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第63話 アンナの休日 一

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 ある日の休日、ヴィルは日用品の補充のために一人ベールドミナの街を歩いていた。

 インクに紙に私服と、学生の身分は必要な物が多いというのは、ヴィルが学園に通い出して得た知識の一つだ。

 屋敷に居た頃はそういった些細な品は大抵家にあるか、仮に無くとも使用人に調達を頼んでいたので、こうして自分の足で調達する必要があるというのは一見面倒にも映る。

 だが同時に、貴族の身では中々に得難い経験でもある。

 知識を好むヴィルとしては、未知が既知へと変わる感覚も快い。

 それに将来人の上に立つ立場としても、庶民の生活を知って損をする事はあるまい。


(やはり休日という事もあって人の流れが多いな)


 現在ヴィルが歩いているのは、ベールドミナの商業区だ。

 ――王国最高峰の学び舎であるアルケミア学園が存在するここベールドミナは、大きく分けて四つの区画に分類される。

 一つは学園区、ベールドミナの学園のおよそ九割が存在しており、それと同時に学生達の寮が構える学業の為の区画だ。

 右を見ても左を見ても学生の姿が見え、色とりどりの制服姿が並ぶ光景は他ではあまりお目に掛かれない。

 二つ目は商業区、ヴィルが現在歩いているのがここで、文房具食料商店料理店、この街の供給が集う場所だ。

 少なくとも学生という立場で、ここで揃わない物は無いだろう。

 三つめは居住区、ベールドミナが学園都市だとは言えども、学園と直接関係が無い市民も住んでいるのがこの街だ。

 居住区は他の街とほぼ同じで、普通の家が軒を連ね、至って普通の生活が営まれている。

 四つ目は貴族区、読んで字の如く貴族達の屋敷が並ぶ、一般人には縁の無い区画だ。

 全ての屋敷に常時貴族が居るという訳では無いが、それでも十分な数の貴族がこの街の政治を動かしている。

 ベールドミナを含む領地の領主が住む屋敷もあり、ここ一帯の政治の中心と言えるだろう。


(さて、紙とインクは確保したし、後は服だけか)


 ヴィルの手に下げられた鞄の中には、既に大量の紙とインクが入っていた。

 紙もインクも品質の良い物で、かなり値が張るが学園指定以上の物でないといけないのだから仕方が無い。

 ちなみに『王立』であるアルケミア学園は、非貴族の学生に対してかなり手厚い支援を行っている。

 例えば受験料や授業料の免除であったり、学園生活を送る上での資金の援助であったりだ。

 特に後者は平民の学生の中でも評判が良く、アルケミア学園が人気の理由でもある。

 月に一度支給され、学業の必需品を揃えた残りはお小遣いと出来るのだから、あまり裕福でない身分の学生にとっては嬉しくない訳が無い。

 ただ調子に乗ってお金を使い切ってしまっても、学園は定額以上の支給を絶対に行わない為注意が必要だ。

 勿論貴族であるヴィルと、そのヴィルに仕えるニアは資金援助は辞退している。

 貴族である事を隠しながら援助を受け取る訳にもいかず、それに必要な金額はジャンドを通してシルベスター家から送られるので、不要という訳だ。


(さて、一体どんな服を買えばいいのやら)


 先程から何軒か服屋を回っているのだが、中々に難航している。

 曲や美術品だったならヴィルも多少心得があるのだが、服装の良し悪しとなるとこれがまた難しい。

 しかも、貴族の服装ではなく平民のものだという事が、難易度に拍車を掛けていた。

 これでニアがいたならまた違うのだろうが、肝心のニアは友人の女子達とお茶会に行ってしまった。

 ヴィルとしてはニアに居て欲しかったのだが、ニアも一人の学生だ。

 あまり束縛するのは良くないと、ヴィルは自分を納得させていた。

 ……ニア本人はとても残念にしていたが。

 ともあれ、こうして現実逃避気味に散策していても埒が明かないと、ヴィルは再び別の服屋を探そうとしたのだが――


(ん?あれは……)


 賑やかな雑踏の中、ヴィルは見覚えのある制服と髪色を見つけて足を止めた。

 あの髪は、間違いなく同じクラスのアンナだろう。

 あれ程明るく目立つ水色の髪を、ヴィルは他に知らない。

 アンナもこの休日に出かけているのだろうか、と足を進めようとして、どうやらひと悶着あったようだ。

 アンナの傍に二人、見るからにガラの悪い男が詰め寄っている。

 何事かしつこく話しかけている様子だが、対するアンナは迷惑顔。


(どうせ碌でも無い事に違い無い)


 ヴィルはアンナに手を貸そうと、三人の下へと近づいていく。


「おい、いいじゃねえかよ嬢ちゃん。俺らと遊ぼうぜ?」


「そうそう!俺達が楽しいこと教えてやるって!」


「あ、あの、結構です。わたし、まだやることがあるので……」


「いいじゃんいいじゃん。そんなの後でもいいでしょー」


 男達は軽薄な笑みを浮かべつつ、嫌がるアンナの腕を掴む。

 アンナは抵抗らしい抵抗も見せず、ただ俯いてされるがままだ。

 ヴィルの目にはそれが、傷つく事を恐れているようにも見えたが、どうやらそれだけという訳でも無いらしい。


「この先にイイとこ知っててさぁ、とりあえずそこに――」


「――アンナさん、待たせてごめん。ちょっと用事があってね。それじゃあ行こうか」


 突然の事に驚き、男達がアンナの腕を掴んだまま振り返る。

 振り返った先には、とてもではないが同じ人間とは思えない程の美青年が佇んでいた。

 世の多くの女性が見惚れるであろう笑みは、この場でただ一人、アンナへと向けられている。

 ヴィルはそのままアンナに近づいていくが、認識を越えた相貌の持ち主に男達は動く事が出来ない。

 やがて傍に立つと、まるで魔法のような手練でもってアンナの腕を掴む手を引き剥がす。

 それは人体の構造を熟知したが故の、純粋な肉体技能によるものだ。

 そしてそのまま呆気に取られる二人の間をすり抜けて、ヴィルはアンナの手を取って立ち去ろうとして――


「ってちょっと待てや!」


 流石に我を取り戻したのか、先程までアンナを掴んでいた男が声を上げた。

 自分達が狙っていた獲物を横取りされれば面白くない訳で、引き留められるのは当然の結果だ。

 だが、


「僕に、何か御用が?」


 ヴィルはこれ以上の問答も煩わしいとばかりに振り返り、アンナに話しかけた時とは別物の温度で威圧する。

 ヴィルも、伊達に幼少から騎士として戦場に身を置いていた訳では無い。

 この程度の手合いであれば、視線一つで退かせる事も容易い――筈だったのだが……


「お前じゃねぇよ。俺達はそっちの彼女に用があんの。すっこんでろ!」


 ……稀に威圧すら理解できぬ愚か者もいるのだが、彼らはそれに該当したようだ。

 もっとも、この学園都市で、貴族の割合が高いアルケミアの学生を相手に、こうしてナンパをしている時点でお察しの頭ではあったのだが。

 ヴィルは面倒事に溜め息を一つ。


「すいません。彼女は僕の連れでして、これから行く所があるので失礼しますね」


「知るか!えーと、なんだったっけ……。あ、ねえ彼女、そんな冴えない男放っといて俺らと遊ばなーい?」


「てめバカ!あんな顔のヤツが冴えないわけないだろうが!テンプレしか喋れねぇのかお前は!」


 想像以上の頭の悪さに頭痛を覚えつつ、再度ため息。

 面倒ではあるが、これ以上の面倒を避ける為にヴィルはさらに一芝居打つ事にした。

 お手本のように一礼。


「――お嬢様、このような者達は無視して参りましょう。これ以上時間を浪費する必要はございません」


「え……?あ、え、ええ、そうですね。行きましょう」


 ほんの少しの目配せも混ぜたが、アンナは意図を理解してくれたようで、ぎこちないながらも付き合ってくれた。

 貴族と知れれば流石に、流石に彼らも手を引くだろうとの考えだったが、果たして。


「チッ、貴族かよ。早く逃げるぞ!」


 どうやらヴィルの目論見は成功したらしく、男達は舌打ち混じりに走り去っていく。

 その背中を見過ごして、ヴィルは内心安堵の溜め息を吐いた。

 無事に済んで良かった、というよりも、やっと片が付いたという意味合いが強い。

 ともあれ厄介事に首を突っ込んだ本懐は果たした訳で、改めて背後に庇っていたアンナに向き直る。


「アンナさんも災難だったね。怪我は……無いみたいで安心したよ。大丈夫だったかい?」


「あ、はい。わたしは大丈夫です。助けてくれてありがとうございました」


「気にしないで、困った時はお互い様だよ。アンナさんも買い物に?」


 ぺこりとお辞儀をするアンナに対し、ヴィルは右手を軽く挙げて自分が買い物に来ていた事を示す。

 それを見て、アンナはこくりと小さく首肯する。


「はい、今日は休日なので色々買い出しに来たんですけど……」


 視線を落とすアンナの足元には、既にかなりの量の荷物が積まれていた。


「色々見ている内に買う予定のなかった物まで買ってしまって、一度寮に戻ろうかと思ってたところだったんです」


「ああ、なるほど。確かにここを通るとつい買ってしまうのは分かる気がするな。本当に品揃えが多いもんね」


「そうなんです!他じゃ見つからないようなレアな品だったり掘り出し物だったりが本当によく揃っていて!」


 ヴィルの言葉に勢いよく反応を見せるアンナ。

 どうやら同じ感覚を共有してくれる人がいて嬉しいようだ。


「うんうん」


「わたしも最初は見るだけで満足していたはずなのに、でもどうしてか気が付いたら手に取ってしまっていていつの間にかこんなことに!……あ」


 瞳を輝かせて熱弁を振るうアンナだったが、ふいに優しく見守られるような視線に勘付いたらしく、さっと顔を伏せてしまう。

 耳は真っ赤に染まり、口元は羞恥心に耐えかね引き結ばれている。

 折角顔を伏せて表情を隠そうとしているのに、それが見えてしまうこういう時は自分の異能が恨めしいと思うヴィルだった。


「は、恥ずかしい……」


「そんな事ないよ。人に語れる趣味があるのは良い事だよ。……もし良ければ僕もアンナさんの買い物に付き合わせてもらってもいいかな?荷物持つの手伝うし」


「え?そんな、悪いですよ。あ、ヴィルくんとが嫌とかじゃなくて、荷物重いですし、わたしの買い物なんて見てもきっと楽しくないですし」


(絶対に退屈しないし面白いと思う)


 とはとても本人に言えない為、手を振り首を振るアンナをどう納得させようかと頭を悩ませるヴィル。


「僕は結構気になってるんだけどな。アンナさんは僕よりもこの商業区に詳しいみたいだし、買い物ついでに色々教えてもらえると助かる。実は服選びに難航しててね。それに、僕は今日一日予定が無くてね、暇なんだ。だから付き合わせてくれたらとてもありがたいんだけど……駄目かな?」


「そ、そこまで言うなら……分かりました。よろしくお願いします。……ごめんなさい、本当はお礼をしないといけないのに、逆にお世話になってしまって」


「そんなの全然構わないよ。それじゃあ早速行こうか、荷物持つよ」


「あ、はい、じゃあよろしくおねがいします」


 恐縮したようにおずおずと差し出すアンナに小動物的な愛らしさを覚えつつ、ヴィルは見るからに重そうな荷物の一つ目を受け取った。


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