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第44話 人はそれをストーキングと呼ぶ 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


 一般的に尾行をするにあたって、大切な事は二つあると言われている。

 一つは尾行対象に気付かれないようにする事、もう一つは決して尾行対象を見失わない事だ。

 この二つはあまりにも当然過ぎる内容であり、わざわざ教える程の事でもない。

 だが尾行技術は基本的にこれら二つの原則のどちらかが該当しており、大きく二つに分ける事が出来る。

 それ故に、有識者は尾行を教える際に必ず言い含めるのだ。

 だが事ニアがいる場合に限っては基本の後者、尾行対象を見失う可能性が根絶される事となる。

 その要因は、ニアのクォント『魔力感知』である。

 対象の魔力を一度感知してから意識的に記憶する事により、無制限に対象を追跡できるニアのクォントがあれば、万に一つも尾行を撒かれる事は無い。

 たとえどれだけ複雑な道を進もうと、地下に潜ろうと、空を飛ぼうと、在り得ないが瞬間移動をしようと確実に捉える眼。

 まして相手は尾行される可能性など想定していないのだから、その警戒度はゼロに等しい。

 更に見失う可能性がないという事は、本来尾行時に保たねばならない距離に余裕を持てるという事。

 それは気付かれる可能性すら大きく低減させるのと同義。

 結果尾行のセオリーから逸脱した、事実上完璧な尾行が実現できるのだ。

 これこそがニア・クラントの本領、先代メイド長が見出した異才、ヴィルのサポート役という重役を担うに至った理由。

 メイド長のように業務を取り仕切るでも無く、ローゼルのように戦うでもないニアだけの役割であり、朝落ち込む彼女にヴィルが掛けた励ましの言葉にあった、『在り方』そのものでもある。

 ニアは既に、ヴィルの隣に立つ資格を手に入れていたのだ。

 そんなニアの貢献あって、現在ヴィルとニアは安全マージンを大きく取った距離から、クラーラの尾行を行っていた。

 あれから何とか料理を片付けボティニアを出たクラーラは、物理的に足取り重くウェルドール家方面へと向かっている。

 王都は既に明るく、人の流れも活発になり王国随一の商業都市の姿を取り戻しつつあった。

 そうなれば必然尾行もし難くなる筈だが、そこは前述の通り。

 クラーラから意識を逸らす事なく後を尾けるニアはしかし、普段と変わらずヴィルとの会話をこなすだけの余裕を残している。

 魔術でないが故に維持に魔力も魔術演算領域も使用しないのも、彼女が持つクォントの優れた点だった。

 だからこそ尾行対象が侵入不可能な貴族邸に入った時も、特に苦も無く外部から居場所を特定出来るのだ。


「どう?クラーラの反応は」


「動きは無し、ですね。一つの部屋だと思われますが、そこから動いた様子はありません」


「そうか。こっちは屋敷を見て回ったけど、やっぱり侵入は無理そうだ。結界は破壊できそうだけど実際にやったらバレるだろうしね。窓も見てきたけど、視認できる限りではクラーラの姿は無かった」


 今二人が居るのはボティニアから少し離れた貴族街、ウェルドール邸近くの路地裏である。

 ニアに待機させて居場所を掴んでもらいながら、レイドヴィル自身は対象の屋敷を一通り見て回っていた。

 だが流石は王城お膝元の公爵家と言うべきか、寸分の隙も無い防犯対策がされており、侵入経路を見つける事が出来なかったのだ。


「まあ屋敷内に危険は無いだろうし、また動き出してから考えればいいさ。はい、ちょっと早いけど露店で昼食を買って来たよ」


 そう言ってレイドヴィルが差し出したのは、鼻腔をくすぐる良い匂いのする紙の包みだ。

 ニアが中身を覗くと、ハムとレタスが挟まれたパンが入っていた。


「……レイドヴィル様にしては少々遅いと思えば、もう昼食を買っておられたのですか。まだ朝から三時間しか経っておりませんよ」


「もう三時間も経ったじゃないか。あと別に今すぐって訳じゃないからね?ここを逃すと調達するタイミングを無くしそうだったから」


 確かに、とニアは考える。

 自分自身はまだ空腹感はないが、尾行というのは体力を消耗する。

 体力の回復には食事が必要不可欠だが、尾行対象は食事の時間を慮ってはくれない。

 その面からも、今のタイミングで購入しておくのは正しいと思い至ったのだ。

 指示さえくれれば自分が買いに行ったのにと思わないでも無かったが、今のニアの役割を考えれば不承不承ながら同意も出来る。


「それは……確かにそうですね。申し訳ありま――って食べてらっしゃるじゃないですか!」


「うん、美味しい。当たりだったね」


 あっけらかんとした様子で笑みを浮かべるレイドヴィルに溜め息を吐きつつ、相変わらず美味しそうに食べるなぁと呆れた笑いを零すニア。

 食事が人生の楽しみと豪語するレイドヴィルの舌は肥えている。

 それは高級志向という意味では無く、味の良し悪しが詳しく分かるという意味でだ。

 それがどんな料理でも見かけ上は美味しそうに食べるレイドヴィルだが、実はその「美味しそう」にも強弱がある。

 そして長く付き合いのあるニアは、レイドヴィルの表情からそれら強弱を見分けられるにまで至っていた。

 そのニアから見るに、今回のパンは結構お気に召したようである。

 既にニアに買って来たとみられるパンを除いた()()、半分の三個を食べ終えているのがその証拠だ。

 こんなにも美味しそうに食べられては、嫌でも食べたくなってきてしまう。

 ニアは口の中を唾液が満たす感覚を覚え、パンに向かって一息にかぶりつく。

 パンを口に入れた途端、ハムの旨味とタレのスパイシーさが溢れた。

 これはレイドヴィルが唸るもの無理は無い、と思うくらい、そのパンは美味しかった。

 そんな気持ちでレイドヴィルの顔を見ると、彼はしたり顔でニアの方を見ている所で。

 ニアは頬を染めつつ、もう一つ貰っても良いか訊こうとして――、


「――あ。クラーラが動きました。屋敷を動くようです」


「!よし、僕達も急ごう」


 食事のごみを紙袋に入れ、三十秒も経たないうちにクラーラを追いかける。

 レイドヴィルが手軽に食べやすい食事を選んだのも、急ぐ時にはこうして後処理がしやすいからだ。

 暗い路地を抜け、クラーラにばれないよう慎重に姿を窺う。

 最後に目を離して数時間、一見いつもと変わらないように見える無表情は、いつにも増して感情の色が抜け落ちているように見えた。


 ―――――


 足取りの安定しないクラーラが目指した先は、先程までレイドヴィルとニアが居たような薄暗い路地だ。

 もっとも、レイドヴィルとニアが居た路地が貴族街のものだったの対し、クラーラの居る路地は貧民街のそれに近い。

 ごみが散乱し、ネズミが走るような有様だ。

 とてもクラーラのような人種が望んで来る場所では無い。

 モノを踏まないよう歩く姿は慣れていないが、目的地だけは明確に意識しているように見える。

 それは即ち、誰かの指示を受けてこの場に足を運んでいるという事だ。

 そう分析するレイドヴィルと、傍に控えるニアが立っているのは屋根の上。

 クラーラを見下ろす形で、不安定な足場である事を感じさせない程身軽に立っていた。

 足音も鳴らない完璧な隠形で、クラーラと同じ速度で歩いていく。

 だが屋根は道では無く、所詮屋根だ。

 当然数十センチの隙間があれば、二メートルを超す空き間もある。

 レイドヴィルは平気として、ニアも鍛錬の甲斐あってこの程度の距離を跳躍する事くらいは訳無い事だ。

 だが音を立てずにという但し書きがあれば、それは厳しいと言わざるを得ない。

 なので隙間に出くわした際には……


「―――――」


 レイドヴィルがニアの肩を叩き合図を出し、膝裏と背中に手を回す所謂お姫様抱っこの状態で跳躍。

 人一人抱えた程度で失敗などする訳もなく、魔術で足裏に生じた微かな音エネルギーを魔力エネルギーに変換して消音を施す。

 着地は衝撃の一切を殺すように静かに、腕の中のニアに伝わる事もない。

 最大限の配慮を受けて運ばれ降ろされるニアはしかし、どことなく不満げだった。

 いくら非常時だとはいえ、事務的にお姫様抱っこをされたからだろう、とレイドヴィルは正しい推測をするが、これが一番効率的かつ安全かつ人道的だったのだから仕方が無い。

 まさか肩に担いで運ぶ訳にもいかないし、等と言っている暇も無いので気配を消しつつ後を追っていると、クラーラの足が止まった。

 それに合わせて立ち止まったレイドヴィルは、同時に自分、ニア、クラーラ以外のもう一人の人物が第二視界領域(プライベート)に映り込むのを感知した。

 一見した魔力量は一般的な魔術師の平均を少し上回る程度、だが身の潜め方からも明らかに路地に迷い込んだ一般人ではない。

 この人物がローゼルの報告にあった、クラーラと接触しているという怪しげな男なのだろうか。

 レイドヴィルが警戒する中、男はクラーラの姿を視認してからゆっくりと近づいていく。


「ちゃんと約束は守ったようだなぁ。従順なのはいい事だぁ」


 その不気味に嗤う一言で、レイドヴィルはこの白衣の男こそが黒、クラーラを白と断定した。

 一つ気になるのは、男の手の甲にある赤黒い魔法陣。

 レイドヴィルからは暗くてよく見えないが、男はそれをクラーラに見せつけるようにして立っている。

 一見さり気無く見える仕草だが、レイドヴィルの目にはそれがわざとであると映っていた。


「さぁて、それじゃあ学園での出来事を教えてもらおうかぁ」


 そこから話されたのは学園における『ヴィル』の様子、印象、能力など。

 クラーラの報告は、レイドヴィルが視線を感じた時に得られただろう情報と符合していた。

 ただあれだけの頻度で盗み見ていたにしては、クラーラの情報の精度が悪い。

 話し方からして、『ヴィル』が優秀に見え過ぎないようにセーブしているらしい。

 剣の腕がヴィルよりも優れているというくだりには、ニアも苦笑を隠せないようだったが。

 そして――


「――そのヴィルとかいう学生、我が魔術実験の材料に相応しい素質を持っているようだぁ。決めた、その学生を連れ出せ。そしてお前がその剣で殺すのだ!」


「あ、え…………?」


 その一言に、レイドヴィルの目が細められる。

 クラーラの狼狽する声を聞きながら、レイドヴィルはクラーラに感じていた違和感の正体に気付く。

 監視の目に混じっていた雑念、それはクラーラがただ操られているだけの存在であったから。

 恐らくクラーラは、黒幕に何らかの弱みを握られているのだろう。

 そういう状況ならば、クラーラも男の指示に従う他無いだろうと、レイドヴィルがそう推測する中、


「――できない」


「はあ?」


「それは、できない。わたしにヴィルは殺せない、殺させない」


 予想と大きく異なるクラーラの発言に、レイドヴィルの表情が意外そうなものに変わる。

 クラーラの恐れを抱きながらも毅然とした態度は、レイドヴィルの表情を崩すのに十分足りるものだった。

 それは男にとっても同じだったようで、呆れたような顔を浮かべている。

 当然と言うべきか、弱みというのは言う事を聞かせられるものだからこその弱みなのだから。


「――彼は、ヴィルはただのクラスメイトじゃない」


 クラーラの発言の理由を考察していたレイドヴィルは、その一言に強く興味を惹かれた。

 Sクラスという、ある意味異常と言って差し支えないクラスの中でも異端であるレイドヴィルは、彼女の目にどう映ったのか。

 だがその答えを聞く直前、男の手の甲の魔法陣が仄暗く光を発する。


「――わたしとヴィルは、もうともだ…………………………え?」


 瞬間、レイドヴィルはようやく全容が見えた魔法陣を一記述も見逃さないよう意識を集中し、その機能を記憶する。

 魔法陣が光を放ったのは一秒にも満たない時間であったが、瞬間的な記憶を得意とするレイドヴィルにとっては造作もない事だった。

 ただそれも、レイドヴィルが当事者ではなかったからという面が大きい。

 現に当事者たるクラーラは完全にその思考を止めてしまっていた。


「ニア」


 その状況を見て、レイドヴィルがニアに小さく声を掛ける。


「医療班――ナリアさんをウェルドール邸に。フラーラ様の容態を急ぎ見て欲しいと」


「畏まりました」


 レイドヴィルの命令を受けたニアが同じく小声で応え、レイドヴィルから離れてシルベスター邸へと向かう――


「ああそれと、ナリアさんに伝言を。僕がフラーラ様はご病気だと断言していた、と伝えてくれ。それで伝わる」


「レイドヴィル様のお言葉、確かに」


 伝言を抱え、ニアは今度こそ屋根上から走り去っていく。

 先程まではレイドヴィルに運ばれていた彼女だが、少しの音も立てないという条件が無ければ、一人で屋根から屋根に飛び移るのは然程の苦でもない。

 ニアが立ち去ってから数秒後、顔に焦燥を張り付けたクラーラが走り去っていく。

 その直前男が何事か呟いたが、駆けるクラーラの足音で聞き取る事は敵わなかった。


「―――――」


 やがて路地には男だけが残り、その男も目的を達したのか更なる闇へと消えていく。

 レイドヴィルもそこから数分間男を追うが、男が地下に潜った時点で追跡を中止した。

 諦めたのではない、これ以上の深追いは危険と判断かつ、ニアの魔力感知があるからだ。

 レイドヴィルはそこで男の追跡を切り上げ、シルベスター邸へ向かったニアと合流する為銀髪を翻した。

 

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