第79話 罪なき罪 三
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
あれは、わたしが五歳くらいの頃、わたしがシャバネール家のお屋敷にいたときの話だ。
その頃のわたしはと言えば今よりもずっと明るく活発で、よく街の子供達と一緒に遊んでいた。
よく昔の領主のイメージで、平民に厳しく税を取り立て自分は贅沢の限りを尽くしている、みたいなのがあったけど、わたしのお父さんはそれとは真反対の人間だった。
平民に寄り添い、街の声をよく聞き、何かあれば身を切ってでも人を助ける、そんな優しく人に好かれる人だ。
わたしは子供ながらにお父さんはすごい人だと思っていたし、今はそれ以上明確に尊敬している。
それはともかくとして、当時遊んでいた子たちの話だ。
その集まりは男の子が四人、女の子が私を含めて三人だったと記憶している。
年齢が年齢だ、身分も年も性別すら関係なく、わたしたちは対等だった。
お父さんが領主の立場にあったわたしの家は広く、家に招いてお菓子を食べたり、庭で駆け回ったりした。
それから街の中でも遊んだ。
いくら平等とは言ってもわたしは貴族だったから、お父さんが護衛を付けてこそいたけど、時には護衛の人すら交えてみんなで遊んだ。
街の子が遊ぶ遊びは当時のわたしにはとても新鮮で、本当に色んな遊びを教えてもらった。
全員が大切な友達で、かけがえのない日々だった。
――けれど、わたしはそんな思い出を心の奥底にしまい込んで、見えないように蓋をしてきた。
思い出さないように、思い返さないように。
幸せな生活が壊れたのは突然に起こったたった一つの出来事がきっかけで、壊したのは他の誰でもないわたしだった。
それはありふれたある日のこと、わたしはいつものように家に友達を呼んで遊んでいた。
たしか鬼ごっこかなにか、お屋敷の中を走り回るようなことをしていたのだと思う。
おぼろげな記憶の中、名前も思い出せない男の子の背を追いかける鬼のわたしは、ぜえぜえと息を切らしながら走っていた。
男女で身体能力の差が少ない時期ではあったけど、わたしは今も昔も運動が苦手だった。
そんなわたしが鬼になった時は大変で、他の子にはほとんど追いつくことができなかった。
だからわたしが男の子を捕まえられたのは、きっとその子が捕まえやすいように手を抜いていてくれたからなんだろう。
優しく、何の罪もない子だった。
走るわたし、ゆっくりになる男の子、近づく背中。
やっとの思いでその子の背中に触れた時、わたしは走る勢いそのままだった。
子どもというのは裏表がなくて無邪気で、それでいて深く考えることをせず色々なものが制御できないものだ。
背中を強く押され、階段から突き落とされるその子の顔は、今でも忘れられない。
上下左右も分からず、受け身も取れぬまま落ちたその子は大怪我を負い、過失とはいえその原因となったわたしはその子に怒られ友達の縁を切られる。
そんな可能性も、少しはあったのかもしれない。
押したのがわたしでなければ、あるいは謝って仲直りする道もあっただろう。
けれど、現実にはそうならなかった。
――最初に、階段を落ちる男の子が打った肩に激痛が走った。
わたしの頭は無理解で、痛みはまだ追いついてこない。
――次に、なんとか踏ん張ろうと出した脚に階段の角が突き刺さった。
痛みを受けたわたしは立っていられず、見下ろす階段の上で膝をついた。
――腕、背中、脚、お尻、お腹、顔、男の子は転げ落ちる中で、体のあらゆる箇所に怪我を負った。
それを見ているわたしにも、全く同じ痛みが襲い掛かってくる。
同じ場所に、同じ順番に、同じだけの痛みが。
じっとしているのに、見ているだけだったのに、なんの衝撃もなくやってくる痛みを、ただ逃れることも叶わないままに受け続けた。
やがて大きな物音を聞いて駆け付けた護衛の人が見たものは、階段の下であちこち怪我をしてうずくまりすすり泣く男の子と、階段の上で同じ怪我をして座り込み泣きわめくわたしだった。
結果から言えば、わたしは『共感』というクォントを持っていた。
それは自分と他者をつなぐ異能で、痛みや視覚などの感覚と、それから身体強化など一部の魔術の効果も共有できるというものだった。
今でこそわたしは『共感』をほとんど使いこなせていて、人を治療する時なんかに患部がどこなのかすぐに知れる手段として利用しているけど、当時のわたしは使いこなすどころか、自分の身に宿った異能の存在すら知らなかった。
クォントが発覚したのは事故から数日後のことで、事故が起こったその日の内に落ちた男の子と男の子の両親がわたしに謝りに来た。
その時は最悪の気分だった。
顔を青くして必死に謝る男の子の両親と、怪我をした罪のない男の子。
謝罪を受ける青あざだらけの、罰を受けなければならないはずのわたし。
わたしは怪我なんかしてないのに、痛みを受けて怪我をしたと勘違いした体は勝手にその証を刻んだ。
悪いことをしたら謝らなければならないのに、そう教えられてきたのに。
――わたしの口は、謝罪の言葉をついぞ吐かなかった。
そこからだ、わたしが変わったのは。
一緒に遊んでいた子たちと距離を置くようになり、わたしの性格は暗く臆病なものへと変わった。
人を傷つけることを極端に恐れ、言葉も行動も気を遣うようになった。
魔術の適性が高く、治癒魔術に関しては王国最高クラスと言われるわたしが攻撃魔術を使えないのも、そのトラウマがあったせいだ。
どうしてわたしは素直に謝れなかったのか、自分に非があると言い出せなかったのか。
あの時のわたしが抱いていたのは、口にすることが出来なかった謝罪と罪悪感。
今のわたしが抱いているのは、謝罪を口にすることが出来なかった後悔と罪悪感。
あの日からずっと、わたしは後悔し続けている。
―――――
アンナの口から語られる彼女の昔話は、長い時間を掛けて話し終わった。
話の最中、時折間を空けながら語る姿は、改めて過去と向き合い考えさせられているからこそだ。
しかしそれでも、アンナは最後まで話し続けた。
ヴィルはそれを一度も遮る事なく、静かに耳を傾け続けた。
そして語り終えた今もなお、アンナは口を閉ざしたままだ。
アンナが語った内容は、ヴィルがどれ一つとして知る事の無い内容だった。
『共感』のクォントというのも初耳であり、トラウマとなった幼少期のエピソードもアンナの情報の中には無かった。
王国の機密情報をすら知り得るヴィルの立場と、情報収集に秀でたローゼルをもってすら知らなかったとなれば、それは王国上層部にまで報告がされていない事を意味する。
状況を鑑みるに、アンナの父親が情報を止めていたのだろう。
『共感』というクォントにどれだけの価値があるか、正しく理解をしていなければ取れない行動だ。
シャバネール家の当主についての評判はあまり聞かないが、先を見る力は確かのようだ。
――治癒魔術、身体強化魔術、呪術の共有。
呪術は別として、アンナの魔術適性と『共感』のクォントが合わされば、いずれ来たる戦争において勇者であるレイドヴィルと同じ、人類の切り札としての運用が強要されるだろう――本人が望むかどうかは別として。
これは誇張抜きの正当な評価である。
実際に王国上層部が知れば、王国の平和維持の名目で『聖女』辺りの分かりやすい名を与えられ、王国指定特級戦力の一人として名を連ねたのは想像に難くない。
王国の貴族である以上、癒しの手を振るわなければならないのは致し方無いが、戦争の道具となるにはアンナは優しすぎる。
王国の騎士としてではなく、一人の友人としてアンナには普通の道を歩んで欲しい。
そう願うヴィルは、アンナのクォントについて秘する事を決めた。
「あの、それで、ですね」
「うん?」
時間を掛けて再びアンナが口を開いたのを見て、ヴィルは耳を傾ける。
遠慮がちに、躊躇いがちにアンナの口から発せられたのは、ヴィルを驚かせるのに十分な内容で――
「昨日守ってくれてた時に思ったんですけど、もしかしてヴィルくんって心臓が悪かったりしますか?」
その言葉を聞いて、ヴィルは直ぐさま驚いた表情を作った。
アンナが『共感』のクォントを持っていると聞いた時にもしやと思ったが、やはりあの時の痛みを感じられていたらしい。
あらかじめ想定していたおかげで、警戒の色を見せずに済んだ。
仮に予想出来ていなくとも、そのような愚を犯す真似はしなかっただろうが。
「よく気が付いたね。特段隠し立てするつもりも無かったんだけど……クォント持ちなら分かっちゃうか。『招雷』の刻印術式を励起した時だよね」
「はい。……その、ごめんなさい。あんまり探られたくないかもとは思ったんですけど、どうしても心配になってしまって」
「いいよ。って、それじゃあもしかして心臓の痛みもそうだけど、あの時の怪我も共有したりしてたかな?ごめん。知らなかったとはいえ、痛かったよね」
「それは確かに痛かったですけど、けどあれはわたしを守るために負ってくれた傷ですから、なんてことありません」
「そうか。――僕は生まれつき心臓が悪くてね、魔術を使うとたまにだけど痛むんだ。病気とかそういうのではなけど、治るものでもない。だからかな、人より痛みというものに強くなれたのは。その点だけは感謝しているよ」
そう言ってヴィルは笑みを浮かべた。
ヴィルにとって、痛みは日常だ。
痛みを当たり前のように受け入れ、それを苦とする事のないように鍛え、生きてきた。
それはこれからも変わる事は無い。
「そうだったんですね。病気とかじゃないのはよかったですけど、何かあったらすぐに言ってくださいね。そういうのに関してはわたし、ちょっと得意ですから」
急を要する事態でないと知って笑みを見せたアンナだったが、そこからまた表情が曇る。
「わたしは、ずっと人を傷つけるのが怖かったんです。人は些細なことですれ違って、傷ついて、それですごく痛いんです。人の痛みが分かる子になりなさいなんて、お母さんにはよく言われましたけど、わたしは本当に分かってしまった。……今でも忘れられません。あの時の友達が感じた痛みが、鮮明に思い出せます。体のあちこちが痛んで、制御できなかったクォントは切れないし、当時は治癒魔術も使えませんでしたからどうにもならなくて」
自嘲気味の笑みを見せるアンナ。
彼女が争いを嫌う性格なのはヴィルも知っていたし、その事は能力測定後の模擬戦に出ていなかった事実からも察していた。
魔術の得意不得意は適性によるものだとばかり思っていたが、それがトラウマによるものだったとは予想していなかった。
だが、
「それがきっかけで、わたしは人を傷つける危険性がある魔術を使えなくなりました。適正ありって判断されても、一向に使える気配がなくて。わたしの適性が治癒魔術の方に大きく寄っていると分かったときはものすごく安心して、それと同時に、あの時癒せなかったことが苦しかった」
だが素質があるのならば、彼女は。
「わたしはずっと後悔してきました。だから、ここで後悔はしたくないって思ったんです。わたしを助けてくれた友達であるヴィルくんには、わたしにしてくれたのと同じだけ助けになりたい。ここから前に進んで、いつかあの時の男の子に謝って、仲直りをして、そうやって初めてわたしはクラスのみんなと並んで歩いていける。そんな気がするんです」
彼女の瞳に宿る決意の光を見て、ヴィルは思わず目を細める。
今確かに、アンナは壁を乗り越えた。
長い苦悩の果てに、一人で答えを出すに至った。
であれば、ヴィルがアンナの友人として出来る事は一つだけだ。
「アンナさんなら出来るよ。それからありがとう」
「ありがとう、ですか?」
「ありがとうだよ。今の話をするのにアンナさんがどれだけの勇気を振り絞ったか、僕は分かっているつもりだからね。その相手として僕を選んでくれた事にもありがとうさ」
不思議そうな顔をするアンナに、ヴィルは笑い掛ける。
嘘で塗り固められたヴィルという人物の、これだけは紛れもない本心だ。
そこには嘘は無い。
「これからも、同じクラスメイトとしてよろしくね、アンナさん」
「アンナ、さん……」
呼ばれた本人は不満顔。
何が言いたいのかはおおよそ分かるが、それでは不公平というものだ。
ヴィルは指を一本立てた。
「一つ交換条件を出そう」
「え?」
「さんを外して欲しいなら、僕の事もヴィルと呼ぶ事。それが条件だよ」
「わたしもですか!?えっと、流石にそれは……恥ずかしいと言いますか、その……」
「これも皆と並んで進む第一歩だよ。さあ」
「うう……」
言外に先の自分で言った決意の事を言われ、逃げ道を塞がれる形となったアンナ。
たじろぐアンナと、意地悪く微笑むヴィル。
それからアンナがその条件を呑んだのは、彼女が昔話をしている時間と同じくらい経ってからだった。
「それじゃあアンナ。僕はもう行くけど、お昼ご飯には出て来られそうかい?良ければ何か持って 来るけど」
「いえ、大丈夫です。疲れも随分取れましたし、ちゃんと行きますよ、ヴィ、ヴィル……」
「それは良かった。皆アンナを心配してたから、姿を見せたらきっと喜ぶよ。じゃあ昼前に呼びに来ようかな。皆を連れて」
「はい、待ってます……」
浅く唇を噛んで恥ずかしそうにするアンナに別れを告げ、ヴィルは音を立てないようゆっくりと扉を閉め、歩き出した。
胸の奥まで行き届くように息を吸い込み、長く長く息を吐く。
気高く、美しささえ感じさせる話だったと、思い返して考える。
時折言葉が詰まりたどたどしさもあったが、それが誰の言葉でもないアンナ自身の言葉であったからこそ心打たれたのだろう。
それだけに、一点の曇りがあった事がただただ残念でならない。
その穢れを持ち込んだのは、他ならないヴィル自身なのだが。
「…………」
歩く道すがら、ヴィルは内心でアンナに詫びた。
今更罪悪感など無い、無いが、あれだけの話を聞いた後ではどうしても心苦しく思ってしまう。
――先程のアンナとの会話で、ヴィルは一つ大きな嘘を吐いた。
それはアンナやバレンシア達は勿論、ニアや両親といったレイドヴィルを知る者達にすら言っていない、誰にも明かしていないという点においては真の意味での秘密。
ヴィルに先天性の心臓の欠陥は存在しない。
それどころか、英雄の一族としての血か勇者としての加護の賜物か、持病を含む病気には縁が無く、完全な健康体とすら言える恵体だ。
ただ痛覚を共有できる稀有な存在であるアンナ以外には、そもそも心臓の痛みの事すら話してはいない。
持病というのも、アンナに問われて咄嗟に考え出した嘘だ。
ではアンナが感じたという心臓の痛みとは何か。
――それはヴィルの使う魔術の代償だ。
ただ普通に魔術を行使する分には代償は発生しないが、ある特殊な魔術を併用した時にのみ、表面上は心臓の痛みという形で対価が支払われる。
ヴィルが普段から使用する魔術は主に三つ。
一つは身体強化魔術、一つはエネルギー操作魔術。
――そして問題である最後の一つが、代償魔術である。
代償魔術とは、魔力を行使の対価とする通常の魔術とは異なり、魔力以外の自身を対価として行使する魔術の総称だ。
対価としたモノに応じて自然治癒力や魔力を得る、それ単体で攻撃をしたりするものではない。
その対価というのは多岐に渡り、例えば体毛や血肉などの存在するものから、実際には目に見えない腕や足を動かしたりする体の機能、視力や触覚といった五感、魔術回路や果ては魂などが相当する。
魔術回路を代償に発動するのが有名な『術式融解』であり、想像を絶する苦痛を味わう事となる禁術に指定されている。
過程に対価の徴収が行われ、結果として痛みが訪れる、それが存在しないものを対価に置いた時に付き纏う第二の代償だ。
そんな中でヴィルが代償にしているのは、一回に得られる魔力効率の最も優れた、ただ一つ。
――自身の命だ。
それは寿命の一部といった話ではなく、命の鼓動そのもの、一回で一つの命全てを代償とする。
例外なく、命を代償に捧げた者は死に至る。
では何故ヴィルは、幾度も確定した死を乗り越えてきたのか。
その理由はヴィルの固有魔術、エネルギー操作にこそある。
まず代償魔術を使うと同時、ヴィルの命は失われる。
が、実はそれは正確な表現ではない。
厳密には、命の源たる心臓の鼓動が止まった結果、術者の命が失われるのだ。
ヴィルは死の危険性がない『御天に誓う』下において幾度も検証を行い、やがて一つの解決法を編み出すに至った。
それはエネルギー操作魔術でもって、自身の心臓を手動で強制的に再稼働させるというものだ。
ヴィルの術式範囲は体表から五センチ以内、つまり体内は無制限に行使可能な範囲とみなされる。
よってヴィルは自身の血流を維持しつつ心臓を無理矢理に動かし、膨大な魔力を得ると同時に蘇生を行うという荒業を可能とさせた。
常人には不可能な、ヴィルだけに許された反則的な一手。
必然それには想像を絶する苦痛を伴うが、逆に言えば実質的にその激痛だけで魔力が得られるのだ。
また日々の、拷問すら生温い鍛錬を積んできたヴィルは痛みへの耐性を獲得しており、その激痛すらデメリットとしては薄い。
蘇生にも魔力を食われるが、代償魔術で得られる魔力量は、心臓程度の大きさの物体に衝撃を与える少量の魔力消費では、お釣りが来る以上のものだ。
それで本来耐えられる筈の無かった落雷を、アンナを庇って尚耐え抜く事が出来た。
誰も何も失われる事の無い、完璧な仕組みだとヴィルは思っている。
だが、それを知った周りの人が自分を心配しないと思う程、ヴィルは自分の価値を安く見ていない。
心配され、ヴィルが負う以上の痛みを周りの人の心に味わわせる羽目になる事は、容易に想像出来る。
だからこそ誰にも話さず、悟られず、墓まで持っていくべき事実として、ヴィルはその事を胸の内に秘めてきた。
それはこれまでも、これからも変わる事は無い。
今ヴィルの様子を窺うニアに対してもそうだ、例外は無い。
「――ニア」
「う~ん、やっぱりヴィルにはバレちゃうか。ちょこちょこ練習してるんだけどなぁ」
そう虚空に声を上げてすぐ、木の陰から明るい茶色の髪の持ち主、ニアが顔を覗かせた。
しょんぼりした顔でヴィルの方へと歩いてきた彼女に、ヴィルは慰めの言葉を掛ける。
「上達してる事は間違いないよ。僕やローゼル以外なら結構通用するんじゃないかな」
「具体名で二人の名前を出されるとかなり嬉しいもんだね。長く苦しい鍛錬に耐えた甲斐があったよ~」
少し照れ臭そうに笑うニアにヴィルは微笑み返す。
ここまでは挨拶のようなものだ。
その証拠に、先程までが嘘のようにニアの態度がメイドのそれへと変わっている。
本題はここから、話題は当然昨日の事。
結果としては最善の形で終えた昨日の件だが、その道中には不可解な点が多くあった。
その事について、ヴィルは知らなければならない。
「まずは昨日の誘導ご苦労様。お陰でスムーズに『竜の牙』を追えたよ」
「お褒めに与かり光栄です。ただ、レイドヴィル様に全てお任せしてしまう形になってしまった事だけが悔やまれますね。せめてジャンド様方が援護に回っていれば……」
ヴィルが聞きたいのもその事だ。
険しい表情を見せるニアは、ヴィルが問わずとも聞きたかった内容を話し始めた。
「昨日は通信に応えなかったジャンド様達ですが、戦いのすぐ後に通信が復活しました。誰一人欠けておらず無事で、何故援護に回らなかったのかもその場で問いただしたのですが、その……」
と、そこで言葉を濁すニア。
だが話してもらわなければ先に進む事が出来ない。
「ジャンドはなんて?」
「……道に迷い山に近づけなかった、と」
「迷った?この山と街の間でかい?」
意味の分からない理由に思わず聞き返してしまうヴィル。
だがそれも仕方無い事で、本来ならジャンド達は道に迷いようがないのだ。
ミレマーの街の大通り、街の出入り口、イモリ―山は同じ直線状に存在しており、街の外で待機していたジャンド達は、その道に沿って進めば何の問題も無くヴィルの下へ駆けつける事が出来た、筈だ。
待機していた騎士達もそれを率いるジャンドも、土地勘の無い現場だとはいえ道に迷うような愚を犯す者達ではない。
「はい。私も不思議に思ってどういうことか聞きましたが、急に通信が出来なくなり、それとほぼ同時に気が付けば道に迷っていて山に近づけなかったとしか。詳しい話はベールドミナに戻ってから再度聞きますが、どうにも腑に落ちません。レイドヴィル様はどう思われますか?」
「そうだね……。僕も変だとは思うけどジャンド達が嘘を吐いているとも思えない。精神干渉系のアーティファクトかクォントか、いずれにせよ――」
――今回の一件、裏に帝国以外の何者かがいる。
言葉にしなかったその先で、ヴィルは一つの予想を立てた。
ヴィルは昨日の戦闘で、『竜の牙』の隊長であるヴルドが使える物全てを使って戦う人物であると知った。
そのヴルドが精神干渉という強力な札を、援軍の足止め程度に使う筈が無い。
それは死闘を演じた相手に対しての、一種の信頼だ。
アンナの身柄を狙う企みは潰え、一時の平穏は戻った。
だが真の意味での解決にはまだ足りない。
陰で蠢く何者かに対し、ヴィルはもう暫くの間思案を続けた。
誤字、感想等ありましたらお気軽にどうぞ。
また評価ボタンを押していただけると筆者の励みになります。
皆様の清き一票をどうかよろしくお願いします。




