第61話 食堂と鍛錬 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
銀翼騎士団ベールドミナ支部での秘密会議を終え、寮に戻ったヴィルとニアの二人はその後、何事も無かったかのように各自の部屋へと戻り、定刻になると、約束していた夕食の為に学生寮の食堂へとやって来ていた。
ここアルケミア学園の学生寮は全学年全クラス共用で、それ故に学生寮の建物の中でも最大の大きさとなっている。
1500人を超える生徒と関係者を含めて延べ2000人弱、それを常に100人近い料理人達で支えているというのだから、この食堂の大きさが窺えるだろう。、肝心の料理の腕は一流と言って差し支えない。
一体どれだけのコネと財力があれば、これだけ人を集められるのか。
将来領地を与かる立場として教育を受けてきたヴィルも、計算は出来るがあまり考えたくはない額だ。
腹が減っては戦は出来ぬという言葉もあるくらいであるし、食事の重要性は理解しているつもりではあるが。
「何回見てもこの光景は壮観だね。よくもまあこれだけの生徒の分食事を作れるものだよ。食材の備蓄はどうなってるんだろう」
「寮内にも食糧庫はあるようだけれど、基本的には毎日馬車で運び込んで消費する形のようね。ただでさえ敷地不足で学園と寮が分かれているのだから、あまり大きなものは建てられなかったということでしょう」
合流したバレンシアの発言に頷きつつ、ヴィルが見ていたのは食堂内の様子だ。
1500人の生徒全員が揃っていた訳ではなく精々が500人といったところだが、これだけ人が集まって食事を取る機会も学園外ではそうあるまい。
皆銘々に楽しく時を過ごしており、和やかな空気が流れていた。
ヴィルは既にこの光景を一か月間見て来た訳だが、ヴィルはこの景色が気に入っていた。
それには自分の守るべき日常を強く実感できるから、という理由もある。
戦い守る側の人間は、往々にして戦う意味というものを見失いがちだ。
特に、平和な国で生まれた人であれば尚更の事。
まだ若いヴィルにはそうした経験はないが、それでも気持ちを新たにする事が出来た。
あとは単純に、人が楽しそうにしているのが好きだからだ。
幼い頃から人類を救う勇者としての意識を持っていたせいだろうか、ヴィルは他人に幸せであって欲しいという感情が人よりも強かった。
だからこそ、目の前のこの光景に心惹かれるのかもしれない。
「さて、先に注文を済ませておこうか」
「ええ、そうね」
「今日は何にしようかな~」
三人はこれ以上食堂が混む前にと、ザック達を待たずに先に注文をしに行く。
ここの食堂の注文形式は、カウンターで注文したい料理を職員に伝えて受け取る形式をとっている。
窓口は横並びに十個、行列を避けるために配置されているのだが、それでもやはり並ぶ必要というものは出てきてしまう。
それを避ける為に、この学園の生徒は主に四種類のタイプに分けられる。
一つ目は学園での授業が終わって直ぐに食堂に駆け込み、速攻で注文をするというもの。
確実に混んでいない状況で食事が出来るのが魅力だが、食べ盛りの年頃として、夜間に空腹になってしまうという欠点も抱えている戦法だ。
二つ目は普通に、人の最もお腹がすいた時間に食堂へ行くというもの。
利点は言うまでもなく都合の良い時間に食事を取れる点だが、最も人が多い時間帯でもあるのがネックとなるタイプだ。
三つめは、やや時間を遅めに調整して食堂へ行くというもの。
こちらは利点も欠点も一つ目とほぼ同じで、欠点である夜間の空腹が食事までの空腹に変わるだけ。
ただ人気の料理は品切れになる可能性もあるので、そこは注意をしておきたい。
最後の四つ目は、ここまで紹介した三つのタイプの隙間を狙うというものだ。
あるいはこのタイプが最も快適なのかもしれないが、同時に最も難易度の高い手法でもある。
集団心理を完璧に理解し、絶妙に存在する集団と集団の合間を狙い澄ます必要があるのだ。
さらに他のタイプの時間は日々変化し、集団の波に呑まれてしまう事も少なくないリスキーな作戦。
経験則と緻密な計算の上に成り立つこの手法は、主に上級生の中でも大人数で群れる事の無い少数精鋭のみが扱う事の出来る高等技術なのだ。
……と、こう長々と説明したが、要は皆好き勝手な時間に食事を取っているという事である。
さらに食堂は寮だけでなく学園にも存在するため、生徒たちはどちらかにばらけるのが基本だ。
ちなみに、ヴィル達はいつも二つ目のタイプに分類される時間に食事を取っていた。
前の数人が捌けたヴィル達はそれぞれ注文を済ませ、料理を受け取ってその場を離れる。
そしてそのままどの席に着こうかと思案していると、食堂の端の方の席に見覚えのある姿を見つけた。
他の生徒にぶつからないよう細心の注意を払いつつ、お目当ての人物の背後から肩を叩くと――
「やあ」
「うおっ!?……なんだヴィルか。お前なぁ、気配消して近づくなよ。本気でビビったわ」
「悪かった。今度から気を付けるよ、ザック」
「アタシは見てて面白かったけどねー」
ヴィルが声を掛けたのは正面の相手を睨むザックと、同じく正面の相手を睨むクレアだ。
二人共目の前には料理が置いてあり、どうやらヴィル達よりも先に食堂に着いていたらしい。
普段はこれ程早くないのだが、一体どうしたのだろうか。
「今日は随分と早いよね。晩御飯が待ち切れなかったの?」
「そんな子供みたいな理由じゃねぇわ」
ニアのボケにツッコミつつ、ザックは別の席を指さし、
「いやよ、普段俺達が食べてるいつもの席がこの間埋まってたから、今度こそって思って早めに来たんだが……」
ザックの指した先には、既にそのいつもの席に座り談笑する集団の姿があった。
「まあ仕方ないよ。別に僕達の席って決まってた訳じゃないんだし」
「でも俺達は六人で食う訳だから、まとまった席の確保は必須だろ?せっかくだし今の内に場所取りしとくかーってなって――」
「アタシがこの席に座ってる間にコイツに料理を取りに行かせたってワケ。もちろんアタシの分もね」
「さり気なくパシられてるのね」
何故か自慢げに話すクレアに苦笑気味のバレンシア。
だが、意外にもザックに不満そうな様子は無い。
このザックという男、普段からクレアと微笑ましいやり取りを繰り広げているが、時折クレアに対してこうして非常に素直な一面を見せるのだ。
それは婚約者としての自覚か、あるいはザック生来の優しさか。
どちらにせよ、政略結婚とはいえクレアも中々の優良物件を捕まえたものである。
ただ、以前真反対の発言をしていた彼女がそれを聞けば、憤慨するだろう事は想像に難くないが。
「まあ座れよ。クラーラももうすぐ料理持ってこっちに来るだろうしな」
「仲睦まじい二人の間に割り込むのは本意じゃないけど、お邪魔させてもらうよ」
「あたしもお邪魔しまーす」
「私もお邪魔するわ」
「あんたら覚えてなさいよ……!特にヴィル」
真っ先にからかったヴィルがクレアから剣気を中てられるが、当の本人は歯牙にも掛けず、ザックとクレアが座るテーブルの空いている椅子を一つ引いて、そこに腰掛ける。
ニアとバレンシアもヴィルに続き、それから五分も経たずにクラーラが合流。
ようやくお待ちかねの食事タイムと相成った。
「「「「「「いただきます」」」」」」
六人が手を合わせて食事の挨拶をし、早速各々が食事を始める。
先程まで会議を行っていたヴィルとニアも、既に腹の中身は空っぽだ。
ニアが頼んだのは季節によって変わる旬の野菜を使用したサラダと、生徒に人気で度々メニューに登場する魚のソテー。
今の旬はキャベツとアスパラガス、共に朝採れでニアも満足そうである。
自分も頼んでおけば良かったか、とそんな考えがヴィルの脳裏をよぎるが、これ以上頼むのは流石に……と、僅かに残った良心が咎めた結果だと再度諦める。
その理由はヴィルの目の前に盛られた料理、料理、料理。
所狭しと並べられた皿の上には、一体何人分なのかという程の量の料理が乗っていた。
その量たるや、このテーブルの中でも一番の食欲を誇るザックの倍はある。
しかも全て違う種類の料理であり、どれもこれもが美味しそうで、見ているだけで食欲がそそられてしまう。
――学園が始まって一か月が経ち、他の面々も慣れてきたが故に何も言わない為錯覚しがちだが、ヴィルの食事量は平均から見ても逸脱している。
その証拠に、今しがた通り過ぎた女生徒などは驚愕の表情を浮かべていた。
恐らくは今日初めてヴィル達の食事を目にしたのだろうが、これが本来の正しい反応である。
「…………さっきの見た?」
「とても驚いてた」
「それが普通よ。私達の感覚が麻痺してるだけだわ」
このそっけないバレンシアの反応こそが見慣れた証拠だ。
クレアもクラーラも驚いた女生徒に対して反応したのであって、ヴィルの食事量に対してではない。
一か月も同じ様に過ごしてきたのだから仕方が無いが、反応されないのはされないのでどこか寂しく感じるヴィルであった。
それから十分ほど経っただろうか、マナーに障らない程度にお喋りをしつつ食事を続けていたヴィル達の下に、同じSクラスのフェロー・フォン・フロストリークがやって来た。
手に持った皿の上には手つかずの料理が盛られており、丁度今食事を取りに来たばかりのようだ。
「よう。相変わらずとんでもない量だな、ヴィル。ここだけでミニビュッフェみたいだ」
「フェローは今来た所か。運が悪かったね、ついさっき四年生の団体が入って来たばかりだよ。席も空いてる事だし隣に座るかい?」
そうヴィルが申し出ると、フェローは目を丸くした後に笑って、
「今から頼もうとしてたのにエスパーかよ。助かるけど、いいのか?」
「勿論皆さえ良ければだけど……」
視線で他の五人にどうか問うと、概ね問題ないという答えが返って来た。
それを聞いて安心したヴィルは、フェローを自分の隣の席へ座るよう促す。
「それじゃあ失礼して、と」
優雅な一礼をしてから席に着いたフェローは、そのまま上品かつ自然な所作で料理に手を付け始めた。
食事の量はザック程ではなく、ヴィルとは比べるべくも無いが、恐らくこれが一般的な青年の量だろう。
それでも食べる速度は中々に早く、小食という訳では無いらしい。
やがて一段落着いた所で、周りを見たフェローが口を開く。
「それにしても目立つよな、このメンバーは。さっき遠目から見ただけでもここ一帯が浮いてたくらいだ。やっぱこうも美人が揃うと絵になるよ」
「ちょっとアンタ、それ以上言ったらねじ込むわよ。ただでさえ辟易してるってのに」
ヘラヘラ顔のフェローも、不機嫌そうなクレアの手に握られた元骨付き肉を見た後では、口を噤む他無かった。
しかし、彼の言う事は紛れもない真実だ。
――この中で一番目を惹くバレンシアは凛とした佇まいと美しい赤髪、そして抜群のスタイルを持つ言わずもがなの才色兼備。
その評判は、彼女が幼少の頃から確固たるものとして語られてきた。
クラーラは愛想とは無縁の無表情だが、それが逆に小柄で人離れした妖精の如き魅力を生み出している。
クレアもクラーラとは別方向に愛想に欠ける人物だが、何者も寄せ付けない気高さと美しさを備えている。
ニアはその愛くるしい容姿と、元気いっぱいで人懐っこい性格が男女問わずの人気者。
これだけの逸材が揃っているのだ、これだけ人の多い場で目立たない訳は無く。
加えて言えば、この場で目立っているのは女性陣だけに限らない。
ヴィルはバレンシアと双璧をなす、学年という枠を飛び越えてなおずば抜けた容姿を持つ人物だ。
他に類を見ない透き通るような銀髪と人外の美貌、それに人当たりの良い穏やかな雰囲気が合わされば、注目の的となるのも無理はない。
ザックは他と比べれば一段見劣りするものの、その顔立ちは平均から見れば十分整っていると言える。
これがフェローの言った目立つメンバーだが、そう言う彼自身もまた甘い顔と紳士的な態度で女性人気を誇っており、目立つ緑の髪も相まって周りの注意を集めるのに一役買っていた。
「まあ、確かにこの面子なら嫌でも注目を集めるよね。僕としては、あまり好ましくは無いんだけど」
「同感ね。こういう注目のされ方はいつまで経っても好きに慣れそうにないわ」
「そう?わたしは別に。もう慣れた」
「それをお前らが言うか」
ヴィル、バレンシア、クラーラという視線を向けられる理由の殆どを占める三人の発言に、ザックが呆れてツッコミを入れる。
「あたしは注目されるの好きだよ。もっと言えば注目されてるのを見るのも好き」
「それはニアがおかしいだけだから。アタシはこういう見世物みたいな扱いはイヤなの」
ムスっとしたクレアは、本心から目立つ事を嫌っている様子だった。
だがニアに気遣われているのを悟ったのか、咳払いを一つ。
「勘違いはよしてよね。アタシは好きでヴィルたちと一緒にいるんだから。アタシが嫌いなのは遠慮もなくジロジロ見てくる連中と、そこのみたいに女に見境がないヤツだけだから」
「わ、悪かったって。女性を見たらとりあえず褒めるのは礼儀みたいなものだろ?で、手っ取り早い褒め方が口説く事で……ああ次から気を付けるからそう睨まないでくれ」
ジト目で睨みつけるクレアに、フェローが両手を上げて降参の意を示した。
クレアがフェローにこうも辛辣な態度を取るのは、彼が相手が美人と見るや手当たり次第に声を掛けまくっていたからに他ならない。
既にこのテーブルの女子全員に声を掛けているというのだから、その手の速さが分かる事だろう。
なお、その結果については考えないものとする。
「くっそー!ヴィルなら分かってくれるよな?同じ男として、な?」
「あ、ごめん。僕は賛同しかねるかな。フェローの地元での噂もかねがね」
「ここは敵地だったのか!?」
噂と言ってもやっていた事は学園と同じ。
手当たり次第に女性に手を出し、『女好き』という異名が定着するにまで至ったというだけだ。
だが意外な事に、フェローは嫌悪の対象にはなっていないのだ。
何故若干疎まれつつも嫌われてはいないのかと言うと、それはフェローに悪意がないからである。
勿論彼の最終目標には下心が存在しているのだが、見え透いた下心というものがなく、口から出るのは多種多様な美辞麗句。
それに、外見は見目麗しい美男子に褒められて悪い気はしない、というのもあるのかもしれない。
それが例え、中身に問題のある人物からであったとしても、だ。
それから順調に食事を進めた一行は、時折先のような雑談を挟みつつ全員がほぼ同時に自分の料理を食べ終えた。
真に恐れるべきは、皆と同じ時間で完食したヴィルであろう。
食事を終えた後は、遅れて来た生徒の為に速やかに食堂を出る。
そして、解散してそこからは自由時間だ。
自室で勉強をしたり、各寮にある道場で鍛練に励んだり、あるいはそのまま寝床へ入ったりと様々。
ヴィルもまた例に漏れず、腹ごなしに鍛練をしてから浴場へ向かおうか、と考えていたのだが――
「ヴィル、このあと暇か?」
フェローに呼び止められる。
その傍にはザックもおり、彼もまたフェローに呼び止められていたようだ。
「これから寮に戻って軽く体を動かそうかと思ってたんだけど、どうかしたの?」
「それなら丁度良いな。俺もこれから一緒に道場に行かないかって誘うとこだったからさ」
「フェローに誘われたのは初めてだが、同じ席で飯を食った縁だと思ってな。それに三人で汗を流すのも悪くないだろ?二人共強えしな」
暇さえあれば鍛練をしている程運動好きのザックは、既にやる気満々の様子だ。
それにヴィルが断るとは微塵も思っていないらしい。
ザックらしいなと思いつつ、断る理由の無いヴィルは二人の提案に頷きを返した。
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