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第83話 朱色の魔術師 一

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 新人戦のメンバーが決定してから五日、ヴィル達出場メンバーは実技実践の授業――主に教師がその時間に意識すべきポイントを伝え、生徒間で実践し指摘し合ったり、定期的に行われる生徒の成長を見る模擬戦が行われる授業――の時間を使い、自分達で計画した訓練を行っていた。

 ある日はメンバー同士で軽い組み合いを行い、ある日は他の生徒に協力を要請して様々な相手との対戦経験を積み、ある日は互いの欠点を指摘し合い各々の課題を見つけ出し、それを解決すべく行動していた。

 その経過は順調と表したい所だったが、残念ながら人間関係の拗れが訓練に支障をきたしていた。

 というのも、先から挙げている訓練を行っている新人戦のメンバー、ヴィル、バレンシア、ヴァルフォイルの三人だが、ヴィルとヴァルフォイルの間で模擬戦組手どころか会話すら生まれていないからだ。

 原因は言わずもがなヴァルフォイルの側にあり、誰が見てもそう答える事だろう。

 ヴィルの方は積極的にヴァルフォイルとの対話を試みているのだが、当たり前の事として会話相手に話す気が無ければ会話は成立し得ない。

 話しかけるヴィルにヴァルフォイルが素気無くする度、バレンシアの眼差しは冷たいものになっているのだが、彼女に対してだけはあまり強く出られないヴァルフォイルも意固地になっているのか態度を変える事をしない。

 ヴィルとバレンシア、バレンシアとヴァルフォイル。

 新人戦メンバー同士の訓練は、ここまでこの二つの組み合わせでしか稼働していない。

 ただ新人戦で勝つという目的の為ならば、実の所これで問題は無いのだ。

 やがて銀翼騎士団(シルバーナイツ)を率いる者として、過酷極まる鍛練を幼少より受け続けてきたレイドヴィル――ヴィルに簡単に見つかるような欠点は無く、また同じ方法で培った観察眼でバレンシアに足りない要素を見抜いて伝え、ヴァルフォイルについてもヴィルの所感をバレンシアを通して、バレないようそれとなく伝えるという形で事足りる。

 迂遠で面倒な手段ではあるが、一応形としては成立している。

 だがそれは新人戦で優勝するという目的が果たせるだけに過ぎない。

 新人戦のその先、Sクラスとしての日常や学園のイベント事、国内外を問わず名門校がしのぎを削る大きな個人・団体戦を見据えて言えば、現在のこの状況は問題大ありだ。

 今すぐにでも解決したいが急いで何とかなるものではなく、また時間が解決するものでもない。

 何か強力な一手を打ちたい所だが、その一手を模索中というのが現状だった。

 そんなある日、ささやかではあるが状況に変化が起こる。

 それは新人戦出場メンバーを決めた日にグラシエルが言っていた、『考えている事』に該当する事だった。

 昼食を早く終えたヴィル達は、その日もいつもと同じく集団で、この学園の訓練用としては最も大きい闘技場Bへと向かっていた。


「なぁ、なんか最近視線を感じないか?」


「視線?そんなのいつものことじゃない。ヴィルとかシアとかクラーラとかがいるんだから」


「いや視線が集まるのはそうだけどよ、なーんか普段に増して見られてる気がすんだよなぁ」


 ふとザックが呟いた疑問に、クレアがいつも通り素っ気なく返す。

 この二人は物心ついた頃からの幼馴染同士であり、決して険悪な仲なのでは無くこれがいつもの在り方だ。

 ザックはバラン商会という近年成長を見せている商会の跡取り息子、クレアはその許嫁という関係なのだが、その事実を知る者はほんの僅かである。

 貴族生徒の中には独自の情報網で関係を知っている者もいるかもしれないが、二人が関係を認めたのはヴィルとニアだけだ。

 それも半ばニアが暴いた形だった為、本人達の要望もあって四人の秘密となっている。

 件のニアは明るい茶髪をふわりと揺らして首を傾げ、


「それって今日新人戦のメンバーが発表されたからじゃないの?学園の施設とかに顔写真付きで貼り紙があったから注目されてるって話が他クラスの子から流れて来てたよ」


 と話す。

 ニア・クラントはシルベスター家でレイドヴィルに仕えるメイドであり、学園ではヴィルと同じSクラスに所属し騎士団との連絡役やサポートを行っている。

 彼女はその性格の明るさからクラス・学年を問わず友好関係を広げており、その範囲は最早ヴィルにも窺い知る事が出来ない。

 公開から一日と経たず情報を得られたのもそのお陰だろう。


「あぁそゆコト。それじゃあ間違いなくそのせいだわ」


「確かにそうだが、それにしたって妙に見られすぎな気がすんだけどな」


「バカねアンタ。元から有名なシアはともかくヴィルは名が売れてなかったワケでしょ?顔がイイのは話題になってたでしょうけど、そこに学園の頂点Sクラスで三人に選ばれたって発表。そりゃそれまでは興味がなかった人たちも見るわよ」


「……イケメンだもんな。悪い、ヴィル」


「いや、謝られても意味が分からないけどね。寧ろこっちに問題がありそうで申し訳ないくらいだよ」


 確かにザックの言う通り、歩いている今もちらちらとヴィル達のグループを窺うような視線が散見される。

 ヴィルに向けられるものが半分、バレンシアに向けられるものが半分、その他が少しといった内訳だ。

 それらは入学からこれまでにずっと受け慣れてきた目だが、その量が以前までの比ではない。

 直接向けられていないとはいえ、ザックや見られるのが好きではないクレアからすれば気が滅入る気持ちだろう。

 ただ、それ以外のメンバーは特に気にしていないに違いない。

 ヴィル、バレンシア、クラーラは貴族である為視線には慣れているし、ヴィルと行動を共にする事が多かったニアもまた同じだ。

 よく知らない対象への好奇の視線も、ヴィルは冒険者活動を通じて耐性を得ている。

 容姿によって集まる品定めと、強者への興味の視線はそれこそ冒険者ギルドの空気と似通ったものがある。

 冒険者達の場合は学園のものよりやや殺伐としているが、そこは些細な差だ。

 そんな視線に微妙な顔をするザックとクレアに言うべき事があるとすれば、こうした目は今後増々増えていくだろうという事だけだ。


「ヴィルに謝られるとそれこそ悪いな。別にお前が悪いわけじゃねえんだしよ。ただ俺らが慣れてねえだけで、なあ?」


「ダメだよ、ザック~。ヴィルと付き合っていくならこれから嫌っていうくらい色んな視線に晒されるんだから。ちなみにあたしはとっくの昔に慣れた!むしろ好き!」


「……自信満々に言う事?」


 胸を張って言い切るニアにひっそりとツッコミを入れたのは、ヴィル達と一緒に行動しながらもあまり自分から話す事の無いクラーラだ。

 人形のような、という形容詞がぴったりと合う容姿の少女で、同じSクラスに所属しクラスでも一番の腕を誇る天才剣士である。

 代々剣聖とも呼ばれる王国の騎士団長を輩出している公爵家の生まれで、幼い頃から英才教育を受け続けた結果、純粋な剣術ではヴィルすら凌駕する程の領域に至っている。

 そんな彼女は普段は無口で、自分から進んで話す事は殆ど無いのだが、時折今のようにツッコミや相槌を打ったりする事がある。

 思考が読みにくく掴み所の無い人物だ。

 クラーラに続き、バレンシアが口を開く。


「私も人に見られる事は未だに苦手だけれど視線には慣れたわ。コツは自分達以外の人を居ないものとして扱う事ね。気にしても仕方がないもの。ほら、着いたわよ」


 話している内に、気が付けば闘技場へと到着していたようだ。

 これから授業を行う闘技場Bは、外部に見せる用途の闘技場Aよりも敷地範囲で言えばやや小さいが、観客席を除いた使用可能範囲が最も広い闘技場で、保護魔術の『御天に誓う(フィーリア・リレイル)』こそ搭載されていないが、砂地で応用が利きSクラスの実技授業で最も使用頻度の高い闘技場となっている。

 大規模かつ高威力の魔術を得意とする生徒も多いSクラスは、同じ場所で授業を受けようとするとここくらいでしかのびのびと体を動かす事が出来ないのだ。

 ヴィル一行は入口から入り、ささやかな明かりのみが照らす薄暗い通路を歩いて行く。


「今日の授業はなにするんだろうね。昨日みたいにまた各自で自主練しつつ新人戦メンバーの要請に応える感じかな?」


「どうだろう。僕としてはグラシエル先生が言っていた策とやらが気になるんだけどね。そろそろ何かあっても良い頃合いじゃないかな」


「あ~確かに。そういえばそんなことも言ってたね。なんの音沙汰もないから忘れちゃってた」


「あのしたり顔からして結構な事を企んでいそうなんだけど……と、噂をすればだね」


 ヴィルとニアが授業内容について話をしつつ通路を抜けると、ちらほらとSクラスの生徒が集まる闘技場の中央、そこに堂々と立つグラシエルの姿があった。

 普段ならば授業開始直前にやって来て、そこから準備を始める彼女が今日は珍しく先に来て待っていたらしい。

 しかしそれもその筈、何せ今日は待ちに待った一手を打つと本人が豪語した、正にその日だったのだから。

 ヴィル達が近づくと、グラシエルはニヤリと笑った。


「お前達遅かったな、もう授業が始まる所だぞ。他の連中も集まりが悪いが、一体何をしているのやら」


「いやまだ授業は始まりませんよ。まだ十分近く余裕がありますから。今日の先生は随分と気合が入っていますね。もしかして今日がそうですか?」


「フッ、察しが良いな。お前達が考えている通り今日は特別授業を行う。新人戦メンバーはまた固まって受けてもらうが、三人だけでなくクラス全員に受けてもらう事になる。他の奴らが来たら同じように言っておいてくれ」


 何か準備をするでもなく立ってそう言うグラシエルに、一足早く着いた生徒側は皆一様に首を傾げた。


「特別授業か、全く予想がつかねえな……」


「まあ先生って何するか予想できないトコあるしねー。ヴィルの予想は?」


 ザックとクレアからのパスに、ヴィルは顎に手を当てて考える。


「そうだね。幾つか予想はあるけど外部講師か他校との交流、それか上級生を呼ぶとかじゃないかな」


「それは可能性として十分ありそうね」


「ん。ちょっと緊張する」


「あ!もしかして先生がSクラス全員を一気に相手取るとか?」


「そんな事をした所で学びなど無いし、結果も見え切っているだろう。まあ特に気負う必要はない。特別授業とは言っても普段とは違う試みをやってみようとそういうだけだ。お前達はただ良い機会だと思って授業を受けていれば良い」


 想像以上に構える生徒達に対し、グラシエルは苦笑するように言う。

 その様子から、特別授業の内容がヴィルは自分の予想から離れたものでは無い事を悟った。

 気負う必要が無い、つまり外部の線は消え、学内に絞られる。

 恐らく上級生が複数グループごとに一人付いて、戦闘の指南をしてくれるのだろう。

 何にせよヴィルにとってもバレンシア達にとっても、これは本当に良い機会になる。

 グラシエルと話していると、闘技場の通路から二人の生徒が入って来た。

 その大きな話し声に、ザックとクレアが件の人物かと振り返るが、残念ながらネクタイの色は緑。

 つまり同じ一年の、それも非常に見覚えのあるクラスメイトで、ザックとクレアは息ぴったりに肩を落とす。

 歓迎されていないまでは行かずとも、落胆を見せられた二人は顔を見合わせる。


「おいおいなんだよ、いきなり随分な態度じゃね?みんな大好きフェローさんが来たってのに」


「フハハハハ!世辞にもその言葉には同意しかねるな。確かに貴族のパーティーではフェローの容姿を見て喜ぶ淑女もいようが、この場にそうした性質の生徒はおるまい。少なくともSクラスの生徒は諦めるべきであろう」


「諦めが早いなカストールよ。女子へのアタックはしつこいくらいにしてからが本番だってのに。お前もその迫力って文字が書かれたような顔と身長をどうにかすればモテそうなのにな。性格は紳士そのものだし」


「うむ、余計なお世話である!」


 その片方はヴィルとザックの三人で軽い鍛錬を行う事もある、風魔術を得意とするフェロー・フォン・フロストリーク。

 癖の無い緑の髪と深緑の瞳が特徴の彼は、ヴィルに勝るとも劣らない容姿と気障な仕草が相まって、他クラスや上級生から非常に人気のある人物だ。

 ただ同じSクラスの生徒からの反応は芳しくなく、それでも諦めずアプローチを続ける根性の持ち主である。

 言葉を選ばずに言えばただの『女好き』だが。

 もう片方の生徒は、身長の高いフェローが見上げる程の巨体を誇る青年だった。

 絵本で見るようならしい金髪に、近くに寄られれば思わず後退ってしまいそうな威圧感のある顔だが、その性格は快活で接しやすい。

 身体もただ身長が高いのではなく、縦と横に大きくそして厚みがあり、腕や足も逞しい筋肉を纏う恵体。

 同年代ではまず間違いなく彼に勝る肉体の人物はいないだろう。

『鉄壁』という見た目通りの異名を持つ彼は、軍部大臣を父に持つカストール・フォン・ガルドール。

 貴族としての地位も高く、公爵家の長男でもある。

 しかし本人は地位とそれに付随する権力を振りかざす事は決して無く、あくまでも己の腕を磨く為に努力を欠かさない武人肌の男であり、武術の授業では常に上を目指す姿勢で臨む生徒だと誰もが知っている。

 かといって学問を疎かにする事も無く、座学の成績でも常に上位を維持する秀才だ。

 ちなみに彼の異名である『鉄壁』は見た目で付けられたものでは無く、彼の得意魔術で随一の防御性能を誇る魔術、身体硬化からである。

 魔術を纏った彼の肉体は生半可な剣技では傷をつける事すら叶わず、如何な剣の名手であっても斬る事は容易ではないだろう。

 その異名に相応しい実力を持つカストールを前にして、ザックは「いやよ」と弁明を始めた。


「今日先生がいつもと違う授業をするってんで、誰か来たのかと期待しちまったんだ。悪いな」


「なんと!それは楽しみであるな。であればザックとクレアの落胆ぶりも納得よ。謝る必要なぞない。自分が同じ立場でも同じ反応をしただろうからな!」


 笑い合うザックとカストールは性格が似ている事もあり、入学してすぐに仲良さそうに話す姿が目撃されていた。

 平民と公爵家という身分差はあるものの、カストールの豪快な性向がそれを感じさせない。

 そのお陰か、ザックと話している時と然程変わらないと分かったクレアも、貴族に対して良い感情を抱いていないながらも早々から友人として接していた。

 それからもグループで話し続けていると、次第にSクラスは集まり始め、授業の開始を告げる鐘の音が学園に響いた。


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