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第53話 班決め 一

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 世界四大大国が一つ、アルケミア王国。

 その王国の中でも一二を争う教育機関である、アルケミア学園が新一年生を受け入れて早二週間。

 殆ど生徒たちは学園の生活にも慣れ、二、三言話す知人、或いは友人が出来た頃だろう。

 それに伴って教室も騒がしくなり、賑やかになってきた所が多いのではないだろうか。

 そしてそれは当学園の最上位クラスたるSクラスも例外ではなく、全体的に位の高い貴族が多いせいか下のクラス程活発では無いが、自分の周りの生徒の名前と顔が一致する程度には馴染んできていた。


「おはようクラーラ。今朝は早かったね」


「ん。今日はたまたま起きられた」


 ヴィルの挨拶にまだどこか眠たげな、表情の無い顔で答えるのは、ヴィルから見てはす向かいの席のクラーラ・フォン・ウェルドールだ。

 公爵家出身の地位と艶のある髪に小柄な体躯、人間離れした美貌と無表情が相まって人形や妖精に例えられる事の多い美少女である。

 そんな高嶺の花の公爵令嬢と()()()平民であるヴィル・マクラーレンが、気軽に挨拶を交わせるようになったのも慣れのお陰……という訳では実は無く、クラーラに関するある事件について秘密を共有しているから、というのが正しい。

 昔から秘密の共有が人と人との距離を縮めると言われているように、ヴィルとクラーラの間にもそうした関係が成り立っていた。


「昨日はちゃんと眠れた?」


「うん。どうして?」


「昨日やってた課題がまだ残ってるようだったから心配でね。眠そうだし、寝ぐせも付いてるし」


「問題ない。朝眠いのはいつものこと。この子とは仲良くやろうと思う」


「この子って……。確かにチャーミングではあるけど、あたしはちゃんと梳かした方が良いと思うけどなぁ。やってあげようか?」


 ニアの提案を受けて、クラーラはしばし考えるといきなり妙なポーズをとり始め、


「……ヴィル。チャーミング?」


「うん。とっても魅力的だと思うよ」


「……ふふ」


 微笑むクラーラは自分の席に着席すると、やはり寝ぐせが気になるのかしきりに頭を撫でさすっていた、どうやら強敵らしい。

 見かねたニアが櫛を片手にクラーラの頭を押さえるのを微笑ましく思いつつ、ヴィルは左肩を叩く隣人に顔を向ける。

 燃え盛る真紅の髪に、苛烈な印象を受ける同じ色の鋭利な瞳、正に炎のようなその少女の名はバレンシア・リベロ・フォン・レッドテイル。

 魔法が得意な王国貴族の中でも、特に火属性魔術に秀でた公爵四家である『裁定四紅(さいていよんこう)』が一家、レッドテイル家の若き天才である。

 ヴィルも初見ではその美貌に驚かされたものの、二週間も顔を合わせていれば特に何も思わなくなる……などという事は無く、慣れるにはもう少しかかりそうだ。

 ……実はヴィルと同じ感想を、彼を見た殆どの人が思っているのだが、本人はその事に気付いているのだろうか。


「どうしたんだい?シア」


「ヴィル、あなたいつの間に彼女と仲良くなったの?先週までそんな素振り無かったじゃない」


 ひそひそと小声で囁くバレンシアに合わせ、ヴィルも口元に手を当てて話す。


「詳しくは話せないけど休みにごたごたに巻き込まれてね。その時に」


「はぁ……。あなたってトラブルに巻き込まれに行く趣味でもあるの?私が言えた事でも無いけれど、同情するわ」


「知り合いにもよく言われたよ。波乱万丈人生だってね」


 口元から手を外して哀れみの視線に肩を竦めて見せ、ヴィルは苦笑しながら答える。

 ヴィルが好んでトラブルに首を突っ込んでいるというのも一つの原因だが、こうした言葉は聞き慣れているので、流すのも上手くなってしまった。


「けどそんなに仲良さそうに見えたかな?正直自信がないんだけど」


「普段の彼女と比べたら一目瞭然よ。私も社交界くらいでしか見ないけれど、彼女誰とも話さないし話しかけて欲しくない空気出してるし、話しかけられても片言だもの。こんなに話すのかって驚いているくらいよ」


「そうなんだ。能力測定の時も話しかけてきてくれたし、積極的な子なのかと思ってたんだけど」


 とは言うものの、当然ヴィルは事前情報としてクラーラの人となりを調べ上げている。

 その中には消極的であるという情報もあったが、一平民のヴィルがそれを知っていては不都合が生じるために知らないふりをしているのだ。


「そこが不思議なのよね。どうしてあなたには声を掛けたのかしら」


 首をひねって不思議がるバレンシアだが、生憎とその理由について彼女に話す事はヴィルには出来ない。

 というのも例の毒魔術師の処遇を決定した後、ヴィルは駆け付けた()()()()()()に傷の治療と事情聴取を受けていた。

 幸い、騎士団長の娘であるクラーラがその場にいた事で聴取自体は短時間で終わったが、クラーラに今回の件について是非お詫びとお礼をさせて欲しい、ついては本家に来て欲しいと長時間に渡り懇願されてしまったのだ。

 ヴィルは今貴族に、特にシルベスターとも関わりの深いウェルドール家に行くのは避けたいとやんわりお断りしたのだが、対するクラーラも流石に引き下がれない様子だった。

 今日直ぐに、いや今直ぐにと誘う彼女のあまりに強引な説得を見かねたのか、途中からは隊長格の騎士が代わってくれたのだが。

 その騎士は堅物そうな印象を受けるが礼節の出来た騎士で、まずクラーラの強引な説得を謝罪し、それから改めて後日今回の礼を正式な形で行いたいと申し出てきた。

 丁寧な物言いに加え、面子の話を持ち出されては断り切れないとヴィルも承諾したのだが、その際他言無用の旨も依頼されそれも承諾、現在に至るという訳だ。

 正騎士団全員にクラーラの件が伝わっては外聞も悪かろうと、経緯の全てを話した訳では無かったが、それでも察せられるものがあったのだろう、賢明な判断だった。

 もっとも、仮に言われなくとも人に言う事はしなかっただろうが。


「ほら、できた!」


「おおー。ニアはいいメイドになれる」


「そうかなー。えへへ」


 手鏡を見て目を輝かせるクラーラはご満悦。

 見事に髪を整えたニアも、日頃の特訓の成果を褒められて満足げだ。

 ウェルドール邸に訪れる際は恐らくニアも同行するだろうから、日程を調整しなければなるまい。

 ヴィルが考えていると予鈴が鳴り、立ち上がっていた生徒達が慌ただしく座り出し、全員が着席したほんの直後に扉が開け放たれる。

 そうして入ってきた女性は教室内を一瞥し頷くと、つかつかと床を鳴らしながら教壇に向かって歩いていく。

 一歩進むごとに身長の半分はある迫力のある金髪が揺れ、特徴的な鋭く長い耳が見え隠れする。

 この女性こそ、非貴族のエルフ族にして宮廷魔術師筆頭、そしてここアルケミア学園Sクラスの担任を務めるグラシエル・フリート=グラティカ、その人である。

 グラシエルは持ってきた荷物を教卓に置き、それから両手をついて朝の挨拶から始めると、


「お前達もそろそろ学園生活に慣れた頃だろう。最初の頃は着席時間も守れん馬鹿もいたが、それもかなりマシになってきた。今後もこれを続けて欲しいものだな」


 そのやれやれといった口調に、ヴィルは内心で苦笑する。

 遅れた生徒が毎朝あれだけ強烈な気を当てられ続ければ、どんな人物だろうと予鈴を守るようになるだろう。


「さて、それじゃあ先週話していた件だが――これより毎年一年生の恒例行事、霊峰エルフロスト攻略の事前訓練、お前達にとって初めての学外演習の班決めを行う」


 教室内に浮つく気配。

 だがそれと同時に、霊峰に対する不安の気配も感じ取れる。


「流石に忘れている者は居ないと思うが、再度説明をしておく。ここアルケミア学園は伝統として毎年夏季休暇明け、新一年生のSクラスにエルフロスト登山という一種の試験を課している。これは大昔、勇者と呼ばれた人物が霊峰の頂上で女神の祝福を受けたという逸話に則ったものだが、行事によるものだけで無く、許可さえあれば誰でも行える一般的なものだ。しかし、だからといって簡単かと言えば当然違う。常に死と隣り合わせの危険な挑戦となる事だろう。学園も最大限のバックアップはするが絶対の安全は保障できない。そこで、挑戦当日までに出来る限りの訓練をお前達に施した上で登る訳だが、今回の学外演習もその一環という事になるな」


 勇者、女神の祝福。

 他人事ではない単語を聞いて、特段気が緩んでいた訳ではないがヴィルの意識が一層引き締まる。


「校外演習で登る山は魔獣も駆除され死の危険なんてこれっぽっちもない、険しさも霊峰と比べるに値しないつまらん山だが、まあそれだけで終わらないという事は当然お前達も分かっているだろう?――総重量三十キロ。お前達には学外演習までにこの荷物を背負い、練習の山を軽々登頂出来るまでになってもらう」


 教室のどこからか押し殺した悲鳴が上がる。

 反応には大小こそあるが、純粋な魔術師である者とそうでない者できっかり反応が分かれていた。

 それを見たグラシエルは性格悪くニヤリと笑い、


「言っておくが人に荷物を持ってもらうのは禁止だからな。なに、霊峰登山本番は安全の為の魔術具を含め、似たような重さの荷物を背負う事になるんだ。慣れておいて損はないぞ、と言うより、慣れてもらわなければ困るんだが。それから事前訓練では四人一班になって行動してもらう。無論それまでの体力づくり等もその班で行ってもらう事となる。だから今日班を決める必要があったんだな。そしてそんな重要な班決めを行うのがこの――」


 くじ引きだろう、と大半の者が思った。


「くじ引きだ」


 完全に予想通りの班決めに、教室中が落胆のため息に包まれる。

 どうもこのグラシエルという教師はくじ引きに全幅の信頼を置いているらしく、今も嬉々として箱の中のくじを掻き回していた。

 本当に、王国上層部の人が今のグラシエルを見れば、大層面白い反応を見せてくれた事だろう。

 学園に慣れたとは言ってもまだ二週間、できる限り話しやすい人と班を組みたいというのが本音だろうが、皆が儚い願いを胸に抱きつつ、意外にも誰も文句を言わずにくじ引きは進行していく。

 やがて全員が引き終わると、お楽しみの結果発表だ。


補足:霊峰エルフロストについてですが、切る箇所はエル・フロストです。エルフのグラシエル先生が話しているのを見てややこしいなと思ったので書いておきます。

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