第55話 隣人と班員 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
それは早朝、朝の運動として学園寮周辺を走り終えたヴィルが帰寮した時の事だった。
首に掛けた布で汗を拭いつつエネルギー操作で体温を下げていると、扉から出て来たヴィルの隣の部屋の住人と目が合った。
「やあ、おはよう、ジャック」
「お、おお。おはよう」
手を挙げて挨拶したヴィルに対して、控えめながらも手を挙げて返したのは、ヴィルと同じSクラスのジャック・エリエクタスだ。
年相応の平均的な身長・体格、平凡な顔つきと揃った、こう言うと申し訳ないが、どこにでも居そうな青年である。
珍しいのはその黒い髪色くらいのもので、しかしその特徴も本人の性格の暗さで打ち消され、影の薄い没個性的な人物だというのがクラスで彼を知る者の評価となっている。
そんなジャックとヴィルは今までに接点もなく、ジャックがヴィルの隣の部屋に住んでいるという事実も今知ったくらいだ。
だが丁度良い機会だとヴィルは考える。
ジャックは平民出身で情報が薄く、当人の趣味嗜好に関する情報すら多くはない。
ここは情報収集と今後の為にも、仲良くなっておいて損は無いだろう。
「ジャックが隣の部屋だったんだね、初めて知ったよ。ああ僕は……」
「あー知ってるよ。ヴィル・マクラーレンだよな。有名人だし」
「有名人?この学園でかい?」
「あーいや、そういう訳でもない……訳じゃないんだが。まあ、学園でも有名だよな。イケメンだし」
そう言って視線を外すジャックの言葉には何か含みがあるようだったが、その意図までは読み取れない。
それよりもヴィルが気になったのが、ヴィル自身の知名度についてだった。
学園に来て早々にシュトナやバレンシアといった著名人を下した事と、その容姿が優れている事である程度名が広まるのは予想していたが、ヴィルが想定していたよりも回りが早い。
ヴィルの想定ではもう少し後の学年の全体行事、具体的には今回の学外演習や新人戦の後になると踏んでいたので、少々予想が外れた形だ。
ハイペースなトラブルの連続に加えて、担任教師のグラシエルに目をつけられた事も考えると、かなり平凡とかけ離れた学園生活だと言える。
「まあ、そうじゃなくて、俺が言いたいのは冒険者の方のヴィルなんだけどな」
思考するヴィルには気付かず、ジャックはそのまま話を続ける。
「俺もこの学園に通う前は冒険者やってたんだけど、その時に噂になってたんだ。俺は結構田舎の方で活動してたから直接見た事は無かったけど、王都から来た冒険者が王都にすげぇ奴がいるって。銀髪の『万年ルーキー』ってヴィルの事だよな?」
「ん?ああ、そんな通り名も付けられてたね。あれ呼ばれると結構恥ずかしいけど、伝統だから仕方ないよね。慣れるとそうでもないんだけど」
「あー、分かるわ。やっかみ半分尊敬半分って感じのな。俺自身は付けられた事無いけど、一緒に考えようぜって誘われたことはあるわ」
冒険者話で意気投合するヴィルとジャック。
ヴィルはジャックについて暗く内気な性格と聞いていたが、実際に話してみるとそうでもない。
恐らく少人数が好きだが、人数が増えるごとに口数が少なくなっていくタイプなのだろう。
一対一で話している分には何の苦も無く、寧ろ話しやすい位だ。
明るい性格という訳でもないが、時折控えめながらも笑みが浮かぶ。
冒険者という共通の趣味を持っている事だし、これは良き隣人となれる予感がする。
ヴィルはそう思いつつ、もう少し新しく出来た友人との会話を弾ませるのだった。
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それは夕時、一日の授業を終えたヴィルが帰寮した時の事だった。
授業の中で出された課題について考えつつ鍵を出していると、ヴィルの隣の部屋の前で何やら探し物をしているクラスメイトの男子生徒が居た。
その部屋はヴィルの部屋から見てジャックと反対の部屋で、つまりヴィルのもう一人の隣人の一室という事だ。
その人物は神経質そうな顔に険しい表情を貼り付け、相応の時間探し物をしていたのか、汗でクリーム色の髪が額に張り付いてしまっている。
鞄と荷物を置いて膝立つ青年はどうやら目があまり良くないようで、殆ど手探り状態での捜索だ。
それにしては不思議と眼鏡を着用していないようだが、偶然だろうか。
見かねたヴィルは青年に手を貸す事にした。
「何か探し物?良かったら手を貸そうか?」
ヴィルが声を掛けると、青年は怪訝そうな顔で警戒心を露わにした。
「……なんでもない。ただ部屋の鍵を落としただけだ。すぐに見つかるから手は必要ない」
一瞥してそう言う青年だったが、ヴィルの目には随分と探して途方に暮れている雰囲気に映っていた。
断られたもののそこはお人好しのヴィル、手を貸す事を止めはしない。
目を瞑り、意識を頭の奥深くに沈めていく。
それは例えるならば水に潜る作業のようで、酸素を必要としない代わりに多くの思考力を割く必要があった。
ヴィルは普段から『第二視界領域』により、半径5メートル以内の魔力の流れや物体の動きを把握しているが、その割合は全力の半分といった所だ。
これは日常生活を送る上で負担を減らす為の無意識の制限だが、この状態では対象がヴィルから遠い程に精度は落ち、ヴィルの意識に不鮮明なものとして映ってしまう。
だがそれは裏を返せば、意識すればその制限を外せるという事であり、周囲の情報を詳しく知りたい場合には全力で行使する事が可能だ。
その場合とは戦闘であり、索敵であり、今回のような探し物も当てはまる。
――意識を、集中させていく。
すると、次第にこれまで見えていなかった物までが、詳細にヴィルの意識に映り込んでくる。
それは目を凝らさねば見えぬ石ころであったり、壁越しの家具であったり、床越しの人であったり――金属製の鍵であったりだ。
反応は床と壁の間のほんの僅かな隙間からで、これは仮に視力が十分であっても見つけるのに苦労した事だろう、目が悪いのであれば尚更だ。
それにしても、魔術の副次的に過ぎないこの能力はつくづく便利だとヴィルは思う。
当然本来の用途とは異なるのだが、ヴィルの能力について知っているニアからは、探し物が簡単に見つかってズルい!などと羨まれる事も多い。
実際はかなりの情報処理能力を求められる面倒な力なのだが、客観的に見ればやはり強力無比な力で、ヴィルにとって必要不可欠な異能だ。
隙間に指を差し込み、何度か挑戦した甲斐あって鍵を取る事に成功したヴィルは立ち上がり、驚いた顔をする青年に差し出す。
手伝うと言ってから数秒も経たずに鍵を見つけてしまったのだから、驚くのも当然という所か。
「……折角の申し出を断ってしまったにもかかわらず、見つけてくれて感謝する。それじゃあ」
ただ、青年が部屋に入る最後まで、彼の警戒が解けなかったのは残念だったが。
淡泊な挨拶を見送ったヴィルは今度こそ自室に入り、荷物を置いてベッドに腰掛ける。
思い返すのは先程の青年について。
先の青年は、名をルイ・ミローという。
平民出身の至って普通の生徒であり、性格や能力について特筆すべき点は無い。
ただ幼少期は相当苦労したようで、母子家庭だった事もあり極めて貧しい生活を送っていたとある。
あの警戒心の高さも、そうした環境の影響を受けているのだろう。
だが学費が免除されるとはいえ、何故名門王立アルケミア学園に入学する事が出来たのかと言うと、そこはルイの母親の貢献が大きい。
ルイの母親は元冒険者であり、その経験から魔術と戦闘技術を、また幼い頃にある程度教育を受けていた過去から勉強をルイに教えたのだそうだ。
ヴィルは頭の中の資料を閉じ、それから今日の出来事を振り返る。
「思えば、入学から随分と友人も増えたな」
バレンシア、レヴィア、ザック、クレア、クラーラ、フェロー、リリア、クロゥ、ジャック。
いつものメンバーの他にも、クラスの中で気楽に話せる人が増えてきたように思う。
夏休みまでにクラス全員と仲良くなると豪語するリリア程ではないが、話した事の無いクラスメイトも残す所あと僅か。
ここはリリアにあやかって、夏休みまでにクラスメイト全員に名前と顔を覚えてもらう、という目標を立てるのも良いかもしれない。
……などとヴィルは考えていたが、実際ヴィルの人離れした美貌を一度見て、それから忘れられる人間がこの世界に一体何人いるというのか。
だがそんな目標を達成させる前に、ヴィルには終わらせておかなければならない大きな問題がある。
それは、ある生徒についての問題だ。
その人物は入学前から銀翼騎士団でも名前が挙がっており、対策会議でも警戒を怠ってはならないという結論に至っていた。
ヴィルは入学から約二週間の間、クラーラの問題に対処しつつもその生徒を監視し続けていた。
事前の情報からその生徒が極度の人見知りである事は知っていた為、直接の接触を避けての監視だったが、つい最近になって、ようやく自然な形での接触に成功したのである。
感触としてはやはり芳しくなかったが、それが警戒でなく消極的な性格の相手だというのならば、まだやりようはある。
これからの授業や日常生活で、積極的に接点を増やしていけばいいだけの事。
――アンナ・フォン・シャバネール、それが今現在の最重要警戒対象だ。
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