第82話 不和と乖離 二
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
グラシエルの背中を見送って、ヴィルはバレンシアとヴァルフォイルに向き直った。
次の実技実践の授業は明日の朝から、つまり今日中に三人での訓練メニューを確認しておかなければならないという事だ。
一日の授業が終わってからでもいいのだが、各々個人で用事もあろうというもの。
どうせならば授業中の今の内に打ち合わせておこうという算段だ。
「という事だから、二人共明日からよろしくね。それでなんだけど、今から明日の訓練について少し話したいんだけど良いかな?無駄に時間を使わず円滑に進めるためにはその方が良いと思うんだけど」
「そうね、私もそれがいいと思うわ。昼休みまではもう少しある事だし」
ヴィルの提案に同意を示すのは、燃え流れる真紅の髪に陶器の如き白い肌を持つバレンシア・リベロ・フォン・レッドテイル。
彼女は火属性の名門『裁定四紅』の一つに数えられる公爵家の令嬢で、ヴィル達と普段から行動を共にしているメンバーの一人だ。
学内選考の対戦相手であったクラーラを打ち破り、今回の新人戦に出場する一人でもある。
「ありがとう、シア。ヴァルフォイルはどうかな?この後予定とか……」
「――別に予定なんざねぇよ。好きにしやがれ」
ぶっきらぼうに答えるのは、触れれば刺さるのではないかという刺々しい頭髪を持つ青年だ。
髪の色はバレンシアよりもやや橙掛かった赤、ヴィルよりもやや低い身長に引き締まった筋肉を纏う。
ヴァルフォイル・リベロ・フォン・バーガンディーは、バレンシアと同じ『裁定四紅』の一家、バーガンディー公爵家の長男で、土魔術を得意とするカストールを破って新人生に出場する予定の実力者だ。
このヴァルフォイルとバレンシアの二人を炎とするならば、前者は見る人を癒す穏やかな炎、後者はパチパチと弾け周囲に飛び火する炎だと言える。
両者共に迂闊に触れれば火傷をするのは間違いないが、その攻撃性が大きく違う。
と言うのも、ヴァルフォイルは誰にでも攻撃的ではないのだが、事ヴィルに対しては――
「っつかなんでテメェが仕切ってやがんだぁ?オレはテメェに指図される覚えぁねぇぞ」
と、こんな具合に、露骨に敵愾心を露わにしてくるのだ。
正直ヴィルには彼に何をした覚えもないのだが、思い返せばどうしてか入学当初から睨み付ける視線を感じていた。
事あるごとに睨まれてはやり辛い事この上なく、せめて上手く付き合える位にはなりたいものである。
「ちょっとヴァルフォイル、その言い方は何?この間そういう態度は止めると約束させたわよね。話が違うのだけれど」
「別にもう疑っちゃいねぇよ。仲良しこよしでいろって言われたわけじゃねぇんだ。何の問題もねぇだろ」
「屁理屈を……。それに、貴方のヴィルに対する言葉遣いも問題よ。ヴィルは私達の事を思って言ってくれているのよ?大人しく言う事を聞くか、文句があるなら自分で計画を立てたらどうなの。もっとも、あなたが上手く回せるとは到底思えないけれど」
目の合わないヴァルフォイルと、言葉を交わしていく度に段々と視線が冷えていくバレンシア。
悪化する空気にヴィルが入る。
「まあまあ、僕が仕切るのが嫌ならヴァルフォイルが良いと思う人に任せてくれればそれでいいよ。僕自身にこだわりは無いし、それなら不満は無いんじゃないかな?シアとかなら」
「……シアがやるってんなら文句はねぇよ」
との事なので、新人戦までの強化期間はバレンシアが訓練を取り仕切る事に……
「ちょっと、どうしてヴィルの後に私に任せるの。どう頑張ってもヴィル以上に役割を果たせる気がしないわ」
「そんな事は無いよ。いざという時は僕も手助けするし、どうかな?」
「…………はぁ、分かったわよ。仕方が無いから受けさせて貰うわ。ヴァルフォイルも、それで良かったのよね」
「あぁ」
取り仕切る事になった。
こだわりがないというヴィルの言葉に嘘は無く、それどころか仕切っている自覚も無かった。
ヴィルとしては二人が険悪なままでは居心地が悪いので、バレンシアが引き受けてくれた事は素直にありがたい。
これはヴァルフォイルに対してだけで無く、この場にはいないマーガレッタに対しても意味がある。
ヴィルを敵視するマーガレッタにとって、一年Sクラスを代表する新人戦のメンバーでヴィルが上に立っているのは面白くないだろう。
面白くないだけでなく、状況の悪化もあり得る。
その点、マーガレッタのライバル的立ち位置で認識されるバレンシアが上に立つのであれば、角は立たない。
逆にバレンシアの方に嫉妬が向くかもしれないが、そちらはそちらでフォローをすればいい。
あるいは原因の根本解決するのが理想かもしれないが、今はまだ叶いそうに無い。
と、纏め役が決まった所でヴァルフォイルが背を向けて歩き出した。
焦るバレンシアが手を伸ばす。
「ちょっとどこへ行くの。まだ話は終わってないわ」
「あの野郎と話すことなんざねぇ。メニューはあとで言ってくれりゃいぃ。じゃあな」
「ヴァルフォイル、待ちなさい!」
バレンシアが声を張り上げても振り返る事は無く、ヴァルフォイルは闘技場を去って行った。
しばらく出口の方を睨みつけていたバレンシアだったが、蟠る憤りを堪えるように息を吐き、ヴィルに頭を下げる。
「私のところの馬鹿がごめんなさい。後で必ず謝らせるわ、ええ必ず」
「お手柔らかにね。僕には彼の気持ちがちょっと分かる気がするから」
「お優しいのね。敵に対してあれだけ容赦の無い人の言う言葉とは思えないわ。けど、あなたは身内には甘いものね。そういう所は好ましいけれど、アレには不要よ。何を言っても無駄だから諦めたわ」
怒り心頭といった様子のバレンシアは少し疲れを滲ませていて、これまで何度も言い聞かせて来たであろう事が容易に想像できる。
ヴァルフォイルが自分に不信感、というより嫉妬の念を向けて来ていた事にヴィルは気付いていたが、あまりにも露骨な視線に対して彼の幼馴染であるバレンシアが何も言わなかった筈が無い。
そして直情的で意固地な性格のヴァルフォイルが、簡単に自分の意見を曲げないであろう事もまた。
他の意見に左右されないというのは一長一短だが、今回の場合は裏目に出た形になる。
折角新人戦というヴァルフォイルとの距離を詰める場を貰ったのだから、この機会になんとか不和を解消したいものだが……
「もういいですわ!!」
闘技場から出て暫く、ヴィルとバレンシアが食堂に向かっていると、そんな甲高い声が響いた。
聞き覚えのある声に二人は顔を見合わせ、声のした方向へと小走りで向かって行く。
聞こえた感じからしてそこまで距離は離れていない。
やがて闘技場の裏辺りで人の気配を感じ、背後のバレンシアを手で制して物陰から様子を窺う。
視線の先には、マーガレッタがその取り巻きである青髪の女子生徒に対してまくし立てている光景があった。
「お待ち下さいマーガレッタ様!やはり先程の発言は謝罪すべきだったかと……」
「はぁ!?それはわたくしが間違っていたと、そういうことですの!?わたくしが悪者だとでも?冗談じゃありませんわ!」
「い、いえ、決してそういう訳では……。しかしこの学園での身分差別的な発言は避けた方がよろしいのではないでしょうか。あの場には先生方もいらっしゃいましたし、一度時間をおいて冷静になってからでも……」
「っ!わたくしは冷静ですわ!フェリシス、あなたこそ誰に口を利いているかを弁えるべきではなくて?従者のあなたがわたくしに意見できるなどと思わない事ですわね」
「マーガレッタ様、どうされたのですか?いつものマーガレッタ様であればそんな言い方はされないはずです。先の模擬戦の時だって、いつもならば次こそは負けませんわと胸を張って努力し、未来のチャンスを掴み取るのがマーガレッタ様ではありませんか。私はマーガレッタ様が陰で血の滲む努力をされている方だという事を知っています。焦る事はありません」
「…………」
「入学前に仰っていたではないですか。『公爵家の人間として平民達の手本となる生徒にならなければ』と。マーガレッタ様は既に我々の憧れです。マーガレッタ様ならば次こそは必ず大会に出場することが出来ます。ですから……」
頤を上げ冷たい視線で見下すマーガレッタに対し、心配の表情を見せるフェリシスと呼ばれた少女。
彼女の名前はフェリシス・フォン・クトライア、水属性魔術を得意とし、アルドリスク家と親交の深いクトライア子爵家出身の令嬢だ。
学園入学前より取り巻きを多く持つマーガレッタに最初期から気に入られていた所謂幼馴染であり、現在Sクラスに所属するマーガレッタにとって唯一同じクラスにいる従者的立ち位置の人物でもある。
お気に入りの従者と聞くとコネや伝手で入ったように聞こえるかもしれないが、勿論王立アルケミア学園にそんな裏口は存在しない。
フェリシスも例に漏れず実力でSクラスを勝ち取った生徒であり、平時の魔術は一流だがとある技術を併用する事で超一流にまでその腕を引き上げる秀才だ。
そんなフェリシスは普段マーガレッタに意見をする事は滅多に無く、主人の意見に同意を示すだけのご機嫌取りが多いというのがヴィルを含む彼女を知る者の印象だったが、今は随分とかけ離れているように見える。
やはり今のマーガレッタは身近な人から見ても様子がおかしいらしい。
「……もういいですわ」
「マーガレッタ、様……?」
「これ以上あなたといても不愉快なだけですもの。口うるさい従者なんてわたくしには不要ですわ」
「お、お待ち下さい、一体どうして突然そのような事を……」
「ついて来ないで結構ですわ。わたくしは別で昼食を頂きますから」
「マーガレッタさ……」
「――ついて来るなと、そう言いましたわ」
冷たく突き放すマーガレッタの向ける手には電撃がバチバチと音を立てて弾けており、それが今にも放たれようとしていると理解したフェリシスは顔を青ざめさせていく。
後退る様子を確認したマーガレッタは、相変わらずの視線を向けた後フェリシスを置いて踵を返した。
「ま、待って、お待ち下さい、マーガレッタ様!」
悲鳴にも似た声で叫ぶが、マーガレッタは振り返る事も無く立ち去ってしまう。
一人取り残され、憔悴した様子のフェリシス。
マーガレッタはプライドが高く周囲を見下すやや問題のある性格をしてはいるが、身内の人間に強く当たる事は殆ど無いと言う。
にもかかわらずフェリシスという従者を、友人をここまで傷つけた。
あまりにも普段の評判とはかけ離れた結果だ。
無論その評判が誤りで、裏ではきつく当たっていた可能性も無くは無いが、あの手のグループを作る人物がそうであるとは考えづらい。
ただたまたま虫の居所が悪かっただけならば、何の問題も無いのだが。
二人のやり取りを見届けたヴィルとバレンシアは、ゆっくりとその場から離れる。
「……マーガレッタ、随分と荒れていたわね」
「そうだね。彼女は昔からああなのかい?僕の見立てではあそこまで激高する人物ではないと思うんだけど、情緒が不安定だとか」
「そんな事は無い筈だわ。確かに少し怒りっぽい所はあったけれどそれも性格の範疇という程度だったし、怒っても人に魔術を向けるより嫌味や陰口で口撃するような人よ?捻じ曲がってはいても簡単に手を挙げるような人じゃない、と思うわ。ご存じの通り親しい間柄ではないからあくまで表面上の話だけれどね」
「そうか。いや、助かるよ」
「……ねぇ。今回のあなたのそれは好奇心?それとももうすっかり見慣れたお節介なのかしら」
「なんだか棘のある言い方だね。ま、どちらも否定しないよ。けど今回は何かあれば力になりたい、と言うよりクラスの雰囲気がギスギスしているのは嫌だからかな。人の為とかじゃなく、単純に自分の為だよ」
「それを人の為と言うのよ。暗い雰囲気が解消されて嬉しいのはみんな同じだし、それに普通あんな明らかな面倒事には関わりたがらないものよ」
「そうかな?」
「そうよ。それがあなたの美点ではあるんでしょうけれどね」
瞑目するバレンシアはけど、と続けて、
「今のマーガレッタに関わるのは止めておきなさい。あまりにも様子が変だもの。関わるにしても少し間をおいてからの方が良いでしょうね」
そう忠告をしてきた。
ヴィルとしてもバレンシアの言う通り、このタイミングでマーガレッタと関われば余計に拗れそうな気がする。
この事態を放置は出来ないが、直接マーガレッタに関わるのは得策とは言えない。
であれば、関わり方を変えるだけだ。
今はマーガレッタよりも心配な生徒がいる。
「それじゃあシアの言う通りにしようかな」
「……珍しいわね。自分から言っておいてなんだけど、あなたが私の忠告を素直に聞くとは思わなかったわ」
「いやいや、僕は他人の意見を聞く方だと自負しているよ」
「それ本気で言っているの?あなたはどちらかと言うと人の意見は聞きつつも自分の芯は曲げないタイプだと思うけれど」
そんな会話をしつつ、ヴィルは食堂への道のりを歩いていく。
問題だらけ、前途多難なクラスに頭を悩ませながら。
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