第59話 秘密会議 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
それは一見何の変哲も無い、人気の無い喫茶店。
それは一日の間に、一体何人の客が寄り付くのかというレベルの寂れた佇まいで、まず確実に儲かっていないだろう事が察せられる。
アルケミア学園寮から歩く事徒歩十五分、ヴィルとニアは『喫茶:銀の月』という看板を掲げたその店に訪れていた。
「これがベールドミナの拠点か。初めて見たけどかなり入りづらい雰囲気だね」
「そうなんだよ。この暗さがまさに隠れ家にはピッタリ。まあ喫茶店として見れば絶対に来ないけど」
「それは同感」
開店から三ヶ月も経っていないにも拘らず、年季の入った風な扉に手を掛け開くと、そこには外見から想像できる通りの暗く落ち着いた空間が広がっていた。
人一人居ない寂しい店内だが、ヴィルはこの静かな雰囲気が早くも気に入っていた。
「らっしゃい!」
明らかに店の雰囲気と合っていない台詞に視線を向けると、そこには見覚えのある青髪の男性の姿があって――
「やあジャンド。騎士は辞めて喫茶店の店主に転職かい?良く似合ってるよ」
「そうですかい?いやー、けど自分の天職は騎士っすから、転職は考えてないんすよー」
地味に転職と天職を掛けて小粋に返したのは、ジャンド・アギュラーという騎士だ。
ジャンドとはそれこそ物心ついた頃からの付き合いで、ヴィルの幼少期から遊び相手や模擬戦相手になってくれた気心の知れた仲の人物である。
「他の皆は?」
「他はさっきの後始末でもう少しかかりそうっす。あとちょっとしたらそれぞれ戻ってくると思うんで、それまでゆっくりしていって下せぇ」
「それじゃあお言葉に甘えて」
そう言ってカウンター席に座った二人は、揃ってコーヒーを注文。
程無くして出されたコーヒーは程よい苦みの効いた大人の味わいで、思わず二人顔を見合わせてしまう位には美味しかった。
聞けばこのコーヒーはジャンドが手ずから入れた物らしく、産地にこだわって取り寄せたのだと自慢げに語っていた。
ジャンドに驚かされるのは突飛な発想もそうだが、こうした多芸な所である。
無駄に多芸なローゼルに鍛えられ、コーヒーの味にうるさくなった二人を唸らせる出来なのだから、これはもう文句無しと言って良いだろう。
「そういえば、この間のクラーラの件は助かったよ。根回しと裏工作と後始末と、ジャンドも手伝ってくれたんだろう?」
「ま、微力ながら。……にしても坊ちゃんは無茶しすぎっすよ?あん時のニアちゃん、心の底から坊ちゃんの事心配してたんすから」
「その話は耳にタコができるくらいニアに怒られたよ。事前に相談出来無かったのは申し訳無いと思ってる」
「本当だよ。クラーラを騙すために自分の心臓を止めるだなんて」
しょうがない人だと言わんばかりに怒りの感情を見せるニアだが、その中にやや本気の色が垣間見えてヴィルは目を逸らす。
先日、ウェルドール家の問題を解決すべくクラーラに騙されたフリをしたヴィルは、その裏でいくつもの策を張り巡らせていた。
銀翼騎士団をウェルドール邸に派遣していた事や、ニアに自分の位置情報を把握させていた事がそうだ。
本来ならば地下で会話を引き延ばしつつ、クラーラの母親の解毒が済んだタイミングを見て、自身の魔力反応を明滅させてニアに合図、彼女と共に銀翼騎士団の団員が突入して、毒魔術師の身柄を確保するという手はずだった。
多少剣を交えるのは想定内、それも時間稼ぎの目的しかなかったのだが、ヴィルが途中で計画を変更。
その際クラーラ自身に選択を促す為、背中を押す為に友人の死を演じたのだが、その手段にニアは納得していないのだろう。
ニアは心臓を止めたと言ったが、あれは外部の人間から見て心臓が止まっている状態にした、というのが正しい。
クラーラがヴィルの心臓に触れていた時、ヴィルの心臓は正しく活動していたが、その振動が体表に届くまでにエネルギー操作で分解、呼吸も止めて無理矢理に心停止を装っていたのだ。
そんな事をすれば当然心臓には負担が掛かる訳で、ニアはその事を憂いていた。
そうして自分の身を削ってまで、ヴィルが計画を変更した理由は幾つかある。
一つは、想定よりもウェルドール邸の解毒が遅れたという点。
如何に王国最高の治癒術師と言えど、術者本人に気取られない様に解呪するのは容易な事では無い。
その時間稼ぎとして、会話と戦闘だけでは足りないと現場で判断した。
もう一つは、クラーラの剣技が以前に増して冴えていたという点。
覚悟が極まっていたか、生まれて初めて体験する命の取り合いに、クラーラは模擬戦の時に比べても段違いの技のキレを見せていた。
ヴィルは経験こそ勝っていたが、剣の腕という面では殆ど互角。
実力の拮抗する相手との長期戦は、お互いに予期せぬ犠牲を生みかねなかった。
故にヴィルは、それならばと致命傷を避けて自ら剣を受けたのだ。
それに、加えて言えば――
「仕方なかったんだ。あの状況で、不完全燃焼でクラーラの結末を汚す訳にはいかなかった。あれは彼女にとっての試練、分水嶺だったんだよ。彼女自らあの男に立ち向かった事実が大切で、あれが無ければ彼女は殻を破れなかった。何も出来ずに脅されるままに従って、横から助けられて……それじゃあ彼女は救われない。自分で決断したからこそ、彼女はこれから増々強くなっていく。僕はそう確信してる」
「だからって……」
「それに、彼女には誰かの犠牲を乗り越える経験をして欲しかったんだ。それが仮初めのものでもね。失う事を知ったクラーラは、人を守る事もまた知る事ができた。将来人の上に立つ人間として、あの場面で成長させてあげたかった。僕のお節介かもしれないけどね」
あの事件をきっかけとして、クラーラが強くなった事は事実だ。
だがそう言いながらも、ヴィルの表情はどこか晴れない。
否、ヴィルの顔は表面上はいつも通りの柔らかな表情から変わっていない。
正確には表の表情で押し殺した素の表情が、だ。
この時、ヴィルは自分とクラーラの境遇を重ねていた。
境遇が違う、状況が違う、背景が違う、そのどれもが、全くもって異なっている。
だが、クラーラは母親の、ヴィルはイザベルの命を背負っていたという点のみ似通っていた。
ヴィルは、自分に人の命が掛かっているという重責を、義務を知っている。
それは人の手を借りてはならない、自分自身で解決しなければならない使命と言い換えても良い。
その重みを知る人間として、例え既に他人の手が介入した状況であっても、クラーラにはせめて彼女自身に答えを見つけて欲しかった。
ヴィルの表情が浮かないのは、自身もまた重責に悩んだ過去を持っていたから。
既に道を定めた身ではあるが、苦悩の経験は中々忘れられるものではない。
「……坊ちゃんが坊ちゃんなりの考えを持ってやったのは分かってるっす。その考えも、理解できない訳じゃないっすから。けど……」
ジャンドの視線がヴィルに突き刺さる。
その目に宿るのは、長年の付き合いから来る言葉に出来ない感情。
「もっと人を頼って下さい。やり方だって、他にもあったはずっす。坊ちゃんはもっと自分を大切にするっすよ」
「……あたしも、あんまりヴィルのやり方に口出しする気はないけど、できるだけ今回みたいなのは避けて欲しいかな」
「……善処するよ」
二人からの諫言を形の上で受け入れ、この話題はひとまずの終息を迎えた。
その後話題は変わり、コーヒーに加えてこれまた見事な出来の焼菓子に舌鼓を打っていると、銀翼騎士団の騎士達が二分三分と間隔を空けて、次々と姿を見せ始めた。
「行ってらっしゃいっすー」
十人ほど続いた後、集まった騎士達に呼ばれたヴィルとニアは、このまま店番を続けると言うジャンドに見送られて店の奥へと入って行く。
豆や茶葉など喫茶店としての備品が置かれた棚の間を進むと、突き当りには金属製の重厚な扉があり、そこを開くと地下への階段が現れた。
さらに潜って行くと――
「ようこそいらっしゃいました、レイドヴィル様。斯様に狭苦しい場所ではありますがどうぞ、席はご用意しております」
集まった騎士全員に迎えられ、ニアが驚きに目を丸くする。
ここに支部があったという事だけしか知らなかったヴィル改めレイドヴィルと違い、ニアはこの地下の存在を知っていた筈だが、表の外観からは想像もつかないあまりにかけ離れた内装に、驚きを隠しきれなかったのだろう。
――そこには銀翼騎士団本部と遜色ない、白を基調とした清廉な雰囲気の空間があった。
中央には巨大な円卓が鎮座しており、円卓の席に着く騎士達は騎士団の制服を着ている事もあって壮観の一言。
ここに着くまでの道中武器庫や食糧庫、仮眠室もあった事から万全の備えをしている事が窺える。
皆一様に真面目な表情を浮かべてはいるが、裏にどうだと言わんばかりの自慢げな気配が滲み出てしまっているのが残念な点か。
そんな彼らにとって、ニアの素直な反応は大層お気に召した事だろう。
「これはまた、随分力を入れたね」
「これから四年間、レイドヴィル様の出入りする拠点でございますから。我々もこの秘密基地感が既に気に入っておりましてな」
室内を見回して言うレイドヴィルに、壮年の騎士が柔らかい笑顔を見せる。
「確かに、あの外観とこの設備なら僕もかなり動きやすくなる。流石だね」
「お褒めに与かり光栄です。それから今はまだですが、最新式の装備も優先的に回してもらえるとの事ですので、今後はより一層充実していく事と思います」
「了解。そっちの方も楽しみにしてるよ。――それじゃあ本題の方に入ろうか」
騎士達が用意したという席に座ったレイドヴィルの合図に、ニアと円卓に座る騎士達が気を引き締める。
二人も、只新設された拠点を見学しにここへやって来た訳では無い。
明確な目的を持っての事だ。
その目的というのが――
「――アンナ・フォン・シャバネールと『竜の牙』。現時点で分かっている事を報告しようか」
現在の最重要警戒対象であるアンナと、『竜の牙』という組織についての調査報告だった。
その前に、『竜の牙』と呼ばれる者達について説明をする必要があるだろう。
『竜の牙』――彼らは元々バルグ帝国を根城とする組織で、強盗、誘拐、暗殺、人身売買、あらゆる犯罪行為を幅広く行う犯罪集団であり、帝国でもその存在が危険視されている――というのが表向きの概要だ。
実際は組織の背後に帝国が付いており、国の依頼を受けて非合法活動を行う帝国の暗部組織である。
王国はその情報を複数人のスパイを使う事で入手する事に成功しており、ゆくゆくは戦争を有利に進める為の手札の一つとして使うつもりであったが、その目論見も停戦協定と平和条約が結ばれた事で頓挫。
折角の苦労も水の泡になるかと思われていたが、今から二ヶ月程前に国境で『竜の牙』の密入国が確認されたのだ。
『竜の牙』が王国領土に足を踏み入れた丁度その時、偶然にもスパイが入手した情報を知る者が居た為判明、直ぐに正騎士団が駆けつけたが、結果は構成員二名を討ち取るに止まり大半は逃亡、今も行方知れずとなっている。
その後正騎士団と銀翼騎士団が何度か拠点を特定するも、到着した時には既にもぬけの殻という有様。
だがその努力も、全く無駄では無かった。
数回に渡って追い詰めた結果、『竜の牙』の目的に関する幾つかの情報を入手するに至っていたのだ。
そしてその情報の中に、アンナの名前が記載されていた。
目的は『将来的に帝国の脅威となり得る人材の確保』、騎士団はこれを誘拐と推測し、学園入学前からアンナの身辺に注意を向けていた。
レイドヴィルもまた、学園生活でアンナに目を掛けていた一人だ。
流石に学園では襲われる素振りは無かったが、学外演習となればそうはいくまい。
将来共に国を支える柱となるであろう少女の為に、何としても帝国の魔の手を退けねばという決意の下、ヴィルは入念な現状確認を進めていった。
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