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第71話 学外演習 三

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


 歩き始めてからおよそ一時間、ヴィル達は順調に歩みを進めていた。

 イモリ―山は想像していたよりも遥かに自然で、所々獣道のような跡こそあるが、人工的な痕跡は何一つ無かった。

 先頭を歩くのはヴィル、こうした不安定な足場に慣れた足運びは的確に進みやすい足場を踏み、より簡単なルートを取捨選択していく。

 そうして剪定された道のりを、後続のリリア達がついて行くという形だ。

 半ばガイド役のような形になっているが、他の班も経験者が居る場合は概ね同じ隊列で登っている為、それ程おかしな事でも無い。

 ヴィルの歩行速度は、ペースで言えばやや遅い。

 単純計算すれば、到着はかなり後ろの順位になるであろう事が予想されるが、これで良い。

 別に順位が重要となる場面では無いし、急いで進む利点は全くと言って良い程無い。

 リリアやアンナといった体力に難のある班員に合わせて進むのも、班行動の基本だ。


「ホントにザ・山って感じの山だね~。なんかイメージしてた通りというか」


「エルフロストに向けての練習なら、これ以上適した山もそう無いだろうね。正にうってつけだと思うよ」


「然り。我が身を以て鍛えるに相応しい相手と言えようぞ。ククク……」


「うん、クロゥは大丈夫そうだね。アンナちゃんは大丈夫?しんどくない?」


「はい……。なんとかついていけそうです」


「それじゃあこのくらいのペースで続けて行こうか。疲れたと思ったら直ぐに言ってね。アンナさんが治癒魔術を使えるとはいえ、怪我をしないに越した事は無いから」


 と、この程度に会話が出来るくらいが、登山のペースとしては望ましいとされている。

 本番の霊峰ではこうはいかないだろうが、折角の初行事だ、楽しまねば損というもの。

 今回のイモリ―山登山は、都合約十時間をみている。

 つまり片道五時間の計算という訳だ。

 一番早い班で四時間を切れるかどうかという所で、ヴィルの班は勿論五時間を目標としている。

 あるいはそれ以上掛かってもおかしくないと予想しているが、これはあくまでヴィルの主観だ。

 実際問題として、全員が全員良くも悪くも想定通りに動くとは限らない。

 予想以上に早く疲れが出る事もあれば、逆に予想を上回る頑張りを見せる事もあるだろう。

 前日にある程度山を歩いたとはいえ、固い地面というのはそれだけで歩を進める者の体力を奪っていく。

 それから予期せぬ怪我や体調不良ともなれば、二、三十分取られる事もあり得る。

 とどのつまり、何が起こるかは誰にも分からないという事だ、想定する事に意味がある。

 あと警戒する事と言えば、野生の動物くらいのものか。

 魔獣も居ない事であるし、まず出会う事は無いだろうが、熊等の大型動物に出くわすと厄介である。

 真正面から苦戦するという事は無いだろうが、万が一という事もある。

 ちなみに今回の学外演習では、Sクラスの誰一人として帯剣をしていない。

 既に三十キロもの荷物を背負っているのだ、ここに好き好んで余計な荷を持とうという生徒は居なかった。

 ちなみに、背負う鞄の中身はその殆どが鉄、重りである。

 これが霊峰で身に着ける魔術具と荷物の総重量だというは理解しているのだが、実際重りだらけの鞄の中身を見てしまえば、その気力も萎えるというもの。

 一応鞄の中身全てが無意味な鉄という訳ではなく、道中で食べる昼食や水も入っているのだが、重さで言えば些細なものだ。

 そんな重いだけの荷物を背負い、しかし会話だけは絶やさぬよう進んでいく。

 会話が減って沈黙が落ちれば、益体の無い考えと共に悪い気持ちばかりが浮かんでくるものだ。

 故に会話は絶やさない。

 幸いにもヴィルはSクラスの中でもトップクラスに体力があるし、リリアはそうした気遣いに長けていて、かつポジティブ思考だ。

 会話の種には事欠かず、何より全員が楽しんでいた。


「……ふぅ。あー!疲れたー!」


「お疲れ様、リリア。はい、お水」


「ありがとー。んぐ……っ、んぐ……っ。っぷはー!生き返ったー!」


「頂上まではまだ半分残ってるからね。先は長いんだから、死んでる暇は無いよ?」


「分かってるもん。けどごめんね?うちとアンナちゃんの分の水持ってもらっちゃって。こういうのあんまりよくないよね?」


「先生が持ってもらってはいけないって言ったのは、あくまで三十キロの重りだけだからね。ノーカウントだよ。それに、これくらいなんて事無いしね」


「ヴィルっちって案外悪いよね。けど疲れてたし助かる!」


「アンナさんは大丈夫?ここまでほぼ休憩無しで進んで来たけど……」


「……はぁ……はぁ……ふぅ。はい、大丈夫、です。ペースも、合わせてもらっ、たので」


「これアンナさんのお水ね。一旦昼休憩を取るから、ここでしっかりと休んで、それから最後の一息と行こう」


「はい……!」


「クロゥもお疲れ様。見た感じ平気そうだけど、些細な不調が大怪我に繋がる事もあるから、少しでも違和感があったら直ぐに言ってね」


「フッ。案ずるな、我が盟友よ。神代の世を生きた我らにとって、此の山は児戯にも等しい。現世の肉体ではそう無理は叶わぬが、それでも此の程度の疲労など、取るに足らぬ」


「そっか、なら良いんだけど。何かあったら必ずね」


「うむ」


「にしてもホントヴィルっちって体力バケモノだよね。最初から先導して、険しい崖みたいなとこではうちらを紐で引き上げて、休憩中は一人で先を確認して、今はこうしてみんなに気をつかってさ。ヴィルっちこそ大丈夫なの?ムリしてないよね?」


「勿論。体力には余裕を持たせてるよ。冒険者やってるとこのくらいの荷物に加えて剣を持って、帰りは魔獣の素材を持って帰ったりする事も良くあるからね。慣れたものさ」


「へぇ~。じゃあ今度一緒に冒険者ギルド行こうよ!一度は行ってみたかったし、ヴィルっちと一緒なら安心だし、楽しそうだし、ちゃんと家の許可は取ってくるし、どうどう?」


「それは是非。じゃあ夏休みなんかにどうかな?シア達と一緒に行く予定があってね、その時にでも」


「あー、夏休み中はちょっと厳しいかも。家の用事とかいろいろあってさぁ、ごめんっ!」


「良いよ良いよ。じゃあまたの機会にね」


「ではその機会、此の我も呼ぶが良い。彼の戦場を駆けた(ともがら)として、又候(またぞろ)獣を狩るのも悪くない」


「あのー、それじゃあわたしも……」


「良いね。折角くじ引きで同じ班になれたんだ。全員一緒で行かなきゃ損ってものだし」


「うっし、決まり!」


「ククク……」


「はい!」


 と、これは昼休憩の際に四人の間で交わされた会話の一部である。

 一行は木陰に入り存分に休息を取りつつ、やや味気の無い食事にガッカリしつつも豪華だという夕食に思いを馳せ、会話を楽しんだ。

 万全とはいかないにしても体力を取り戻し、さあ行くぞと立ち上がり再び歩き出した。

 順調だった。

 だがあと一時間程で頂上という所で、最後の難所でそれは起こった。

 思えば或いは、ここから既に()()の歩みは始まっていたのかもしれない。


 ―――――


 最後の難所、それは各班のルート毎に位置も難易度も違っただろうが、ヴィル達の班に対しては道のりの約四分の三地点で降りかかった。

 難所は心臓破りの坂とでも言うべき急勾配で、道には大小かなり差のある岩石が散見され、道の両側は密度の高い森に囲まれ、既に都合三時間は登山を続けてきた一行には正しく最後の難所であった。

 先導役のヴィルは、即座に休憩を取る事を提案。

 最後の休憩からそこまで時間は経っていなかったが、これも万全を期す為と説明を受け、全員が承諾。

 十分の休憩の後に出発したヴィル達は、今まさに坂の真ん中に差し掛かっていた。

 最初に気付いたのは、クロゥだった。


「――(そら)が曇る。雨が、降る」


「ホントだ。まあ山の天気は変わりやすいってよく言うしね」


 クロゥのいつも通りに意味深な発言に、リリアが不思議な顔一つせず答える。

 アンナも変わらず、肩で息をしながらぼんやりと曇天を見ている。

 だがクロゥの言葉を聞いて、ただ一人ヴィルだけは、ここまで一度も切らしていない警戒心を最大まで引き上げていた。

 ――直後、ヴィルの警戒網に、自分とリリアに向かって高速で飛来する物体の反応を捉えた。


「ふっ」


「な、なに!?」


 手刀を二振り、金属音と共に飛来物がヴィルの手によって打ち落とされ、地面に転がる。

 地面に落ちたそれは、何の変哲もないありふれた小型のナイフだった。

 短く悲鳴を上げるリリアに対する脅威は退けたものの、それでヴィルは一手遅れる事となる。

 ヴィルが即座に最後方に振り返った時に見たのは、アンナが既に森から出てきた黒い外套の男二人に、横から攫われる姿だった。

 リリアを助けないという選択肢が無かったとはいえ、まんまとしてやられた。


「ヴィ――」


 重りでしかない荷物は肩のあたりで切り捨てられ、男に担がれ呆気に取られるアンナからは、男達の手際の良さを表していた。

 彼らの正体については、最早疑う必要もない。


「アンナちゃん!!」


「リリア下がって!それから二人共直ぐに荷物を捨てて」


 森に消えるアンナに思わず駆け寄ろうとするリリアを背で止め、ヴィルは背に庇うリリアと傍に跳んで来たクロゥの両名に荷物を捨てるよう指示、自身もすぐさま荷を捨て去る。


「穏やかじゃないな。山賊にしては小綺麗だけど、中身の卑しさが隠し切れて無い」


 牽制に一言、ヴィルが言葉を発するが、相手からの反応は無い。

 気付けば、三人は道で男四人に挟まれる形となっていた。

 坂下を警戒しつつも普段通りに立つヴィルと、その背後で怯えつつも敵を睨むリリア。

 坂上を威嚇するクロゥは腰を低く、ヴィルと背中合わせ、ヴィルと同じく近距離戦が出来ないリリアを庇う体勢のようだ。

 ここは前衛で戦う者とそうで無い者の差が出たと言うべきか、クロゥはこうした状況にも動じていない。

 普段の言動がこうした緊急事態でも一貫した行動を取らせているのか、今は頼もしい限りだ。

 ただ剣が一本も無い事で不安なのか、右手を握ったり開いたりと繰り返している。

 それを見たヴィルは、即座に次の行動を決めた。


「リリア、クロゥ。こっちを見ずに話を聞いて欲しい」


 背中合わせの二人から返事は無い、だがそれで良い。

 二人共ヴィルの意図を汲んでくれている。

 今ヴィルは、口を一切動かさずに小声で言葉を発していた。

 元は読唇術対策として覚えたものだが、余人に会話している事を悟られないようにする、今のような場面でもこの技術は有用だった。


「こいつらの目的は時間稼ぎ。目撃者の僕達にアンナさんを追わせないようにと、それから口封じも兼ねてるんだと思う」


「「…………!」」


 ヴィルの言葉に反応して、背後から固い緊張の気配が伝わってくる。


「……十秒、そっちで時間を稼いで欲しい。倒す必要は無い。ただ僕の後ろの敵の足止めさえしてくれれば良い」


「う、うん。わかった、けど……」


「助かる。すぐに戻るよ。――今!!」


 合図を送ると同時、ヴィルは直立状態から予備動作無しに坂を駆け下る。

 エネルギー操作魔術による運動エネルギーの増大、それによる一瞬の加速は、力の溜めを必要とせずに初速からいきなり最高速へと至る。

 結果、突如突撃してくると予想していなかった男達は、何の反応も出来ずにヴィルと相対する事となった。

 突進するヴィルの背後、莫大な光量が森を染める。

 牽制目的のそれは、リリアから放たれた純粋な魔術の光。

 結果として、リリアの方を見ていた敵方のみが目潰しを食らい、戦端は開始からヴィル達の側に傾いて開かれた。

 五メートル弱の距離を瞬時に詰めたヴィルだったが、敵もプロ、リリアの魔術の予備動作を見て咄嗟に目を庇っていたようで、完全なる盲目という訳にはいかなかった。

 だが、それでもヴィルの敵にはなり得なかった。

 激突――。

 まずヴィルと当たったのは右側の男。

 片や無手、片や剣を持ったこの場面で、しかし勝利はヴィルの手に渡った。

 外套の男は隙を生まぬ最小限の動きで様子見の剣撃、恐らく男にこの一撃で仕留めようという気概は無かったに違い無い。

 その様子見を難無く躱したヴィルは、返す一撃に大上段からの大振りの手刀を選択、瞬時の溜めから一気に振り下ろす。

 しかし敵も油断はしていない、空かさず剣を頭の上に構え、刃での防御を敢行した。

 ヴィルの手刀と敵の剣による防御、その優劣は論じる必要を持たない。

 ――必然、剣を断ち斬った右の手刀が、男を肩から撫で斬りにした。

 次にもう一人、目を見開く男に向かい、左の蹴脚。

 握る剣を弾き飛ばし、蹴った左足でそのまま踏み込み右ストレートの手刀。

 五指を揃えて放たれた直線は寸分違わず男の心臓の真上を直撃、胸から背中までを貫通し、撒き散らされた血肉は森の養分と相成った。

 肉体を容易く穿ち、鋼鉄すらも断ち斬ったヴィルの手刀、その原理はこうだ。

 まずは精神統一、冗談のようだが、より強力な魔術を放つ上ではよく使われる手法で、剣技で言えば予備動作や溜めに当たる。

 ヴィルは相手の下に走る段階でこれを行い、魔術の『溜め』を作っていた。

 次に手刀の周り、ヴィルが魔術行使可能な範囲体表五センチに物体をバラバラにする、つまりモノの集まる力を弱くするという性質を付与する。

 土や砂が元は大岩であったように、目に見えないほど細かい水蒸気が水であったように、万物は小さなモノの集合体だ。

 ヴィルの魔術はエネルギー、即ち力そのものに作用し、集まる力を弱める事が出来るのだ。

 そんな性質が付与された手刀は、強大な運動エネルギーも相まって、脆弱になった剣を断ち斬ったと、そういう訳だ。

 そしてそれは、人の身体ですら例外では無い。


「クロゥ!」


 ここまで七秒、ヴィルは倒れた男から無事な方の剣と投げナイフを拝借し、剣を坂の上へと投擲する。

 そうして全力で投げられた剣は、ヴィルの狙い通りにクロゥの傍の地面に突き刺さった。

 音を聞き、反応したクロゥはニヤリと笑い、地面という鞘から抜刀。

 視力の回復した男の一人へと襲い掛かり、数合斬り結んだ後に危なげ無く処理した。

 そして最後の一人、リリアを人質にしようとしていた男は駆け付けたヴィルに取り付かれ、呆気無く絞め落とされる。

 敵方唯一の生存者である男が崩れ落ち、この場は一先ずの決着を得た。


「二人共、怪我は無いかい?」


「ケガはって……うちらはケガしてないけど、ヴィルっちこそ大丈夫、なの……?その、ち、血が……」


 ヴィルの問い掛けに応えたリリアが、顔色悪くヴィルの惨状を指摘する。

 視線を落とせば、ヴィルの右手は真っ赤に染まり、衣服は敵の返り血を吸って元の色を失っていた。

 そうせざるを得ない場面だったとはいえ、蝶よ花よと育てられたお嬢様には少々刺激が強すぎたのかもしれない。


「ああ、済まない、見苦しいものを見せたかな。この通り、僕自身に怪我は無いよ」


 跳んで跳ねて、自分の無事を証明するヴィル。

 それで取り敢えずは一つ安心を買えたようだ。


「僕の事は置いておいて、クロゥは人を殺したのは初めてだと思うんだけど、平気かい?」


 ヴィルの質問を受けて、クロゥは驚いたように眉を上げ、直後にフッと笑った。


「今世、此の肉体では然り。だが殺らねば殺られる状況だった故、仕方あるまいて。今世では、殺生は控える心積もりだったのだがな……」


「うん、その様子だと大丈夫そうかな。また後で話そうか。今はアンナさんが最優先だ」


 森の方角を見つめるヴィルを見て、リリアが不安そうに訊く。


「これからどうするの?」


「取り敢えず二人は魔術を打ち上げて先生に知らせてくれ。さっきの光で気づいてくれてればいいけど、一応ね。それから、クロゥはリリアに付いていてあげて欲しい。この近くの森に隠れて、先生が姿を見せたら声を掛けるんだ。それまでは絶対に姿を見せちゃいけない。別の奴らがここに来ないとも限らないからね」


「ふむ。では汝は如何にする」


 そう問うクロゥは、ヴィルの言葉の先を望んでいるようだった。

 そんなクロゥの目を見て、ヴィルは薄く笑い、


「僕はアンナさんを追って森に入る。先生にもそう伝えて欲しい」


「そんな!?危ないよ!」


 ヴィルの提案を受けて、リリアが反対の声を上げる。

 しかし、ヴィルはその反応を予想していたようで、落ち着いた声色で返す。


「今行かないと手遅れになるかもしれない。それに僕は森にも慣れているし、生半可な相手には負けないのは、さっきので分かってもらえたと思う」


「それは、そうだけどさ……クロゥ?」


 渋るリリアに代わり、前に出たクロゥが手に持っていた剣を突き出す。

 剣は持ち手側をヴィルに向けられており、ヴィルは小さな笑顔でそれを受け取った。


「今こうしている時も惜しいのであろう?ならば征くが良い。汝は汝の、我らは我らの成すべき事を」


「フッ、感謝しよう」


「フッ」


 ニヒルな笑みを浮かべるクロゥに、ヴィルも同じく返して感謝を伝える。

 それを見たリリアは、仕方ないなぁとでも言いたげな表情でヴィルを見て、


「仕方ないなぁ。見送ってあげるから、代わりにアンナちゃんと二人、無事に戻ってくること!いいね!?」


 と口でも同じ事を言って、勢い良くヴィルを指差した。


「――うん。必ず連れ戻すよ」


 出来る限りの決意と感謝を言葉と目に込めて、ヴィルはリリアとクロゥに背を向けて走り出した。

 その途中で空の鞘を拾い、それにクロゥから受け取った剣を納め、ついでにもう一本の剣を亡骸から拝借する。

 両の剣共に帝国製なだけあって、重心や柄など細かな部分に違和感があったが、得物は選ばないようにとローゼルに散々鍛えられてきたヴィルにとって、それは些細な差でしか無い。

 二振りの剣を腰に差し、二人分の視線を背に受けつつ、ヴィルは視界不良の森の中へと飛び込んだ。

 それから五秒、十秒と経ち、人の視線が外れた辺りでヴィルは懐から通信用の魔術具を取り出し、耳の裏に掛けて叩く。

 決して足は止めず、障害物たる木々と足元に気を配りながらその時を待つ。

 そこからは、さして時間は掛からなかった。

 右耳の裏にじんわりとした熱源、それは通信開始の合図だ。


「こちら『シルバー』。状況はそちらにも伝わっているね。事態は既に急を要する」


『こちらニア。もちろん存じております。私の魔力感知も問題なく、「シルバー」様とアンナを捉えていますから、いつでも指示が可能です』


「承知した。時にそちらの状況は?」


『私の班は既に山頂に到着済みで、今は集団から少し離れた位置にいますから問題ありません。それから、現場にはグラシエル先生が既に向かっています』


「そうか。先生が二人を連れてそちらに着いたようならまた報告を。それからジャンド達にも応援を頼んでおいてくれ」


『それが、その……。一切の連絡が取れません』


「それは……やられたという事かな?いや、どうあれ人に頼れないなら同じか。ニア、予定とは違うけど、ここからは僕とニアの二人でアンナ奪還をする事になる。本来ならこうなる前に包囲網を敷きたかったんだけど……全く、この街の騎士は何をやっていたんだと言いたい気分だよ」


『同感です。それで、これからどう動きますか?』


「取り敢えずはこのまま方角の指示を寄越して欲しい。その後は追いついた後の彼ら次第だ。――足場の不安定な森で、僕らから逃げられる筈も無い」


 その確信すら感じられる鋭いヴィルの声に、ニアもまた感覚を研ぎ澄まして己の内の異能を解放していった。

 ぽつり、ヴィルの鼻先に、雨粒が一滴。

 勇者と異能者、たった二人の追跡者が、帝国の闇に迫る。


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