第85話 朱色の魔術師 三
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
良く整備された砂地の闘技場を、ヴィルはイリアナの背を追う最後尾を歩く。
彼女の歩く姿は正に威風堂々。
肩口まで伸ばされた赤い髪が風にたなびく様子は、まるで煌々と燃ゆる炎のようで、近づけばそのまま焼け焦げてしまうのではないかという錯覚すら見る者に抱かせる。
高貴な炎、とでも言うのだろうか。
普通に考えれば高貴は炎に対する形容詞として妥当には思えないが、イリアナに対してであれば不思議とそれが合って感じる。
そしてヴィルの目の前に燃え上がる炎は、イリアナ一人だけではない。
バレンシアとヴァルフォイル、ヴィルの前を歩くこの二人もまた、共に赤系統の髪を持つ生徒だ。
誰でも一目見て分かる三人の共通点だが、しかしこの三人はただ赤毛なのでは無い。
この世でたった四家しか名乗る事を許されていない、同じ名を冠するという共通点もまた持っている。
イリアナ・リベロ・フォン・ヴァーミリオン。
バレンシア・リベロ・フォン・レッドテイル。
ヴァルフォイル・リベロ・フォン・バーガンディー。
――リベロというミドルネーム、即ち『裁定四紅』の証だ。
『裁定四紅』はヴァーミリオン、レッドテイル、バーガンディー、カーマインの四つの公爵家からなる集まりを指す言葉だが、実際に組織として稼働している訳では実は無い。
呼ばれるに至った経緯として、元は関係性の深く無かった四家が、当時問題となっていた魔獣被害についての王国議会が王城で開かれた後、独自に会合を行った事を発端としている。
その内容は明らかにされていないが、共に火属性魔術を得意とする家系だった事もあり、これを境に四家は連携を開始。
何か重要な選択をする度に意見を交わしてから裁定するようになった四家は、何時からか王国の民に『四公』と呼ばれるようになり、そこから『裁定四公』、その特徴的な髪色から『裁定四紅』と遷移していった。
当初はマイナーな名称だったが徐々に認知され始め、今ではこの国でその名を知らぬ者はいない存在となり、また本人達も『裁定四紅』の名を使うまでになったのだ。
その内の三家が揃う事など、それこそ四紅会議くらいのものだろう。
火が三つと書いて焱、その字が表す通り、三人は燃え盛る炎のようだった。
「さて、久しぶりだね、シア、ヴァル。最後に会ったのは前々回の新年祝賀会以来だから……もう二年になるのか。お互い多忙だったとはいえ、時間が経つのは本当に早い。直接会えてはいないが、私の名代から二人のパーティーでの様子は手紙で聞いているよ。元気そうで何よりだ」
「相変わらずババアみてぇな発言だな。こっちはテメェに心配されるような年じゃねぇぞ」
「年下の親戚に対する挨拶のようなものじゃないか。そちらこそ相変わらずの口の悪さだね、ヴァル。実際に見ても元気そうで良かったよ」
声はからかい気味に、表情には親し気な色を見せるイリアナに対して、ヴァルフォイルは少しやりにくそうにしている。
ヴァルフォイルの言葉には普段の学園での彼と同じ棘があるが、ヴィルに向けられるような本気では無い。
それは本当の姉と弟のような、気兼ねない間柄である事を感じさせるものだった。
しかしそう感じるのも当然だろう。
二人はただ同じ『裁定四紅』というだけで無く、従姉妹の関係でもあったからだ。
イリアナの亡くなった母とヴァルフォイルの母が姉と妹にあたり、両家の繋がりは他家と比べても特に密接だった為、二人は幼少の頃から遊ぶ機会が多かった。
ちなみに『裁定四紅』の間で結婚する事は珍しく無く、同じ火属性の家系として魔術を強化する意味でも、家の繋がりを強める意味でも盛んに行われてきた伝統だ。
それこそ全盛期などは、四家の子全員が従兄弟同士という代もあった程で、今でこそ血が濃くなる事を避ける為に控えられているが、それでも行われていない訳では無い。
現にバレンシア側が難色を示している為進められていないが、互いに下の兄弟が居るバレンシアとヴァルフォイルの間にも婚約の話が挙がっており、伝統が未だ健在である事が窺える。
閑話休題。
イリアナとヴァルフォイルも昔は相応に仲が良かったのだが、今は思春期特有の異性への気恥ずかしさもあって、ヴァルフォイルがやや反抗期的な態度を取っている形だ。
しかしヴィルの見た所、イリアナはヴァルフォイルの事を可愛げ無くも可愛い弟のように扱っているらしく、今も毒づきつつも目を嬉し気に細めている。
「シア、君の噂もかねがね。入学試験の筆記では三位を取ったそうじゃないか。私は勉強が得意ではないから、素直に尊敬するよ。少し遅れたがおめでとう」
そんなイリアナの視線はバレンシアへと向けられ、血の繋がりは無くともヴァルフォイルに対するものと同種の親しみが込められていた。
「そうね。学年三位での合格は本来なら喜ぶべき事だし、その祝言も素直に受け取りたい所なのだけれど……ね」
「ああ、成程。そういえば彼がそうだったね」
その言葉と共に、二人の視線がヴィルに向けられる。
片方はやや悔しげながらも実力を認めた信頼の眼差し、もう片方はヴィルから何かを探ろうとするような興味の目線。
ヴィルはその目線に、入学試験でのバレンシアに似た雰囲気を見て、少し笑いそうになるのを堪えながら苦笑するに留めた。
イリアナはそれを入学試験の事と思ったようで、足を止めてヴィルに向き直り、
「ヴィル・マクラーレン君、だったね。まだ一年Sクラスの生徒全ての名前を覚えた訳じゃないが、君の名前だけは最初に覚えさせてもらったよ」
「かの有名な『朱色の魔術師』に覚えて頂けるなんて光栄ですよ、イリアナ先輩。僕の名前はまだそこまで広まっていないと思うんですがね」
「それについては少し不快かもしれないが、私達三年Sクラスは今回君達に教えるにあたって一年Sクラスの情報を学校側から与えられているんだよ。生徒の特長を知る為にもね」
そう言って、イリアナは興味深げな色を赤の瞳に宿して、先程クラスの前に立った時よりも柔らかな素の口調で続けた。
「君の情報には目を通させてもらったよ。入学試験の実技では三戦三勝、筆記でも歴代最高得点で学年一位を獲得。筆記二位の者も惜しい所まではいっていたが、差を分けた問題の難易度を見たが恐ろしいね。三年にもなって一つの問題を解くのに三十分掛かるとは思わなかった」
「あれは仕方ありませんよ。恐らく先輩の仰っている問題は僕が想像しているものと同じだと思いますが、あの問題はかなり意地の悪い問題でしたからね。必要な知識の範囲と数からして作者の性格の悪さが滲み出ていましたから。あれを解けたのは試験を受けた人の中でも数人いるかどうかでしょう」
「そして君はそれを解いて見せたと、全く……。現時点での学業面では座学実技を問わず成績優秀。入学以来模擬戦と決闘において記録されている限り全戦全勝。教師陣からの評価も極めて高く、歴代で見ても類を見ない優秀さだ。私達のクラスにも君に及ぶ生徒は居ない」
ヴィルを褒めそやすイリアナは楽し気で、上級生の自分より優れた下級生に対し悪感情を抱いてはいないらしい。
幼少の頃から才覚を現していた貴族というのはプライドが高い傾向にあり、ヴィルのような人物にあまり良い感情を抱いていない事が多い。
入学から三ヶ月と経たず、既に多くの貴族生徒から目を付けられているヴィルは、初対面の貴族生徒には気を付けるようにしているのだが、今回は無用の心配だったらしい。
「それは流石に買いかぶりですよ。僕よりも優秀な技術を持つ生徒は沢山居ます」
「だが君程多くに優れた生徒がそう居ないのは事実だ。謙遜も過ぎれば嫌味だぞ?君の場合、その言い方からして自分の能力は正しく評価できているようだがね」
見透かす目を細められ、ヴィルは降参の意を肩を竦める事で表した。
その反応にイリアナは満足したようで、
「今年の一年は豊作で実に頼もしいな。今の二年、私達の一つ下の代はあまり恵まれなくてね、強いのが居ない訳では無いが……どうしても私達の代に劣っているのが現状だ。秋以降に行われる団体戦については知っているね?」
「ええ。学年を問わず優秀な生徒を集め、チームを組んで他校と戦い、その結果がそのままその年の学園の評価に繋がる、でしたよね」
「そうだ。今年までは私達が居るから問題無いとして、来年以降今の三年が居なくなった時にどうしようかとシアやヴァルフォイル以外の新入生に期待をしていたんだが……どこを見ても粒揃い、期待以上だった」
先までの憂いから一転、隠し切れない高揚を見せるイリアナが見渡す先には、他の三年の生徒に説明を受ける一年の姿があった。
『裁定四紅』の嫡子が二人と貴族を筆頭に、剣聖の娘、クォント持ち、精霊使い、規格外の治癒術師、知られてない事ではあるがシルベスター家の次期当主。
少し挙げただけでも、これだけ特異な人材が揃っているのだ。
イリアナがそう言うのにも頷けるというもの。
「私もこの学園に三年といない身ではあるが、今年の一年は間違い無くここ数年で……いや、学園始まって以来最強の代と言っても過言では無いだろう」
「それを大袈裟と笑えないのが怖い所ね」
断言するイリアナの言葉に、バレンシアは同意するように嘆息する。
「まあそれだけならうちは豊作で良かったというだけなんだが、どうも他校でも同じような事が起こっているらしい。例年に比べてもずば抜けて優秀な生徒が集まっていると、情報通のクラスメイトが言っていた」
へぇと関心を見せる傍ら、ヴィルは噂が真実だった事に内心驚いていた。
魔王復活に先立って、魔獣が狂暴化する現象が見られるというのは、その真偽が問われつつも多くが知る所だ。
瘴気の魔獣と呼ばれる、その名の通り黒い瘴気を纏い通常の種とは異なる特徴を有する個体は、狂暴かつ強力。
既に瘴気の魔獣は各地で発見報告が挙げられており、その報告数は年々増加傾向を見せている。
この魔獣が魔王復活の前兆というのは、事情を知る者からすれば最早疑いようも無いだろう。
しかし魔王復活に際し、強くなるのは魔獣だけでなく人間もそうだという噂がある。
こちらは神話にも記されていない、しかしどこからか湧いた噂だ。
噂の内容は世界を滅ぼさんとする魔王に対抗し、復活が近づくと世界が自浄作用として、生まれる子供をより強くするというもの。
しかし所詮は噂だ。
ヴィルも正直眉唾物だと考えていたのだが、アルケミア学園だけでなく余所の学園でも同じ状況が広がっているという情報は、その認識を改めさせられるのに十分だった。
そして勇者であるヴィルの同年代に、強力な才が集まっているという事はつまり――
「今年の一年の代には何かがあるのだろう。私達の代とは決定的に異なる何かが。如何にうちの一年が豊作とは言え、クラスメイトの話が事実ならば容易に勝ち続ける事は叶わないだろう。今回の特別授業、一応新人戦に向けた経験の補強というのが名目となっているが、私はその先、団体戦を見据えている。新人戦メンバーだけでなくクラス全員に受けさせている以上、グラシエル先生もそこは期待しているのだろうけどね」
「つまり、今の内に先輩方と事前に性格や戦闘の癖を知っておく事で、いずれ団体戦でチームを組む際にスムーズになると?」
「そう言う事だね」
ヴィルの言葉に満足そうに頷くイリアナ。
授業内で行われる指南で模擬戦をする機会でもあれば、それだけで味方になった時にその人がどういう役割を果たすのか、大体ではあるが当たりを付けられる。
上級生は特別授業を通して一年の適性や戦闘スタイルを把握し、試合で作戦を組み立てる際に役を振り当てやすい。
確かに新人戦と団体戦、どちらにも有効な一石二鳥の機会だ。
「さて、他の班も授業を始めた事だし話はこれくらいにしようか。私の考えも知ってもらえたし、シアとヴァルはいいとして、ヴィル君も私がどんな人間か少しは分かってくれただろう?」
「ええ。お気遣いありがとうございます」
「よし、それでは教える側と教えられる側として挨拶だけしておこうか。これからよろしく頼む」
そう言って頭を下げたイリアナに対し三者三様の礼を返し、ヴィル達の特別授業が幕を開けた。
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