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第68話 学外演習前夜

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


 その後移動の道中で昼食を挟みつつ、一行は平和に怪我無く目的地であるミレマーへと到着した。

 高級馬車での行軍とあって、体の痛みを訴える生徒もいなかった為、そういう意味でも怪我無しであった。

 深夜の到着という事もあり、その日は特に何をするでもなく宿へと直行し、解散となった。

 自由行動となった生徒たちは食事に向かう者、我慢出来ないとばかりに寝床に就く者に別れ、各々が好きな時間を過ごす。

 前述の生徒の比率は前者が男子が多く、後者に女子が多く見られる。

 それは体力の差か、あるいは単純さ故か。

 だが、少なくともそれ以上の何かを行う体力は残されていなかったらしく、この日は全員が大人しく就寝して初日を終えた。

 勿論ヴィルやニアも例に漏れずだ。

 二日目、この日主に行われたのはイモリ―山登山に向けた最終確認のようなものだ。

 イモリ―山近くの別の山の一部を借り、そこで最後の授業を行う。

 とは言え、やる事は普段の授業とそう変わるものではない。

 ただ走り込みをしたり、当日実際に持つ荷物を背負って山を歩いたりするだけだ。

 そんな事をして何か意味があるのかと思う人もいるだろうが、これが案外馬鹿に出来たものではない。

 山というものは、基本的に整備のされていない場所である。

 霊峰と呼ばれる場所や、ゼレス教が指定する聖地の一部は別だが、イモリ―山のような普通の山は手付かずの土地ばかり。

 そして地面が手付かずとなれば必然、足の踏み場を選ばなければ石を踏んで怪我をする危険性も高まる。

 登山当日は生徒達が班毎に班員だけで登るが、この二日目は現地の治癒術師もいる為、いくらでも怪我をして慣れればそれでいいというやり方だ。

 また仮に地面が荒れていなかったとしても、斜面があるという事はそれだけで慣れていない者の体力を削る。

 ヴィル達位の若い年齢であれば、数時間歩くだけでイモリ―山程度の傾斜は直ぐに適応するだろうが、その為の練習だ。

 事実、最初は苦戦していた生徒達も、授業が終わる頃には難なく雑談をしながら歩くまでになっていた。

 これも若さ故の適応力と、普段の授業の賜物か。

 ただ日常で持つ事は恐らく無いであろう重さの荷物に関しては、生徒の大半が悲鳴を上げていたが。

 最後の授業を行う利点で更に言えば、班員同士がお互いのペースを把握できる点が挙げられる。

 先程班ごとに登山を行うと言ったが、その開始地点は各班ごとに異なっている。

 これには班同士の協力を防ぐと共に、四人一組という少人数集団での行動に慣れさせるという目的があるのだ。

 学園側の意図としてはこれを機に絆を深め、来たる大会の団体戦に向けて経験を積んで欲しいという狙いがある。

 団体戦全てが四人一組とは限らないが、限られた人数、人材の中で状況に応じて連携を取るというのは、今後の学園生活のみならず将来においても役立つ技能だ。

 育てておいて損は無い。

 そうして午前午後とみっちり授業をこなしたSクラスは、またも街を見て回る余裕もなく昨日と同じく宿へ直帰する事に。

 もっとも、仮に体力に余裕があったとしても、ミレマーという街に見て回るような何かがある訳では無いのだが。

 昨日と変わった事はといえば、移動時に街の住人の耳目を集めたくらいか。

 出発時もそうだったのだが、街に学生が、それも貴族が入り混じる名門の生徒が来る事が珍しいらしい。

 昨日の到着時は深夜だったことも相まって、一体いつ到着したのかという興味もあっただろう。

 集まる住人達の好奇の視線に、こうした状況に慣れない生徒達はかなり落ち着かない様子だったが、そこは視線に慣れ、尚且つ生徒達のケアに余念が無いリリアがすかさず対処していた。

 本当にこうした場面では彼女のような人物が頼りになる、とヴィルも評価しており、今後Sクラスが団結していく上で必要不可欠な人材となっていくだろう事は想像に難くない。

 そうして平和な街にちょっとした騒動を起こしつつ、時は深夜。

 食事を終えたヴィルが風呂上がり、自分の部屋へ戻ろうとしている時だった。


「あ」


「こんばんは、偶然だね。アンナさんはお風呂の帰りかな?」


「は、はい、そうです。よく分かりましたね」


 男子用の風呂から戻る途中で、同じく戻る途中のアンナと出くわしたのだ。

 本人はどうして分かったんですか、とばかりに驚いているが、アンナが来た方角には女子風呂以外に何も無い。

 アンナも風呂上がり突然にクラスメイトの男子と鉢合わせて、気が動転しているのかもしれない。

 上気した頬はお風呂半分、羞恥半分といった所だろう。


「な、何だか恥ずかしいですね。こういうのって……」


 手遊びをして、内腿を擦り合わせ、羞恥の色を濃くしてヴィルの方を窺い見るアンナは、実に様になっている。

 アンナらしいというべきか、いずれにせよ風呂上がりのこの状況では目に毒だ。


「これは失礼。配慮が足りなかったね。お風呂上がりの女性をみだりに見るものじゃない。僕はもう行くよ。ゆっくり休んでね」


「うえ!?別に大丈夫ですよ。気にしてませんし、気にしないでください。それと……もしよろしかったらなんですけど、少しだけ話しませんか?部屋に戻るまででいいので」


「そう?それじゃあ話しながら歩こうか」


「はい」


 そう言って微笑むアンナの肩から、ほんの僅かではあるが力が抜けた。

 やはり明日の事で緊張しているのだろう、とヴィルは思った。


「このお宿ってすごく大きいですよね。お風呂もそうですけど、食堂とかお部屋もすごく広くって。あまり大きな声では言えませんけど、こんなに大きくない街でもちゃんとした宿泊施設があるんですね」


「ここは本来大商人とか貴族向けの宿だし、それを貸し切ってるからね。ミレマーくらいの規模なら大抵一つはこういう宿があるんだよ。どんな街でも、そういう需要は一定数あるからね」


「お詳しいんですね。結構色んな場所を見られたことがあるんですか?」


「そうだね。僕が学園に入る前は冒険者をやってたから、依頼の関係上色々行ったよ。とは言っても、全部王国内だけだけど」


「それでもすごいです!きっと食べ物とか建物とか、たくさんのものを見て来たんでしょうね。わたしもお仕事でお出かけはあったんですけど、大半が王都で。王都以外だとしても、診させて頂く貴族の方の家に泊まる事がほとんどだったので」


「そうなんだ。確かに無理に外に泊まっても防犯面で安心できないか」


「はい。それで、ご厚意自体はありがたくて嫌というわけではないんですけど、たまにはこうして普通の旅行みたいにしてみたいなって思う事もあるんですよ」


「そうだね、分かるよ」


 そうした会話はアンナとヴィルの部屋の分かれ道まで続き、アンナの表情も随分と晴れやかになった。

 ただの雑談がアンナの不安解消の一助となったかは疑問だが、悪い時間では無かった。

 あれだけの表情が出来るなら、もう心配無い、ヴィルはそう結論付けた。


「すいません、話し込んじゃって。明日も体力を使うのに」


「これくらいなんて事ないよ。楽しかったしね」


「……わたし、不安だったんです。班を組んだ最初から体力がなくて、明日みんなに迷惑を掛けたらどうしようって……」


 ヴィルの予想は当たっていた。

 やはりアンナはずっと不安だったのだ。

 だが……


「大丈夫だよ。確かに最初はそうだったかもしれないけど、今はもう随分と体力が付いた。今日だって、実際山を登ってても良いペースで歩けてたじゃないか。これは凄い成長だよ。誰も迷惑だなんて思ってない。僕達の班に、そんな風に思う人はいないよ」


 唖然としていた。

 口を開いて、アンナは呆気に取られていた。

 けれど、


「ありがとうございます。これで明日も頑張れそうです」


 アンナが自然に笑う。

 本当の意味で、アンナは自分の不安が解消された気がした。


「うん。気負わず、しっかりと体を休めてね。それじゃあ、お休み」


「はい。おやすみなさい。明日もよろしくおねがいします」


 頭を下げて、ヴィルもまた応える。

 そうして、学外演習二日目の夜は幕を閉じた。

 ――少なくとも、善なる者達の、夜は。


 ―――――――――――――――――――――――


 ――イモリ―山、夜。

 月すら顔を見せぬ闇の中に、四人の男がいた。

 彼らはこの街に駐在する兵士であり、明日この山で行われる王立アルケミア学園の学外演習の為、前日から警備の任に就いていたのだ。

 そして今、丁度宿ではヴィルとアンナが話している頃に、警備の交代作業が行われていた。


「よお。そろそろ交代だぜ」


「おお、もうそんな時間か」


「おつかれさん。それにしても、上からのお達しとはいえこんな夜中に山の見張りとはな」


「しゃーねーだろ。金は特別に多く出るし、お坊ちゃまお嬢様方の中には国の有力貴族も多いんだ。何かあって責任問題にでもなれば、ここの領主様もどうなるか分からないってね」


「それにしたって厳重だよな。明日はいいとして、今日も一般人の立入制限掛けてたしどんだけだよ。なぁ?」


「…………」


「…………」


「おい、返事くらい…………」


 その声を最後に、その場の生者は消えた。

 ――否、生者はいる。

 数は三人、それらはいずれも、招かれざる者達である。

 黒い外套に身を包み、闇に紛れて兵士達を殺した彼らは密入国者。

 或いは、知る者には『竜の牙』と呼ばれる組織の構成員であった。


「……ちょっと、これで今夜の仕事は終わりですかい?チョロすぎるでしょう」


「そんでこれもあの男のお導き通りってか?気に食わねぇなぁ」


「……仕方あるまい。『あれ』の協力なくば、我らは既に力尽きていた」


 そう答えたのは、『竜の牙』を率いる首領、ヴルド。

 王国が、正騎士団が、銀翼騎士団(シルバーナイツ)が追い続けた末に捉える事の叶わなかった男だ。


「でもねぇ……」


「それに我らは利用されているのではない。『あれ』を踏み台に、我らは我らの任務をこなす。それだけだ」


「……ま、隊長が言うなら従いますがね」


「それにしたってお粗末だよなぁ、こいつらも。見張りの引継ぎも満足に出来ないなんてな」


「夜の内に記録帳に書いておけば四人消えてもバレない。確かにお粗末ですが、手抜きが癖になってるんでしょうね。それで我々の侵入を許してるんですから、因果応報というところで」


「お前達、無駄話は程々にしておけ。すぐに潜伏場所を探すぞ」


「「了解」」


 三人は再び、闇へと消える。

 兵士の死体と共に、森の中へと。

 人がどれだけ目を凝らしても見えぬであろう闇には、三人の他に二十を超える影があった。

 国に、街に、騎士に、月と星々にすら悟られぬまま、『竜の牙』は静かに動き出した。


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