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第58話 アンナという少女 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


「お、アンナちゃん偶然だね。一緒に帰らない?」


「あ、はい……。わたしなんかでよければ」


 時は夕刻、今日もアルケミア学園一日の濃密な授業をこなしたアンナは、ニアの誘いでヴィル一行と帰寮する事と相成った。

 帰路につく生徒たちの群れに混ざり、いつもの道を歩く一行。

 ヴィルの周囲の人も増えたもので、ニア、バレンシア、ザック、クレア、クラーラ、今回はそれに加えてアンナを入れて合計七人。

 いつもいつも全員が揃う事は無く、それぞれ所用で欠けたりする事もあるのだが、今日は皆大人しく帰る事にしたようだった。


「んー、今日も疲れたー!なんか日に日に授業が厳しくなってる気がするんだけど気のせいかな」


「それアタシも思った。もう実技理論なんて何言ってんのか分かんないし。戦ってる時にあんな考え事してたらパンクするっての」


 ニアの疑問に同意したのはクレア。

 実技理論とは対魔術師を想定した戦術の組み方を習う授業なのだが、感覚で動くタイプの生徒には大層不評な授業として有名だ。

 不満を漏らすクレアも感覚派の戦闘スタイルなので、戦いを思考に落とし込む実技理論の在り方を毛嫌いしているのだ。


「まあ実技理論の考え方が全てじゃないし、戦い方は人それぞれだけどね。けどテストじゃそんな事も言ってられないよ?」


 そう釘を刺すヴィルは実技理論で戦う典型であり、戦闘時は相手を観察し傾向を知り、思考によって十数手先まで読み切って行動する事を得意としている。

 丁度勘で戦うクレアの対極に位置するタイプだ。


「テスト?テストなんてあったっけか?」


「何言ってるんだいザック。学外演習と新人戦が終われば、その後に待ってるのは楽しい楽しいテストじゃないか。グラシエル先生も言ってたよ?」


 やれやれといった仕草で言われ、聞きたくないとばかりに耳を塞いだ生徒が三人。

 クレア、ザック、ニアの三人である。


「聞きたくない聞きたくない聞きたくない」


「やべぇ。ここままじゃ確実に死ぬわ。てか死んだわ」


「ヴィールっ様?また勉強教えてほしいなー」


 三者三様の反応を見せる彼らだが、共通するのはテストが嫌だという気持ちだろう。


「勝負ね、ヴィル。入学試験の時は後れを取ったけれど、今度こそは一位を取らせてもらうわ」


「その勝負受けて立つよ、シア。ただ、そう簡単にこの席が取れるとは思わない事だよ」


「ふ。わたしも忘れてもらっては困る」


 そんな三人と対照的なのはヴィル、バレンシア、クラーラの三人。

 順に一位、三位、九位の成績優秀組である。


「で、でもクラーラも実技理論は苦手でしょ!?アタシとおんなじ感覚派だもんねー」


 学園に入学してから初のテストという事で燃える三人に、焦った様子のクレアが水を差そうと試みるが、


「?考えるのは苦手。でも勉強は得意」


 きょとんという擬音が似合う首の傾げ方をしたクラーラには、一切効果を発揮しなかったようだ。


「クラーラは公爵令嬢なんだから、こんな序盤で躓くような教育は受けてないと思うよ?」


「クッ……!これが貴族と平民の差だって言うの……!」


「その貴族が平民のヴィルに負けているのだけどね。クレアも、予習復習をちゃんとすればヴィルみたいになれるわ」


「いや、それだけは絶対に無理だから」


 真顔で手を振り否定するクレアだが、これにはヴィルも苦笑いを浮かべるしかない。

 先程の発言では非貴族のヴィルが貴族を上回ったかのように聞こえるが、実際にはヴィルもまた貴族だ。

 それどころか他の貴族を遥かに上回る高度な教育を受けたヴィルは、学園のテストにおいては無双状態。

 生まれ持った才能も合わさって、文字通りの意味で敵無しだろう。

 あるいは、という生徒も居ないでは無いが。


「ねえニア。なんだか落ち着きがないわよ?どうかしたの?」


「別になんでも!?やーだなーシアったら、あたしはいつもこんな感じだよ?」


「…………」


 と、中々会話に入れない人物が一人。


「そういえば、アンナさんはどうなんだい?」


「え、わたしですか?」


「そうそう。アンナさん頭良さそうだし、もし良ければクレア達に勉強を教えるのを手伝って欲しいなと思ってね」


 こうも大所帯になれば、アンナのような人見知りをするタイプは黙って聞き手に徹する他無い。

 既に形成された輪に入るという行為は、人見知りの身には中々厳しいものがある。

 自分からは入り辛かろうと、気を遣って話を振ったのだが……


「へぇー。アンナって治癒魔術専門なんだ。道理で模擬戦の時いない訳だわ」


 ヴィルをきっかけにクレアに話しかけられ、


「でもヴィルが凄いっていうからには相当なんだろ。今度見せちゃくれねぇか?」


 ザックに話しかけられ、


「それ誰かが怪我しないと分かりにくくない?ザックにはちょっとだけ骨でも折ってもらった方が分かりやすいよね」


 ニアに話しかけられ、怒涛の質問攻めに遭っていた。

 会話というものが苦手なアンナからしてみれば、さぞ誘いに乗った事を後悔している事だろう。

 三人にも悪気がある訳では勿論なく、普段あまり喋らないアンナと気軽に話せる機会と知って話しかけているのだから、それが余計に心苦しいのかもしれない。


「あ、えっと、あの……」


 矢継ぎ早に話しかけられる状況に、戸惑っている様子のアンナ。

 そんな彼女に、自分で蒔いた火種を消火するべくヴィルは助け船を出す事にした。


「そこまで。そんなに畳みかけたらアンナさんが困るだろう?」


「違いない。みんなわたしを見習うべき」


「いやクラーラは口数が少ないだけだろ」


 両手を上げて止めに入ったヴィルにクラーラが乗っかり、アンナにようやくの平穏が訪れる。

 その後もなんだかんだ姦しく会話を続けた一行は、寮に到着しそこで解散となった。

 皆同じSクラスではあるが、当然男子寮と女子寮は分かれているので、これもいつもの流れだ。


「それじゃあね男子。また後で食堂で会いましょ」


 いつもの様に夕食を皆で一緒に取る事をクレアと約束し、ヴィルはザックと二人男子寮へと向かう。

 一年Sクラスの男子寮は、一年Aクラス男子寮と一年Sクラス女子寮の間にあり、一階はSクラスの共用スペースとなっている。

 イメージとしては一階が共用、二階から男子と女子で分かれているといった感じだ。

 ザックの部屋はヴィルの部屋と部屋一つ分離れており、丁度ジャックの部屋を挟む形になる。


「やっぱこの寮に入るとこは見られるよな。こいつがSクラスか!みたいな視線は全然慣れねぇわ」


「確かに。下のクラスの生徒達から見れば、一年生の頂点に立つクラスは気になるものなんだろうね。僕もよく見られるよ」


「いや、それはSクラスってよりヴィルの見た目な気がするんだが」


 階段を上がってすぐにある、ザックの部屋の前で話す二人。

 男子と女子で解散した後は、五分程こうして話す事もまた習慣になりつつあった。

 大抵はその日あった事や授業内容についてだったりなのだが、今日はこの寮についての話題のようだ。


「そういやヴィルはこの階の部屋の奴って知ってるか?」


「うん。順番にザック、ジャック、僕、ルイの並びになってるね。それがどうかしたの?」


「何ってわけでもないんだが、単純に気になってな。ん?その中に貴族っていたか?」


「いや、いないね。全員平民だよ」


「……な~んか差別されてるみたいで気に入らねぇな」


「それを言うなら区別だろうに。ザックだって隣の部屋に貴族の生徒が居たら落ち着かないでしょ?」


「それは、そうだけどよ」


「逆だって色々不都合もあるだろうさ。何もかも平等にするより、ある程度分けた方が快適に過ごせるものだよ」


「……平等ってのも難しいもんだな」


 と、このように特段中身のある会話がある訳ではないのだが、学園終わりに話すこの時間を二人は割と気に入っているのだった。

 その後ザックとの会話を切り上げたヴィルは部屋に戻り、本来は適当に時間を潰した後そのまま夕食となるのだが――


「さて、準備でもするか」


 帰宅して早々、ヴィルは制服から着替えて荷物を置き、外出の準備を整えて再び自室を出て行った。


 ―――――


 目的地は学園寮裏にひっそりとある花壇。

 ここはヴィルが探索中に見つけた穴場で、人の姿は無く清閑。

 ヴィルのように人目を憚る用がある人にとっては、正にうってつけの場所と言える。


「――やあニア。もし合図に気付いてくれなかったら女子寮まで行こうと思ってたんだけど、その心配は無かったみたいだね」


「いや気付いたけど、気付いたけどね。いつの間にこんなものポケットに入れてたの?全く分からなかったんだけど」


 呆れ気味のニアの手に握られていたのは、何事か書き込まれた一片の紙だった。

 内容は『解散から十五分後、二年女子寮裏の花壇前で待つ』、とある。

 そう、ヴィルは帰寮中のニアのポケットに紙を忍ばせ、ここでこうして会う旨を伝えていたのだ。

 ちなみにこの対象に気付かれる事無く物を入れるテクニックは、孤児院の院長で元執事長のローゼルに教わったものである。

 尚どの機会に役立つものなのかは誰にも答えられない。


「それで?これからどうするの?」


 首を傾げて問うニアに、ヴィルは口元を笑ませ――


「それじゃあ行こうか。銀翼騎士団(シルバーナイツ)ベールドミナ支部に」


 そう爽やかに言い放ったのだった。


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