第78話 罪なき罪 二
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
天候術師がいるにも拘らず天候が崩れたと思ったら、次の瞬間に襲われた事。
別のクラスメイトを守る隙にアンナを攫われた事。
襲い掛かって来た敵を、一人を残して殺し、それからアンナを追いかけた事。
追走劇の末、アンナを奪還した事。
それから大立ち回りを繰り広げ、敵を全滅させた事。
攻撃されたが故に反撃したが、敵の正体については知らないという事。
それらの出来事を、時折アンナに補足を頼みつつ、教師陣に対して詳細に報告していく。
ヴィルは敵の正体についてと、ニアのサポートを受けていた以外は嘘偽りの無い、純然たる事実を話した。
それ以外に隠す事は無く、探られる事も無いだろうという判断だ。
そこから十数分だろうか、時に教師に質問されながら、ヴィルは完璧に説明を終えたのだが――
「それは……少々やりすぎではないか?」
「確かに、そうした側面は否定できませんな」
と一部の教師からそんな否定的な声が上がった。
彼らは所謂身分主義の毛色が強い教師で、平民という事になっているヴィルが、私刑権を持たないにも拘らず賊を殺したのが納得いかないのだろう。
勿論、その可能性を考えていないヴィルではない。
「先生方の意見もよく分かります。ですがこちらが遠慮をすれば失われていたのは罪の無い生徒の命です。それにあのまま攫われていればそれ以上に辛い思いをしていたかもしれない。あの場では最善の策でした」
「だが全滅させたのだろう?一人は残したという話だったが、流石に全滅はどうにかならんかったのか」
「僕も投降は求めましたが、相手が捨て身の一手を切って来たのはご説明した通りです。守り切れない状況で、万が一の事態にと用意していた札を切らされたのは本意ではなく、あくまでもアンナさんを守ろうとした結果なのだとご理解頂けないでしょうか」
「そ、そうですよ。彼だってやりたくてやったわけじゃないでしょうし、二人が無事だったんですからそれでいいじゃありませんか」
「しかしだね、いくら何でも皆殺しというのはやりすぎだよ」
「それに彼は平民じゃないか。貴族でもないのに犯罪者に手を下すなど……」
続けざまに口にされるヴィルの行動への批判。
否定二、擁護一、静観二。
グラシエルは言葉を発さずとも考えは想像できる、早く何か喋って欲しいものだ。
もう一人の静観する教師は何を考えているか不明だが、援護は期待できまい。
昨日からアンナに付いてくれていた女性教師の援護も虚しく、否定的な意見は止まらない。
対抗が弱いのを良い事に、ますます否定派の舌は回っていく。
ただでさえ貴族出身の生徒を抑えて上に立つヴィルは、身分主義の人間にとって目障りな存在だ。
何が何でもここで傷を付けておきたいのだろう。
実にくだらない考えだと、ヴィルは思う。
生まれがなんだ、血がなんだ。
平民で貧しくとも有能で輝く人はいるし、貴族で裕福でも無能で他者を貶める人はいる。
人の上に立つのに、認められやすい地位や功績、カリスマと呼ばれる要素が必要なのはヴィルも承知しているが、それに胡坐をかいて勘違いをする人が多すぎる。
今もヴィルに対し否定をし続ける彼らもそうだ。
家柄と血に固執し、貴族の地位の高低を問わず人の上に立つのが当然と考えている。
これでも、昔に比べれば随分とこういう性向の貴族は減ったが、まだまだ固い考えは残っている。
同じ人の上に立つ貴族として、嘆かわしい限りだ。
そんな自分の考えはさておき、このままでは本当に罰が与えられかねないとヴィルは思案する。
別に罰を嫌う訳では無いが、平民という今の立場でそうした前例を作る訳にはいかない。
今後動きにくくなるのもそうだが、そのせいで他の人に迷惑が掛かりでもすれば申し訳ない。
ちらと、不安そうにヴィルと教師を交互に見るアンナの傍、腕を組んで静観するグラシエルに視線をやる。
それだけで彼女は理解してくれるはずだ。
というより、そろそろ動いてもらわなければ困る。
グラシエルはご丁寧にも仕方ないなというポーズを取ってから、部屋の全員に聞こえるよう大きく溜息を吐いた
「さっきからグダグダと、下らんな」
「なっ!?」
「下らないとは何という暴言か!これは王国の法と貴族の伝統に関わる問題で……」
「だから下らないと言っているのだろうが。貴族がどうの平民がどうのと、身分主義者共め。生徒が助かって賊が死んだ。それの何が問題だ」
「グラシエル先生、貴女は貴族の在り方というものが……」
「――アンナ。賊に襲われたお前は貴族が持つ私刑権をヴィルに委譲、助けを求めた。それで合っているな?」
「え?」
「グラシエル先生!それは横暴ですぞ!」
叫ぶ教師、嘲笑を浮かべるグラシエル、困惑するアンナ。
面倒な事になったものだと思う。
想定していた事だが、まさかグラシエルがこうも強引に押し通そうとするとは。
性格を考えてこうなる事も考えておくべきだったか、と後悔するが、まあこういうやり方も良いかとヴィルは修正の選択肢を即座に放棄する。
「横暴か。しかし自身が負傷しつつも友人を守り抜いた私の最も優秀な生徒に対して、褒める事もせず汚い大人の思想を押し付ける方が私はどうかと思うがね」
「なんですと!」
挑発を止めないグラシエルに、その後も突っかかる教師二人だったが、そう長く続く事はなかった。
両者のやり取りを見るに、グラシエルと彼らはもう何回もこうしてぶつかって来たのだろう。
その内にグラシエルに言葉が通じないのを理解して、折れやすくなってしまったか。
ヴィルにも覚えがあるので良く分かる。
「とにかく!この事は学園長にも報告させていただく。無事で済むとは思われない事だ!」
「長い馬車移動の中でしっかり言葉を考えて報告する事だな。とはいえ、それがどんな言葉だろうと私の立場が揺らぐ事は万に一つも無いがな。ほら、出て行った。これ以上うちの生徒に負担を掛けるな」
しっしっと手で払われる教師二人は、怒りに額の血管を浮かばせ、けれどアンナを気遣うように扉を開け閉めして部屋を出て行った。
静観していたもう一人も、アンナに一言お大事にと残してこの場を去った。
残されたヴィルは、これ見よがしに安堵の溜息を吐いた。
「いや、助かりましたよグラシエル先生。先生が居なければあの方々を納得させる事は出来なかったでしょう。ご助力感謝致します」
「白々しいな。お前は分かっていて私の方を見ただろう。それに私が居なくともお前は上手くやっただろうと思うがな」
「何の事やら。僕の目には先生が嬉々としてあのお二人を虐めているようにしか見えませんでしたがね」
「それは間違ってないぞ。あの連中には日頃からうんざりしているんだ。何かにつけて難癖をつけてくるし、何より身分主義の貴族だろう?私との相性で言えば致命的だ。私情が入っているのも否定はしないがな……」
そこで言葉を止め、グラシエルが口の端を上げて、
「あんな姿になってまでクラスメイトを守ったお前を否定されて、私も不愉快だったんだ。少しくらい意趣返しをしてもいいだろう?」
そう言い放った。
何かあるたびに同僚と問題を起こす教師、それは決して鑑と呼べるような存在ではないが、それでも――
「本当に、先生は良い教師ですよ」
「随分と気付くのが遅れたな。クラスを持って教鞭を取るのは初めてだが、これなら存外性に合っているのやも知れん」
満更でもなさそうに笑うグラシエルに苦笑しつつ、ヴィルは不安そうに自分を見るアンナの傍に寄る。
空気を察したグラシエルは、それ以上何も言わずに扉に手を掛ける。
それを見て女性教師も最後にヴィルと、
「頼りない先生でごめんなさい。あなたのやった事は正しいわ。自分に自信を持ってね」
「ええ勿論。それから先程味方をして下さっただけでも十分感謝しています。頼りないだなんて仰らないでください」
「……本当、もうちょっと頼りがいが欲しいわよね……」
そんなやり取りをして、部屋から退出した。
これで部屋にはヴィルとアンナの二人きり。
先は僅かに緊張を見せていたアンナも、これで話しやすくなっただろう。
部屋の端にあった丸椅子を手に取り、ベッドの傍に腰掛ける。
「――――」
緊張が解けたアンナだったが、今度は代わりに気まずげな表情をしていた。
「あの……さっきはごめんなさい」
「うん?」
「ヴィルくんが先生たちに色々言われてた時に、何も言えなくて」
「いいよそんなの。ああいう人達には下の人間が何を言っても無駄なんだ。立場の上下で比べ難いグラシエル先生みたいな人が適任だったから、そこは助かったね」
誤解を与えないよう、普段に増して優しい印象というものに気を配って話すヴィル。
それが功を奏したのか、不安の色が消えたアンナはあの、と呟き、
「さっき先生が言ってた私刑権の譲渡って、どういうことなのか聞いてもいいですか?」
「そうだね……。まず子爵以上の地位を持つ貴族は罪人を任意で裁く権利、私刑権が与えられているのは知ってるよね」
「それは、はい」
「逆を言えば、男爵以下の身分の人は勝手に罪人を裁く事が出来ない。今回で言えば、僕がアンナさんを誘拐しようとした人達を殺した事は、法的には認められない。一人や二人ならまだしも、今回は流石に過剰防衛で罪、という事になるね」
「そんな!?ヴィルくんはわたしを助けるためにやったのにですか!?そんなの……!」
「納得がいかないのは分かるよ。だからグラシエル先生はやり方を示した。――私刑権の委譲。つまり、貴族が部下に首を刎ねろと命じて遂行した場合、当然罪にはならないよね。だから僕らの場合も事前にアンナさんに認めてもらった上で僕がやった、そういう事にすれば何も問題は無いんだ。まあ完全に後付けだから貴族出身の先生達もあれだけ怒ってたんだけど、学園側としては黙認せざるを得ないさ。学外演習中に生徒が襲われただなんて、学園の面子に関わるからね」
だから大丈夫と笑うヴィルの説明に真剣に聞き入っていたアンナは、背筋を正して真面目な顔で、
「じゃあ、わたしはヴィルくんに助けを頼んで、私刑権も委譲しました。してました」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」
アンナの確認に、ヴィルは安堵の笑顔で応える。
彼女の性格上快諾してもらえると分かってはいたし、朝クラスメイトに説明した時も委譲されていたと話してはおいたのだが、実際に辻褄を合わせてくれると明言された事で、安心の気持ちが強く出た。
仮に承諾してもらえず明るみに出たとしても、ヴィルが貴族である以上罪に問われる事は無いのだが、それでは周囲の疑念を集めてしまう。
この学生生活の継続の為にも、ここは必ず踏まなくてはならない一足だった。
と、一先ずこれで急ぎアンナと話すべきは全て済ませた。
もう暫く話してアンナから何もなければ、後は初めて人を殺めたというクロゥと、責任を感じていたリリアの二人と話しをしに行く所なのだが――
「――あの、ちょっとだけなんですけど、わたしの話って、聞いてもらってもいいですか?その、小さい頃の、トラウマみたいな話なんですけど……」
「それは、アンナさんの昔話という事?」
その提案は、ここまででアンナの性格をよく知ったヴィルにとって意外なものだった。
「はい。面白い話とかじゃないですし、もしかしたらそれがなんだって思う話かもなんですけど……」
「良いよ。どう思われるかは考えず、自分の話したいように話してくれればいい。ちゃんと最後まで聞くから」
遠慮がちに言うアンナに返しつつ、ヴィルは意外感と微笑ましさにも似た感覚を覚えた。
以前までのアンナであれば、友人先生誰に対してであってもそうした話をしようとは考えなかっただろう。
それが意外感で、微笑ましさというのは子を見守る親のような、似通えど確かに違う感情だった。
ヴィルの目の前のアンナは今、自分で一つの殻を破ろうとしている。
それは自らが背負う枷にして打ち倒すべき障害だ。
トラウマとまでは行かずとも、万人が一生に一度は乗り越えなければならない壁。
そんな壁を、アンナは今乗り越えようとしているのだ。
その障害について、ヴィルにも覚えがある。
命を救われ、そして必ず救い返すと誓った事だ。
未だ達せず、気も熟していない。
だからこそ、今ここで孵化しようとするアンナに憧憬の念すら抱いてしまったのかもしれない。
ヴィルに出来る事は、その気高き意思と勇気ある行動を見守る事だけだ。
「ありがとう。じゃあ、話しますね。あれは、わたしが五歳くらいの頃――」
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