第67話 学外演習出発 三
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
馬車での移動:バレンシア達の馬車
今回の馬車移動の列において、生徒を運ぶという目的では最後尾のこの馬車は、バレンシア、ヴァルフォイル、フェロー、レヴィアと貴族の四人という事で、家格の差もあまり無く快適に時を過ごしていた。
この四人は元々、それぞれ社交界などで面識はあるものの、バレンシアとヴァルフォイルを除いて特段親しかったという訳では無い。
ただ同じ学園同じクラスになった事で、かなり打ち解け話せるようになっていた。
最初こそヴァルフォイルがバレンシアと同じ馬車に乗れた喜びで喋り倒していたが、やがてそれも落ち着いて、ようやく他のメンバーも喋り出す事が出来た。
「はぁ、全くお前は変わんねえな。こーんな小っちゃな頃からシア、シア!って。おざなりなシアには同情するぜ」
「っせぇぞフェロー。とっかえひっかえして女癖の悪ぃテメエだけには言われたくねぇ」
やれやれとでも言いたげに話すフェローに、ヴァルフォイルが噛み付く。
「けど一途なのって良いわよねえ。知ってる?夫婦って、男が女に惚れてる関係の方が上手くいくんですって。浮気をする心配が無いからかしら」
バレンシアは濃い紫の髪を撫で付けて話すレヴィアに胡乱な目を向け、
「……何かしらそれ。惚れっぽいあなたに言われても凄く説得力が無いわ。せめてその伴侶探しにもう少し落ち着きを持ちなさい」
「あら手厳しい」
「そもそもオレは一途とかじゃねぇ」
「おいおいテンプレか?今時珍しい純情ボーイめ」
と、こんな感じで会話をしつつ、時間を潰していた。
大半が他愛もない雑談である。
ただでさえ長い馬車移動だ、特に中身の無いやり取りだってある。
ただ、社交界などで初対面の人物と会話する必要があったりもする貴族とあって、この手のスキルには秀でた面々だ。
それぞれがそれぞれに話題を提供し合って、会話は絶える事は無かった。
だからヴァルフォイルが次に口に出した一言も、何気ない話題提供の一つだったのだろう。
「誰が純情ボーイだふざけやがって。――そういやシア、ヴィル・マクラーレンについての調査結果は出たのか?」
その一言にバレンシアの表情が強張り、咄嗟にフェローに向けて目配せをする。
それを受けたフェローがすかさず魔術を発動、覗き窓と隙間を遮音の壁で塞ぎ、この場でただ一人聞かせては不味い人物である御者から、この空間を完全に隔離する。
そこまでやってから、バレンシアはヴァルフォイルを非難の目で見やる。
「ちょっと、個人情報を他人がいる場所で話そうとするなんて信じられない。デリカシーが足りないんじゃないかしら?」
「いいじゃねぇか別に。あの野郎の情報なんざ」
「ただでさえ友人の個人情報を漁るのは抵抗があるのに、しかも今回はあなたが怪しいと言うから調べさせたのよ?それを……」
「あぁ悪かったって。それで?なんか分かったのかよ」
相変わらず口悪く、そして反省の色が無い。
刺々しい頭の中身は空なのではないかと疑う出来である。
欠片も悪いと思っていなさそうに言う幼馴染に嘆息しつつ、バレンシアは調べて得た情報を言おうとして、
「なんでお前はヴィルに辛辣なのかが分からん。あいつめっちゃ良い奴だろ。イケメンだし人当たりは良いし、強いし頭は良いし運動神経も良いし、あとイケメン。どう考えてもハイスペック完璧超人の良い奴じゃねえか」
解せない顔のフェローに遮られた。
「文面だけ見れば嘘みたいだけど、そうねえ。彼、Sクラスのお披露目会的な意味合いの強い新人戦もまだなのにもう学園の女子達に知られてるのよ?平民で元の知名度も無いでしょうに、凄いわよね。しかも……結構人気があるんですって」
「……どうしてそれを私の目を見て言うのかしら」
「ズルだろズル。俺はこんなに努力して、女子の目を気にして生きてるってのに。素であれだけモテるのは反則だろ!」
悲痛な叫び、と言うには冗談の色強く、緑の髪を振り乱すフェロー。
「確かに、ワタシやアナタからしてみればそうかもねえ。けどワタシの告白を受けてあの返し。ヴィルも結構苦労してるんだと思うわ」
「うんうん……うん?は?え?レヴィア、ヴィルに告白してたのか?いつ?」
「いつって……入学式の日よ?」
「日よ?じゃないわ!じゃあなにか?お前ら入学初日から付き合ってるのかよ!?マジか、それにしては本人から何も聞かないんだが、マジか……」
「まずはお友達からって断られたわよ?」
「それで断ったのかよ!イケメンだな!」
「……ねえ、そろそろ話してもいいかしら」
フェローが笑顔でここに居ないヴィルにツッコみを入れる中、話を遮られたバレンシアが低い声で呟く。
ついでに、情報を聞きたいヴァルフォイルからも一睨み。
「……あー、悪い」
「うふふ、ごめんなさい。ワタシも気になってたし教えてくれる?」
「はぁ、別に良いけれど、聞くならちゃんと聞いて頂戴」
そう但し書きを添えて、バレンシアはようやく話し始める。
と、開始早々フェローが右手を上げる。
先の反省を踏まえて、発言の前に挙手する事にしたらしい。
「何かしら?」
「あー、シアに一つ謝らなくちゃならない事があってな。……ヴィルの調査の件、前に本人に話しちまった」
「…………そう。別に構わないわ。彼はそれくらいで機嫌を損ねるような人では無いし」
と言いつつも、多少は気にしているようだ。
それを見て、口元に手を当ててニヤニヤ笑いをするレヴィアを余所に、フェローがあ、と声を上げる。
「そういえばその時に『誰に調べられても気にしないって伝えてくれ』ってヴィルが言ってたな。だから大丈夫じゃないか?多分」
「適当な事ね。いずれにせよ、これから調べた事について話すのだけどね。ただヴィルがそう思っていると知った上で話す方が少し気が楽かしら」
溜め息を吐き、しかし気にしても意味が無いと悟ったのか、バレンシアは細い首を振って意識を切り替える。
「まずは大まかにだけど、今回秘密裏に調べた内容は基本的にはヴィル本人が言っていた内容と一致するわ。疑う訳では無いけれど、齟齬は無かったわね」
最初にそれを聞いて、ヴァルフォイルは不満顔だ。
やはりどうしてもヴィルを悪者にしたいらしい。
だが当然の事として、一朝一夕の調査で露呈する程、ヴィルの情報に関する隠蔽工作は浅く無い。
「ヴィル・マクラーレン、銀翼騎士団が運営する孤児院出身。彼の幼馴染のニアも同じ孤児院出身だけど、今回は省きましょう。両親は不明、物心つく前から孤児院に預けられていたそうよ。孤児院の子供達との仲は良くて、特に年下の子供からはかなり慕われていたみたい。基本的には孤児院の大人達に育てられつつ、重要な部分は院長直々に教わったらしいわ。礼儀作法、剣術、魔術、体術、雑学なんかを」
「それは俺も聞いたな。その院長、なんでも聖法国出身らしいぞ」
「それは初耳だったわ。真偽は兎も角として、ローゼルという院長は相当に出来る人物のようね。若い頃の情報は不思議と出て来なかったけれど、孤児院に務める以前はシルベスター家に執事長として仕えていたそうよ。父が昔会った事があるらしいのだけど……控えめに見ても近衛騎士長をあしらえるレベルだったらしいわ」
「騎士に所縁があるとは聞いてたが……マジかよ」
バレンシアの父親の評価に、フェローがシンプルな戦慄を見せる。
近衛騎士とは、王国正騎士団の中から選出された指折りの騎士であり、国王や王族といった王国における最重要人物護衛の任に就く精鋭だ。
そんな者達の長たる近衛騎士長を相手にして負けないとなれば、それはもう一握りの相当な腕前の持ち主という事になる。
そんな人物がシルベスター家とはいえ一貴族の執事長に納まり、ましてや孤児院の院長をしているなどとは。
彼の家の人材の豊富さに驚かされると共に、それで良いのかとも思ってしまう。
「もっとも、私の父も武人という訳では無いし、実際に戦っている所を見た訳でも無いから信憑性は薄いけれどね。ただそれも――」
「あのヴィルの実力を見れば信じざるを得ない、ってところかしら?」
レヴィアの呟きにバレンシアが首肯する。
ヴィルという生徒は武術、頭脳、礼儀作法において、既に同年代、否、学生の域に無い。
そんな彼を見てしまえば、ローゼルの実力についても信じる他無い。
ローゼルという人物は一角の存在であり、彼がヴィルに全てを教えたのだと。
「孤児院についてはそんなものかしら。それから、ヴィルは孤児院の子達の面倒を見つつ冒険者として活動していたようね。私も冒険者という職にはあまり詳しくは無いのだけれど、ランク自体は中堅といった所らしいわ。ただ他の冒険者やギルド職員にはかなり頼りにされていたみたいで、王都の冒険者ギルドでは直ぐにヴィルの名前が出たそうよ」
「そりゃあの見た目であの腕だもんな。納得だぜ」
「次の夏季休暇中にみんなでギルドに連れて行ってもらう予定なのだけど、これを聞いたらより安心できるわ。勿論ヴィルを信頼していない訳では無いけれどね」
「冒険者ねえ。ワタシも今度連れて行ってもらおうかしら」
バレンシアは唇に指を当てて思案するレヴィアに、これは素でやっているのかと白い目を向けつつ、気にするのは黙りこくる幼馴染の事だった。
ヴィルについて調べて欲しいと言った張本人であるヴァルフォイルは、先程から黙り込んで話さない。
これでは何を考えているのか分からない……と言いたい所だが、こうも露骨に不機嫌そうな顔をされてはバレバレだ。
全く、誰の要望でヴィルの調査をしたと思っているのか。
そうはっきり言ってやりたいし、既にはっきり言ってやった後だ。
「……兎も角、これではっきりしたわね。ヴィルの経歴に不審な点は無し。彼は多少人から外れつつも後ろ暗い所の無い人物という事よ。あなたは是が非でも疑いたいようだけど、約束は守ってもらうわ。今後ヴィルへの疑念は捨てる事。いいわね?」
「……わぁったよ」
「それから私とヴィルが話してる時に睨まないで。あれ凄く迷惑なんだから」
「けっ」
その後もヴァルフォイルが折れるまで睨み続け、ようやく渋々といった様子ではあったが了承を得たバレンシアは、ふぅと溜め息を吐く。
そこに、ヘラヘラ顔のフェローが話しかけてくる。
「お疲れさん」
「本当にね。この幼馴染ときたら……」
「まあまあ。こいつも思う所があったんだろうさ」
「確かに私もヴァルフォイルの目は信じているわ。だからこそもしかして、と思ったのだけどね」
「もしかして、ってのはあれか?」
「そうよ」
主語を欠いた会話だが、この場にいる四人には理解できていた。
それは今から十年程前に話題となったある噂話、あるいは推測、あるいは妄想。
まことしやかに囁かれていたそれは、一時こそ王国中に広まっていたものの自然と姿を消し、そして今になって再び一部で騒がれている。
それは――
「――『英雄の子』、だな」
神妙な面持ちで言うフェローに、バレンシアが頷く。
――曰く、シルベスター公爵家の当主であるアルシリーナとヴェイクの間には、子供がいる。
何故か公にはされていないが、確かに子は存在する。
そして秘密にされている理由、それは…………という噂。
それが『英雄の子』だ。
噂の発端はバレンシア達Sクラスの代の生徒が生まれる少し前、アルシリーナ・フォード・シルベスターが二年近く姿を見せなかった事から始まった。
貴族の最高位たる公爵家、それも特殊極まるシルベスター家の二人はと言えば、これまで社交界や行事の来賓だけでなく、街中の馬車移動の際にも積極的に姿を見せる、王国平和の象徴のような存在だった。
それがある日を境にヴェイクのみとなり、アルシリーナの姿を見たという話はぴたりと止んだのだ。
どこどこの村で何をしたという、活動実績自体は幾つか散見される。
だが、肝心の姿を見たという話はついぞ聞かれなかった。
それから二年が経過すると、アルシリーナは次第に姿を見せ始め、その後は何事も無かったかのように現在まで活動している。
さて、この二年という歳月。
どうとでも理由付けられる空白に、大多数の人々は、この期間に子を授かり、産んだのだと解釈をしたのだ。
半ば願望混じりの解釈である。
元々二人の間には、後継ぎとしての子が望まれていた。
貴族としては珍しくもないが、若くしての結婚だ。
王国建国の英雄たるレギン・シルバーの血を絶えさせないため、それは当然の事と言える。
本来ならばシルベスターの領民のみならず、国を挙げて生誕を祝う祭りを開き、年を重ねればお披露目会を開いて未来の英雄の成長に期待を寄せる、それくらいはあってもおかしく無い場面なのだ。
にも拘らず、国からも家からも、本人達からも何の発表も無い。
ではあの期間はなんだったのか、子を産んだのではなかったのか、もしそうで無いのならば子を作る事はしないのか。
いや、子供はいる、その存在を明かさないのには理由があるのだ。
理由とは何か?生まれつき重い障害か呪いを持ち、人前に出せないのだ。
いや違う、病気か死産かで御子は既にこの世に亡く、故に生誕も祝う事が出来なかったのだ。
いや、いや、いやいやいや……。
そう憶測が憶測を呼び、やがて証拠も何もあったものではない与太話ばかりが溢れ、『英雄の子』の噂は有耶無耶のままに人々の記憶の奥底へと消え去った。
――だが、だがもし、噂が本当であるならば、今『英雄の子』は、十四から十六歳の間である筈ではないか?
ああ、いるではないか。
英雄一族の象徴たる銀の髪を持ち、この世のものとは思えない容姿に生まれ、恐ろしい程の才覚を見せる十五歳の青年が。
今はヴィルの存在を知った者だけが囁くに止まっているが、この先の新人戦を含む表舞台を経る毎に、そうした考えを持つ人は増えていくだろう。
そうなった時、果たして噂は真実となるのか、それともただの妄想と終わるのか。
今はまだ、それを精査する段階に過ぎない。
「アナタは、彼がそうだと思ってるの?」
「……そうね。あの家に子供がいるという話自体が眉唾物だけど、もし存在するのならそれはヴィルでしょう。場を支配する存在感に端麗な容姿、加えてあの実力でしょう?さらに言えば、育ったのはシルベスター系列の孤児院。他にヴィル程条件の一致する人がいるとは考えづらいわ」
「それはそうねえ。というより、あんな人が何人もいたら困っちゃうものね」
「困っちゃう、とは随分と甘い表現ね。けれど……」
そう言うバレンシアの表情は優れない。
バレンシアは自分で言っておいてなんだけど、と前置き、
「どうにも解せないのよね。仮にヴィルが『英雄の子』だとして、こうまでして隠し通す理由は何?教育も鍛錬も満足に出来ない環境に身を置く利点は存在するのかしら。いえ、それでもヴィルはあれだけの力を身に付けたのだけど、より上も目指せたかもしれない。そうでなくても、国民は要らぬ不安を抱く事になったわ」
「確かに、それは国民の事を何より重要視するシルベスターには合わないわな。それを上回る利点があるんなら別だが、ちょっと思いつかん」
それからも頭を捻る一行(ヴァルフォイルを除く)だったが、どれだけ思考を重ねても欠点を上回る利点は発見できず。
取り敢えずではあるが、当面のヴィルに対する疑念は払拭されたと言っていいだろう。
「ま、別に後ろ暗い部分も無かった事だし、いいじゃないか。変に疑う必要もなくなったしな」
「……それもそうね」
フェローの言葉に納得したようにバレンシアが返す。
友人を疑う事になり心苦しくもあったが、結果として何も問題が無い事が証明された。
その為に割いた労力など些細な事だ。
ヴァルフォイルは未だ認識を改める事は無く、バレンシアにも疑念が全く残っていないと言えば嘘になるが、少なくとも今回の件についてはもう気にする必要は無い。
そんなこんなで話は終わり、その後は再び他愛のない雑談で時間を潰すバレンシア一行であった。
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