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第65話 学外演習出発 一

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 そして迎えた学外演習当日、準備を万端に終えていたヴィルの朝は、意外な事に慌ただしい始まりとなっていた。


「ほらニア、走って!急がないとこれ以上遅れるのは不味いよ!グラシエル先生にシメられる!」


「はあ、はあ、わたしのことは気にせず、先に……行って……」


「これ冗談じゃないからね!?」


 冗談を一蹴するヴィルの表情には、冷静沈着を地で行く彼には珍しく焦燥が滲んでいる。

 必死と形容しても相違無いヴィルの意識は、大半が自分ではなくニアへと向けられていた。

 そのニア当人はおふざけを口にしているが、駆ける足は四泊五日相当の荷物の一部を持っているとは思えない程に速い。

 口ではああ言いつつも、それだけ本気で焦っているという事だろう。

 普段から入念な準備を欠かさない二人が、何故当日の朝から全力疾走をする羽目になっているのか。

 ――その発端は、今から約二十分前に遡る。

 それぞれいつも通り十二分に余裕のあるの時間に起床したヴィルとニアは、いつも通りの朝を迎え、いつも通りのメンバーで集合して学園へと向かっていた。

 学園入学後初のイベントに燃えるザック、普段と同じように振舞いつつもどこか興奮を隠し切れていないクレア、暴走気味の二人をたしなめるバレンシア、それを見て相変わらずだねと言うヴィル、登校時間が早まった事で普段以上に眠たげなクラーラ、危うげな彼女を甲斐甲斐しく世話する面倒見の良いニア。

 普通で平凡で凡庸で何の変哲も無い、ありふれた日常の光景。

 そんな中で、女子達が盛り上がっていたのは昨日の女子会、正確にはお茶会についての話題だった。


「いやー、それにしても昨日は楽しかったね!また今度女子の集まりやろうよ!」


「アタシの家は周りが男ばっかだったから、ああいうのも悪くはなかったわね」


「そうね。貴族同士の集まりと違って面倒なしがらみとかも無いし、次もお邪魔しようかしら」


「ん。次は是非うちに来て欲しい」


 と、それぞれの意見は好評の一言で、近々第二回の女子会が開かれることは確実だろう。

 この機会に、グループの女子の繋がりがより強固なものになる事は疑いようがない。


「……なあ、俺達も男子会開くか?」


「具体的には何をするの?」


「……お茶会、するか?」


「……それは悲惨な事になりそうだ」


 男子数人でのお茶会という、控えめに言ってもかなりアレな光景を想像したヴィルは、どこか遠い目だ。

 この機会に、グループの男子の繋がりがより強固なものになってくれる事を、願わずにはいられない。


「そういえば女子会って四人で行ったの?」


「うんん。とりあえずはこの四人とリリアちゃんで。開催場所もリリアちゃんの部屋だったんだよ」


 何故か誇らしげに胸を張るニアに、ヴィルはふうんと声を零す。

 てっきり外のお店か何かで開催されたと思っていたので、そこは意外だった。


「実は今回の女子会はリリアちゃんが企画してね、メンバーの勧誘からお菓子とお茶の用意まで全部お世話になっちゃった。あたしたち以外にも結構誘ってたらしいんだけどね、本人は全然人が集まらなかったー、って嘆いてたけど、これから何回か開いてたら人も増えると思うんだ」


「確かに。クラスでの行事もまだだしこれから人も増えるだろうね」


 ただでさえ貴族の多い面子だ、同じクラスになって一か月では遠慮も多いだろう。

 だがそうした隔たりも、クラスでの活動を通して次第に減っていくものである。

 納得を示すヴィルに続き、話を聞いていたザックが疑問の声を上げた。


「その女子会、別のクラスの女子は呼ばなかったのか?リリアって他クラスとの交友関係も広かったよな」


「それはそうだけれど、流石に下のクラスを呼ぶというのは、ね」


「??」


 バレンシアの言葉に無理解を示すザック。

 どうやら彼は、女子の世界の常識に疎いらしい。

 そんなザックに、ヴィルは苦笑しながら説明する。


「男子と違って女子には色々あるんだよ。僕も詳しくは無いけどね」


「分からねぇ。全く分からねぇ……」


 それを見たクレアは頭を抱えるザックに溜め息を一つ、


「ホンットうちのは気が利かないのなんの。その点ニアんところのヴィルはいいわねー。理解ありそうで」


「うーん、こっちはこっちで鈍感というか消極的というかなんというか」


「幼馴染ってそんなものなのかしらね。私も同じような人物に心当たりがあるから、クレアの気持ちは少し分かるわ」


 バレンシアの脳裏に、刺々しい頭髪の青年が馬鹿笑いしている光景が浮かんだ。

 多少げんなりしたのは長い付き合いのご愛敬。


「けどすごく気は利くんだよね。服装とか髪型とかアクセサリーは変えたら気付いてくれるし、さり気なく褒めてくれるし」


 自慢気な表情を見せるニアと、羨ましいとばかりに頷くその他女子。

 唯一クラーラだけは首を傾げていたが。

 ザックは裏切り者を戦慄の目で見、視線を受けたヴィルは苦笑する。

 そしてクレアが――


「ああ、そんな感じするわ。昨日付けてきた三日月型のアクセサリーも褒めてくれたの?ほら、あの耳の後ろに付けてたやつ」


 殺気――――!

 発した言葉に、ヴィルの視線がニアに突き刺さった。

 思わず肩を跳ねさせたニアだったが、身震いを禁じ得ない程鋭い、殺気と見紛う視線。

 だがそれほどの圧に、他は気付いた様子も無い。

 それは他者に決して気取られる事無くニアのみに向けられた、正しく槍の如き気。

 口には出さずとも、何が言いたいのかは良く分かる。

 時すでに遅しだが、それでもニアはささやかな抵抗を試みる。


「え~?そ、そんなの付けてたかな~気のせいじゃないかな~?(震え)」


「ばっちり付けてた。ばっちり自慢してた」


 そんな抵抗も虚しくクラーラに撃墜され、ニアの額に冷や汗が浮かぶ。


(ニア、まさかとは思うけどあの通信具をお洒落で付けて行ったんじゃないよね?あれはまだ世に出ていない銀翼騎士団(シルバーナイツ)との関係が疑われる代物なんだけど?)


(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃい!!)


 という会話が繰り広げられていたであろう視線のやり取りは、幸い他の誰にも気付かれる事は無かった。

 だが――


「あ」


 どう弁明しようか、取り返しは付くだろうか、後で絶対に怒られる、と考えていたニアの思考は、遥か彼方へと吹き飛んだ。

 無意識に口が「あ」の形を作り、ついでに声も出ていた。

 その声が届いた五人の視線が集まり、蒼白なニアが一言。


「……忘れ物、しちゃった」


 ――ちなみに、ヴィル一行は今丁度学園前の門に辿り着いたばかりである。


「「はあぁぁあああ!?」」


 思わず声を上げるザックとクレア。

 その叫びを聞いて周りの人が何事かという目を向けてきているが、最早一行にそんな事を気にしている余裕は無い。


「ちょっと、大丈夫なの?もう集合時間まで余裕は無いわよ?一応早めに寮は出たけれど、流石に往復する時間までは無いわ」


「…………」


 眉を落とすバレンシアに対し、すっかり眠気も醒めたらしいクラーラは何か言いたげにヴィルの方を見ている。

 ヴィルはそんなクラーラを見て仕方無いなと頷き返し、


「ごめん。僕とニアは一度引き返すよ。先生には……まあ適当に事情を説明しておいてくれると助かる」


「それはいいけれど……間に合うの?そもそも、ヴィルまで戻る理由は……」


 そう言うバレンシアは、自身も同じ経験をしたからか心配顔だ。


「大丈夫。ヴィルなら平気」


「ま、僕も一緒に行った方が速いしね」


 と、何故かそう言い張るクラーラに苦笑しつつ、ヴィルはこちらを窺い見るニアの肩を二度叩く。

 一部荷物を受け持ってくれると言うザックに手荷物を預け、何とも言えない表情のニアの手を握る。


「それじゃあ行ってくる」


「はあ……分かったわ。出来るだけ早く戻ってきなさいよ」


「了解」


 見送るバレンシアに手を挙げ、二人は来た道を戻り始めた。

 手を握るニアに、エネルギー操作魔術で速度をプラスしての走行である。

 そうして通学路を逆走する最中、ニアがふと零す。


「はあ、やっちゃったなー」


「本当だよ全く。さっきの話を詳しく聞いても?」


「んー、なんというか、女子会って聞いてテンション上がっちゃって」


 頬を掻くニアはどこかしゅんとして、叱責される事を覚悟しているように見えた。

 ヴィルとしては、その覚悟通りにお説教を垂れても良いのだが――


「何にせよ、次からは本当に気を付けてね。もし僕達の立場が知れたら普通の学園生活とはおさらばなんだから」


「え?」


 ヴィルの言葉に意外感を示すニア。

 想像より軽い言葉に、肩透かしを食らったような気分なのだろうか。


「怒らないの?」


「まあ、これが取り返しのつかない事態だったらそうしたかもしれないけどね。幸いそこまで深刻な状況じゃないし、対策も思いついてたから」


「対策……」


「学園長にお願いをしに行かなきゃならないけど、近々挨拶自体はするつもりだったからついでに言ってくるよ。これ、ニアも同行だからね」


「それくらいは、もちろん」


 ヴィルが言うのであれば、それは絶対だ。

 ヴィルが他人を尊重する性格だからこそニアの意見を聞いたりもするが、元々主人とメイドという立場の違いもあって、他から見れば異を唱える事の方がおかしいのだ。

 ニアはこくりと首を縦に振る。


「それに、楽しみにしてたんでしょ?女子会。僕達にとってそういう機会は貴重だもんね。屋敷で暮らしてると友達も少ないし」


「す、少なくないし……!けど、うん。楽しみにしてたし、楽しかった」


 少し拗ねるように唇を突き出すニアだったが、すぐにはにかみ笑いを見せる。

 それを見たヴィルは満足そうに頷き、


「なら……よし。今回は不問としよう。言っておくけど、次は無いからね」


「はい!以後気を付けます!」


「うむ、よろしい」


 そんなやり取りをしつつ、二人は人の波に逆らって通学路を疾走したのだった。


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