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第84話 朱色の魔術師 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 授業の開始を告げる鐘が鳴り、それと同時にグラシエルが勢いよく手を叩いた音が響く。


「さて、それでは授業を始めようか。先に来ていた生徒には既に伝えているが、情報は全員共有されているな?まあそうでなくとも察していた生徒も多いだろうがな。今日は以前に予告していた特別授業を行う。特別授業と聞いて身構える奴もいるかもしれないが、実際にやる事はいつもとさして変わらん。お前達が複数班に分かれて一班に一人監督役が付く、いつもの形式だ」


 前で行われた説明に、それでは何が特別なのかという疑問がざわめきとなって生徒達の間に広がる。

 しかし、グラシエルはそれを待っていましたと言わんばかりにニヤリと口の端を上げ、


「少し落ち着け。お前達の言いたい事は概ね分かるが、話はまだ終わっていない。とは言え長々と話を続けられても面倒で退屈なだけだろう。少々段取りとは外れるが、堪え性の無いお前達の為に早めに来てもらう事にしようか。今日呼んでいる特別講師達だ。入れ」


 そう言ってグラシエルが視線を向けた先、闘技場の入り口へと生徒達の視線が集まる。

 ――そこから入って来たのは総勢七人の特別講師。

 彼ら彼女らが揃って着用しているのは、紺を基本として金の模様と黒のラインが描かれた上品で風格のある制服。

 肩のワッペンと左胸のバッジには見覚えのある紋章が刻まれており、彼ら彼女らがヴィル達と同じ王立アルケミア学園の生徒だという事が一目で分かる。

 そう、グラシエルが特別講師と呼称したのは、一年Sクラスと何ら変わりない学園の生徒達だったのだ。

 ただ一つ違う点は、着用しているネクタイの色だけ。

 クラスを問わず学年で統一のネクタイの色は、ヴィル達一年生は緑、二年生が黄、三年生が赤、四年生が水。

 そして彼ら彼女らが着けているネクタイの色は赤、つまり三年生。

 更にクラス毎に微妙に違うバッジの紋章が同じという事は、同じSクラスという事。

 それを瞬時に看破した一部の生徒達は、今回の特別授業がどのようなものであるか、そのおおよそを理解した。

 七人の特別講師が横一列に並んだところで、うんうんと頷くグラシエルが前に立って口を開く。


「こいつらが私が招集した特別講師、三年Sクラスだ!」


 声高々に宣言するグラシエルに、紹介された三年Sクラスの一部が恥ずかしそうに目を逸らした。

 しかし当の本人はそれを気に留める事も無く、両腕を広げて満足顔だ。

 それを見せられた一年Sクラスは、先の疑問が一転、歓喜に沸いていた。


「三年Sクラス……!こりゃあ期待できそうだぜ、なあ!」


「そうね。さっすが先生、面白いコトしてくれるじゃない」


「うむ!いつか手合わせしてみたいと思ってはいたが、これほど早く実現出来ようとは!実に喜ばしい!」


 興奮気味のザックとクレアはいつも通りとして、カストールも心底嬉しそうにしている。

 他の面子も大なり小なり期待に満ちた表情をしており、そんな様子を眺めていたヴィルもまた、同じく期待を覚えていた。

 そんな中――


「シア?」


 ふとヴィルが視線を向けた隣、バレンシアの作る表情が気になった。

 ――それは、ただ期待と表すには複雑な色の滲む笑みだった。

 バレンシアの視線の先を追って、改めて特別講師として呼ばれた七人の生徒に目を向ける。

 男女比は四対三で、体格や立つ姿勢等からそれぞれ得意とする戦法や得物が異なると、ヴィルの目にはそう映っていた。

 だが七人に共通するのは、全員がSクラスとして三年間の月日を全力で過ごしてきた証とも言える、纏う空気だ。

 誰一人として只者ではないと、才能、経験、努力、実力、それらが一緒くたになって作り出される空気がそう感じさせていた。

 そんな中でも飛び抜けているのが、七人の真ん中に立つ一人の女子生徒だ。

 燃えるような朱い髪、目鼻立ちの整った顔は凛々しく引き締まり、厳しさと自信に満ち溢れた力強い眼差しが真っ直ぐに前を見据える。

 武器を持っていない事から魔術師であると推測されるが、すらりと伸びた手足は細くしなやかでありながらもしっかりと鍛え抜かれており、纏っている雰囲気と相まって一流の剣士とも錯覚させる。

 その存在感のある佇まいだけで、彼女が強者であると誰もが確信出来た。

 特別講師として呼ばれた七人の中、つまり学園の三年生の中で、間違い無く彼女が最も強い。

 そんな彼女の事を、ヴィルは一方的に知っていた。

 彼女ならばバレンシアが思う所があるのも納得だ。


「よし、じゃあ代表としてイリアナ。挨拶を」


「はい、先生」


 グラシエルに言われ前に出たイリアナと呼ばれたその女性は、入学式の日に生徒会会長のヴェステリアと共に教室にやって来た、生徒会副会長でもある。


「私がこうして君達の前に立つのは入学式直後にお邪魔した時以来だろうか。あれから二ヶ月近く経つが、順調に力を伸ばしているのが一目見て分かった事を嬉しく思う。さて、一度顔を見せたとはいえ喋った事は無かったな。中には既に知っている者、話した者もいるだろうが、改めて」


 一拍置き、生徒たちの顔を見回してから口を開く。


「生徒会副会長、三年Sクラスのイリアナ・リベロ・フォン・ヴァーミリオンだ。君達とは今回以降も接する機会があるだろうと思うが、これからよろしく頼む」


 軽く頭を下げるイリアナに、ヴィル達もそれぞれ反応を返す。

 リベロ、そのミドルネームを冠する家系は、この世界にたった四家だけだ。

 レッドテイル、バ―ガンディー、カーマイン、そしてヴァーミリオン。

 この四つの公爵家を纏めて『裁定四紅』と呼び、そのどれもが形は違えど火属性魔術を得意とする名門であり、イリアナは若くしてその一角を担うヴァーミリオン家の当主を務めている。

 そう、イリアナは学生の身でありながら既に貴族の当主としての立場にある、かなり稀有な境遇の人物なのだ。

 その原因は一年半程前、イリアナの母と父に当たる前当主が病に臥せた事に起因する。

 二人が罹った病は病例の少ない難病であり、生まれつき体の弱かった母親は発病から半年で他界、父親の方は一命は取り留めたものの会話もままならない状態が続いており、このまま領地の運営を続ける事は困難と判断された。

 そこで白羽の矢が立ったのが、当時二年生ながらも領地経営の知識に富んだ一人娘のイリアナだった。

 イリアナは家督を継ぐ事を了承しながらも、家を支えていた家臣団からの具申もあって、卒業までは一学生として学業を全うするという形に落ち着いたのだ。

 ここアルケミア学園で将来家督を継ぐという生徒はいたとて、彼女のように当主となった者は一人としていないだろう。


「さて、私達七人はこれから君達に戦闘の指南を行う訳だが、それは基礎を鍛えるという意味ではない。どちらかと言えば各々の個性を伸ばす授業となるだろう。そも得意とする戦い方は千差万別、剣や槍や拳などの近接から弓、魔術などの遠隔。また同じ武器であっても攻撃型防御型と戦闘スタイルは異なり、特に魔術は才能により適性の違いが大きくなって専門的に教える事は出来ない。私達も君達と同じ教えを乞う生徒の立場だからな」


 イリアナの言葉は当然の話だ。

 戦闘スタイルは武術、魔術、体術、知識や経験など数え切れない程の要素が複雑に絡み合い形を成すものであり、それを今日から教え始める先輩が後輩二十人に指南するなど不可能。

 学園が一人一人の適性に沿った教育を用意できるのは、数多くの大人が携わり長い時間を掛けているからだ。

 似通った戦闘スタイルの者は居るだろうが、やはりそこには差異が存在し、スタイルを無理矢理に合わせようとすればかえって弱くなる危険性もある。

 究極、自分の道は自分自身でしか切り開く事は出来ないのだから。

 しかし、


「だが戦い方を教え、君達に経験させる事は出来る。私達の代はそれぞれ戦闘スタイルがまるきり違う。それを武器にしてこれまで数々の大会で成績を残してきた。対戦経験を積むという点で言えば私達以上の適任は居ないと言えよう。新人戦を控えたこの時期に対戦経験を積んでいるという生徒は他所でもそう多くない。これは君達にとって最初の武器として必ずや大きな助けとなるはずだ。無論新人戦に出ない生徒にとってもそれは変わらない」


 イリアナはそう言って自信に満ちた笑みを浮かべた。


「勿論基礎や戦闘技術に関して全く教えないという意味では決してない。必要があり、それが私達に教えられる事であれば教えない理由は無いからな。また君達が自分で必要だと思った技術についても遠慮なく教えを乞って欲しい。各自の判断に口を出す事はしないし、その頼みを断る者はこの場に居ないだろう。最後に、私達は君達と同じこの学園の生徒だ。まだまだ学ぶ事の多い身であり、人に教えるというのはどうしても本職の先生方には敵わない。だがそれでも、未熟な私達の教えが君達の成長の糧になってくれる事を期待する。以上だ」


 そう締め括り、イリアナは再び軽く頭を下げる。

 その堂々とした態度に、生徒達は自然と拍手を送っていた。

 自分達が教える事とその教え方、教師が教鞭を執る事との違い、出来る事と出来ない事。

 生徒が知りたいであろう内容に触れつつ、自分達の紹介を織り交ぜた見事な演説だった。

 流石は公爵家当主にして生徒会副会長、踏んできた場数が違う。

 やや大仰に拍手をして前に戻ってくるグラシエルも、感心した様子だ。


「ふむ、流石の演説だったな。私も真似をしたいくらいだ。――よし!それでは早速だがそれぞれ班に分かれて授業を行うとしようか。ヴィル、ヴァルフォイル、バレンシアの三人にはイリアナを付けるから向こうだ。その他の生徒はお待ちかねのくじ引きで班を決めて――」


 またくじ引きかという空気の漂う空間を後に、イリアナと三人はグラシエルに指示された場所へと向かう。

 今回の特別授業、丁度ヴィルが予想した通りの形となった訳だが、ヴィルはその相手がイリアナだという事に期待以上の喜びを覚えていた。

 ヴァーミリオン家『朱色(あけいろ)の魔術師』イリアナと言えば、異彩を放つ異才、世に二人といない戦術を用いる人物として有名だ。

 そんな相手に手ほどきを受ける機会など、例えシルベスター家にいた時であっても無かったに違い無い。

 魔王を倒す、この宿命を背負う人間として、強者との対戦経験は積んでいれば積んでいる程良い。

 降って湧いた幸運、願っても無い機会だ。

 この場を用意してくれたグラシエルに心の中で感謝しつつ、ヴィルは気を引き締めて三年Sクラスとの特別授業に臨む。


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