第47話 事態、動く時 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
日の落ちた森の中を進んだレイドヴィル一行は、送らせた予定時刻ぴったりに目標地点に到着、作戦開始時刻まで気取られぬよう潜伏している。
標的である建物を目の前にした騎士達は周囲を警戒して臨戦態勢へと突入しており、レイドヴィルもまた装備の最終確認へと移っていた。
『あー……これはどう?』
「はい、偽装は働いています」
『そうか、じゃあこれならどうかな」
「問題ありません。霧相の面は正常に作動しています」
レイドヴィルの顔に着けられた、鼻から上を覆う白い仮面型アーティファクト『霧相の面』。
存在を秘匿しなければならないレイドヴィルにとっての重要アイテムであり、その動作確認は毎度恒例の光景だ。
今回はニアがレイドヴィルの調整に付き合っており、偽装対象の切り替えをしてみたりと細かい部分を確認していた。
アーティファクトは魔術具等とは異なり、自然偶然に生成されるものだ。
それはダンジョンのような魔力だまりであったり、魔獣の腹の中であったり。
偶然の産物であるが故にアーティファクトの効果はピンキリだが、その精度は魔術具に劣る事が多い。
『霧相の面』は同種のアーティファクトの中でもかなり優れた部類ではあるが、それでもこうした動作確認を怠る事は出来ないのである。
「制圧班了解。開始時刻は予定通りに行います。それから、以降の通信はニアに回していただけますか?……感謝します」
戦前独特の空気から来る静謐を、レイドヴィルの声が静かに破る。
その言葉を聞いて、レイドヴィルの周囲に待機する騎士達に高揚が伝播する。
予定時刻はもうすぐそこまで迫り、目線でムーナと天候術師に魔術の準備を促す。
ムーナがそれに返し、魔力を凪がせて意識を集中していく。
今宵は満月、天候も既に申し分ない。
そして――
「『詠み手はここに、解に示す法を織る。紡ぐは月輪。天に纏わる帳を晴らす』」
一息に、魔術の詠唱を言い切ったムーナから、魔法陣の展開と共に大量の魔力が溢れ出した。
少女を照らすは月明かりのみ、ただ異様に明るい月光が、さながら演劇の主人公の如く、ムーナの全身を照らし出す。
小柄な少女が纏う燐光はやがて収束し、偽りの月を創り上げていく。
手で作られた聖杯の上に輝く月輪は、月がここに在るのだと、世界を偽り騙す。
慣れた手つきで一連の作業を終えたムーナは、魔術『偽装月界』が崩れぬよう気を配りながら大きく息を吸い込み、
「行きます!」
高い声でそう叫び、班全員にそう合図を出した。
その合図に応え、制圧班の面々がムーナと天候術師を囲い守るように草陰から飛び出す。
班の先頭はムーナの合図に誰よりも早く反応したレイドヴィル、幻想の霧を纏い、腰の剣を抜き放って疾走する。
ただそれは後続を置き去りにするものではなく、ムーナ達の護衛を念頭に置いた速さだ。
「ムーナ」
制圧班たった一人の攻撃役の少女の名前を呼び、足を止めぬままレイドヴィルが振り返って小さく笑いかける。
それは例えるなら今から悪戯を仕掛けようとする、小さな子供の笑顔のようで。
「――せっかくの狼煙だ。出来るだけ派手にやろう」
ムーナはその言葉に呆気に取られ、しかしそれに応える笑顔を返した。
「はいっ!」
所定の位置に到達したムーナは足を止め、手の中の月を前に押し出すように動かす。
――直後、光が爆発した。
複数の光条が曲線を描き、建物の上空から襲い掛かる。
生物の触手の如き軌跡が建物の屋根に突き刺さり、レイドヴィル達に見る事は叶わないが、その内部を蹂躙していく。
光は流星の如く、絶え間無く偽りの月から放たれ、繰り返し建物へと潜り込み同じ結果を量産する。
先月の作戦ではムーナも建物に侵入して魔術を使っていたが、今回の盗賊の拠点には大量の罠が張り巡らされているとの情報があったので、外から攻撃を仕掛けているのだ。
作戦の開始を見届け、騎士達は本来の任務であるムーナと、雲を散らし天候を安定させる天候術師の護衛へと移り始めた。
曲射による攻撃元をそう簡単に見破れるとは考えにくいが、残党を逃さない意味でも周囲の警戒は必須だ。
レイドヴィルは耳の後ろの魔術具を指で叩き、通信役を任せたニアへと繋ぐ。
「ニア、突入班から連絡は?」
『はい。先程こちらの合図を確認し建物内に侵入できたと連絡がありました。盗賊は順調に駆逐できているとのことです』
「分かった。また何かあれば知らせてくれ」
『畏まりました』
再度魔術具を叩き、ニアとの通信を終える。
つくづく便利な魔術具だと思いつつ、レイドヴィルは周囲を肉眼で見渡した。
周囲に敵影は無し、味方の騎士と天候術師、それからニアと息を乱すムーナだけだ。
目を閉じるムーナの息は震え、額には汗が浮かんでいる。
これだけ大規模な魔術を行使しているのだからそれも当然、『偽装月界』とはそれ程負担の大きいものなのだ。
空間認識範囲は制御下に置いた月光の照らす範囲、射程はムーナの技量の許す限り無限。
それは最早、結界とすら呼べる代物へと昇華されている。
そんな常識外れの魔術がそう長く使える訳がない。
故に作戦にムーナを組み込む際は、必ずと言っていい程短期決戦を目指す事となるのだが、今回は建物内に地下でもあったのか特別入り組んでいるのか、やや時間が掛かってしまっている。
これ以上は危険だと、時折体を震わせるムーナの肩に触れようとして――
「レイドヴィルさん来ます!」
何が、等とは訊かない。
ムーナの忠告の最中に第二視界領域に反応、レイドヴィルも気付き、左手を咄嗟に突き出し飛んできたソレを掴む。
レイドヴィルの手に握られていたのは簡素な矢、あと少しでも遅れていれば、建物内に意識をやるムーナに突き刺さっていた事だろう。
飛来した方角は丁度正面、建物の方向からだ。
よく目を凝らせば、見るからに盗賊と分かる格好の数人が、こちらに走って来ている所だった。
その表情を見るに、レイドヴィル達に気付いて襲撃してきたというより、逃走した方向に騎士の恰好をした者が居た為に撃った、といった様子だ。
「ムーナは突入班の援護に集中して。こっちの対処は僕がやる」
レイドヴィルの言葉にムーナは小さく頷いて返し、レイドヴィルは改めて飛んできた矢を握り直す。
狙ったのは一番手前に居る男、まだ若いのか、射った矢が掴まれた事へのショックが抜け切っていないように見える。
目標を定め、長さ十センチ程の矢を構えて――投げ放つ。
魔術によって空気抵抗の低減と運動エネルギーを付与された矢は、凄まじい速度で飛翔し、寸分狂わず男の喉笛を貫き、呆気無くその命を奪った。
盗賊達に動揺が広がる。
「二人来てくれ。ニアともう一人は引き続きここに止まって護衛を」
味方に魔術具で短く指示を出し、レイドヴィルが風と消える。
指示に応えた騎士達も食らい付こうとするが、エネルギー操作魔術を併用したレイドヴィルの走りに追い付く事は叶わない。
突然に仲間を失った盗賊の一人が、死んだ男の弓を拾い矢を番えるが、これもまた遅い。
「――が」
地を滑るように肉薄したレイドヴィルの斜め下からの一撃に、盗賊の首から上が宙を舞う。
冗談のように噴き出す血飛沫に呆気に取られる盗賊を余所に、豪快な一撃を見舞ったレイドヴィルは崩れた態勢を生かし、勢いそのままに回転斬りを披露する。
その剣舞の観客たる盗賊の命がまた一つ潰え、ようやく憎悪の視線がレイドヴィルに集中した。
「この野郎!」
怒号と共に放たれたのは炎弾。
盗賊の一人が放った火球はレイドヴィルに迫るが、その軌道を見切ったように半歩横にずれる事で回避されてしまう。
だが、それで諦める程盗賊達も甘くない。
「これならッ!!」
今度はレイドヴィルとムーナを一直線上に狙い、先程と同じ炎弾が放たれる。
躱せばムーナが被弾する、男なりに計算した一撃。
十分な破壊力を持つ攻撃に対するレイドヴィルの選択は、防御。
無造作に立ったまま五指を開いた左手を突き出し、真っ向から炎弾を受け止めんと構える。
衝撃と爆音、着弾と共に爆発した炎が夜を照らし、煙が攻撃を受けたレイドヴィルの全身を隠す。
直撃の確信に、これで一人減ったとほくそ笑む盗賊だったが、夜風が攫った煙の中から現れたレイドヴィルの無傷の姿に、驚愕の表情を浮かべる事となった。
レイドヴィルは炎弾の熱エネルギーを無害なものへと変換して、男の攻撃を凌いでいたのだ。
「な、なんで……」
その事を知る由もない男は声を震わせ後退る。
そんな男に対するレイドヴィルの返答は、言葉ではなく斬撃だった。
袈裟掛けに振るわれた一閃は男の胴を薙ぎ、視界の外へと吹き飛んでいく。
次は二人、挟み込むように距離を詰める盗賊が、ほぼ同時にレイドヴィルを挟撃する。
挟撃は脅威だが、ほぼ、である以上必ずタイムラグが存在する。
レイドヴィルは加速する思考の中で、両者の距離を第三の目で把握、より早く到達する側に先手を打った。
対象は右側の盗賊、襲い掛かる剣に合わせてレイドヴィルも右手の剣を振るう。
甲高い金属音が響き迎撃、しかし行きつく間も無く、反対から短剣を腰溜めに構えた盗賊が突進してくる。
あわや直撃という所で鈍い音が響き、短剣を持った男の左の肋骨が根こそぎ砕け折れた。
その正体はレイドヴィルの蹴脚、鉄板を仕込んだ靴の左足の蹴りが、六十キロはある盗賊を蹴り飛ばしたのだ。
一連の光景は馬の後ろ蹴りを彷彿とさせるものであったが、その結果は馬の蹴り以上の威力を持って、それをまともに受けた盗賊は肋骨に止まらず、心臓を破裂させ即死していた。
一人になってしまえば、そこらの盗賊の戦闘力などレイドヴィルに遠く及ばない。
鍔迫り合いを止め、三合斬り結んだ後に、盗賊は地に伏せる事となった。
残りの盗賊はレイドヴィルの圧倒的な強さに、戦うまでもなく戦意を喪失していたらしい。
残党は後ろから追いついた二人の騎士により掃討されていた。
「流石です、レイドヴィル様」
戦闘を終えて戻ると、ムーナの護衛についていたニアがヴィルに怪我の無い事を確認して言った。
レイドヴィルは手を挙げて応えると、未だ目を閉じ体を震わせながら奮闘する少女の肩に触れる。
極限の集中状態にあったムーナは左肩の感触にびくりと震え、ゆっくり目を開いてレイドヴィルを見た。
「頑張りたい気持ちは分かるけど、ムーナはここまでだ。これ以上は体に障るよ」
「それは……そうですね。ごめんなさい、わたしの力不足で、全然倒せませんでした」
「ムーナのせいじゃないって。さっき連絡があったんだけど、事前情報と違って地下が複雑に入り組んでたんでしょ?普通そんなとこまで届かないんだから情報の誤りのせいだよ。気にしない気にしない」
しゅんと項垂れるムーナは自分の力不足を恥じている風情だが、ニアの言う通りムーナのせいである筈が無い。
事前情報が間違っていたのは仕方ないとしても、索敵に秀でた盗賊が居たのだろう。
恐らくは行軍の途中で存在がバレ、しかし逃走するほどの時間が無かった為に盗賊たちの多くが地下に潜ったのだ。
地表の建物には、十人程度の斥候しか残っていなかったに違いない。
既に突入班が地下を探索し始めているとの事であるし、残りの敵戦力次第では自分も潜る必要が出てくるかもしれない。
レイドヴィルがそんな可能性を考えていると、通信役を任せたニアの元に地下の騎士から通信が届いた。
「はい、こちらは襲撃を受けましたが無事です。そちらは……え?それは確かですか?全員?」
レイドヴィル率いる制圧班全員が見守る中、騎士との通信を行うニアの眉間に深い縦じわが刻まれていた。
ただならぬ様子のニアに嫌な予感がしつつ、レイドヴィルは何事かを尋ねる。
「何があったの?」
「その、突入班が地下で残りの盗賊を見つけたようなのですが……全て、死体だったそうです」
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