第43話 人はそれをストーキングと呼ぶ 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
なんだかいつもより距離が近い気がする、そう思ったのは、どこか落ち着きのないニアの気のせいではない。
普段から隣り合って歩く事の多いヴィルとニアだが、その場合ニアの方から距離を詰めるのがいつも通りとなっていた。
しかし今回に限っては珍しく、ヴィルが自然に距離を詰めて来ていたのだ。
いつもなら、これは好機と胸の一つでも押し付ける所だが、今のニアはこちらも珍しく羞恥心を抱いていた。
というのも朝から失態と醜態――ローゼルの目の前でヴィルに庇われる、と、落ち込みヴィルに慰められる、を晒してしまった為である。
それが原因で、ヴィルが今もニアが不安にならないよう、近くに寄り添ってくれているのは分かっているのだ。
だが、ああも恥ずかしげも無く言葉を尽くされた後では、流石のニアも気恥ずかしい。
勿論嫌という訳では無く、寧ろもっとくっついて欲しいと思う自分もいるのだが、もう少し距離を保って欲しいと思う自分がいる事もまた事実。
我ながら面倒臭いなと感じるが、面倒臭くない女は居ないという都合の良い言葉もある。
格言に頼りながらも、今はこの付かず離れずの距離は保ちつつ、ソワソワ落ち着きなく視線を巡らせているという訳だ。
しかし王都の見慣れた光景に視線を向けている内に、段々と気分も落ち着いてきたのか平常心を取り戻してきていた。
それにはヴィルが普段通りに話しかけてくれたのも一役買っているのだが、意識するとまた恥ずかしくなってくるので気にしない事にする。
「そうだ。朝食は外で食べるって話だったけど、どんなお店なんだっけ?」
この会話も、ニアが普段通りに振舞おうと努めたものだ。
「店の名前は『レストランボティニア』。主に平民層向けの飲食店で、冒険者だったり兵士だったり、肉体労働に就く人に人気の店だよ。売りは量と安さとメニュー数、それから営業時間だね。朝七時から夜の十二時まで開いていて、どの職種の人もご飯を食べられるようにしているらしいんだ」
「へぇー、すごい頑張ってるんだね。量が多いならヴィルは嬉しいんじゃない?」
「そうなんだ。僕も報告を見て来てみたくなってね、ここがクラーラの行きつけで丁度良かったよ」
「朝からの営業だから待ち伏せもしやすい……想定はしてなかっただろうけど助かったね」
そんな冗談を言う余裕の出てきたニアに微笑みつつ、二人は話題に出たレストランに入店して奥のテーブル席に腰掛ける。
ボティニアの外観と内観は、よくある平民層向けの飲食店とそう変わりはない。
ただ一つ違いを挙げるならば、店内に壁紙と見紛う程に張り巡らされたメニューだろう。
それらは肉、魚、野菜、パン、デザートと多岐に渡り、若干肉料理に比重が置かれているが概ねバランスの良い品揃えで、メニュー数の多さを謳っているのにも頷ける。
さらにそれら殆どが低価格とくれば、人気の理由も分かるというもの。
小食という程ではないが年相応の食事量のニアは、先程からどれにしようかと頭を悩ませている。
ニアの方はそうだろうなと納得できるのだが、無限の胃袋を持つヴィルまでもが注文を決め切れていないのは、それだけこの店のメニュー数が多い事を示していた。
それから更に数分悩んだ後、結局ニアはパン、サラダ、チキンステーキを、ヴィルは新メニューを含む十品を注文する事にした。
代表してヴィルがすいませんと声を上げると、
「らっしゃい!お、あんたら見ねえ顔だな、うちは初めてかい?大抵の飯はあっから、気軽に注文しな!」
あまり動けそうにないという意味で、恰幅の良い男性がやってきた。
訊くと、その男性がこのボティニアの主人らしい。
日頃から人混みの絶えない人気店ではあるが、流石に開店直後とあっては客足も疎らなようだ。
ヴィル的には、朝早くだというのに数人来店している事が凄いと思っているのだが。
そうした事もあって、二人を初来店だと見抜いた店主自らこうして注文を取りに来たらしい。
客の事をよく見ている店主に感服しつつ、お言葉に甘えて遠慮なく注文していく。
品数の少ないニアが数秒で済ませ、それに続いてヴィルも淀みなく注文を終えたのだが……
「……なあ、お前さん。初めてなら仕方ないが、うちは品数だけじゃなく量にも自信があってなぁ。今の注文じゃどんだけ食い盛りだって食い切れねえと思うんだわ。考え直した方が良いと思うぜ?」
これが一般人の、多すぎる注文に対する一般的かつ親切な忠告である――但し、枕言葉にヴィルの事を知らない、という文言が付くが。
そんな心遣いを受けた二人は顔を見合わせ、それから声を揃えて答えた。
――お気になさらず、と。
―――――
……こいつマジかよ
と店主が思ったかどうかは定かではないが、それに類似した感情を抱いている事は、店主の表情から察する事が出来る。
それもそのはず、ヴィルは既に数人分の昼食か夜食に匹敵する量を朝から平らげていたのだから。
いただきますからの勢いは一貫して衰えず、最後の料理を食べている今も変わらないまま完食しようとしている。
その食べ様は圧巻の一言で、当初は次々と運ばれてくる料理を見送るだけだった他の客達や店員も、次第に運ばれてくる早さ以上の速度で食べるヴィルに釘付けになっていた。
しかし、それは当然の反応と言える。
何せ容姿は尋常でないが、体格は普通の青年なのだ。
それが大量の食事を前にしてもペースを乱さず淡々と食べる様など、誰が見ても異様に映るだろう。
しかもそれでいて目に見えて腹の膨れた様子はなく、皆一様に不思議な感覚を共有していた。
その注目の的たるヴィルといえば、おっかなびっくりした様子で周囲の好奇の視線を気にしていた――否、そういう風に見せていた。
ヴィルの挙動を見て我に返ったのか、それから他の客は意識してヴィルの方に視線を向けないようになった。
意図してそう仕向けたヴィルはといえば、何事も無かったかのようにニアとの会話を再開する。
「ふう、ここの料理はすごく美味しいな。今度騎士の皆と孤児院の子達に教えてあげないと」
「大人はいいけど、子どもたちの方はちゃんとお金出してあげないとね。冒険者さん?」
「それは勿論、帰ったらローゼルに話をつけておくよ」
何という事の無い会話、だがその直後にヴィルが口にした言葉に、ニアは危うく声を上げそうになった。
「それはそうと、さっきからクラーラがこっちを見てるね」
ニアの身体が少し強張った程度で済んだのは、単に日頃の訓練の賜物だった。
大きな反応を抑え込んだニアはここで背後、店の入り口側を振り返る愚を犯さない。
その程度の判断が反射的に行えるくらいには、ニアという少女はローゼルによって鍛えられていた。
「うん、やっぱりニアが隣に居てくれてよかったと、僕は思うよ」
「……こういう時のヴィルってホント性格悪い」
ヴィルは満足のいく結果に口元を緩めるが、対するニアの反応はやや冷たい。
だが一応主従関係にある二人がこんな気軽な会話が交わせるというのだから、それだけ慣れ親しんでいるという証拠でもある。
「あれだけ食べててよく気付いたね……なんてもう言わないけど、よく予想が当たったよね。もしここに来てなかったらどうしてたの?」
「その時は普通にウェルドール家の見張り役にクラーラの居場所を聞いてたさ。まあローゼルなら確信のある情報を載せるだろうって信頼もあったから、リカバリーはあまり考えてなかったけどね」
「流石ヴィル!それでそれで、これからどうするの?」
ここまではヴィルの計画通りに事が運んでいる為か、ニアの瞳が心なしか輝いているように見える。
それに少し気分を良くしたヴィルが、意気揚々と予定を話した――。
「このまま店を出て、今日一日クラーラを尾ける」
「―――――」
ニアの視線が二、三段階程冷たくなった気がした。
その後、大量の料理を完食して見せたヴィルが店主に賞賛される件がありつつ、二人は支払いを終え一旦店から離れる。
と言ってもクラーラに居なくなったと思わせるためのものでしかなく、また数分後にはボティニアの入り口と店内が窺える路地に戻っていたのだが……
再び見た店内では、クラーラが何故か二人にも見覚えのあるメニュー達を注文し、他の客や店員に振舞い始めていた。
「……何あれ」
「……さ、さあ」
変わったしきたりや風習……では勿論無く、注文時に考え込んでいたクラーラがミスをしただけなのだが、その事を知る由もない二人は大いに頭を悩ませた。
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