第45話 月夜行軍 一
初心者マーク付きの作者です。
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その後、レイドヴィル、ニア、ナリアの三人が揃ったのは、医療班がウェルドール邸に駆けつけてから三時間後の事だった。
「お疲れさまでした、ナリアさん。僕の伝言はちゃんと伝わったみたいですね」
「あんな乱暴な伝え方して。治療途中で投げ出す事になったのは、私としては遺憾以外の何物でもないんだけどね」
そう肩を竦めつつ肩を落としたのは、銀翼騎士団の医療班の頂点に立ち、王国でもトップクラスの治癒魔術の素養を持つ、ヴェイクとアルシリーナの主治医も務める女性、ナリアだ。
一時はレイドヴィルの魔術演算領域の治療も行った腕利きで、医療・治療に並々ならぬプライドを持っている彼女は、フラーラの治療を途中で放り出す事になってしまった現状にご立腹のようだった。
「仕方無いですよ。あれは病気や怪我なんかじゃないんですから」
事情を知るニアもそう慰めるが、効果はいま一つのようだ。
「それはそうなんだけどねぇ……あの魔法陣の詳細、早くこっちにも回しなさいよ」
「それは勿論。今家の方で精査している筈ですから、終わり次第ナリアさんに優先的に渡させますよ」
元々シルベスター家は将来有望な学者や研究家を、この場合魔術の出来る出来ないに拘らず囲い込み、資金と施設を提供して研究の支援を行っている。
レイドヴィルが幼い頃から付き合いのあった、現在のレイドヴィルを形成する一因となったイザベルも、シルベスターの支援を受けていた人物の一人だ。
シルベスター家はそうして研究支援を行う代わりに、魔術の解析や魔法の研究等を依頼している。
今回レイドヴィルが記憶した魔法陣についても、詳細を技術者に伝える事で術式の再現を行っている段階だった。
「――それにしても、フラーラ様に掛けられた魔術、というより呪術ですね。あれに気付くとは、流石は医療班班長と言うべきですか」
「当然でしょう。私を誰だと思ってるの――って言ってもあまり説得力はないか。結局私はレイドヴィル君を助けられなかったものね」
「そんな事はありませんよ。今こうしてピンピンしてますから、気にしてません」
それが嘘であると、この場にいる誰もが分かっていた。
レイドヴィルを救ったのはイザベルであり、誰よりもその事を気にしているのはレイドヴィルであったからだ。
しかしその事を指摘できる者は、この場にはいなかった。
「……それで、フラーラ様の容態はどうなんですか?」
だからニアが上手く話題を変えた時、レイドヴィルは密かに彼女に感謝していた。
「そうね、触れた感じでは体に毒素が発生した感じだったわね。それも巧妙に隠された」
「――毒、ですか」
ナリアはレイドヴィルの一言に肯定の頷きを返し、
「それも物理じゃなく魔術毒の方ね。あのレベルだと普通の医者だと正体不明の病くらいにしか思えないんじゃないかしら。それくらい凄腕の毒魔術よ」
一言に毒といってもその種類効果は様々だが、大きく分けると二つに分類する事が出来る。
一つは物理毒、これはそのまま植物や動物、魔獣から採取した毒をそのままか調合するかして使うもので、基本的に毒に合わせた解毒薬で解毒可能なものだ。
そしてもう一つが魔術毒、これは魔術によって作り出される毒で、その解毒には対応した魔術か毒素を直接分解する事が有効とされている。
そして今回使用されたと思われる毒は後者、術者の技量によって効果が高まる上に、解毒には使われた魔術の解析が必須。
下手に手出しをすれば患者の命にもかかわる為、ナリアはフラーラの治療を諦めざるを得なかったのだ。
「詳しく見れば魔力の流れに違和感があったけれど、レイドヴィル君の伝言がなきゃ危なかったわね」
「お役に立てたのなら良かったです」
そんな風に三人が結果を報告し合っていると、部屋にノック音が響く。
「ご歓談中失礼いたします。レイドヴィル様、間も無く会議のお時間ですのでお呼びに上がりました」
扉が開き入って来たのは、シルベスター家のメイドだった。
そのメイドはお手本通りの礼をすると、レイドヴィルに向かって声を掛ける。
「そうか、もうそんな時間か。ありがとう、直ぐに行くよ」
メイドの報せにレイドヴィルが立ち上がると、当然という様にニアも立ち上がりナリアの方に向き直る。
「それじゃあナリアさん、あたしたちはこれで失礼します」
「今日は……出動があったわね。ニアちゃんも行くなら気を付けて行きなさいよ」
「ええ、今回は直接手を合わせる事にはならないでしょうけど、怪我はさせませんよ」
レイドヴィルはそう自信満々な笑みを浮かべながら言うと、先に部屋を出たメイドの後を追う様に部屋を出た。
今更だが、二人が居たのはシルベスター邸の一室だ。
レイドヴィルの要請により出動した医療班がウェルドール邸に急行してしばらく、一緒に入る訳にもいかず屋敷の外で監視していたレイドヴィルとニアは、任務を終えたナリア率いる医療班と共にシルベスター邸へと戻り、今まで会議までの時間を潰していた。
そして今先導するメイドの後ろを二人は歩いている。
そんな二人の会話は、学生のものとは思えない程に物騒な内容であった。
「それにしても毒とは、随分と珍しい手合いですね」
「ナリアさんが言うなら間違いないだろうね。凄腕の毒魔術に白衣、どこかで聞いた特徴だ」
「……まさか、レイドヴィル様はあの男に心当たりが?」
「うん。とは言っても名前までは憶えてないよ。少し前に王都で暗躍していた毒魔術師が同じような特徴をしていたはずだ。――調査をお願いしてもいいかな?報告は孤児院の方に」
「畏まりました」
先導するメイドに白衣の男の調査を依頼し、クラーラを取り巻く状況の詰めに入っていく。
「それからニア。毒魔術師の追跡もしたいんだけど、キャパシティは大丈夫かな?」
「問題ありません。既に魔力の波形は記憶済み。今も男の動きはトレースしています」
「よし。これで後は魔法陣の解析と状況操作……解析待ちかな。会議の方に集中できそうだ」
目線の先には会議室の一つ、先導するメイドが足を止めて来た時と同じように扉を叩く。
そうして扉を開けて、目線と仕草でレイドヴィルとニアの入室を促す。
二人はそれに応じ、レイドヴィルが前に、ニアがやや後ろに立って会議室に足を踏み入れる。
部屋の中には十数人の騎士達、一部の顔はレイドヴィルが見知った隊長クラスの騎士達だ。
どうやらレイドヴィルとニアが、この会議最後の参加者だったらしい。
本来レイドヴィルはこの会議室の中で最も身分が高い為、多少遅れる程度で気にする事は無いのだが、本人はそうした嫌な部分での貴族の特権を使う事を嫌っていた。
「遅れてしまい申し訳ありません。準備に手間取ってしまいました」
レイドヴィルには準備など無いが、万が一にも案内してくれたメイドに責任が行かないようにという配慮である。
「いえ、まだ定刻になっておりませんでしたから、お気になさらないでください。それでは人数も揃いましたので、少し早いですが作戦会議を始めたいと思います」
二人が着席した所で会議室の前に座った騎士が立ち上がり、今回の作戦について説明を始めた。
今回の会議の内容を簡単に言えば、標的は王都と他の街を行き来する商隊を狙う盗賊の討伐、その役割分担についてである。
本作戦はムーナを主力に据え、盗賊の潜伏先である山中の建物を強襲。
それと同時刻に突撃部隊も同時突入して、盗賊を制圧するのが作戦概要となっている。
レイドヴィルとニアに与えられた役割は攻撃中無防備になるムーナの護衛、つまりはいつも通りの任務内容という事だ。
全体の会議は三十分程で終了し、会議室の空気は役割ごとに集まってそれぞれの動きの確認作業へと移っているが、これまで何回もムーナとの任務を経験した制圧班は地形の確認を素早く済ませ、作戦時刻まで自由行動となっていた。
「お久しぶりです、レイドヴィルさん!ニアちゃんも、ご入学おめでとうございます」
「ありがとう。ムーナと会うのは前の作戦以来だから丁度一か月ぶりくらいか。あれからもムーナの活躍は聞いてるよ」
「本当ですか?へ、変な感じに伝わってないといいんですけど……」
「大丈夫。ムーナの働きっぷりはちゃんと伝わってきてるから。あたしが保証する」
「ニアちゃんがそう言うなら安心です。良かったぁ」
そう胸を撫で下ろすムーナとニアは、意外にも普通に接する事が出来ている。
ムーナの人付き合いが苦手な所は変わっていないが、人に近づく術を知るニアが上手く合わせたのだ。
「そういえば、レイドヴィル様が居ない時は誰がムーナの護衛についてるの?」
「そうですね、いつもは今日の班のメンバーが固定ですかね。ほら、わたしって人と話すの苦手じゃないですか。だから気を使ってもらってるんだと思います」
「確かにコロコロ班が変わるとムーナには厳しいか。あたしたちとこんだけ話せるんだから大丈夫だと思うんだけどなぁ」
「それはほら、レイドヴィルさんとニアちゃんが特別って話で……」
ニアはニアで他人との距離を詰めすぎるきらいがあるので、最初の方こそ緩衝材になりつつ様子を見ていたが、今では普通に友人と言って差し支えない関係になれている。
若くして騎士の任務に就くムーナは、大人との付き合い方こそ学ぶ機会が多かったが、同年代の友人はレイドヴィル以外にいなかった。
そういう姿を見ていたレイドヴィルとしては、今のムーナとニアの関係性は微笑ましく映るのだ。
「どうしたんですかレイドヴィルさん、そんなにニヤついて」
「うーん、別にニヤついてはなかったかな」
「女子二人をじっと見て笑うなんて、イケメンじゃなかったら許されませんからね」
ムーナの無自覚の刃とニアの自覚ありの刃に刺される場面がありつつ、三人は談笑を続ける。
そしてしばらくすると、ムーナが何かを思い出したように口を開いた。
「そうです!危うくお二人にこれを渡すのを忘れる所でした」
そう言いつつムーナが懐から取り出したのは、三日月型の装飾品だ。
装飾品の大部分は鉱物と思われる物質で構成されており、その周囲を金属の装飾が覆っている。
鉱石部分によく目を凝らしてみると、明確な意味を伴った彫刻が施されているのが分かる。
レイドヴィルにも見覚えのあるそれは、魔術具に分類されるものであった。
「ムーナ、これは?」
「これは近々正騎士団でも採用予定の通信具なんです。こうして……耳の後ろに掛ける感じで装着するだけで、ある程度離れていても音声で意思の疎通が可能になる優れものなんですって。残念ながら採算が取れないみたいで量産は難しいみたいですけど、お試しでって事らしいです。すごいですよね!またクレジーナ博士の発明だそうですよ」
手を叩いて興奮気味に語るムーナの口からクレジーナの名前を聞いて、レイドヴィルが苦みの強い苦笑を零した。
誰にでも柔らかく接するレイドヴィルにしては珍しい表情だが、隣に座るニアがより露骨な顔をしているあたり問題があるのはその博士なのだろう。
――クレジーナ・マリーン、彼女は前述のシルベスター家が支援する研究者の一人であり、その中でも最もシルベスター家に貢献していると言っても過言ではない、家が誇る天才博士である。
研究熱心で好奇心旺盛、レイドヴィルにも通ずる特徴を持つクレジーナは、自身も魔術を得意としながら魔力や魔法にも精通しており、今回のように魔術具の開発も行う紛う事無き天才なのだ。
その功績が認められ、シルベスターの支援を受けつつ外部に研究所を構える程に。
しかしクレジーナ本人の性格がその評価を覆す程のとある欠陥を抱えており、直接顔を合わせた者の大半が「会わない方が良かった」と肩を落とす。
だが決して悪人なのではなく、実績功績では紛れもなく善人なのだとだけフォローしておこう。
その感想はレイドヴィルやニアも同じだったようで、この場で唯一その人となりを知らないムーナだけがその感覚を共有できていない。
だが重ねて言うようだが合わない方が良い、というのが周囲の評価なので、ムーナもクレジーナに会ってみたいとは思っていない様子だ。
「あのビッチ――」
「それは凄いな!やっぱり博士は流石だよ、うん」
的確かつ端的にクレジーナの人となりを表したニアの言葉を遮って、レイドヴィルがやや大袈裟に感嘆の声を上げる。
ニアはそんなレイドヴィルとムーナの言葉を、否定はしなかった。
その才能だけは認めざるを得ない、という事なのだろう。
「それで、これを使えば連絡が取れるんだよね。どうやって使うの?」
「あ、それはですね、こう耳に掛けた状態で後ろを叩いて魔力を込めると――『聞こえますか?』」
「ホントだ、便利だねこれ」
「そうでしょう!これが正式に採用されればすごく任務がやりやすくなりますよね!これはもう革命ですよ!」
未だ興奮止まないムーナの言葉に、レイドヴィルも確かにと頷く。
これまで味方同士での連絡と言えば持ち運びの困難な大型の、事実上固定式の魔術具しか存在しなかった。
それがここまで小型化されたという事実は、魔王軍との戦いでも人類に大きな有利をもたらすだろう。
――それと同時に、人類同士の戦争でも。
ニアの穏やかならぬ内心は置いておくとして、レイドヴィルは心中でクレジーナに大きな感謝を送った。
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