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第62話 食堂と鍛錬 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


 一年Sクラス寮一階には、実に多くの設備が揃っている。

 一通りの調理器具が並ぶ調理場に、二十人全員が集まっても余裕がありそうな談話スペース、大浴場。

 そして板張りの床が広がるシンプルな道場。

 その道場に、素振り用の木刀を振るう三人の男子生徒の姿があった。

 繰り返し繰り返し、風を斬る心地の良い音が静かな空間に響く。

 規則正しい感覚で鳴らされる剣の音は、ただ棒を振り回しているだけでは出せないものだ。

 ザックが持つ木刀は素振り用の中でも最も重いもので、必然発生する音も重く低い音になる。

 自分が実践で使う獲物が大剣だからか、鍛練でも重い武器を好んで使っているらしい。

 一方同じ木刀を持つヴィルが鳴らす音は、ザックのものとまた異なる。

 実際に肉と命を斬り捨ててきた重みとでも言うのだろうか。

 何千何万の域に止まらない、他とは比べ物にならない回数剣を振ってきたヴィルの身体は、既に最適の動きを体得していた。

 身体は疲れにくく、剣速は速いが止めるべき位置でぴたりと止まる。

 自然な身体の動きは自然と美しい音を鳴らすものだ、とヴィルの父ヴェイクも言っていた。

 昔は羨望の眼差しを向けていたあの剣に勝るとも劣らない腕で、ヴィルは無心に剣を振り続ける。

 最後の一人、フェローの握る木刀は重量自体はそこまでないが、だからといって音が抜けているとか、そういった事は一切無い。

 寧ろ軽量の剣から放たれる鋭く軽やかな剣撃は、ヴィルから見ても美しいと思えるものだった。

 本人曰く剣より魔術に対する比重の方が大きいらしく、剣術は得意としていないとの事だったが、これなら十分騎士団でも通用するだろう。

 それから一連の型を終えた三人は木刀を置き、胡坐をかいて休憩を取った。


「ふー、やっぱ食後の運動は気持ちいいな!こう、気持ちがスッと軽くなる感じがよ」


「そうだな。女性に見せられる完璧な肉体を保つためにも、食べた後は絞らないといけないからな」


「フェローは何をしてても女の子の事ばっかりだね」


「まあそれが俺だしな」


 胸を張って言うフェローに、ヴィルは苦笑するしかない。

 だがフェローはそんな事を気にする様子も無く、ヴィルの肉体を見て唸った。


「それにしても……改めて見ると凄いなヴィルの身体は」


「そうかな?そう見つめられると照れるんだけど」


「それは『女好き』と呼ばれる俺への挑戦か?ってそうじゃなくて。よくあれだけ食べてその身体が維持できるよなって話で、というか……」


 ヴィルを見るフェローの目が、段々と胡乱気なものへと変わっていき――


「ヴィル、お前食べた飯どっかで吐いてきたのか?」


「それは『大喰らい』を自称する僕への挑戦かな?」


 開口一番に失礼極まりない発言をしたフェローに、ヴィルはあくまで笑顔を崩さない。

 ただ、言い表しようのない気を放っているのが少し怖い所か。

 だがそれも先のフェローの発言をもじってのもので、決して怒っている訳では無いのだが。


「だってあれだけ食べておいてこの腹はおかしいだろ。じゃあこの腹筋か?このバキバキの腹筋で食べた物全部圧縮してるのか!?」


 そう叫ぶフェローが指差したのは、ヴィルの鍛え上げられた完璧なシックスパック。

 その美しい筋肉は見事に隆起しつつも平坦で、直前の大量の食事を感じさせない。

 フェローが冗談を言う気持ちも分かるというものである。


「代謝が良いのかな、昔からこうなんだ。見た目に出ないし、どれだけ食べても体形が変わらないんだよね」


「なんだそのうらやま体質は。女子が聞いたら嫉妬ものだな」


「男としても羨ましいぜ。それならいくらでも食べられるからな!」


 フェローとザックがそれぞれらしい感想を述べる。


(けど、本当にどうして太らないんだろうか)


 ヴィル自身かなり鍛えている自信があるし、太らないなら太らないで困る事は特に無い。

 だがこうして改めて人から言われると、自分でも気になってしまう不思議体質なのだった。

 と、そんな話をしている内に、三人の話題は先の鍛錬についての内容へと移っていた。


「そういや前から思ってたんだけどよ、ヴィルの剣って独特だよな。もしかして我流なのか?」


 どうやら以前から近くでヴィルの剣技を見ていたザックは、いつかこの質問をしようと考えていたらしい。


「純粋な、という訳では無いけど……そうだね。そう言って問題無いと思うよ」


「どっか特定の流派を学ぼうとは思わなかったのか?俺も我流だから分かるんだが、教わる型がないと上達するのがムズいんだよな」


 確かに、ザックのようにあれだけ大きな剣を振り回す流派は、既存ではそうお目にかかる事はないだろう。

 当然世界のどこかにはあるだろうが、そんな存在もあやふやなものを探すよりも自分で道を拓いた方が早いというもの。

 ヴィルもザックの気持ちはよく分かるが、


「僕の場合有名所は大抵学んだからね。僕の剣をよく見ると結構混ざってるのが分かるんだよ。正騎士団の剣、銀翼騎士団(シルバーナイツ)の剣、あとは市井の三大流派をそれぞれと、珍しい所で聖法国の剣なんかも。残りは自分のアレンジって感じかな」


「前半もどうやったんだって言いたいが、最後の聖法国ってマジか?確か十何年前から仲が良くなかったと記憶してるんだが……」


 と、若くも世界情勢を知る立場――貴族であるフェローが訝しげに問う。

 フェローの言う通り、南のアルケミア王国と西のミレーザ聖法国の仲は決して良いとは言えない。

 北のバルグ帝国のように昔からいがみ合っている訳ではなく、また戦争を行っている訳でも無いが、仲良く武道の交流をしましょうという関係ではない事は間違いがない。

 その原因にはある宗教的な見識の相違が関わってくるのだが、それはまたの機会に。

 今問われているのは、何故ヴィルがそんな聖法国の剣を学べたのかであったのだが、フェローの懸念は杞憂のものだ。


「聖法国は僕に戦いを教えてくれた師匠の出身でね。聖法国の剣はその縁で。あと師匠は昔騎士に所縁のある貴族の家で執事兼護衛をしていたらしいから、王国の剣はそこから。で、教わった剣技の中から自分の魔術に合う様に組み合わせて、付け加えて……」


 滔々と話すヴィルの説明に目を丸くするザックとフェロー。

 二人共、一般人では到底得られる事の無い経験を持つヴィルに開いた口が塞がらない。

 しかも、驚きはそれだけに止まらない。

 ほぼ同じタイミングで、二人の脳裏に同じ可能性がよぎる。

 だがコンマ数秒の差で口を開いたのは、王国と聖法国の関係に然程の興味も無かったザックだった。


「じゃあよ、さっきやってた無手の型もその人に習ったのか?あれも我流なんだろ?」


「そうだね。格闘術は師匠に習った時点で混ざってたから師匠流とでも言うべき代物だったけど、今はさらに僕のアレンジが掛かってもう原型は留めてないよ」


「はー。そりゃ貴族連中が放っとかないわけだ。知ってるか、ヴィル。入学試験以来、野心の強い貴族の家がお前と出身の孤児院に大量の密偵を送り込んでるんだぜ?あのレッドテイル家もだ。名簿を見るに大方、将来的に自分の陣営に引き入れたいと思ってるんだろうな。調べられてる当人には不快だろうが、一応知らせておくぜ」


 意外にも義理堅いフェローの言葉に、ヴィルは純粋に驚く。

 探りを入れられているというのはローゼルからの報告にも記載されており、元より想定していた部分だったのだが、その事がフェローの口から出てきたのが驚きだった。

 貴族だって馬鹿ではない、調べる対象の不興を買わないよう調査は隠密が基本になる。

 大貴族の中には、敢えて関心がある事を見せる事で他貴族を牽制する家もあるが、このやり方を取れるのはほんの一部だけ。

 フェローの言い方では、フェローとその生家フロストリーク伯爵家は、数々の貴族らが放った密偵の詳細を把握していた事になる。

 流石は『順風耳(じゅんぷうじ)』の異名を持つ名家。

 ヴィルも侮っていた訳ではないが、群を抜いた情報収集能力は同じ王国貴族として頼もしい限りだ。


「なるほど。そうやって自分達は他と違うと示す事で、僕の覚えを良くしようという意図もあるのか。やるね」


「人の好意を素直に受け取れないのか!?」


「冗談だよ。伝えてくれて感謝してる。まあ、誰に調べられても気にはしないとは伝えておいて欲しいかな――それじゃあ休憩も終わったし、皆でお風呂に行かない?体を動かした後は凄く気持ちが良いから」


「?全くお前は……けどまあ賛成だ。こんな汗臭い姿をレディに見られちゃかなわん」


「そんじゃ行きますか。俺も家にいた頃は濡らした布で軽く体を拭く程度だったが、一回入るとそんなんじゃ満足できなくなっちまった」


 こうして鍛練を終えた三人は揃ってSクラス寮の大浴場へと向かうのだった。


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