
仮にその繋がりが平民とのものであったとしても、先述の通り学園での情報網として役に立つのだから、無駄になる事は無い。
無論人脈を広げ過ぎた結果人間関係が複雑化し、結果トラブルが発生してしまうデメリットも存在している。
しかしそうした損得を抜きにしても、やはり学園の友人というのは青春時代にしか作り得ない輝かしいものだ。
ニアは広い交友関係の利益を理解しつつも、そうした一瞬の輝きを楽しんでいるのだろう。
それもまた、他の誰にも邪魔する事の出来ない彼女の青春だ。
そんなニア、クレア、ザックの話に耳を傾けつつ歩いていると、ヴィルは視界の端にやや俯いて歩くクラスメイトの姿を捉えた。
「――――」
教科書を胸に抱えてとぼとぼと歩くフェリシスは、マーガレッタと衝突して以来ずっと落ち込んだ様子で、普段マーガレッタの隣で見せていた凛々しさは見る影も無い。
更に二人はあの一件以来、少なくとも学園では一度も口を利いていないらしく、ヴィルも他クラスの女子に囲まれるマーガレッタは目撃しているものの、マーガレッタとフェリシスが一緒に居る所を見ていない。
やはり決別が与えた心の傷は深かったのか、立ち直るにはまだ時間が掛かるようだ。
――或いは自分が手を差し伸べた方が早いかもしれない。
そんな選択肢を視野に入れつつ、ヴィルは教室の扉を開いた。
―――――
「つまり、魔術具というのは遡れば神代の頃から研究の進められてきた分野であるという事なのです。大魔術師ミリジスタをルーツとする魔術具の発展は正に世界の歴史を映し出す鏡。これから皆さんも魔法にも劣らない世界の真理に触れていきましょう!……それでは魔術具の歴史についての授業はここまで、来週からは本格的に魔術具を構成する記述式についての内容に入っていきます。引き続き持ち物を忘れないように。本日の授業はここまでです、お疲れ様でした」
教師がそう締め括ると同時、授業終了を告げる鐘の音が学園に響き、教室内は一気に騒がしくなった。
今日の日程は短縮授業、そのため今しがた受けた四限目を終えればそれで今日はおしまいだ。
何でも教師陣が行う定例会議だそうだが、学生の身からしてみればちょっとした幸運でしかない。
皆銘々にどこへ遊びに行くだの何をするだのと話しているが、ヴィルの頭にはずっとフェリシスの事があった。
先の授業、ヴィルの感覚はクラス全体の空気があまり良くないものである事に気付いていた。
いや、ヴィルですら勘付いたのだ、ニアやリリアなどそうした空気に敏感な生徒はとっくの昔に気付いていても不思議では無い。
原因は当然マーガレッタとフェリシスの関係の拗れだ。
その事実はここ一週間でSクラスのほぼ全員が知る所となり、結果としてクラスの空気を悪くしていた。
原因の一つにはヴィルを中心とするバレンシアとヴァルフォイルの不和もあるのだが、今はフェリシスの方を優先しなくてはならない。
「なあ、ヴィルはどうする?今からどっか喫茶店でも入って喋ろうかって話してたとこなんだが……」
「悪いザック。僕の方はちょっと用事があってね、また次の機会にさせてもらうよ。それじゃあまた夜に」
教室内の誰よりも早くフェリシスが立ち上がると同時、ヴィルも席からを立ってザックの誘いに断りを入れ、フェリシスを追って教室を出る。
「ごめん。あたしもヴィルについて行かなきゃだからここで。またあとでね~」
教室の扉を閉める寸前、後ろからそんな声が聞こえて再度扉が開き、背後から軽い足音。
駆け寄るニアが隣に並び、何で置いて行くのと言わんばかりに頬を膨らませる。
「いや何でついて来たの……」
「今からフェリシスに会いに行くんでしょ?ならあたしも行こうかなーって」
その能天気な発言に溜息を吐きつつ、
「くれぐれも邪魔だけはしないように」
「もっちろん!むしろサポートまでしてあげちゃう」
そうして些かの不安を胸に抱きつつ、ヴィルは少し駆け足気味にフェリシスの足取りを追うのだった。
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