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第77話 罪なき罪 一

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 踏み出した右足、既に汚れた靴が泥水を踏んで上書きされる。

 自分が汚れたくないと思うのは恐らく人類共通の感情で、ヴィルも例に漏れずそう思う。

 それでも水溜まりを避けなかったのは、そうせざるを得ない理由があったから。

 ――ヴィルの隣を歩くクラスメイト、アンナ・フォン・シャバネール。

 彼女は正に疲労困憊といった様相で、本人は拒否していたが結局ヴィルの肩を借りて、腕を回している。

 ヴィルが仕方なく水溜まりを踏み抜いたのも、避ける動作さえも疎ましかろうと配慮した結果だ。

 先程までの豪雨で更に歩みを困難にした道のりには、自然の悪意を感じてしまうくらいだ。

 だが自然というものは、生きとし生ける者全てに対し、平等に恵みと災いをもたらす。

 故に悪意も善意もあったものではないのだが、先の豪雨を感じさせない程の晴天には思うところがある。

 夏も近くなりじわじわと暑くなって来た今日この頃、登山などしていれば当然汗をかく。

 泥だらけな所に汗が重なったこの状況、ヴィルが鬱陶しく思うのだからアンナはもっとだろう。

 頂上に入浴施設があってくれと、切に願うヴィルだった。

 グラシエルと別れて早五分、そろそろ着く頃合いだが……


「お、見えて来たね。頑張って、アンナさん。もう少しで休めるよ」


「はぁ……はぁ……は、はい……」


 息も絶え絶えに返事を返すアンナを見て、そういえば碌に水分を取っていないなとヴィルは気付く。

 これまでの人生でこれ程ハードな運動の経験はないだろうアンナは、ここまで本当によく頑張って来た。

 肩を貸すアンナに掛けているエネルギー操作魔術の出力を上げ、最後の三十メートルを進む。

 と、そこで二人に気付いたのか、ずっと落ち着きなくウロウロしていたであろうリリアが駆け寄ってくるのが見えた。

 遅れてクロゥ、ヴィル達の班を出発地点に送り届けた女性教師も走って来て、ヴィルは手を振って無事を知らせる。

 とそこで、アンナの膝ががくりと落ち、後ろに倒れた。


「おっと」


 体が地面に倒れぬよう、肩に回していた左手を咄嗟に背中に合わせ、しっかりと支える。

 恐らく駆け寄ってくるリリア達を見て安心し、力が抜けてしまったのだろう。

 無理も無い。

 これ以上歩くのは不可能と判断し、ヴィルは『竜の牙』から逃げていた時と同様、お姫様抱っこの要領でアンナを腕に抱える。

 後から多少恥ずかしい思いをするかもしれないが、今は一刻も早く柔らかいベッドで休ませてあげたい。


「ヴィルっち!アンナちゃん!大丈夫!?」


「ああ、問題ない。僕もアンナさんも無事だよ。早速で悪いけど、どこかベッドのある部屋はないかな?アンナさんを休ませてあげたいんだけど」


 ヴィルの言葉に、女性教師が心配そうな目を向ける。


「それはあるけど……それよりあなたは大丈夫なの?すごいボロボロだけど」


「はい。服は無残なものですが、下の肌には傷一つありません。アンナさんが治してくれましたから」


「そっか、彼女治癒魔術の適性が高かったものね。と、そんなことより部屋だったわね。こっちよ。ごめんなさいね、あなたも疲れているでしょうに」


「いえ、体力には多少自信がありますから」


 ヴィルの言葉を聞いて目に一抹の不安を残しつつも、女性教師は建物の方角に案内を始め、ヴィルもその背に着いて行く。

 と、


「我が盟友よ」


「ヴィルっち……」


 振り返って見た二人の表情は、良く似た心配の情に彩られていた。

 こうして改めて見ると、一見全く似ていないように感じる二人も従姉妹同士なんだなと、場違いにも思ってしまう。


「大丈夫、心配ないよ。アンナさんを寝かせたら直ぐに戻ってくるから。色々と事情も説明しないといけないしね」


「いやいやそんなのいいから。アンナちゃんと一緒にしっかり休んで。うちらはあとでいいからさ」


「然り。如何に汝と言えど休息を怠れば倒れるのは必定。無事を悦び合うのは後から幾らでも出来よう。今此の時は休むべきだ」


「……そうだね。それじゃあ、しばらく休んでから顔を見せる事にするよ」


 言った瞬間、二人が全く同時に安堵の息を吐いた。

 クロゥの息はフッ、という感じのいつものものだったが、文字通り息の合った仕草にヴィルは少し笑った。

 それからアンナを送り届けたヴィルも部屋を一室借り、そこで少し休む事に決めた。

 教師の話によれば、学外演習は予定を変えて山頂の宿泊所に一泊する事にしたらしい。

 正確にはここは山頂より少し下に位置しているのだが、そこはひとまず置いておこう。

 そんなに急に予定を変えて、この施設はSクラス全員を受け入れられるのかと、ヴィルは教師に疑問を伝えたが、幸い潤沢な資金でもって山を貸し切りにしているため、他に登山客もいないらしい。

 また食糧に関しても、保存食にはなるが十分な量があるらしい。

 マーガレッタ等一部の生徒はかなり反発しそうだが、ここは呑んでもらう他無い。

 その代わりという訳ではないが、明日の昼には山に食材と料理人を持ち込んで山頂バーベキューを行うそうだ。

 それで完全に反発が抑えられるかは疑問だが、新鮮さも加味してなんとかなると信じたい。

 そんな事を考えつつ、世界は朝を迎えた。

 山の宿泊施設と聞いて悪質な環境を覚悟していたヴィルだったが、存外悪くない寝心地のベッドは一夜を越すには十分だった。

 一時は仮眠程度に抑えて教師陣に報告を入れようかとも考えたが、リリアとクロゥの忠告が頭をよぎり、結局本格的に睡眠を取らせてもらった。

 銀翼騎士団(シルバーナイツ)への報告も明日で良いと言われていた事であるし、誰にも文句は言われないだろう。

 仮に言われてもどうにでもなるだろうが。


「さて、皆に顔でも見せに行こうか」


 呟き、ヴィルはベッドから立ち上がった。


 ―――――


 朝食を終えた後、ヴィルはアンナがいるという部屋へと向かっていた。

 朝食の場では親しい友人全員に心配され、質問され、大変な騒ぎだった。

 というのも、昨日の内にある程度事情を伝えたグラシエルだが、生徒達には何も言っていなかったようなのだ。

 変に情報を伝えなかった事を良しとするべきか、朝から説明させられた事を恨むべきか。

 ともあれヴィルの説明を聞いて、山に一泊する事になった文句が一つも出なかったのはSクラスの性格が善良なおかげだろう。

 バレンシアからはまたトラブルに巻き込まれたのかという呆れの言葉、マーガレッタとヴァルフォイルからはお前のせいでこんな所で一泊する羽目になったのかという非難の視線を頂いたが、取り立てて言うべき問題はなかった。

 ただマーガレッタに関しては、そろそろ対策を打たなければならないなと認識はさせられたが。

 そんな質疑応答から解放され、次はアンナとグラシエル達教師を交えた質疑応答が待っている。

 昨日の時点であると分かっていたが、朝一度やった身からすればまたかと思ってしまう。

 シルベスター邸にいる時は人を纏める立場にいる事も多かったので、報告や話をする事自体苦ではないが、多少気は重くなる。

 そんなヴィルの心情とは裏腹に、太陽を隠していた雲は流れ、遮るものの無くなった陽光が辺りに差す。

 既に夏間近な王国だが、この山の山頂はそうした季節の変化が遅れているらしく、着ている服が長袖でなければ少し肌寒いくらいだった。

 ちなみに、今ヴィルが着ているのは昨日着ていた服とは別のもので、昨日の激戦により血と泥と焦げでとても着られるものではなくなっていた為、昨日の内に着替えていた。

 服の替えは持って来ていなかったが、これはこの建物に備え置かれていたものだ。

 よもやこの非常事態を想定していた訳では無いだろうが、置く判断をしていた人物には是非礼を言いたかった。

 それから、寝る前に体を綺麗に出来たのも良かった。

 流石に入浴とまではいかなかったが、体を拭く施設がそこそこ広かったため快適だった。

 願わくば、この学外演習の本番とも言える霊峰にも同じレベルの施設があって欲しいと、そう思うくらいには。

 そんな事を考えながら歩いていると、目的の部屋の前へと辿り着いていた。

 時間は指定通り、中に複数人の気配を感じ取り、ノックをして許可が出てから入室する。

 アンナは朝食の場に姿を見せていない、昨日の疲れがまだ残っているのだろう、無理も無い。


「失礼します」


「よく来てくれた。こっちに来い」


 扉を開くと、そこにはベッドで上体を起こしているアンナ、傍に立つグラシエル、そして教師が三人。

 ヴィルは勧められるままに、グラシエルとアンナの近くに立った。

 まずは全員に挨拶、それからアンナの心配だ。


「おはようございます。アンナさんは、しつこいようだけど大丈夫かい?ちょっとでも元気になってくれてたらいいんだけど」


「は、はい、この通り元気です、大丈夫です。朝ごはんもちゃんと食べられましたし、おいしかったです」


 ピンと背筋を正して、固く答える。

 言葉に偽りなし、我慢している事も無さそうだとヴィルは判断する。

 教師に囲まれて多少緊張しているようだが、アンナが根掘り葉掘り聞かれる事もあるまい。

 そういった方面は、きっとヴィルの方に振られる筈だ。


「そうか、良かった。それなら僕も一安心だよ」


 眉尻を下げ、安堵した表情を浮かべるヴィル。

 そうしてヴィルが話しているだけで、場の空気は彼一色に染まる。

 ヴィル生来の容姿と周囲を呑む特異な空気が相乗し、話しかけられたアンナとグラシエル以外は安易に言葉を発せない。

 これは意図しての事ではなく、ヴィル本人にも制御の叶わない性質である。

 誰も話させないのを察したのか、やれやれと言った表情でグラシエルが口を開いた。


「よし、お互いに無事も確認できた事だし、早速話を聞かせてもらおう。昨日は疲労もあるだろうと配慮したが、私達にも事情がある。昨日の今日で悪いとは思っているが」


「王国への報告義務ですね、事情は多少分かっているつもりです。寧ろ一日待って頂けた事に驚いているくらいです。感謝していますよ」


「そうか、全く……。それじゃあ、聞こうか」


 呆れ笑いを見せるグラシエルは、打って変わって真剣な眼差しをヴィルに向ける。

 やはり自分が話す事になるかと思考しつつ、ヴィルは頭の中で順序を組み立てつつ話していく。


次回からは四章に突入です、お楽しみに!

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