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第69話 学外演習 一

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 学外演習当日、Sクラスは森の中、晴天の下で班ごとに集合していた。

 雲一つ無い青空とはいかなかったが、登山においては寧ろ多少の雲があった方が快適というものだ。

 これもSクラスか学園関係者の中にいる、晴れ男あるいは晴れ女のお陰――では勿論無く、天候術師の魔術による恩恵だ。

 ――天候魔術とは、エクストラを除いた純粋な魔術適性に左右される魔術の中でも、最も扱える者の少ない魔術である。

 具体的な人数で表せば、比較的魔術師の数が豊富と言われる王国であっても三十と居ない程。

 これは火、水、氷、風、計四種の属性に高い適性を持ち、尚かつ複数の属性を同時に操る才と、大量の魔力量を要求される為だ。

 ただでさえ四種の適性が要求される上に、優れた魔術師と呼ばれる条件まで求められるのだ。

 天候術師の数が少ないという話も納得できる。

 故に王国を含む四大大国は天候術師を優遇しており、適性を持つ者は将来を約束されるとまで言われている。

 例えば国賓を招く時であったり、国を挙げた祭りであったり、武術等の大会であったり、不作の解決であったり。

 そうした天気が重要な機会において、アーティファクトの類い無しで天候を操作できるという事が一体どれだけの価値になるのか、最早説明は不要だろう。

 そんな存在が少額の金で動かせる筈も無く、一教育機関が学外演習のような小規模の行事に天候術師を動かすのは、本来あり得ぬ事である。

 アルケミア学園のように資金力に秀でた王立の学園でも無ければ不可能であり、今回はその強みがもろに出た形になる。

 つまり今回の晴れ男あるいは晴れ女は、大金で雇われた天候術師であるという訳だ。

 閑話休題。

 登山開始時は、各班がそれぞれバラバラの場所に散らばって開始となるのだが、今は点呼と注意事項の最終確認の為、こうして集まっているのだった。


「最後にアンナ、と。――よし、二十人全員揃っているな」


 手元の紙に何事か書いて確認するのは担任のグラシエル。

 いつもはいかにも魔術師という服装をしているのだが、流石に山の中では生徒達と同じく動きやすい格好をしている。

 凄まじい毛量を誇る金髪もどういう原理か纏められ、普段を考えれば比較的涼し気だ。

 それでもあれなのだから、夏はどうして過ごしているのだろうか。


「さて、まずは最初に、もう既に何度も話しているが注意事項の説明だ。お前達はこれから私の背に見えるイモリー山に登ってもらう訳だが、全員仲良く出発なんて甘えた事はさせない。これまでと同様の班でバラバラの地点に別れ、そこから開始してもらう事になる。公平を期すために出来る限り地形や距離に差は作っていないが、他の班と会う事はまず無いと思ってくれ。到着した順番で何が変わる訳でも無いから、まああまり気にする事でもない。あとはお前達の隣に置いてある荷物だな。それは霊峰登山時に必要となる魔術具と必需品の重量を再現したもので……というのはもう言ったか。これも前に言ったが、一応もう一度言っておくと荷物を他の誰かに持ってもらう事は禁止だ。本番は魔術具を外せば死ぬからな」


 そう、この登山では全員のゴール地点こそ同じものの、スタート地点はバラバラなのだ。

 元々仲の良いヴィル達のような班には支障はないが、ニアのように班にマーガレッタ等の相性の悪い班員がいる場合は、少し辛いかもしれない。

 そして登頂した順番が評価に入らないのは、無理なペースで登った結果の脱落者を出さない為のルールだ。

 あくまでも、本番の為の練習という立ち位置の行事だからだろう。

 その後も細かく一通りの説明を終えたグラシエルは、一度クラスの面々の顔を見渡して、再度話し始める。


「最後に、皆入学早々ここまでよく厳しい鍛練に耐えた。剣士諸君は当たり前として、魔術師組はそれはもう辛かった事だろう。私も魔術師だ、気持ちは良~く分かる」


 うんうんと頷くグラシエルは、恐らく理解できていないだろう。

 彼女は近接もいける口だ。


「だがそれももうすぐ一段落だ。今回の登山はあくまでも前哨戦に過ぎんが、これを終えた暁には確かな自信がお前達の中に刻まれるだろう。それは霊峰登山において重要となる要素の一つ、成功体験にあたるものだ。当然霊峰はこんな山とは比べるべくもないが、寒さ以外の難所は他の山とそう変わらん。その大きさだけだ」


 生徒達の前に立つグラシエルの口から語られるのは、これから始まる登山の意味とその先にあるもの。

 それを語るグラシエルの表情は真剣そのもの。

 やはり、この学外演習の先にある霊峰登山には死の危険が付き纏うからであろうか、いつも散見される適当な雰囲気は鳴りを潜め、今はどこに出しても恥ずかしくない立派な教師としての立ち居振舞いを見せている。

 普段の授業や、ヴィル等の限られた生徒にだけ見せる強引さで忘れそうになるが、グラシエルは宮廷魔術師筆頭。

 王国最高の魔術師である。

 そんな彼女が如何にして一学園の教師の座に収まったのかは不明だが、本来はこうした姿こそが本質であるべき姿であり、普段から見せていれば更なる尊敬の眼差しを集めていただろう。

 ……ただ、どう考えても悪戯好きな一面が本質に思えて仕方がないのは何故なのか。


「これまでのお前達の努力が発揮される場だ、しっかりやろう。それから楽しんでな。そして……夜には少し豪華な食事を用意する予定だ」


「「「「「……!!」」」」」


「貴族相手だろうと満足させる出来だそうだから期待して良いぞ。さぁ、出発だ!」


「「「「「おおぉぉぉー!!」」」」」


 深緑の中に野太い叫び声が響く。

 それを見た女子達は若干呆れ気味だったが、それでも士気自体はかなり上がったようで、Sクラスは気力に満ちていた。

 それに一部の女子も声を上げていて、一体感という意味でも万全だ。

 ちなみに一部の女子とは、ノリの良いニアやリリア、騎士爵の生まれでやや軍人気質な所もあるシュトナの事である。

 そうしてSクラスの各班を乗せた馬車は、それぞれの開始地点へと分かれて行った。

 ここイモリー山は頂上が一つで、比較的段差・崖の少ない、円錐形の登りやすい山だ。

 動物はいれど魔獣はおらず、それでいて森や地面に手入れがなされていないという事で、自然の厳しさも体感できる程良い山として、登山家の中では人気となっている。

 円錐であるが故に開始地点を弧に配置でき、距離の格差も生まれない。

 班ごとの団結力の強化、それを目的の一つとする学外演習にはうってつけという訳だ。

 そんな山の外縁を、ヴィルの班を乗せた馬車はゆっくりと進んでいく。

 ヴィル達の班は点呼をしていた場所から近い地点の為、それ程急ぐ必要がない。

 なんなら徒歩ですら辿り着ける距離ではあるが、山登り前に無駄に体力を使う事も無い。

 そのための馬車移動なのだが、遅めの行軍だったにも拘らず、馬車はもう開始地点に着いてしまった。

 付き添いの教師は時計を見て、


「ちょっと早く着きすぎたかなぁー。ごめんなさいね、もう少しだけ待ってて」


 と話し、早々に馬車を出て行ってしまった。

 登山は同時出発という話であったし、それまでは話でもして時間を潰す他無い。

 あるいは教師が馬車から出たのも、生徒達が話しやすいようにとの気遣いだったのかもしれない。

 ちなみにグラシエルではない。

 グラシエルは点呼後、そのまま残って他の教師と共に一足先に頂上へと向かって行った。


「ねぇねぇ、ヴィルっちは点呼の時先生の話聞いてた?霊峰の寒さがどうのってやつ」


 止まった馬車の中、そう言うのはリリアだ。

 彼女は馬車の右側に座るヴィルの隣に座っている。

 リリアはこのクラスの中でも一二を争う低身長の持ち主だが、それは座っていても同じらしい。

 元々身長の高いヴィルではあるが、今も彼女を見下ろす形になっている。

 従姉妹であるクロゥを見るに、恐らく遺伝なのだろう。


「勿論聞いていたよ。確か……霊峰はこんな山とは比べるべくもないが、寒さ以外の難所は他の山とそう変わらない、だったかな」


「そうそうそれそれ。エルフロストが寒いって話はよく聞くけど、あれって実際どのくらい寒いんだろうなーって思ってさ。知識としては知ってるけど、体感ではピンと来ない、みたいな?」


「――曰く、彼の地は『常冬の地』と呼ばれ、銀華止まぬ極寒の大地。数多の奇跡残る、神の祝福賜りし地。雪と氷と白銀の結晶が織り成す、静寂の世界。それが女神眠る霊峰、エルフロスト」


 そうリリアの問いに答えたのは、ヴィルの正面に座るクロゥ。

 左右色違いの右目を瞑り、格好つけつつも滔々と語られる霊峰の知識は、およそ正確でありつつもツッコミ所の多く残るものであった。

 具体的に言うと、


「うん、違うね!いや違くないけどさぁ……クロゥはすーぐ余計な言葉を加えたがるんだから。面倒くさいっ!」


 との事だ。

 クロゥと彼女を指差すリリアは従姉妹同士の幼馴染同士で、クロゥの病にも理解があるが、決して共感している訳では無いのだ。


「汝、この肉体と血を分ける者、魂を分かち合う同胞よ。並の人間が我を御せないのは当然。気に病む事は無い。この我を制する者が居るとすれば、或いは……」


「はいはい、そんな意味深な目でヴィルっちを見ない。それでどうどう?ヴィルっちは行ったことないの?麓らへんまでとか!」


「期待に応えられなくて悪いけど、僕も行った事は無いよ。前に調べたから、知識としては多少あるけどね」


「是非聞かせてくーだーさーいな!うちってあんまり本とか読まないからさー、時間もあることだし、ね?それに、これはうちの勘だけど、ヴィルっちって知識をひけらかす……って言うと人聞きが悪いけど、人に話したりするの好きなタイプでしょ」


 鋭い。

 流石は対人百戦錬磨のリリア、この人の本質を見抜く観察眼と交渉力はヴィルも見習わねばなるまい。

 しかし、お前の全てはお見通しだと言わんばかりのニヤニヤ顔は、淑女としてどうかと思うが。

 とはいえ彼女の言う事は事実、ヴィルがそうした場において舌が良く回るのは確かだ。

 これだけの笑顔で求められているのであれば、話すのもやぶさかではない。

 それに、リリアだけでなく、クロゥもアンナも期待するようにヴィルの方を見ている。


「それじゃあ先生が戻って来るまで、少しだけ」


 ヴィルは三人の期待に応えるべく、軽く唇を湿らせた。


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