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第42話 帰郷は唐突に 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


「ニア、孤児院に着いたよ。起きて、ニア」


「う~~ん……こじいん?」


「そうだよ。孤児院の隠し通路から屋敷に戻るって話してたじゃないか」


 早朝、寝起きが極めて良いヴィルは孤児院到着とほぼ同時に目を覚ましていたが、ニアの方はそうもいかなかったらしい。

 今もヴィルに手を引かれつつ、眠たそうに目を擦っている。

 ちなみに昼間で眠っていたという御者の男は、夜通しの操縦という過酷な労働にも見事に耐えきって見せた。

 まさかこのために眠り続けたのか、と一瞬考えたヴィルだが、ニアが連絡を入れたのは馬車が出る十分程前である。

 単なる偶然に感謝しつつ、その内の一割くらいを御者に向けて送っておく。

 ジャンドも馬車を屋敷に送って行かなければならないらしく、ヴィルとニアを孤児院前に下ろした後別れて直ぐに出発してしまった。

 それから馬車を見送っている内に目を覚ましきったニアと孤児院の扉に手を掛けるが、当然ローゼルの管理が行き届いているため鍵がかかっていた。

 子供達が眠っている中大きな音を出す訳にもいかず、あまり褒められた手段ではないが、ヴィルの魔術を使い強制的に解錠する。

 方法は簡単、内部構造を把握し、鍵部分に小さく細かな振動を与えつつ、部品に掛かる運動エネルギーの指向性を整えそれを増幅するだけだ。

 これが五センチ以上の深さの鍵穴だったならばそれも難しかったが、幸い孤児院の物はそこまで重厚な物ではなかった。

 結果、まるで実際に鍵を挿して開けたかのように、あっさりと扉の解錠に成功する。

 そのままニアの背を追って中に踏み込み、後ろ手に鍵を締めつつ、まだ朝早い時間の為誰もいない廊下を歩いていく。

 子供達が眠っている中を、二人で歩く妙な緊張感。

 そこに突然ヴィルの視界、『第二視界領域(プライベート)』の魔力の流れに、不審な人物が映り込んだ。

 ()()、静けさが支配する廊下に人の気配が発生し――


「―――――ッ」


「――これは驚きました。誰かと思えばレイドヴィル様とニアでしたか」


 ニアを背後に庇いつつ気配の発生元に最高速で振り向き、抜き放った剣を突き付けるヴィルは、直後その気配に視覚えがある事に気付き、その後の行動を停止した。

 すると、ほぼ同タイミングで相手もこちらの正体に気付いたようで、握られていた短剣が収められる。

 そこには見慣れた姿をした一人の老人が立っていて、


「ローゼル、おはよう。こんな時間に悪いね」


「いえ、こちらこそご無礼を申し訳ありません」


 ローゼル――シルベスター家前執事長、現シルベスター孤児院院長が、ヴィルに向けてお手本のようなお辞儀を行ってみせた。


 ―――――


「そういう事でしたか。であれば事前連絡が無いのも致し方ありませんな。レイドヴィル様は少し見ない間にも随分と成長なされたご様子、ですがあれ程見事な隠形で侵入されては(わたくし)も勘違いしてしまいます。幸いにもニアの気配で分かりましたからなんとかなりましたが……」


「驚かせたのはごめんなさいだけど、ニアの気配に気付いてたんなら武器を持つ必要は無かったよね?」


「はっはっは、夜通しの馬車でお疲れでしょう。どうぞこちらへ」


 はぐらかされる場面もありつつ、ヴィル達は孤児院の院長室へと通されそこで改めて事情の説明を行う流れになった。

 クラーラを追って王都に来たという事、ヴィルがローゼルに依頼した調査の結果が訊きたいという事、銀翼騎士団(シルバーナイツ)の活動に久し振りに参加したいと伝えて欲しいという事。

 ヴィルからの話を聞いたローゼルは報告を約束し、それからウェルドール家に関する調査報告を話してくれた。


「まずは当主のウィリアム様についてですか。……と言いましても、ご当主につきましては調べるようにとは言われておりませんので簡潔に。異常無し、というのが今回と調査結果となっております。家の状況から察しますに、ご当主はクラーラ様の件に気付いておられないのではと。それで肝心の奥方とクラーラ様についてですが、非公開とはなっておりますが、奥方は何らかの病魔に侵されているようですな。定期的に出入りのある医者の顔を見る頻度が増えていますし、社交界にもお顔を出された様子がありませんので間違いはないかと。しかしクラーラ様に関しては学園に通っておられるので如何ともし難く。ただ何やら怪しげな男と接触していたという情報は掴んでおりますので、これから尾行なさるのでしたらお役立てください。細かな情報で申しますと――」


 それから話されたのは個々人が一日どのように過ごしたのかを、従者のものまで事細かに。

 加えて以前からあったクラーラの趣味嗜好に行動パターン、お忍びで通う飲食店等々。

 説明が終わり、時々資料に目をやりつつ全てを頭に入れながら、ヴィルは今日一日の予定を組み立てていく。

 その間ローゼルはニアに対し、学園での事を事細かに訊き質そうとしていた。

 ……さらに言えば大量のお小言を頂いていた。


「ニア、学園にはちゃんと馴染めていますか。気の合う友人は大切にしなければ将来後悔しますぞ。それから勉強の方は大丈夫ですか。レイドヴィル様に関しては心配していませんが、貴女は勉強が苦手でしたからな。それから肉体の鍛錬は怠って……いないようですが。今後とも努力を欠かさないように。そうでなくてはレイドヴィル様の隣に立つ事など出来ませんからな。しかし先の私の奇襲でレイドヴィル様に庇われているようではとても……」


 粗方情報を詰め込み終えたヴィルが顔を上げると、最初は心配そうに訊いていたローゼルの言い方がお説教じみていて、縮こまるニアがふるふると震えている所だった。

 ニアと出会った当初から「見どころのある少女ですよ」と嬉しそうにしごいていたローゼルの、ニアのためを思っての発言も分からないではないが、そろそろ耳を痛そうにしているニアを救出してやらねばなるまい。


「ローゼル。色々話を聞かせてくれてありがとう。僕達はもう行くよ」


 資料を整えて立ち上がったヴィルが、二人に声を掛ける。


「朝食くらいこちらで食べて行かれてはいかがですかな?その方が子供達も喜ぶかと思いますが」


「そうしたいのは山々なんだけどね。朝食を例の店で食べようと思うとクラーラよりも先に着いておかないと拙いだろう?もう標的は僕で固定されてるだろうけど、念押しの意味でも注意は引いておきたい」


 ウェルドール家を調べるに際して似たような事を考えていたローゼルには、ヴィルの一言で思い当たることがあったようだ。

 本心では子供達に会って欲しいという気持ちがあるのだろうが、残念だが得心がいった様子で頷き、


「成程、それでしたら仕方ありませんな」


「大丈夫、予定通り事が済めばご飯を食べに顔を出すよ。その時には料理の量を……」


「心得ておりますとも。寧ろ増やしておかねば子供らの分がなくなってしまいますからな」


 一転穏やかな笑みを浮かべるローゼルが歳相応の老人に見えて、ヴィルは少し笑ってしまった。

 そうしてヴィルとローゼルが話している中でもニアは早くここから離れたいようで、今もローゼルに見えない位置から服の裾をちょいちょいと引っ張ってきている。

 ニアも本心から嫌がっているわけではないのだろうが、ローゼルのお小言はもうお腹が一杯なのだろう。

 ヴィルはそんなニアに苦笑しつつ、


「それじゃあまた後で。朝早くから悪かったね」


「いえ、これも仕事です故。行ってらっしゃいませ、レイドヴィル様」


 恭しく頭を下げるローゼルの見送りを背に、ヴィルとニアは孤児院を出て日の上り始めた王都の通りを歩く。

 ローゼルと会話をしている間に結構時間が経過していたようだが、まだ完全に日が昇り切る時間帯ではないらしく、辺りはまだ薄暗い。


「…………」


 ヴィルが先導するように歩く中で、ニアは二人きりの時には珍しく黙ったまま付いてきている。

 大人数でいる時は勿論の事、意外にもニアはヴィルと二人でいる時も結構話題を提供する側なのだ。

 それはニアがメイドモードの時であっても同じで、ヴィルが話しかけて欲しくないタイミングでは沈黙を守りつつ、そうでない時は言葉遣いを正したままその日あった事などを話したりしている。

 だが、今はこうして口を噤んだまま。

 普段なら不十分な睡眠で疲れが取れていないのかとでも思う所だが、ヴィルには一つ心当たりがあった。


「もしかして、ローゼルに言われた事を気にしてる?」


「!?」


 そう声を掛けた瞬間、ニアの顔にどうして分かったのかと驚愕が浮かぶ。

 ヴィルはやはりか、と思う反面分かりやすいなとも思う。

 そして同時にニアらしいな、とも。

 何故ならそれは負の感情ではなく――いや、負の感情ではあるのだろうが、それが小言をくれたローゼルに対してではなく自分の内に、自罰的に向けられたものだろう事が容易に想像できたからだ。


「ニアは結構仕事にプライドを持ってるからね、気にするのも分かるよ。けどローゼルの言葉だけがメイドの理想じゃない。間違っている訳でも無いんだけどね」


「――本当に凄いね、ヴィルは。あたしが考えてること、全部わかってるみたいで」


 それは流石に大げさだと思ったが、立ち止まってしまったニアに合わせて数歩足を戻す。

 今のニアにとって、この数歩の距離は物理的な意味に止まらない。

 隣に立って話す事が大切だと、ヴィルは判断した。


「……ローゼル様の言葉を聞いて、あたしは全部納得しちゃったんだ。不満とか反論とかじゃなくて、確かに、って。勉強も鍛錬も頑張ってたけど、どうしてもお屋敷に居た頃と比べたら解放された、って気持ちが出ちゃってさ。さっきの孤児院の事だって、あたしは何にもできなかった。反応もできなくて、ヴィルに庇われちゃってさぁ……。他の、人にしといた方が、良かったんじゃないかって……っ」


 二人きりの通りに、誰にも届かない噛み殺された嗚咽が零れる。

 言葉を飾らないそれは、紛れもないニアという少女の本心だった。

 だから、


「確かにローゼルの言う事にも一理ある。博識で戦えて万能な、いざという時には主人の盾になれる、そんなメイドも需要はあると思うんだ。けどまあ、こう言ってはなんだけど僕はかなり強い。大抵の敵はなんとかする自信があるし、万が一にでもニアに犠牲になられたら――僕はきっと後悔すると思う。僕が誰かが犠牲になる事、嫌いなの知ってるよね」


「……うん」


「人にはそれぞれ役割があるんだ。ローゼルみたいに諜報活動が出来る執事も一つの在り方だし、ニアみたいに身の回りのお世話とか、主人を安らげ支えるメイドだって正しいんだ。ましてニアは成長途上、これからどれだけだって成長できる。これからニアにしかできない在り方を見つければ良いと思うよ。それに、ローゼルは努力を続ける事が僕の隣に立つ資格だって言ってたけど……そもそも僕の隣に立つのに資格なんていらないんだよ。ローゼルはきっと、ニアを自分の子供か孫みたいに思ってるんじゃないかな」


「……ま、ご?」


 いつにも増して優しい声がニアの心に沁み込んでいく中で、聞き逃せない単語があって隣に立つヴィルの顔を見る。

 孤児院を出てから初めて目が合ったヴィルの瞳は、声と同じ温かさに溢れていた。

 ヴィルが目を合わせなかったのではない、ニアがずっと逸らし続けていたのだ。


「ローゼルはあまり過去を話したがらないけど、家族はいないようだし、知人って言える人物だってシルベスターに仕え始めてからしか繋がりがない。ある程度ローゼルの過去に予想はつくけど……まあ今話す事でもないね。とにかく、そうなんだ。それでローゼルは面倒見が良い印象があるけど、実はあれで結構見切りをつけるのが早いんだよね。子供にはあんまりそんな面は見せないんだけど、ローゼルの執事長時代を知る執事の中には、一から十まで教えられなかった人も多い。だから、もう大人と言って差し支えないニアがここまで面倒を見られてるのは、期待されてる証拠なんだよ。それに、ローゼルに声を掛けられた時、怒られただけじゃなかったんじゃない?」


 ヴィルにそう言われて、ニアにも思い当たる言葉があった。

 学園で上手くやれているか、友人が出来たか、勉強についていけているか、訊かれた。

 その後の小言で一杯になっていたが、あれは確かにニアを心配する言葉だった。


「ニアにあれこれ言うのだって、全部期待の裏返しだよ。そうじゃなきゃ、あんなに楽し気にニアを鍛えたりしないさ。教えた事を素直に吸収してくれるって、嬉しそうに報告してくれた事もあったんだよ?ああして少し言い過ぎてしまうのも、同じ。全く、ローゼルらしくもないミスだね」


 ニアの表情を見て心当たりを理解したのか、ヴィルが言葉を続けた。

 その顔は、普段の彼の作った笑みからは考えられない程に柔らかな笑みを浮かべていた。

 そしてそれは、ニアが今まで見たヴィルの笑顔の中で一番優しくて、一番安心出来て――。

 ――そして一番、胸が高鳴るものだった。

 気持ちをゆっくりと落ち着け、悟られないように息をつく。

 相変わらず心臓はうるさいくらいに鼓動を刻むが、しかし不快感とは無縁のもの。

 胸に手を当てると寧ろ心地良い、初めてレイドヴィルを見かけた時を彷彿とさせる感覚だった。

 だがその中身の感情は、質は五歳の時とは大きく異なり変化している。

 ニアはそれを自覚し、同時に叶わないものである事を知っていた。

 だがそれでもいい、その感情を忠誠に置き換え、この思いを糧に生きていくと、そう決意したのだから。


「ありがと、ヴィル。……そっか、ローゼル様はあたしに期待してくれてるんだ」


「そうだよ。ニアなら大丈夫。ローゼルが期待する、僕の自慢のメイドなんだから」


「――っ」


 顔は、なんとか赤くなっていないと思う。

 この人はどうしてこうも簡単に恥ずかしく、気障ったらしい言葉を吐けるのだろう。

 それで本人に羞恥心が欠けているのだから、手に負えない。

 人の気持ちも知らないで、全く……。

 けど、ヴィルにこうして褒められるのは悪い気分ではない、寧ろ嬉しい。


「ふぅ……!」


 もう一度息を吐き、気持ちを切り替える。

 ただ呼吸をして切り替わるものでもないが、きっかけにはなる。

 背筋を正して形から入れば心の方も自ずとついてくる、とはローゼルに教わった基礎の基礎だ。


「――明日の朝、孤児院でご飯を食べたいな」


 朝日に映えるニアの笑顔は、いつものそれと変わらない鮮やかさを取り戻していた。


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