第81話 不和と乖離 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
「こっ!のっ!当たりなさい!」
「しっ――」
ヴィルの眼前、爆音と共に雷が落ちる。
雷光で一時的に視界を焼かれるが、直前の相手の位置と『第二視界領域』により影響はそれほどない。
視界を塞がれ万全とは言えないこの状況、本来なら一旦引くべきなのだが、距離を取ればそれこそ相手の思うつぼだ。
遠距離攻撃の手段が少ないヴィルにとって、距離というのはそれだけで自身が不利になる要因となる。
故に後ろではなく前に踏み込み、足捌きと剣技で雷撃の雨を掻い潜る。
放たれる雷は密度が尋常ではなく、上と前どちらからも押し寄せるそれらは壁も同じだ。
圧殺せんと迫るそれを、ヴィルは電気エネルギーを分解する力場を形成し身に纏い、銀髪を揺らし駆け抜けて行く。
力場はある一定の威力までの電撃ならば防ぐ事が可能だが、許容量を超える威力の魔術には当然意味を持たない。
そうした魔術に対しては見切り、適宜回避と迎撃を行わなくてはならない。
だが回避・迎撃を必要とする魔術が全体の半分を超えているとなれば、容易に近づく事は叶わない。
足止め目的の弱電気と、それらの内に紛れ込む本命の雷撃。
それは相手術師の技量の高さと、後先を顧みない持続的戦闘を捨てた短期決戦の狙いを窺わせる。
ただでさえ電気というのは、ヴィルにとって対処のし辛い属性だ。
エネルギー操作魔術は複数のエネルギー属性に対し効力を発揮するが、それぞれには干渉の強度というものが存在する。
例えば運動・熱・魔力エネルギーには干渉しやすいが、光・電気エネルギーには干渉し辛いといった具合にだ。
その中で最も干渉し辛いのが、世界の中で最もありふれた光であり、次点が電気となっている。
つまりエネルギーという存在を扱うヴィルにとって、雷魔術は二番目に相性の悪い魔術という事になる。
だがどれだけ相性不利の相手とは言っても、完全に操作できない等という事は無い。
ある程度までなら軌道を変えたり、他エネルギーに分解する事だって可能だ。
それに何より、ヴィルが相対する相手は焦っている。
「いい加減に、死になさいッ!!」
掛け声と共に出される大振りの雷撃は虚空を切り、躱したヴィルはその隙にまた一つ距離を詰めた。
技量は十分、才能もある。
だが冷静さが欠如している。
彼女も入学当初はこうではなかったのだが、Sクラスで優秀な生徒達に囲まれた生活を送る中で、焦りが生まれてしまったのだろう。
その焦りを、この戦いにまで持ち込んでしまっている。
あとは貴族である彼女は、平民という事になっているヴィルに負けるのが我慢ならないのだ。
以前ニアと模擬戦を行った際もそうだった。
その時は辛うじて彼女がニアを倒したものの、お世辞にも快勝とは言えない結果だった。
万人が願っても手に入らないものを持っているのだから、精神面がもう少し鍛えられればあるいはとは思う。
それは逆に言えば、精神的に未熟な内はヴィルの敵にはなれないという意味でもある。
「あ、ぐ……」
そこでヴィルが予想していた通り、後先を考えず魔術を連発していた彼女の魔力が遂に底を突いた。
いくら同年代の中でトップクラスの魔力量だとしても、ああも無茶を重ねれば枯渇もする。
魔力は決して無限ではなく、有限、それが世の理だ。
そうして格闘戦を行わない魔術師が模擬戦で魔力切れを起こした場合、参りましたと宣言して模擬戦を終わらせるのが普通である。
しかし豪奢な巻き髪を乱した彼女は、己の武器が尽きてなおヴィルに戦意を剥き出しにしていた。
「まだ、わたくしは……っ!」
「そこまで。勝者、ヴィル・マクラーレン」
「なっ!」
だが本人の意思とは裏腹に、審判を行っていた担任の女性教師グラシエルは結果の見えた試合の終わりを言い渡す。
保護術式『御天に誓う』が解けると同時に二人の姿がブレ、試合開始前の位置へと戻る。
闘技場の中央、模擬戦を終えたヴィルは対戦相手の彼女に対し一礼し、その場を去ろうとした。
だが、
「どうして途中で止めたんですの!?わたくしはまだ負けていませんでしたわ!あのような審判、わたくしは断じて認めませんッ!!」
背を向けた瞬間、彼女の金切り声が響いた。
振り返ると、彼女は審判を務めていたグラシエルに対し異議を申し立てている所だった。
興奮した様子の彼女と冷静なグラシエル。
結果は考えるまでも無かった。
「お前が認めずとも結果は変わらん。焦って魔力切れを起こしたお前に打てる一手は無く、対してヴィルは殆ど無傷だった。誰が見てもお前の負けだよ」
「まだ!わたくしはまだ余力を残していましたわ!あのまま試合を続けていれば必ずわたくしが勝っていましたのに!」
「くどいぞ。格のある家を持つ以上、上に行きたいという気持ちはよく分かるが今回は諦めろ。お前の実力なら今後の個人・団体戦で出番は必ずある。それまでに気持ちの面を鍛えておけ」
「先生は貴族がお嫌いだから贔屓をしているのでしょう!そうでなければわたくしが、あんな平民如きに負けるはずがありませんわ!」
その言葉を聞いて、グラシエルは剣呑な気配と共に両目を細める。
「――マーガレッタ、勘違いするなよ。確かに私は貴族が嫌いだ。一番最初に自己紹介でも言った通り、そこを誤魔化す気は毛頭無い。だがな、私はこうも言ったはずだ。平民も貴族も関係なく平等に面倒を見るとな。授業外では贔屓もしようが、授業と学園行事に関して私が差を付ける事は決して無い。お前こそ、平民如きとはどういう了見だ?この学園は身分平等を謳っていた筈だがな」
ここまで気丈な態度を崩さなかったマーガレッタだったが、有無を言わさぬ迫力のグラシエルにたじろいでしまう。
グラシエルが口にした事は紛れもない正論で、元より勝ち目の薄いマーガレッタは返す言葉を持たない。
国に名が知れ期待を背負うマーガレッタの気持ちは察するが、流石に試合の結果が覆る事は無いだろう。
ヴィルの主観ではなく、客観的に見ての判断だ。
「くっ……!」
これ以上は無駄だと悟ったのか、マーガレッタはグラシエルから視線を外しキッとヴィルの方を睨み付け、殺気すら混じる目を向けてくる。
だが実戦経験も乏しい素人の怒気に気圧されるヴィルではなく、平然とした顔でそれを受け流す。
顔を真っ赤にしたマーガレッタはやがて、勢いよくヴィルに背を向けつかつかと歩き去っていった。
ヴィルはため息を一つ。
「……まあいい。取り敢えずこれで新人戦に出る三人が出揃ったな。バレンシア!ヴァルフォイル!こっちに来い!」
グラシエルは観客席で模擬戦を観戦していた二人にそう言うと、ヴィルの方に向かって歩いてくる。
それを見て、ヴィルもまたグラシエルの方へと向かう。
「気にしてはいなさそうだな」
「気にしても仕方がありませんから。あのマーガレッタ様に勝ってしまった事を思えば、少し睨まれるくらい訳無いですよ」
「勝ってしまった、ね。私にはお前の負ける姿は想像出来ないんだがな」
「そう言う先生は僕の負ける姿を見たでしょう。僕だって敗者に甘んじる事くらいあります」
「訂正だ、同年代相手でお前が負ける姿は想像出来ん。あの物量を真正面から、それも大それた魔術無しに剣だけで捌けるのは、この学園で言えばお前かクラーラくらいのものだろう。片方が貴族である事を思えばお前は十分に異常だよ」
そう総評するグラシエルは腕を組んでニヤリと笑う。
体の線の細いエルフらしからぬ恵体を持つ彼女がそんな事をすれば、どことは明記しないが体の一部分が強調されてしまう。
本人は無意識なのだろうが、普通に目に毒である。
だがヴィルはそれを目に入れる事はせず、グラシエルに対し苦笑で答えた。
「その単語は生まれてこの方どれだけ聞いた事か。人外だの異常者だのと、酷いとは思いませんか?」
「お前を表すのにこれ以上ない言葉だとは思うぞ」
そんな会話をしていると、バレンシアとヴァルフォイルの二人がやって来た。
二人にヴィルを加えて、三人が観客席に見える位置で並ばされる。
それからよしと呟いたグラシエルは息を吸い込み、
「これで一年生初となる武闘大会、新人戦に出場するメンバーが決まった。ヴィル、バレンシア、ヴァルフォイルの三人だ。前にも説明はしたと思うが、毎年この時期に行われる新人戦は非常に注目度の高い大会となっている。その年の新入生の実力が今後の大会の、ひいては本学園の評価にも繋がる極めて重要なものだ。クラスと学園を代表する自覚を持って、これからの二週間を過ごして欲しい。分かったか?」
「「「はい!」」」
「よし!では少し早いが実技実践の授業はここまでとする。昼休み明け最初は魔術基礎理論だったか。使用教室が変更になっている為それぞれ確認しておくように。以上だ」
グラシエルの言葉で授業が終わり、観客席に座っていたSクラスの面々は昼食を取りに食堂へと向かって行く。
普段よりも早く授業が終わったからか、ザックが全力で駆けていく姿が見えた。
恐らくは席の確保だろう、クレアに命令されたに違いない。
助かるのは助かるが、相変わらずザックに対してだけは遠慮がないクレアである。
ニア達いつものメンバーは闘技場に残るヴィルとバレンシアを待っている様子だったが、グラシエルが三人にまだ何か言う事がある雰囲気だったので、先に行っているよう合図を送っておく。
そんな中で、いつもマーガレッタに付き従っているフェリシス・フォン・クトライアも走って行く姿が見えて、ヴィルはフェリシスを目で追った。
「済まないな三人共。話は五分も掛からんから安心しろ」
しかしグラシエルに謝罪の言葉を掛けられ、ヴィルは視線を外す事を余儀無くされた。
「いえ、大丈夫です。それにまだ時間的には授業中ですから、気にする事もありませんよ」
「私も問題ありません」
「……オレも問題ねぇよ」
三人それぞれの返答にそうかと答え、グラシエルは要件を話し始める。
それは要約すれば、三人が行う新人戦に向けたこの授業の進め方についてだった。
「まず、お前たち三人は新人戦までの間互いに訓練を行ってもらう。素振りでも型でも模擬戦でも何でもいい。ただお前達自身で訓練内容を決めて進めていけばそれでいい。別にクラスの連中を引っ張ってきて何かしても構わんし、そこは自由だ。我々教師陣は一切関与しない」
「……随分と放任主義的なんですね」
グラシエルの説明に、バレンシアが意外感を乗せつつ言う。
確かに今の言い方では、好きにしろと言われているのと同義だ。
放任主義という言葉が出たのも頷ける。
グラシエルはニヤリと笑い、
「なんだ不満か?」
「いえ、そういう訳ではありませんが」
「まあ、これは代々の伝統のようなものらしい。生徒の自主性を重んじ、生徒が自分達で成長してこそ将来王国を背負う人間が育つと、そういう事だな。つまりは期待されているんだよ、お前達は。学園でも一握りの存在であるSクラス、さらにその中から選ばれた三人だからな」
「なるほど……」
「だが勘違いするな。我々もお前達に丸投げするつもりはない。適度な相談には乗るし、サポートもしよう。実は私は私で考えている事があってな、一週間以内には用意出来る筈だから期待しておけ」
「なるほど、それは楽しみですね。僕も期待しておく事にしますよ」
入学から一か月を超え、すっかり見慣れたグラシエルの悪戯小僧のような笑みに、釣られてヴィルも笑みをこぼす。
この笑みをもう少し他の人にも見せれば周りの評価も上がるだろうに、何故かグラシエルはヴィル以外には見せようとしない。
正確にはヴィルが関わる事以外にだが、同じ平民であるニアやザック、クレアといったメンバーも気に入っているだろう事は伝わるのだ。
だが、ヴィルだけはどう見ても特別に気に入っている。
一体ヴィルの何がグラシエルの琴線に触れたのか、それだけが未だ分からないままだ。
「今話しておくべき事はそれくらいか。お前達は何か質問はあるか?」
グラシエルに問われ、ヴィルが手を挙げる。
「新人戦は領地ごとに区切られて行われますから開催地も一定以上の規模の学園の持ち回りだった筈ですが、今年はどこになるんですか?」
「あーしまった、開催場所を伝え忘れていたな。後でお前達から言っておいてくれ。今年はハイネルラントの聖光学園が開催校だ。歴史は長く上級生も強豪で知られる学園だが、一年の時点でそこまでの差はあるまい。お前達なら問題なく勝てる相手だ。どうしてか新人戦は強豪校同士の戦いを避ける傾向にあってなぁ、開催地の区分けもそうした意図が組み込まれている。ハイネルラントに集まるのも聖光以外はパッとしない弱小だしな。今年のうちにはこんな一年が入って来たんだぞとアピールする場になっているんだよ」
「なるほど、ありがとうございます。皆にも伝えておきますよ」
「ああ、頼んだぞ。他に質問はあるか?……無いようだな。それでは行っていいぞ。午後の授業もしっかりな」
「はい」
一通り説明を終え、ひらひらと手を振ってグラシエルは立ち去って行った。
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