第66話 学外演習出発 二
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
その後、ニアの部屋に件の忘れ物の通信具(現地の任務で使用予定)を取りに戻ったものの、所在確認に手間取るくだりを挟みつつ、話は冒頭に戻る。
こういう訳で、想定よりも時間が遅くなった為にヴィルは焦りを見せていたのだ。
今も必死に足を走らせているが、街中という事もあり速度には限界がある。
これでは間に合わない可能性も出てくるだろう。
というよりも、既に時間は超過している。
後はどれだけ遅れを少なく出来るかだが……
門はくぐった、集合場所の校庭まであと少し。
「お!やっと来やがった……!先生ー!ヴィルとニアが着きました!」
大声で叫ぶザックの周りには、集まり終えたSクラスの姿があった。
ザックの声を聞いて、全員が振り返る。
普段のヴィルとニアを知る生徒は、待たされたにも拘らず珍しいなという視線だけで済ませているが、中には露骨に怒りを態度に見せている生徒もいる。
個人名は出さないが、赤髪ツンツン頭の男子生徒や金髪ドリルロールの女子生徒がそうだ。
そうした視線を受けて、ヴィルはすかさず頭を下げる
「遅れて申し訳ありませんでした。みんなも、待たせてしまって申し訳無い」
「ごめんなさい!」
「まさか、お前達二人が最初の遅刻者になるとはな。……まあ良い。事情はバレンシアに聞いて出発前の説明と馬車に乗る組み合わせ決めの順番を入れ替えておいた。お前達二人の馬車はザックとクレア、そして私だが……文句は無いな?」
「はい。勿論です。遅れたにも拘らず便宜を図って頂いてありがとうございました」
「いいから並べ。これ以上は待たんからな」
律儀な返しに呆れる寛大なグラシエルに再度頭を下げ、遅れて合流したヴィルとニアはザックの後ろへと並ぶ。
すると振り返ったザックが小声で、
「ギリギリだが間に合ったみたいだな。ほれ、預かってた荷物だ」
「ありがとう。この礼はいずれ」
「よせよせ。それよかほら、説明が始まるぜ」
照れ臭そうに笑うザックは、誤魔化すように顎で前方を示す。
前の壇上では、丁度グラシエルによる今回の学外演習についての注意事項が話されている所だった。
「それでは人数も揃った事だし説明を始めるぞ。まず初めに、これから向かう場所はここから東に位置するミレマーという街だ。ミレマーは特別何があるという訳でも無いよくある街だが、今回我々が用があるのは街のすぐ近くにある山、イモリ―山だ。詳しい話はまた着いたら話すが、今日一日は馬車での移動で潰れると思ってくれ。今日は移動、明日は現地で体を慣らしつつ最終確認、そして明後日に登山本番となる。今回の学外演習はあくまで霊峰登山に向けての予行練習のようなものだが、気は抜くなよ?これも本番だと思って臨め。ここまでで質問は?……無いようだな。それでは順番に馬車に乗り込め。組み合わせはさっき決めた通りだ」
そう締めくくったグラシエルの指示に従い、一年Sクラスは次々と馬車に乗り込んでいく。
生徒二十名に対し、今回同伴する教師の数はグラシエルを含めて十人。
それに馬を操る御者を含めて合計三十九名、先頭馬車プラス四人乗りの馬車八台、加えて生徒たちの荷物と食料を運ぶ馬車二台での行軍である。
ヴィルとニアは担任であるグラシエルと同じ馬車という事で、先頭の六人乗りの馬車に乗る事に。
中は華美な装飾こそ無いものの、よくある中級から上級の貴族向けという風の内装で、平民向けの乗合馬車とは違い柔らかな腰掛けと、車輪に衝撃を和らげる機構があるのが特徴だ。
ヴィルやバレンシア等の貴族と、それに関わりのあるニアにとっては馴染みのあるものだが、ザックやクレアの目には新鮮に映ったらしく、先程から興奮しっぱなしだった。
「すっご!ソファフカフカ、内装ピカピカじゃない!アタシここでなら全然暮らせるわ」
「おい見ろよヴィル!この馬かなりの名馬じゃねぇか?こんなの騎士団でもそうそう見ねぇぞ!」
「二人共それくらいに。もう直ぐ出発らしいから席に座って」
「ハーイ。二人はあんまりはしゃがないのね。ヴィルはともかく、ニアは意外かも」
ヴィルに諫められ着席したクレアが頬杖をつき、何でも無いように言う。
「兎も角って……。僕の外目はさておき内は興奮してるよ?下手をすれば一生縁の無いものだからね、満喫してるとも」
「あたしはちょっと緊張しちゃって。こういうのっておとぎ話の中だけのイメージだったから」
「そんなものかしらねー。ま、気持ちは分かるケド」
そうこう話している内に、生徒の用意と教師陣による諸々の確認作業が終わったようで、ヴィル達の乗る馬車に金髪を揺らすグラシエルが入って来た。
「ふう、待たせたな。お前達も準備は良いか?」
「はい、問題ありません」
「良し、では出発するとしよう。出してくれ」
そう覗き窓を開けて指示を出すと、集中しなければ感じ取れない程微かな揺れと共に、窓の外の景色がゆっくりと動き出した。
続いて、後続の馬車も動き出したのがヴィルの第二視界領域に映る。
こうして、Sクラス初の学外行事が幕を開けたのだった。
―――――
馬車での移動:ヴィル達の馬車
先頭を走るこの馬車はヴィル、ニア、ザック、クレアといつもの四人という事で、会話はいつも通りに盛り上がった。
外出という事で多少テンションは上がったものであったが、ヴィル以外の三人にとってはそれもいつも通りと言えばいつも通りである。
もっとも、同じ馬車にかなり年の離れた教師がいるという事で、少しやり辛そうにはしていたが。
それも、普段から大人と話す機会に慣れたヴィルにとっては、何の事でも無い。
「先生はこういう馬車も慣れてそうですね」
「ん、私か?そうだな。王宮から迎えが来た時はこうした馬車に乗る事も珍しくは無い。お前達は初めてか?……とは聞くまでも無さそうだな」
フッと笑うグラシエルが言っているのは、発進直後から窓に張り付いていたザックとクレアについてだろう。
何とも恥ずかしい。
「ええ、そうですね」
「お前はあまり興味は無いか?いや、感情を表に出すタイプでは無いか」
「よく言われますし、自分でもそう思っていますよ」
「賭け事には強そうだな。ま、つついて反応が無いのはつまらんが」
「あはは……」
苦笑するヴィルが思い出すのは、以前の能力測定の時の事。
唐突にグラシエルに模擬戦を吹っ掛けられ、当時のヴィルは大層驚いたものだ、内心で。
ヴィルもいつかは、と思っていた事だったからこそ良いものの、常識的に考えて教師が生徒に模擬戦を挑むなど、普通はあり得ない。
これが平民の身でなければ手合わせの機会も得られなかったのだろうか、とグラシエルの異名について考えつつ、そういえばと思い至った。
「そういえば、同じ馬車に平民出身者しか乗せなかったのも先生の趣味ですか?」
「言われて見れば、確かに」
気付かなかったとばかりにクレアが漏らす。
この馬車に乗る生徒の組み合わせ自体は、普段から一緒にいる為何の不思議も無い。
だが、このメンバーが何故グラシエルと同じ先頭馬車に乗せられたのか、それが疑問に残る。
無論ヴィルとニアが遅れた件の説教を行なおうというのならば、それは理解できる話なのだが。
なんとなく、ヴィルはこれまでの日々からそれは違うと考えていた。
「ん?当然趣味だな」
それがどうした?と顔に書いてあるかのような返答である。
悪びれもしない平民贔屓に脱力しそうになるが、それも今更かと思う。
グラシエルとの模擬戦を演じたヴィルは当初から知っているし、そうでなくともこの教師は普段からその片鱗は覗かせているのだ。
「……一応、理由を聞いても?」
「そりゃ私だって長い移動の道中くらい快適に過ごしたいだろ。別に良いじゃないか、移動中くらい。私との会話で何が得られるでも無し、『貴族嫌い』なんて二つ名の奴と同じ馬車でも不快なだけだろう?」
そう皮肉げに口を歪めるグラシエルに、あのクレアも苦笑気味だ。
こう露骨に貴族と平民を区別するグラシエルという教師だが、こと教育面では一切の格差を見せない。
――授業中や授業の前後に分からない所を質問されれば、誰であろうと嫌な顔一つせず懇切丁寧に教える。
一たび行き詰った生徒の姿を見れば、文字通り貴賤無く打開策を伝授する。
これぞ正に、教師の鑑である。
ただ心の中で貴族を嫌っていて、言動の端々にそうした態度が垣間見えて、今のように教育の絡まない場所で平民をえこ贔屓するだけの、教師の鑑なのである。
「こう並べると問題だらけにしか見えねぇけどな」
とはザックの発言だが、グラシエルに目殺(目で殺される事)され無かった事に。
とはいえ、ここまで頑なに貴族嫌いを貫かれれば、原因が気になるのが人情というもの。
だが彼女の過去を知る者は、市井はおろか王宮にも存在しないというのだ。
更に、誰に乞われても決して語って聞かせる事の無い徹底振り。
駄目で元々、クレアがその原因についてグラシエルに聞いてみるが――
「そうだな。お前達Sクラスの誰かが私を倒せたら教えてやろう」
との事だった。
それは無理だ、と話を聞いた誰もが思った。
相手は王国最強、あるいは世界最強の魔術師なのだ。
膨大な魔力に強大な魔術。
遠中距離は言わずもがな、近距離においても格闘術の覚えがあるという。
如何な才能の塊たるアルケミア学園Sクラスといえども、正面から戦って勝てる者はまずいない。
グラシエルからすれば発破を掛けたつもりなのかもしれないが、現実はそんなものだ。
だが……
「その言葉、忘れないでくださいよ?僕は在学中に必ずや先生を打ち倒して見せますから」
しかしただ一人、ヴィルだけは違った。
グラシエルを、世界最強を倒すと、そう啖呵を切ったのだ。
それも顔に自信を漲らせて、必ずそうすると確信を伴って。
呆気に取られる四人。
だが……
「ふは」
不意に、笑い声が漏れた。
それは堪えようとして失敗したような、呆れと驚きの入り混じったもの。
発生源は当然グラシエル。
彼女は肩を震わせ、豪奢な髪を揺らし、やがてゆらりとヴィルに向き直る。
そして、見た目に似合わず、恐らく相当の年月を生きたであろう顔に挑戦的な笑みを浮かべ、言った。
「やれるものならやって見せろ」
と。
これは挑戦状だ。
グラシエル・フリート=グラティカという女傑からの、ヴィルへの挑戦状だった。
「お熱いねぇ。俺達置いてけぼりだぜ全く」
「アタシらはもう慣れたけど、初見はヴィルの外見に騙されるわよねー。案外好戦的で」
「それに応じる先生も結構ノリ良いよね。なんか子供みたいというか」
と、やや蚊帳の外となっていた三人からそんな声が聞こえたが、気分の良いヴィルとグラシエルはその呟きを拾う事はしなかった。
「ふむ、そうだな。折角笑わせてくれて、挑戦にも乗ってくれたんだ。『貴族嫌い』の由来は置いておくとして、少し私の武勇伝でも話すとしようか」
「うおぉぉぉ!」
そんなグラシエルのサービスに、こういった話に目が無いザックが喝采を上げる。
それだけでなく、クレアとニアも目をキラキラと輝かせている。
「良いんですか?」
「構わないとも。私に付き合わせて同じ馬車に乗ってもらっているんだ。それくらいお安い御用というものだ」
そう言って、グラシエルは懐かしむように過去にあった事を話し始めた。
王宮での事、貴族との諍い、面倒な貴族主催のパーティーの事、胸躍る戦いの事。
意外な事に、グラシエルはこうした方面にも才能があるらしく、彼女の口から語られる武勇伝は話を聞く四人を夢中にさせた。
それから馬車移動の長い時間、先頭馬車の中には賑やかな声が絶えなかったという。
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